エピソード525『河原で茶会』


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エピソード525『河原で茶会』

天気のいい初夏の午後、川岸にて。
 土手下の段丘面に生い茂る草の間に、藤色の自転車が横倒しになっている。
 草を踏み折って作った、二畳敷きほどの円形空間の中央には、目にも鮮やかな緋毛氈。
 むっとするような青草の匂いの中で、訪雪は野点の用意を整えていた。
 水を汲み、湯を沸かし、茶を点てる。茶筅の立てる微かな音が、水音に紛れて流れる。緑色の泡を湛えた志野の茶碗の正面を、自分の方に向けて置く。主人は自分、唯一の客も自分自身。灰白色の釉薬の表面に触れた指先から、この半筒碗に刻み込まれた、幾多の茶会と人の手の記憶が流れ込む。
 視界の隅に何かが映るのを感じて、訪雪は意識を現実へ、過去の茶室を現在の河原へと引き戻す。伏せた視線を上げた、その真正面に、まるく黒い何かが納まっていた。

訪雪
(……?)

黒いもの、艶やかな毛皮の塊がもそりと動いて、金色の双眸と目が合った。毛並みの整った黒い猫。日向の草の上に敷かれた毛氈が、彼女の目には格好の寝場所に映ったのだろう。

マヤ
「にー(昼寝の邪魔しないでよ、おっさん)」
訪雪
「ようこそ……不意のお客だが、まあ気楽に一服してって頂き ましょ」

黒猫の前に干菓子を並べ、茶碗の正面を向け直す。

マヤ
「ちょいちょい(爪の先で菓子をつつく)」

100%砂糖製の魚。動くはずもない。匂いもしない。

マヤ
「にゃう(困るよう、こんなの貰っても)」
訪雪
「やっぱ、猫は茶なんぞ飲まんよなぁ……
ま、気分だからいいや。そこでゆっくりしててよ」

正座の膝を崩して、ぴしりと伸ばした背中を猫のように丸める。作務衣の背中に強い陽射しが当たって、じっとりと汗ばんでくる。

訪雪
「……暑いな、こりゃ。日傘のひとつも担いで来るんだったか」

と、呟いていた訪雪の耳に、妙な音が聞こえた。

SE
かちかちかちかち……かち。

猫から視線をずらし、緋毛氈の途切れるあたりで止める。

訪雪
「また、妙なお客さんだ」

市松人形のようなおかっぱ頭に白い肌。金色の瞳の人形がかちり、と音を立てて首を傾げていた。

訪雪
「まあ、あがるといいよ。どうぞどうぞ」

とてとて、と人形は毛氈の上に上がり、猫の隣に座り込んだ。

訪雪
「ゆずさん、だっけな? 花澄さんは?」
譲羽
「ぢい(あっち)」

白い指が、今来た方を指差した。

直紀
「この季節って緑がきれーで、きもちいー」
ぼすっと草むらに顔を埋める。すぅっと匂いを嗅ぐと草いきれの匂いが鼻につく。

直紀
「なんか……ねむ……いなぁ(ふわぁぁ)」
ごろんごろん、草むらに転がる。ところで直紀、仕事はどーした(^^;ふと、見慣れた人が視界に入る。

直紀
「かっすみさぁーん!(ぶんぶんっ)なにしてんの?」
花澄
「あ、直紀さんこんにちは。あの……ゆず見ませんでした?」
直紀
「ゆずちゃん? んーん、見てないけど?」
花澄
「もう、どこいっちゃたのかしら、あのこ」
直紀
「一緒に探そうか?」
花澄
「でも直紀さん、お仕事はいいんですか?」
直紀
「だぁいじょうぶっ(笑)気にしないでっ! 探そっ、ねっ」
花澄
「(くす)はい、そうしましょうか」

と、その頃。
 野点の近くのサイクリングロードで一台の自転車が止まった。

SE
キィィッ(自転車のブレーキ音)
「んもぅ、やんなっちゃうなぁ。いきなりやってきて『初夏 の草花で花束を作ってくれ』は無いわよねぇ……引き受けるあたしもあたしだけど(苦笑)」

