エピソード534『修羅』


目次


エピソード534『修羅』

プロローグ

人は誰しも、鬼にもなれれば仏にもなれるという。だが人と仏の隔たりは大きく、人と鬼の境界はあまりにもはかない‥‥‥

「浄!」
圧力さえ感じさせる言葉とともに、『それ』は散った。二匹のオコジョがするりと尊の肩に乗り、外で陣を張っていた一が苦笑する。尊をガードして戦っていた御影も、オコジョ二匹に無邪気ともいえる笑顔を見せる尊に、やや唇をほころばせていた。が、その顔がすぐにまた、いかつくなる。一も、金剛杖を構え直した。尊の手に、新しい札が現れる。

「切りがないわね」
「化けもの以外は任せますよ、旦那」
御影
「まかせとけ」
百鬼夜行の中に一人の人間を見つけて、御影が不敵な笑みを浮かべた。昼〜黄昏----------------日曜日、松蔭堂裏手の倉。

豊中
「で、昼まで寝てたってわけかおまえは」
「うしみつどきにはたらいてたんだよ‥‥‥」
豊中
「わかった、平仮名で喋らなくていいから寝てろ(苦笑)。し :かしおまえとお前の仕事の対象、どっちが幽霊だかわかりゃし :ないな、その生活パターンじゃ。ビデオは勝手に借りてくぞ」
「ど〜ぞ〜(眠たげ)」
また布団をひっ被った一を放っておき、豊中はビデオテープを持って松蔭堂を後にした。梅雨の合間の日差しが、暑い。Flower Shop MIKOでは、尊があくびを噛み殺していた。

「(ふあ〜)っと、いっけない、そろそろ生け花用の花を作っ :ておかなきゃ」
前日に世更かしをしようと、注文されたものをすっぽかすわけにはいかない商売人一人。一方、吹利地方裁判所に隣接する吹利地方法務局。目の前にずらりと並んだ登記簿や測量図。
 ページを繰ってはメモをとる御影の姿があった。

御影
「……ふぁ。(寝たい……)」

イレギュラーな仕事がいくらあろうと、レギュラーな仕事を放り出すわけにはいかない勤め人がひとり。日が落ちるまでは、ごく普通の暮らしがあり、誰も闇のことなど思いだしもしない。少なくとも、平凡な一日一日を過ごして生きる人々は。やがて日が傾き、闇が東の空からゆっくりと迫る。赤く染まった雲が明日の雨を知らせ、薄闇が辺りを支配する。逢魔ガ刻。

夏和流
「ん?なにか、聞こえたかなあ?」
辻。あの世との境目であるともいう。単なる住宅街に見えても、古い辻。古の道の面影はなくとも、幽幻界への分かれ道。見えざるものたちの嘆きを聞くものが、ここに一人。

夏和流
「‥‥‥‥なにしてるんだろ、あの人」
豊中
「何をつっ立っているんだ三河君?」
いきなり声をかけられ、夏和流は振り返った。自転車に乗った、ごく平凡な若者一人。

豊中
「子供は家に帰る時間だ」
夏和流
「子供扱いしないでくださいよぉ、僕、17ですよ」
豊中
「未成年だろうが(笑)。荷物、のせるか?」
夏和流
「ありがとうです〜♪。あれ、その腕、どうしたんですか」
豊中
「ん?ああ、これね。ちょいと犬に噛まれたんだ」
まだ包帯が残る腕を動かし、苦笑する。

夏和流
「(顔を曇らせ)……犬、ですか?」
豊中
「しつけの悪い犬だったみたいでね。大した怪我じゃないんだが、 :医者がうるさいんでミイラ男をやっている」
夏和流の荷物を載せ、自転車を押して歩き出す。闇が深くなり始め、名残の陽のおとす影が薄い。

豊中
「そういえば、西山君はどうした?」
夏和流
「みのるですか? なんか、今日は用があるとかで先に帰りました」
豊中
「君は日曜日に部活動か、運動系も大変だね」
夏和流
「……言わないでください。これからさらに五回は日曜がつぶれることを思い出して、悲しくなりますから(涙)」
どうといったことのない会話。街灯が瞬き始める。

夏和流
「じゃ、ここらでいいです。さよならぁ」
豊中
「気をつけて帰れよ」
夏和流の姿が次の角を曲がる。見えなくなった所で、豊中の表情が変わる。

豊中
『こいつは一の野郎か尊さんの管轄だと思うが‥‥‥』
居候
『わしゃしらん』
豊中
『これだからな。しかし、あの二人はプロだからなあ‥‥‥仕事でも :ないのに、話しを持ちかけるのも気が引けるが』
居候
『お前一人はやめとけ、若いの』
豊中
『できればな。しかし、三河君があれに反応していたのはもっと気に :なる』
嘆きの波動。ここ数日続いていたそれは、今日はいっそう強さを増していた。嘆きつつ、仲間を呼ぶ声。聞こえるものにしか聞こえぬ、嘆きの鬼の誘い歌。帰り道。夏和流はだが、ふと、足を止める。

夏和流
「……呼んでる」
辺りを軽く見回す。すると、ある一角の古びた館が、妙に目に付いた。そしてそこから、夏和流へ向けて言葉が発せられていた。

夏和流
「……『助けて』、か。こういうのは、みのるに頼んで欲しいなぁ……。僕は、弱いんだから(ため息)」
ぶつぶつと呟く。だが、足は館へと向かっていった。

夏和流
「逃げ出せたら楽だよなぁ……っと、それを言ったら最低の人間になっちゃうか。いいでしょ、お助けしますよ」
黄昏〜夜-----------夏和流が、舘へ歩きと始めた頃。

花澄
「よく考えれば」
譲羽
『?』
花澄
「鬼が減るわけないのよね」
譲羽
『??』
 
 背中の袋の中で譲羽が小首を傾げているのを言外に読み取って、花澄は苦笑した。
  逢魔ヶ刻。忙しげに歩く人々に、鬼達が混ざる時刻。
 
花澄
「煩悩だ、とか言って叩き出したものまで、鬼扱いに
なるんだから」
言いかけて、ふと、花澄は眉根にしわを寄せた。

花澄
「泣き声?」
人の耳に聞こえる声では、無いのかもしれない。背中の木霊が、何やらもぞもぞと動いた。警告のつもりであるらしかった。

花澄
「じゃあ、間違いではないんだ」
ごく当たり前のように、彼女は泣き声の方へと向かった。

花澄
「あら…」

思わず立ち止まり、目を凝らす…そこには、以前河原で見かけた小人。生け垣の陰から、ひょっこりと顔を出して花澄を見上げている。

花澄
「どうしたの?こんなところに出てきて」

小人は答えない。じっと花澄の目をみつめ、何かを伝えようとしている…なぜだか、ひどく…悲しそうな顔に見えた。

花澄
「どうして、そんなに悲しいの…」

答える代りに花澄のスカートに飛びつき、小さな手で何かを指し示す。

花澄
「向こうに、何かがあるのね」
こくこく、うなずく小人。その目は必死に何かを訴える目だった。空の色に朱と闇が混ざり合い、境界があやふやとなる極短い時間。この世の住人とあの世の住人が世界を共有する、一瞬。それを認識できる人間は、ここにもいた。

尊  
「毎度有り難うございまーす!」
閑静な住宅街の一角。配達を終えた尊が車へ戻る。夕闇迫る住宅街は人通りも無く、静まり返っている。車へ乗る前に誰かに呼ばれたような気がして、ふと振り返る、誰そ彼と。目の前には薄闇にぼんやり浮かぶ十字辻。片方の辻から三輪車に乗った男の子がやってくる。キィ……キィ……キィ……。車軸が錆びて居るのか、小さな足がペダルを踏むたびにきしむ音がする。おかっぱ頭の、あどけない子供の表情に尊の表情も緩む。

「僕、暗くなるから早くお家へお帰り(にこ)」
声をかけると男の子も微笑みかえす。

男の子
「うん(にこ)」
キィ……キィ……キィ……。男の子を見送ると、車のドアを開け、伝票などを整理する。ふとある言葉が浮かぶ。

(黄昏刻って言うんだっけ。こういう時間を……黄昏。「誰そ彼」
逢魔が刻、か……)
ぼんやりとそんな事を考えていると、何処からか聞こえる童歌。
 とおりゃんせ とおりゃんせ
 此処は何処の細道じゃ
 天神様の細道じゃ
 御用の無い者通しゃせぬ 
 ちょっと通してくりゃさんせ……

「行きはよいよい帰りは恐い……」
つい、つられて口ずさみ、ハッと振り返る。三輪車の軋む音が、消えた。辻まで走り男の子の行った方を見やる。

「……そんな……」
ザッと巻いた風が周囲の木々を揺らし、尊の髪を吹き乱し、肌が夜目にも判るほどザワリと粟立つ。男の子の進んだ道は、数メートルで行き止まる袋小路だった。帰り道。だが、ふと、足を止める。この世ならぬものが、微笑みかけているような気がした。境界を侵すことをよしとしない、穏やかな鬼達の笑み。黄泉平坂(よもつひらさか)の向うから、静かに生きている者達を見つめる死者達の眼差しは、さ迷い出て行き場を失った者達にはない、優しさを含んでいる。穏やかな眠りの中にある者達。生きる者達の祖(おや)であり、かつては生あるものであった彼らは、夕暮れが闇に変わると同時に消える。

「‥‥‥‥‥」
あとには安らぎをたたえた闇のみが残る。しかし。

豊中
「‥‥‥‥やっぱり引き込まれたか?」
ブレーキ音とともに、自転車が停止する。古い洋館の前。窓ガラスは破れ、羽目板のペンキははげ、夏草が伸び放題に生えているそこには、闇本来の安らかさはなかった。

豊中
「往生ぎわの悪い連中に呼ばれたな‥‥‥」
考えたところで、どうなるものでもない。草むらに自転車を突っ込み、鍵をポケットに突っ込んで、そこで足音に気づく。衣ずれの音。男ではない。スカートをはいた女性のものだった。

花澄
「ねえ、ここなの?」
豊中
「何してるんですか、花澄さん」
花澄
「あら?」
洋館にぶつかって終るT字路。街灯のあかりに長い影を引き、歩いてきたのは確かに花澄だった。

花澄
「あのう‥‥‥ここ、あまりよろしくない場所のようですけれど」
豊中
「(わずかに苦笑)そのようですがね。未成年を連れてきますんで、 :花澄さんはそこにいて下さい」
走ると、傷がうずく。その痛みが現実。

豊中
「やれやれ、俺もお節介だよな。一の野郎のことを笑えない」
ぶつくさいいながら、壊れた蝶番をきしませ、ドアを開ける。玄関ホールでたたずむ、夏和流。

豊中
「肝だめしの時期じゃない、帰るぞ」
夏和流
「でも、僕に『助けて』って言ってるんですよ」
豊中
「‥‥‥‥出るぞ」
強い口調。腕をとり、強引にひきずり出す。

夏和流
「ぼく、逃げたくないです」
豊中
「いいから出ろ!」
夏和流の聞いた声は、夏和流の耳にしか届いていない。しかし、豊中が『聞いた』思念は、助けを求めるそれではなかった。嘆きゆえに鬼と化し、嘆くことしか知らず、嘆きの鬼を増やそうとする、底のないよどみ。そして、それをさらに淀ませ、どす黒い淵へと沈ませようとする強い感情。長い間さらされれば、並の人間ではどうにもなるまい。いや、術者でも。それが人間である以上は。

花澄
「え?」
小人
(指さしている)
花澄
「あっちに、なにかあるの?」
小人が、おびえたような顔になり、次の瞬間には姿を消す。指さしていた先には、出てきたばかりの夏和流と豊中の姿があった。

譲羽
「ぢいいっ!」

いつのまにやら袋から脱出していた木霊が、肩の上で鋭い鳴き声をあげた。

花澄
「……うん、見えてる」

鬼哭。嘆く鬼の口元は、泣いているやら、笑っているやら区別がつかない。二人の後ろにいる鬼。獲物を逃がしたことを、嘆いているのか。獲物に針を掛けたことを、嘲笑っているのか。

花澄
「そこなの」
しんとした目で、花澄は鬼を見やった。二人を通り越す視線。

豊中
「花澄さん、ここから出ますよ」
譲羽
「ぢいっ」
木霊も、花澄の肩で警告の声を発する。しかし、花澄は動こうとしない。しかたがない。豊中は外界インタフェースとしての自分の肉体を意識し、精神空間への情報流入を制限、そのうえでそっと手を伸ばし、花澄の肩を軽くゆする。涼しい風が、花澄を護るように吹き、消える。

豊中
「花澄さんに何が見えるにしろ、今はこんなところで探検ゴッコ :をする時間じゃないでしょう」
花澄
「え、ええ、そうですね」
豊中
「三河君も」
それでも戻ろうとする夏和流を、花澄が引き留めた。

花澄
「本当に今日はやめておいた方がいいと思いますけれど」
豊中
「帰って寝ないと、明日の朝が辛いぞ?」
夏和流
「(小さな笑みを浮かべ)大丈夫ですよ」
とはいいつつ、夏和流もいったんこの場を離れることには賛成のようだった。すでに空には星が輝き始める時間になっていた。夜〜深夜--------- 帰り道。一人で暗い道を歩く。……歌が、聞こえる。
 『鬼さん、こちら、手の鳴る方へ……』

夏和流
「……呼んでる」
きびすを返し、また館へと向かっていく。

夏和流
「……負けるわけに、いかないよ……」
かつて、負けた。だから、二度と負けたくない。心の内に、自分の『物語』を浮かべ、決意を確かめる。

夏和流
「僕の、三河夏和流の物語は、まだ終わるわけないんだ。続けて、みせる。そして、幸せな物語を創ってみせる」
館に、着いた。そこで見たもの。再び見る必要がある。とにかく、夏和流にとっては。扉を押すと、ぎぎぎぃ、と音が鳴る。

夏和流
「ドラマじゃあるまいし、何とも立て付けの悪いこと」
自らの不安を消そうとし、独り言。そして、ゆっくりと、ただ前に歩き始める。やがて、なにかの気配があらわれる。

夏和流
「……!」
それは、昔飼っていた犬の姿をとっていた。自らの過失で失った命。忘れられない、心の傷。

夏和流
「……あ……くっ(口を手で押さえ、涙を流す)」
吐き気が、こみ上げてきた。自分で、自分を拒否したくなる。頭では、わかっている。既に、死んだものなのだ。いるはずがない。だが、わかっていても、動けなかった。犬が、飛びかかってきた。そして、夏和流は喰われた。己の心が生んだ影に。それが己の影であることは、わかっている。故に、それは。断ち切るべき恥である。

花澄
「ゆず。そこで黙らないと、置いていくわよ」
譲羽
『でも花澄』
花澄
「でもなあに?」
譲羽
『……何で、風は止めないのっ!?』
花澄
「止めない約束になってるもの」
暗い夜道。さっき、夏和流が通っていった道。ぼそぼそ言い合ううちに、彼らは先程の洋館のところに立っていた。