ぼやきつつも、がさがさと自転車の籠から、どうらん、ナイフ等の野草採取セットを取り出す。

「それにしても強い日差し、帽子持ってきて良かった」

最後に籠から取り出したのは鍔の広い白い麦藁帽子。
 それを被り、御弁当と、水筒の入った小さな赤いリュックを背負い、準備は完了した。なんだかんだ言っても、ハイキング気分で楽しんでるようである。

「さて、とりあえず何から行こうかしら」

がさがさと草むらに入っていくが……。

ユラ
「みことさーん、こんにちはぁ」

と、後ろから、のんびりした声がひびいた。
 ふりむくと、ついさっきまでグリーングラスにいました、といったいでたちのユラ。

「あれユラちゃん、どうしたの? 今日は大学の方、いいの?」
ユラ
「あ、今日、グリーングラスでハーブクラフトの講習会やる からっていうんで、その準備に追われちゃって。で、おやすみしました(笑)」
「で、お店の方は?」
ユラ
「店長に追い出されちゃいました。初心者相手に余計なこと いうなって」
「そ……そうなの(汗)。で、お散歩?」
ユラ
「ええ。もう、普段、光にも風にもあたらない生活してるか ら。こんな天気のいい日は、遊びにいかなくっちゃ、ですよね。尊さんは、お仕事ですか?」
「そうなの、ちょっとアレンジたのまれちゃって。で、素材 あつめ」
ユラ
「そうなんですかぁ。よかったら手伝わせていただいても ……あれ?」
「ん、どうしたの?」
ユラ
「あらあら、あんなところにマヤが」

立ち上がって、ユラの指さすほうを見る。

「うーん、あれは……野点?」
ユラ
「ですよね。しかもお客がなぜか猫と人形……」

好奇心モード、発動。

「ちょっと、行ってみない?」
ユラ
「ええ、これは行ってみないと」
譲羽
「ぢい」
マヤ
「にい」
訪雪
「……おや?」

マヤの耳がぴくりと動いて、譲羽が土手の方を振り返る。
 土手上のサイクリングロードから緋毛氈空間へと続く、俄ごしらえの踏み分け道が、がさがさと音を立てた。

ユラ
「やっぱり松蔭堂さん……こんな薮の中で何してるんですか?」

正座した訪雪の目線ほどの高さの草を分けて、ユラ、続いて尊が顔を出す。

訪雪
「ああ、あなたは……ええと」
ユラ
「小滝です」
訪雪
「で、後ろにいるのが如月さん……だったかな?  何って、見ての通りの野点ですが」
「野点って……その猫と人形がお客ですか?(呆)」
マヤ
「にゃん(このおっさんに用はないんだけど)」
譲羽
「ぢいっ(ただの人形じゃないよう)」
訪雪
「うん。お二方もご一緒にどうです」
「いいんですか? じゃ喜んで」
ユラ
「お邪魔しまぁす」

二人の返事も待たずに、訪雪は膝をついて、
 一切合切の山に頭を突っ込む。

SE
「ごとごと、がさがさ」
訪雪
「こっちの赤楽が如月さん、でもって小滝さんには唐物を ……っと。これ以上増えたら碗が足りんが……ま、何とかすっか」

さてこちらは、直紀と花澄。

直紀
「ゆーずちゃん、出といでー」
花澄
「ゆずー、どこにいるのー」

さわさわと鳴っているのは、川の流れなのか、青草のそよぎなのか。

花澄
「もう。あの子ったら、どこ行っちゃったんだろ」
直紀
「ゆずちゃんが動いてたら、どっかで騒ぎになっても可笑し くないのに」
花澄
「川に落ちたりしてないといいんだけど……」