花澄
「こんばんは」
律義にそう言うと、扉を開く。嘆く声が、耳を突く。

花澄
「どこにいるの」
風が吹き込んでゆく。嘆く声が、方向性を持ち出す。花澄はぎり、と唇をかんだ。

花澄
「誰かを、釣り上げたかったんでしょう?」
もし、自分を釣り上げるつもりならば、とる姿は一つ。ぼう、と浮き上がった姿を見て、花澄はくすりと笑った。

花澄
「ほうら、ね」
ぽろぽろと両眼から涙をこぼしている鬼。花澄自身に、生き写しの。

花澄
「あの時、切り捨てた筈なのにね。存在を認めない、と
言ったのにね」
方法は、ない。手段もない。罠だと分かってもいる。単なる目くらましかもしれない、とも。それでも譲れないことがある。

花澄
「認めて堪るものか」
花澄は真っ直ぐに歩き出した。闇の中へ。

深夜〜探索

丑三つ刻。自転車のブレーキ音が、静かな住宅街に響く。ぽつねんとともる街灯の下。自転車を止めたのは、豊中だった。片手に地図とコンパス。もう一方の手にはペン。しばらく意識を集中し、それから方位を確かめると地図上に線を引く。七本の線が、二つの交点を浮かび上がらせる。嘆きの波動の元となる点。

豊中
「誤差を考えても、これ以上ずれようがない、か‥‥‥」
交点の一つはあの十字路。そしてもう一つは‥‥‥

豊中
「あの廃屋じゃないぞ?」
コンパスとペンをバックパックにつっこみ、自転車のペダルを踏む。夜の風が、人通りの絶えた道を吹く。嘆きの声を乗せて。

翌日〜朝、そして昼

明け方…本宮、自宅にて…

本宮
「…う…」
その日、本宮はひどくうなされていた…心は血を流さない…だから傷ついたことに気が付かない…ただ…夢の中で疼き、見えない血を流し続ける。一人、夢に苦しみ、もだえ続ける本宮。
  そんな姿を冷ややかに見詰めていた…窓辺に映った…鬼。うなされる本宮を見据え…嗤っている醜い顔…絡めとった獲物をいたぶる獣にも似た嫌な嗤いだった…そして、開店前の時刻。Flower Shop MIKOにて。
  Tel....

「毎度有り難うございます、Flower Shop MIKO ですが」
店長
「あ、申し訳ありません。瑞鶴の…花澄の兄ですが」
「あ、いつも、お世話になってます。それで……なにか?」
店長
「申し訳ありませんが、花澄、そちらにおりませんか?」
「え?…いいえ、昨日からお会いしてませんけど」
店長
「そうですか……すみません。あれの話に出てくる名前で
連絡先が分かっているのが如月さんだけでしたので」
「いえ。ってことは、花澄さん、行方が」
店長
「いや、どこかにいるでしょう。お忙しいところ、すみませんでした」
かちゃん。お気楽な声のまま終始した電話の内容は、あまりお気楽なものではないようだった。

(苦笑)
受話器を握ったまま微苦笑する。多分、また一騒動あるだろう。誤魔化しようの無い胸騒ぎがそう告げている。そして、この感は嫌になるくらい良く当たる。だが、危険を前に気分は不思議と落ち着いていた。昔は忌み嫌い、隠し続けていた退魔師の力も今は大事な人たちを守るための力として、誇りにさえ思う。聞いてしまったからには、やる事はただ一つ。後は行動あるのみ。
 手早く店の前の花をしまい、「CLOSED」の札を表にかける。自室にもどると、誰も見ていないのを良い事にジーンズとエプロンを脱ぎ散らかす。
 ジーンズにTシャツ、その上に皮ジャンを羽織ると、皮ケースに収めた漣丸を引っつかみ、階段を駆け降りる。店の裏、小さな駐車場の前で立ち止まる。駐車場に止められた、FLOWER SHOP Mikoのロゴの入った配達用軽乗用車ともう一つ。シートが掛けられたバイク。迷うことなく近づきバイクのシートを取り去る。下から現れたのは優美なラインを誇らしげに光らせる真紅のバイク、ZXR250。

「もうずいぶん乗ってないけど……大丈夫かなぁ(苦笑)」
ヘルメットを被り、キーを入れ、セルを回す。小さな身震い一つで紅い獣が目を覚ました。蹴り込んだギヤが小気味の良い音を立ててかみ合い、加速感が身を包む。

「花澄さんは、多分……」
少しずつ、淀みが空気を蝕んでいく。それに気付ける者は少ない。光しか知らぬ者達は特に、その危険に勘づくことすらできまい。そして、闇を己に敵対し、滅ぼすべき存在としかとらえられぬ者達も。光の中に生まれ、闇と共に生きる者のみが、闇に似て非なる淀みを正確に見つめられる。あるいは闇と共に生まれ、薄明に抱かれて育ったものだけが。

再び、逢魔ガ刻

クラス委員会を終え、家路に就く本宮。いつになく疲れきって、少しふらついているかのようにも見える。

本宮
「なんでだろ…なんでこんなに疲れてるのかな…」

…歩く足が重い、歩く…唯それだけのことがひどくおっくうに感じる。

本宮
「あんな夢…見たから…かな」

今朝方見た夢…思い出したくない…苦い初恋。
 
  夢の中…自分がまだ糸目で目を隠していなかった頃…小学校二年生の頃…校庭裏の杉の木の下…

本宮
「僕、『 』ちゃんのこと…好きだよ」

あの頃は、自分はませていたと思う。でも、あの時本心の精いっぱいの告白をした。初めての…告白だった…しかし、女の子は自分から顔をそらす。その目はまるで異生物を見ているかのような目だった。

女の子
「私…本宮くん…嫌い…」
本宮
「え…」

思わず目を見開く、その右目は澄みきった青い瞳…

女の子
「本宮くんの目…怖い…」
本宮
「僕の目…が」
女の子
「怖いの…本宮君に見られると…青い目で見られるの
…怖い」
本宮
「…そんな…あっ『 』ちゃん!」

一瞬呆然としていた隙に走り去ってしまう女の子。振り向きもせず、一心不乱に…自分から目をそらすように。

本宮
「『 』ちゃん…」
 
  何も言えず、呆然とその場に残される自分…悲しさ…嘆き……溢れる感情にただ…なにもできす立ち尽くすだけ…
本宮
「なんで…またあの夢を見たんだろう…」

生まれつき青い瞳、自分のせいではないのに…なぜ…それだけの理由で人を怯えさせてしまうのだろうか…
 『憎い…あの子が』
 『なぜ…自分だけが…苦しまなければならないのだ…』
 『…お前は…醜い…』ぞく…不意に寒気が襲う。両手で自分自身を抱え込む。

本宮
「今の…寒気は一体?それに、どこから…声が」
振り向いてみる、しかし…そこには誰も居ない…

本宮
「…今のは…一体」
古びた道祖神のみがある、辻。現在の地図上では単なる点に過ぎないそこも、かつての旅人が旅だったポイント。

豊中
「というわけで、見事に重なっているわけだ」
本宮が立っている辻を示す地図上の点を、豊中は鉛筆でこつこつと叩いて見せた。

「こっちは歴史地図か。良く見つけたな」
現代地図と、明治時代に作られた地図。明治の地図には、古い街道がはっきりと示されている。

豊中
「市の図書館に置いてあった。で、これに昨日の晩、俺が同定したポ :イントを重ねる」
「‥‥‥‥どんぴしゃ、だな」
豊中
「俺にはさっぱり意味がわからないが、お前なら判ると思ってな。街 :道の交差点と非実体化した感情の淀み、どういう関係がある?あるい :は関係がないのか?」
「関係ならある」
いつものおちゃらけが消え去ったシリアスな一の説明に、豊中の目がスッと細められた。理性は理解していても、感性はそうではない。目の前に立つもの。過去を思い出させ、後悔と嘆きの海につき落す。尊が悲鳴を上げ、一が金剛杖を取り落とす。夏和流が悲痛な叫びを上げ、花澄の目から涙がこぼれる。本宮はうずくまり、両腕で自分を抱き抱える。琢磨呂でさえ、顔をわずかにゆがめていた。そして御影も。

悪夢〜尊

夢を、見ていた。繰り返し、繰り返し見てきた夢。リフレイン。どのシーンも、どの台詞も、一言半句も違わずに言えるほど繰り返された夢。迫る、自動車。悲鳴を上げるタイヤ。そして、身体を襲う衝撃。Black Out……。まるでコマ送りの古い映画を見ているように、それを見ていた。自分の事では無いように。恐怖も悲しみも無く、淡々と。今日も繰り返される。
 「真実を見せてあげましょうか?」あたしの姿を取った物が嗤いかけた。まるで知らないのを嘲るように。
 「あなたの見ているものはまやかし、あたしは真実を知っている」教えて欲しい、とあたしは言った。教えてあげる、と彼女は言った。それがどんな記憶でも、と付け加えて。暗転。吹き付ける妖気。
 「志乃、尊を頼む」母の胸に抱かれ、恐怖に震えながら父の顔を見上げる。
 「あなた……」母の涙声が漣丸を構える父の背に掛けられる。
 「行け!娘と嫁さん位守れんで如月の頭首を名乗れるかっ!」ゴッと風が巻き、父に叩き付けられる。
 「とうさまっ!」
 「あなたっ!」緑色の極太の鞭。鱗にヌメリ光る鞭。真っ赤な口を開き、瞬きの無い目で獲物を見定める蛇。
 「行けぇぇぇぇ!」父の絶叫が耳を打つ。あたしを抱いたまま、母が弾かれたように走り出す。
 「かあさまっ!とうさまが!とうさまが!おいてっちゃだめぇ!」必死に母の胸を叩く。
 「尊、父様は大丈夫、大丈夫だから!」今なら解る、母の言葉が偽りであると。
 「いやぁぁぁっ!とうさまっ!とうさまっ!」狂ったように泣き叫び、母の腕の中でもがく。暗転。
 これが真実、今まで見てきたものは偽り。
 認めるのだ、これがお前の過去。虚空から見下ろす感情の無い瞳。と、空を切った緑色の鞭が母に巻き付く、とっさにあたしを地面に投げ出す母。
 「ああああっ」ギリギリと締め上げられ苦悶の表情を浮かべる。
 「かぁさまっ!このぉ!かあさまをはなせっ!」あたしは手近な棒切れをつかみ、母を捕らえる蛇を殴り付ける。固い鱗は傷一つ付かない。
 「みこ……と……逃げて……お願い」恐ろしい力で締め上げられながらも母は懸命に微笑む。
 「かぁさまも!かぁさまもいっしょに行くのぉ!」あたしは泣きながら母にすがる。
 「おね……がい……」すがる手にギシ、ギシと骨の軋む音が伝わる。苦しさに絶叫してもおかしく無いのに微笑む母。
 「に……げ……て」鈍い音が響く。暗転。
 忘れたふりをしても無駄だ。
 お前が生きている限り付きまとう。
 お前を守って父と母は死んだのだ。
 お前さえいなければ。たとえようの無い喪失感。無力感。そうか、そうだったんだ……。目を逸らしてきた過去。そうか、あたしさえいなければ……。あたしの姿をした物が狂ったように嗤う。
 そうだ、お前の血と魂を以って償うのだ。
 償いを済ませ、父と母の元へゆけ!。あたしが償えば……父様と母様の所へ行けるのね?。足元で冷たい光を放つ漣丸。漣丸を拾い上げ、ゆっくりと切っ先を喉笛にあてる。冷たい刃の感触だけが奇妙に現実めいていた。これで……。

守るべき者〜夏和流、御影

夏和流は。半年前。それから、ずっと後悔している。なぜ、僕はあの時……。目の前の鬼が、昔の飼い犬の姿をとる。血を吐いて、苦しんでいた。フィラリア、そんな病気だと知ったのは死ぬ直前だ。異常に気付いた時点で、医者に見せていれば……。可愛がっていた、という訳じゃない。そこに、いた。いつも。だから、家族だった。家族の病気に、気がついていた。でも、何もしなかった。だから、死んだ。僕が、殺した。夏和流が膝をつく横で。

御影
「……やはりな。そう来たか」

苦々しくつぶやく。6年前の自分の姿を、御影は見ていた。
 ……両手が血に染まっていた。血の涙を流していた。狂おしいほどに笑っていた。世界を殺したかった。すべてを呪っていた。
 腕に女を抱いていた。血まみれの女を抱いていた。すでに息絶えた女の身体を抱きしめていた。自分の体温で女を温めようとしていた。かつて愛しあった女だ。共に滅びるはずだった……。

御影
「勝手に人の記憶を再生しやがって。……彼女はもっと美
人だったぞ」
御影
「俺が殺した。おまえが殺した。護るべきものを、その手
で壊した。この手で壊した」
御影
「ああ、そうだ」
心にはさざなみひとつ立たない。

御影
「それだけか? ひとつ教えてやろう。その程度の自己否
定なら、もうとっくに経験済みだ。
 記憶を読むなら、そのへんのところまで読むんだな」
御影(鬼)
「…………」

忘れることはできない。切り捨てるわけにはいかない。共に過ごした日々を、無かったことにできるはずがない。
 ならば、痛みの記憶も引き受けるしかない。罪の記憶も引き受けるしかない。
 肉体は苦痛を感じない。だが、胸の奥に突き立てられたナイフの痛みを感じることはできる。
 ずっと、向き合ってきた。ときには自分で傷口をえぐり返したりもした。
 今でもナイフは刺さったままだ。痛みも感じることができる。
 それだけ。ただ、それだけのこと。

御影
「わしを取り込みたいなら、もっと重い絵を見せろ」
ふ、と。まばたきひとつするあいだに、女の顔が変わっていた。女は、如月尊だった。

御影
「……再生だけなら大目に見てやろうと思ってたがな。誰
がそんな創作をしろと言った」
何かが膨れあがる。殺気、などという言葉では生温い純粋な破壊衝動。
 鬼は痛みを感じないという。ならば自分は生まれたときからすでに鬼だ。向こうにいるか、こっちにいるかが違うだけで……

御影
「俺はな、地獄行きの指定席を予約済みだ。だいたい、と
っくに人間やめて鬼になった俺に、そんなもんが効くと思
うのか?」
 あの痛みの記憶があったからこそ、自分はいまここにいる。大事なものを護ることができる。大事な人を護ることができる。
 如月尊を護ることができる。
御影の精神に手をのばしてきていた鬼の悲鳴が聞こえたような気がした。目を閉じて、開く。自分の姿はすでになく、目の前には闇だけが広がっていた。無明の闇が。異質なるがゆえに〜豊中--------------------遠い記憶。幼い日、血のつながらない祖父が言った言葉が甦る。 『片輪の子など、間引いてしまえば良いのだ』。生存権をさえ認めようとせず、孫の存在を殊更に無視し続けた祖父。それに同調して豊中を、そして豊中を産んだ母親をあざわらい続けた親戚達。その後、豊中が大学に入った途端、手の平を返したようにベタベタし始めた人間達の思い出が押し寄せる。

豊中
「ふん‥‥‥‥ばかばかしい」
目の前に立つ鬼が、昔の祖父の形をとる。

『産まれて来なければ良かったのだ。お前のような片輪の子供、 :何の役にも立たん』
豊中
「それが、どうかしたか?」
嘆きに押し流されるには、それはあまりにも深い淀みだった。嘆いているだけでは、己の生存権さえ認めてもらえない。認めさせるにはとにかく実力をつけるしかない。実力で相手を叩きのめすことでのみ、己の存在を認めさせられる。