ちょっと沈黙。

直紀
「だぁいじょうぶだって! そんなヘマ、ゆずちゃんなら しないから(汗)」
花澄
「(苦笑)ありがとう」
直紀
「案外そこらから、ひょっと出てくる……ん?」

さわさわと鳴る風。それに声が混じる。

直紀
「あれ? 尊さんの声、かな?」
花澄
「え?」
直紀
「花澄さん、行ってみよっ!」
花澄の手を引っぱり、声のした方に歩き出す。がさがさと道なき道を突っ切る直紀。

花澄
「あ、あの本当にこっちなんでしょうか(汗)」
直紀
「んーこっち! あ、花澄さん手ぇ離しちゃだめだからねっ」
花澄
「は、はい」
背の丈ほど雑草をかきわけ、かきわけ……声が近くなる。

「なんだか……後ろのほうから、がざがさいってません?」
マヤ
「ニャア(人が来てる……これ花澄さんの匂い)」
ユラ
「え? 花澄さん? でもなんだって、あんなとこから(^^;」
訪雪
「せっかく道を作ったんだけどねえ」
譲羽
「ぢぃ(花澄なら……ありうる)」
がさがさがさ

直紀
「ぷはぁっ!」
花澄
「はぁ、はぁ」
勢いよく雑草から顔を出す直紀と、はぐれないように必死で直紀の手にしがみついてる花澄が野点の場に姿を現わす。

訪雪
「変わったとこからようこそ」
直紀
「ありゃ? ほーせつさん?? なんか皆さんお揃いでお茶会?」
譲羽
「ぢぃ」
ちょこんと茶器の前にすわる譲羽が目にはいる。

花澄
「ゆず、あなたこんなとこにいたの?」
直紀
「あははっ、ゆずちゃんかわいいー(ぎゅうっ)」
直紀と花澄も靴を脱いで、僅かに空いたスペースに上がり込む。緋毛氈の上では、いまや人間5人に木霊1体、猫1匹がひしめいている。

訪雪
「参ったね、こりゃ……流石にスペースがなくなってきたか。 よっこらせっと」
立ち上がった足で釜を蹴飛ばしそうになって、少しよろける。荷物の中から、木箱を包んでいた大きな布を取り出して、毛氈の隣に広げる。茶と黒を基調に、複雑な幾何学文様を織り出した布の中央には、細長い切れ目が開いている。切れ目から飛び出した草を隠すように布を整えた訪雪は、釜のそばの自分の座に戻った。

訪雪
「……さて。ちょいと地味だが、よかったらこちらもどうぞ」
ユラ
「じゃ、わたしはそちらに。マヤもおいで…… この布、敷物じゃないみたいですけど、いいんですか?」
訪雪
「ボゴダで買ったポンチョですよ。本来は着るものだが、 野宿するとき敷くような代物ですから、どうぞお構いなく」
花澄
「(本当に、これで野宿したことがあるのかしら……?)」
譲羽
「ぢいぢい(ゆずも、あっち行く。花澄も行こう)!」
混雑が緩和されたのを見届けると、訪雪は新しい薄茶碗を出して清め、人数分の点前の用意を始める。

「あんなに沢山の茶碗……一体どうやってあの自転車に積んで きたのかなぁ(汗)」
その頃。スナフキン愛好会の3人組は、土手の上を歩いていた。午後の陽射しを受けてきらきら光る川面を眺めていたフラナが、ふと何かに気付いて河川敷の草むらを指差す。

フラナ
「ねぇ、あれ何だろ」
佐古田
「じゃじゃん(あれ?)」
フラナ
「ほら、あそこ。草の間から煙が出てる」
本宮
「確かに。煙というよりは、どっちかっていうと湯気みたい だけど……あんなところに、誰かいるのか?」
佐古田
「じゃかじゃん(何か、聞こえる)」
川面を抜ける風が、人の話し声を運んでくる。

フラナ
「いっぱい、いるみたいだね」
本宮
「聞き覚えのある声が交じっているみたいだな」
フラナ
「もとみーもそう思う?(道を見つけて) ほら、ちゃんと道もあるんだし、行ってみよう!」
佐古田
「じゃじゃんっ(行こう!)」



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