豊中
「それと言っておくが、片輪と言うのは差別用語だからな。まぁった :く、頭ん中が戦前のド田舎で停滞してるやつはこれだから困る」
苦笑するしかない。それに鬼がたたみかける。

『おまえは他人と全く違う。一族に数えられるわけがないだろう?』
豊中
「そいつはありがたいね。俺はお前達のような小者を仲間にしなく :て済む」
『お前を受け入れる者はどこにもいない。どこまでいっても、お前は :一人だ』
豊中
「もう一度言ってやろう。それがどうした」
負け犬の群れに混じるより、孤独な狼であれ。嘆くのではなく、闘い続けろ。求めるものがあるならば。わずか十年しか共に暮らさなかったが、たしかにそう教えた人物が豊中にはいた。誇りというものを教えてくれた人物が。母親だった。

豊中
「消えろ。お前は邪魔だ。‥‥‥‥しかし、お前が本当に爺さんだっ :たら殺しがいもあったんだがな」
言いながら、外部に向けていた自分の能力を自分の内側に向ける。自己監視ループを強化。外部からの干渉を最小限にしてから自身を分割。外部とのインタフェースを兼ねる『β』と分析を担当する『γ』に。γは分析された内容に注意を払わない。βには分析結果はただの記号でしかない。鬼の攻撃は無効だ。内容は理解できるが、分割してしまえば共鳴する心はない。‥‥‥‥心の不在。何かを感じる心、それこそが持って生まれてくることの叶わなかったもの。片田舎の世界しか知らない身内が、豊中を怪物と疎んじた最初の原因。今の『心』もβとγ、双方が統合されて始めて疑似的に生じたものに過ぎない。人間であって人間でない状態だ。γがそう警告するが、βである豊中は気にしなかった。そして自己を分割したまま、外部に能力を向け直す。

豊中
「御影さん、岩沙君、惚けている場合ではないぞ!」
よく響く声で、警報が出された。

御影
「誰が惚けてるって?」
琢磨呂
「この琢磨呂様があの程度にやられるかよ」
警報を出されるまでもない。御影と琢磨呂は豊中の復帰とほぼ同時に復帰していた。しかし、尊と一には復活する兆しはない。

御影
「しかし、術を使えるモンが二人ともあの状態じゃぁ、きついか」
琢磨呂
「なんとかするさ!」
豊中
「言っておくが岩沙君、本体はあれじゃないからな」
御影
「なに?」
豊中
「あっちだ」
指さした方向。闇だけが広がっている。

御影
「何もないように見えるんやが」
豊中
「俺にも見えません」
琢磨呂
「場所さえわかればいいんだよ!」

戦い〜狭間にて

M93Rが発射される。姿なき悲鳴が上がり、闇がいくつもの姿に分裂する。**********(ここに戦闘シーンその1挿入)**********

共にある者〜本宮

あの子…あの子がいる…昔のままの姿で。

少女
「本宮くん…嫌い…」
本宮
「…『 』ちゃん…」

その子は…あの時の…好きだった子じゃないはず…なのに。本当に…締め付けられるように…心が痛む。絞り出すように…乾ききった口から言葉をつむぎ出す。知らず…見開いてしまった目、不自然に…青い右目…

本宮
「…どうして?」
少女
「知ってるくせに…」
 
  知ってるくせに…
保母1
「あの子の目…なんだか怖い」
保母2
「不気味なのよね…魔物みたいな…妖怪みたいな…」

聞こえていた…聞きたくなかったのに…みんな言っていた…俺のいないところで。みんな…

少女
「みんな言ってるわ…知ってるくせに…」
そうだ…俺は知っている。
  俺のいない影で…俺の見ていないところで…みんな言っている。表向き取り繕っていても…いい顔をしていても…
  心の奥では俺の事を異生物を見るような目で見てる…

少女
「怖い…本宮くんの目…」
本宮
「…やめてくれ…」

そんな目で…見ないで…どうして…どうして…どうして!…疑問の嵐…嘆きの叫び…心をむしり取られていくような…深い悲しみ…
 「もとみぃっ!」
  突然、頭の中にどこから声が響く。この声は…
 「もとみーっ!」
  フラナだ…
  フラナ…あいつは俺がどんなだろうと…いつも変わらなかった。いつも…俺の後をくっついてきていた…
  俺がいじめられて…俺のとばっちりを食っていじめられてもあいつは…いつもそばにいた。

子供
「なんだよ!お前も化け物味方かよ」
フラナ
「化け物じゃないもん!もとみーだもん!」
子供
「うるさいっ!お前も化け物の仲間だっ」
フラナ
「なんだよぉ!ばかばか!もとみーをいじめるなぁっ」

突き飛ばされれも食い下がり、ガキ大将に食って掛かる。
 

フラナ
「もとみーをいじめたら、ぼくがゆるさないぞっ!」
 
  あいつはいつも…そうだった。
  泣かされて帰るときも…そうだった
 
フラナ
「ごめんね…ぼくが…よわいから…ぼく、もっとつよかったら
よかったのに…」

いつも助けてるはずなのに…俺がついてやってるって思っているくせに…助けられているのは…俺。
 
  強くなりたかった…あいつみたいに…強い心が欲しかった。誰よりも…

本宮
「…い…つまで…」
少女
「!」
本宮
「…いつまでっ…甘えてるんだよっ!」

叫んでいた…心の底から…
 
  あいつに甘えている。
  あいつがいなかったら、俺はいられなかった…
  あいつ無しに…俺という人間は存在できなかった…
  今でさえ…あいつがいなければ…自分は…こんなに…弱くなってしまう…
 

本宮
「…いつまでも……甘えていられない」
 
  しっかと足に力を込める。顔を上げ、まっすぐに目の前を見据える。…あの子の姿を取った鬼が一瞬ひるむ。
 
本宮
「負けない…何よりも…自分に…」
 
  負けられない…自分に…周りに押しつぶされてしまう弱い自分の心に…
 
本宮
「…いつまで…その子の姿をもてあそぶ気だ!」

響く声、凛と通った声。鬼の悲鳴をもかき消す決意の声。そして…もう、そこに鬼の姿はなかった。代わりに見えるもの。見知った姿が三つ。その一つが振り返り、叫ぶ。

豊中
「本宮君、援護してくれ!」
苦戦していることは、見ればわかる。

本宮
「援護って!?」
豊中
「何でもいい!こいつらを近付けない方法だ!」
琢磨呂
「切りがないぜ!」
豊中
「そろそろ御影さんがヤバくなり始めているんだ、君の力を :使ってくれ!」
(ここの部分、要加筆)

友へ〜花澄

目の前に浮かび上がるのは、一台のバス。
  扉のところに押し付けられた、友の顔。
  あの時、事故現場にはとうとうたどり着くことが出来なかった。大勢の人々が流れのように自分を押し流し、押し止めた。黒い上着の男達が、黙々と周囲に飛んだ血痕に、綿を押し当てていたのを何だか妙によく憶えている。
  助けることの出来なかったもの。
  己の命運を、押し付けてしまった相手。
  守りたかった、守れなかった相手。

花澄
「あの後にね、頭がどうかなるくらい考えたのよ」
視線の先に、白い顔がある。

花澄
「考えれば考えるほど、立てなくなった」
思考は螺旋を描くもの。描いた螺旋の先は、落下してゆくもの。もう二度と、力に頼らないと決めた。そのことさえ。誰かを守りたいと思う、そのことさえ。
  白い顔は、こちらを見ている。唇がゆっくりと開いた。誰かを守るといい守られるというその全てが己の立つ拠り所としてのものであるならば結局はその全てが己のものでありその誰かのものではない思考の螺旋の中には所詮自分しか存在しないのか存在しないのであれば

花澄
「くず、だよね」
ふと、花澄は笑った。

花澄
「それでもね、朝になればご飯を作らないといけなかったし、
論文書き上げないといけなかったし、それに帰国するって決めた
もんだから、荷物を詰めないといけなかったし」
白い顔に向かって、花澄はもう一度笑った。

花澄
「それでもね、生きることを休むわけにはいかなかった」
生きることをお休み出来たらいいねえ、と、目の前の顔と話したことがある。罵倒され、何故分からないと責められ、もう何を言われても分からないとしか言えなかった日々を、彼女とは一緒に過ごした。
  守りたかった。
  守れなかった。
  それでも、尚。

花澄
「一つだけ、分かったことがあるの。……誰一人として、
私に死ね、という権利はない。たとえ、死んだほうがマシだ、と
公言するような相手でも、私に向かって死ね、とは言えないのよ」
そのことに気付いた瞬間、笑いが込み上げてきた。臓腑を吐き出すようにも笑い続けた。

「この娘の死を、踏みつけにしていても、尚?」

白い顔が、すう、と浮き上がり、突きつけられる。
  花澄の笑顔は変わらなかった。
 

花澄
「踏みつけにしていても、尚」
「死ぬより哀れな恥を晒していても?」
花澄
「それでも」
与えられる力をどこかで欲している自分がいる。
  しゃがみこめばどれだけ楽だろう、と思うことはよくある。ただ、しゃがみこんでしまえば、立ち上がる力が無いことを知っているだけだ。

花澄
「罵られようが、生き恥を晒そうが、生きることを止める気はない。
今だって、人を巻き込んでいる。その人に手を伸ばすことさえ
出来ない奴よ、私は」
「心配という形の依存によって、人に繋がりつつ」
花澄
「そのくせ、守ることも出来ず、かといって繋がりを絶てば
己の為に立つほどの価値も無く」
二色の声が、並ぶ。

「尚、生きるか」
花澄
「勿論」
「何故」
花澄
「私の死に様は、私が選ぶ」
白い顔が、悲しげに歪んだ。不自然に紅い唇が開く。

「貴方は、そう、まだ、生きることが出来るものね」
  花澄は、拳を握り締めた。
「豊かに生きて、良い終り方を望むことが出来るものね」
花澄
「……かに……」
「え?」
花澄
「莫迦にするなぁっ!」
叫んだ言の葉は、言の刃となって、白い顔を引き裂いた。

花澄
「平塚花澄は、のたれ死ぬものと決めている。
それ以上を、誰が望むかっ!!」
声は力となって、目の前の闇を引き裂いた。途端に感覚に飛び込んでくる、幾多の情報。

花澄
「豊中さん、右から来ます!」
豊中
「Thanks!」
鬼を殴り、蹴る豊中。殴るばかりでなく、吠えながら素手で鬼を引きさく御影。琢磨呂も銃をナイフに持ち替え、本宮は普段細めている眼を見開き、鬼をなげ飛ばしながら異空間へと鬼たちを閉じ込めている。(要加筆)

弱きもの強きもの〜夏和流

遠くで、良く知った声が聞こえる。夏和流の目の前の犬の姿が、揺らいだ。

夏和流
「……でも」
たった、半年前。その時ついた心の傷に、自らの奪った命のその重さに、耐えられそうになかった。それを耐えられたのは……自分の強さじゃない。そこに、みんながいてくれたから。ベーカリーがあって。そこに、みんながいて。親友が、いた。
 『生きろ』その時の言葉が、思い出される。

夏和流
「……うん。負けない、よ」
後悔は消えない。思い出すと、苦しい。この苦しさから、逃げ出したい。逃げれば、全て捨てれば楽になる。でも。

夏和流
「(声を振り絞り) ゴメンね。死ぬわけに、いかないんだ……」
決別する。負けるわけに、死ぬわけにいかない。自分のためじゃない。自分を支えてくれる人のために、強くなる。負けるわけに、逃げるわけにいかない。自分のためじゃない。自分が犠牲にした命のためにも、強くなる。

夏和流
「……ゴメンね」
最後に、涙が一粒こぼれる。そして、夏和流は戻ってきた。戦いのまっただなかに。

御影
「うぉぉぉぉ!」
(要加筆) 春の守り〜尊、御影、花澄-------------------------

 御影
「尊さん! しっかりしろ! 尊さん!」

ぐったりした尊の身体を支えて、御影は呼びかける。だが、尊の表情はまるで人形のように凍りついたままだ。
 御影は、激情に流され、尊の異変に気づくのが遅れた自分に、どうしようもなく腹が立った。
 自分が平気だったからといって、尊もそうであるとは限らない。ましてや、自分が復活したときには、尊はまだ捕えられていたのだ。この時点で何らかの手を打つべきだったのに、逆上するあまり、相手をぶちのめすことしか考えられなかった。
 そんなことで、彼女を護る資格などあるものか。

夏和流
「豊中さん、尊さん、どうなっちゃったんですか?」
夏和流が尊の精神を探知している豊中に声をかける。

 豊中
「‥‥‥‥このままでは、まずいな」
 本宮
「まずいって、どうなるんですか?」
豊中
「有り体に言おう。自滅する」
非常に冷静な声は、御影の耳には死刑宣告のように響いた。御影が、豊中の襟首をつかんでねじりあげる。

豊中
「事実です、御影さん」
御影
「それが人間のいう言葉か?」
 花澄
「なんとか、ならないんですか?」
 豊中
「俺にはどうにもできません。ただ‥‥‥」
御影の手に、力が籠る。首を締められ、豊中の顔色が変わった。花澄が、御影を止める。

花澄
「御影さん、やめて下さい。それで豊中さん、方法はないんですか?」
御影が手を放す。咳込みながら、豊中は尊の額に触れた。

豊中
「‥‥‥‥俺たちは何もできませんが、御影さん、あなたなら彼女を :呼び止められます。呼んで下さい。あなたの声なら届きます」
御影
「呼ぶ?呼べばいいんだな」
豊中
「できるだけ強く。花澄さん、しばらく周囲のガードをするよう頼ん :で下さい。あなたのお友達が頼りだ」
返事があるまでに、数瞬の間があった。

花澄
「……すみません、出来るだけ私に近づいて下さいませんか」
目を閉じて、思う。春の大気、春の風。春の光。爛漫たる春。 片時すら惜しむような春。自分の周りに在る春ならば、かくあれかし、と……花澄の周囲半径3mに、かげりの無い春が満ちた。此岸の暖かさに満ちた春が。なおも尊を狙う周囲のかげりが、春の空気に浄化され、苦悶の声をあげる。その中で。

御影
「尊さん! しっかりしろ! くそ……、しっかりしろ! :行くな! 行くんじゃない! 戻ってこい! どこに行く :気だ、如月尊っ! くそっ、こんなことでっ! こんなこ :とに、負けるのか! おまえは! 尊ぉっ!」
バシッ! 尊の頬が音高く鳴る。

琢磨呂
「おい、にーちゃん! なんてことするんだ!」
「御影!正気か、手加減ぐらいしろ!」
御影
「うるさい」
ギロリと、御影が睨む。

御影
「引っ込んでろ」
その表情、まさに修羅。

琢磨呂
「はい」
「(顔背けて)ちっ、しょうがない。やれよ!引きずり戻してこい」
十珍しくシリアスモード。

御影
「戻ってこい! どこに行く気だ、尊! おまえの居場所 :は、そっちじゃない! 何をグズグズしてる! 早く戻れ、 :戻ってこい! こっちだ! 尊、おまえは、こっちの人間 :だろうが!」

御影の眼光に圧倒されて直立不動のふたりを完全に無視して、御影は尊を呼びつづける。

 御影
「戻ってこい、戻ってこい尊っ! 俺をおいて、どこへ行 :く気だ! もう俺を助けてくれないのか! 行くな! 戻 :ってこい! 尊っ! 尊ぉっ!」

二度、三度と、尊の頬が鳴る。そして……クオヴァディス〜此岸より-----------------------
  ……何処へ行く?誰だろう? この声……ふと、目をあける。目の前に男の背中があった。

「……父さん?」
男は応えない。

「……待ってて、すぐに行くから。そしたら、父さんと、 :母さんと……また一緒だよ……」
ふっ、と……力なく微笑んで、漣丸を持つ手にゆっくりと力をこめる。ちくり、と……白い喉を切っ先が傷つける。つう、と……赤い血が一滴、肌を流れ落ちる。
   ……何処へ行く?男の背中が、また聞いた。

「……え? でも……だって……」
なぜそんなことを聞くのか、戸惑う尊に男は重ねて問う。
   ……何処へ行く?

「どうして……そんなこと聞くの、父さん? : …………母さんは? ねぇ、母さんは……?」

突然気がつく。違う。この男は父ではない。朧朧と定まらぬ記憶のなかの父。背が高く広い背中の、その父の姿とくらべても、男はひとまわりは大きかった。

「……違う、父さんじゃない……。だれ……?」

 ……何処へ行く? :「……壊しません。いえ、壊さないためにも、行きます」
   ……何処へ行く? :「あの人たちは……私の正体を知っても恐れなかった、拒 :まなかった。それどころか暖かく迎えてくれた」
   ……何処へ行く? :「やっと……見つけたんです、あたしの居場所を。あたし :は、あの人たちの笑顔を、あたしの居場所を守るために。 :行きます」かつてのあたしの言葉が空虚に響く。あたしは何をしたかったの?。混濁した意識の中でぼんやり考える。
   ……何処へ行く?
   ……戻ってこい。
   ……何処へ行く?
   ……戻ってこい。
   ……何処へ行く?
   ……戻ってこい。
   ……何処へ行く?
   ……戻ってこい。
   ……俺をおいて、どこへ行く気だ?
   ……もう、俺を助けてくれないのか?繰り返し、繰り返し届く言葉があたしの心をかき乱す。

「あ……あたし……あたし……わからない……。 : ねぇ……誰なの……?」
「なにをしてるの?」

薄笑いを浮かべたあたしの姿をした物が、戸惑うあたしを後ろから抱きすくめる。

「さぁ……父様と母様がまっているわ」

耳元で優しく囁く声は母の声に似ていた。
 漣丸を握るあたしの手にもう一本のあたしの手が添えられ、ゆっくり刃が引かれる。
 混濁した意識の中で、薄皮を切る痛みは甘美なものにすら感じられた。
 ……戻ってこい!背を向けた男の発する声が再び耳に届く。今度は熱い力を持って。聞こえた言葉が胸の中で、熱い炎となって燃え上がり弾ける。

「な……に……」
弾けた炎が四肢を打ち、打たれた四肢が漲る力に震える。

「う……あ……」
全身を焦す熱い力に漣丸を取り落とす。スッと、あたしの姿をしたものから表情が消えた。

「おまえは必ず連れて行く。おまえは我らにとって災い」
たおやかな指が喉に絡み、ギリギリと食い込む。
 ……戻ってこい!
 だが、熱い言葉が一言一言届くたび、熾火が燃えるように身体が熱を持つ。
 喉に食い込む指の痛みすら感じず、霞みかかった意識が徐々に覚醒してゆく。
 目の前に、母の亡骸にすがり泣きじゃくる少女が見えた。
 あれは……あたし?。
 気がついた少女があたしに取りすがる。
 「かあさまが……かあさまがぁ……おねえちゃん助けてぇ……」
 涙に濡れた少女の瞳がまっすぐにあたしを見上げる。でも、あたしには何も出来ないの……。少女は小さく首を振る。あなたは欠けているだけ、今、無くした欠片をあげる。少女はそのまま急速に成長していく。

「!?」

成長した少女はもう一人のあたし、深く冷たい湖の底に眠るあたしだった。
 成長した少女、もう一人のあたしは優しく微笑むと、影が重なるようにあたしと重なる。

「!?」
何かが弾けた。たった一つ欠けたピースのために完成しなかったジグソーが。今、完成した。 
 そは汝、何者ぞ?
 我、うつしよと闇の狭間に住むものなり。
 そは汝、何者ぞ?
 我、如月尊、魔を祓うもの為り。
 そは汝、誰が為に魔を撃つ?
 我、我と我に連なる者のため、この身を賭しても魔を撃たん!。全身から白い燐光が溢れた。喉に食い込む指が燐光に焼かれ、ぼろぼろと崩れていく。雄々しく漣丸を構える父の姿。微笑む母の優しげな表情。閉じた瞼に父母の姿が浮かぶ。
 ……そうか、守りたかったんだ……父さんも、母さんも。
 そして、あたしも……。
 もう、迷わない。
 もう、恐れない。
 もう、負けない。ゆっくり目を開き、顔を上げる。。
 さぁ、戻ってこい!優しく熱い言葉が背中を突き動かす。あなたは誰?いつのまにか弛んだ手をすり抜けて、漣丸が足もとで澄んだ音をたてる。ふらふらと男に近づくと、尊は男の背中にそっと触れ……のばした指先がとどく直前、ガラスが砕けるように男の姿が消える。幾万ものかけらに砕け散る刹那、彼はわずかにふりむいて、微笑んでいたような気がした。その先に、忌々しげに顔を歪めるあたしの姿をしたもの…… オノレアトスコシダッタモノヲ…… サア、何ヲタメラウ。 疾ク償エ。父ト母ノ死ヲ、オマエノ死ヲモッテ。
 あたしは、足もとで冷たい光を放つ漣丸を拾い上げ……
 あたしを、斬った。痛みが、尊を現実に引き戻す。

「……痛……、御影さん……なんでぶつの?」
御影
「ぅ、あ……み、みこ……と……」
「あ……その……ただいま(にこっ)」
その瞬間、御影は尊を抱きしめた。

御影
「……良かった」
「あ……。御影さん、あの……苦しいです」
御影
「うるさい……心配させた罰だ……」
「……はい」
少し離れて眺める一と琢磨呂。にやにや笑いを浮かべている。

琢磨呂
「なぁ、」
「・・・」
琢磨呂
「はーーーーーーーーーーーーーーー」
「ぷはああーーーーーーーーーーー」
一&琢磨呂
「ったく、らぶらぶやねぇ〜」
(赤面)
御影
「なっ!」
琢磨呂
「言い訳無用・・・だぜ?(挑発的な表情で) :にーちゃん、さっきなんて言ったか、よーーー :く思いだそうな」
(大爆笑中)
御影
「・・・・・(台詞思い出して赤面)」
琢磨呂
「ふははははははははははははははははは!」
馬鹿笑いする琢磨呂。一は金剛杖で御影を殴る。

SE
ごきり
御影
「なんや、十」
「殴ってもいたがらん奴は、つまらんな」
琢磨呂
「おっと、馬の足だ!(十の頭を殴る)」
「きゅう」
キノト
「うらやましいならそういやいいのに」
キノエ
「直紀さんに頼んだら?」
「(赤面)」
豊中
「さて、らぶらぶはそこまでにしていただきましょう。 :‥‥‥‥本体の御登場です」
夏和流
「それじゃあ、そろそろ……終わりにしますか」
$$

エピソード『修羅』

プロローグ

人は誰しも、鬼にもなれれば仏にもなれるという。だが人と仏の隔たりは大きく、人と鬼の境界はあまりにもはかない………

「浄!」
圧力さえ感じさせる言葉とともに、『それ』は散った。二匹のオコジョがするりと尊の肩に乗り、外で陣を張っていた一が苦笑する。尊をガードして戦っていた御影も、オコジョ二匹に無邪気ともいえる笑顔を見せる尊に、やや唇をほころばせていた。が、その顔がすぐにまた、いかつくなる。一も、金剛杖を構え直した。尊の手に、新しい札が現れる。

「切りがないわね」
「化けもの以外は任せますよ、旦那」
御影
「まかせとけ」
百鬼夜行の中に一人の人間を見つけて、御影が不敵な笑みを浮かべた。昼〜黄昏----------------日曜日、松蔭堂裏手の倉。

豊中
「で、昼まで寝てたってわけかおまえは」
「うしみつどきにはたらいてたんだよ………」
豊中
「わかった、平仮名で喋らなくていいから寝てろ(苦笑)。
しかしおまえとお前の仕事の対象、どっちが幽霊だかわかり
ゃしないな、その生活パターンじゃ。ビデオは勝手に借りて
くぞ」
「ど〜ぞ〜(眠たげ)」
また布団をひっ被った一を放っておき、豊中はビデオテープを持って松蔭堂を後にした。梅雨の合間の日差しが、暑い。Flower Shop MIKOでは、尊があくびを噛み殺していた。

「(ふあ〜)っと、いっけない、そろそろ生け花用の花を
作っておかなきゃ」
前日に世更かしをしようと、注文されたものをすっぽかすわけにはいかない商売人一人。一方、吹利地方裁判所に隣接する吹利地方法務局。目の前にずらりと並んだ登記簿や測量図。
 ページを繰ってはメモをとる御影の姿があった。

御影
「……ふぁ。(寝たい……)」

イレギュラーな仕事がいくらあろうと、レギュラーな仕事を放り出すわけにはいかない勤め人がひとり。日が落ちるまでは、ごく普通の暮らしがあり、誰も闇のことなど思いだしもしない。少なくとも、平凡な一日一日を過ごして生きる人々は。やがて日が傾き、闇が東の空からゆっくりと迫る。赤く染まった雲が明日の雨を知らせ、薄闇が辺りを支配する。逢魔ガ刻。

夏和流
「ん?なにか、聞こえたかなあ?」
辻。あの世との境目であるともいう。単なる住宅街に見えても、古い辻。古の道の面影はなくとも、幽幻界への分かれ道。見えざるものたちの嘆きを聞くものが、ここに一人。

夏和流
「…………なにしてるんだろ、あの人」
豊中
「何をつっ立っているんだ三河君?」
いきなり声をかけられ、夏和流は振り返った。自転車に乗った、ごく平凡な若者一人。

豊中
「子供は家に帰る時間だ」
夏和流
「子供扱いしないでくださいよぉ、僕、17ですよ」
豊中
「未成年だろうが(笑)。荷物、のせるか?」
夏和流
「ありがとうです〜♪。あれ、その腕、どうしたんですか」
豊中
「ん?ああ、これね。ちょいと犬に噛まれたんだ」
まだ包帯が残る腕を動かし、苦笑する。

夏和流
「(顔を曇らせ)……犬、ですか?」
豊中
「しつけの悪い犬だったみたいでね。大した怪我じゃないん
だが、医者がうるさいんでミイラ男をやっている」
夏和流の荷物を載せ、自転車を押して歩き出す。闇が深くなり始め、名残の陽のおとす影が薄い。

豊中
「そういえば、西山君はどうした?」
夏和流
「みのるですか? なんか、今日は用があるとかで先に帰りました」
豊中
「君は日曜日に部活動か、運動系も大変だね」
夏和流
「……言わないでください。これからさらに五回は日曜がつぶれることを思い出して、悲しくなりますから(涙)」
どうといったことのない会話。街灯が瞬き始める。

夏和流
「じゃ、ここらでいいです。さよならぁ」
豊中
「気をつけて帰れよ」
夏和流の姿が次の角を曲がる。見えなくなった所で、豊中の表情が変わる。

豊中
『こいつは一の野郎か尊さんの管轄だと思うが………』
居候
『わしゃしらん』
豊中
『これだからな。しかし、あの二人はプロだからなあ………
仕事でもないのに、話しを持ちかけるのも気が引けるが』
居候
『お前一人はやめとけ、若いの』
豊中
『できればな。しかし、三河君があれに反応していたのは
もっと気になる』
嘆きの波動。ここ数日続いていたそれは、今日はいっそう強さを増していた。嘆きつつ、仲間を呼ぶ声。聞こえるものにしか聞こえぬ、嘆きの鬼の誘い歌。帰り道。夏和流はだが、ふと、足を止める。

夏和流
「……呼んでる」
辺りを軽く見回す。すると、ある一角の古びた館が、妙に目に付いた。そしてそこから、夏和流へ向けて言葉が発せられていた。

夏和流
「……『助けて』、か。こういうのは、みのるに頼んで欲
しいなぁ……。僕は、弱いんだから(ため息)」
ぶつぶつと呟く。だが、足は館へと向かっていった。

夏和流
「逃げ出せたら楽だよなぁ……っと、それを言ったら最低
の人間になっちゃうか。
いいでしょ、お助けしますよ」
黄昏〜夜-----------夏和流が、舘へ歩きと始めた頃。

花澄
「よく考えれば」
譲羽
『?』
花澄
「鬼が減るわけないのよね」
譲羽
『??』
 
 背中の袋の中で譲羽が小首を傾げているのを言外に読み取って、花澄は苦笑した。
  逢魔ヶ刻。忙しげに歩く人々に、鬼達が混ざる時刻。
  
花澄
「煩悩だ、とか言って叩き出したものまで、鬼扱いに
なるんだから」
言いかけて、ふと、花澄は眉根にしわを寄せた。

花澄
「泣き声?」
人の耳に聞こえる声では、無いのかもしれない。背中の木霊が、何やらもぞもぞと動いた。警告のつもりであるらしかった。

花澄
「じゃあ、間違いではないんだ」
ごく当たり前のように、彼女は泣き声の方へと向かった。

花澄
「あら…」

思わず立ち止まり、目を凝らす…そこには、以前河原で見かけた小人。生け垣の陰から、ひょっこりと顔を出して花澄を見上げている。

花澄
「どうしたの?こんなところに出てきて」

小人は答えない。じっと花澄の目をみつめ、何かを伝えようとしている…なぜだか、ひどく…悲しそうな顔に見えた。

花澄
「どうして、そんなに悲しいの…」

答える代りに花澄のスカートに飛びつき、小さな手で何かを指し示す。

花澄
「向こうに、何かがあるのね」
こくこく、うなずく小人。その目は必死に何かを訴える目だった。空の色に朱と闇が混ざり合い、境界があやふやとなる極短い時間。この世の住人とあの世の住人が世界を共有する、一瞬。それを認識できる人間は、ここにもいた。

「毎度有り難うございまーす!」
閑静な住宅街の一角。配達を終えた尊が車へ戻る。夕闇迫る住宅街は人通りも無く、静まり返っている。車へ乗る前に誰かに呼ばれたような気がして、ふと振り返る、誰そ彼と。目の前には薄闇にぼんやり浮かぶ十字辻。片方の辻から三輪車に乗った男の子がやってくる。キィ……キィ……キィ……。車軸が錆びて居るのか、小さな足がペダルを踏むたびにきしむ音がする。おかっぱ頭の、あどけない子供の表情に尊の表情も緩む。

「僕、暗くなるから早くお家へお帰り(にこ)」
声をかけると男の子も微笑みかえす。

男の子
「うん(にこ)」
キィ……キィ……キィ……。男の子を見送ると、車のドアを開け、伝票などを整理する。ふとある言葉が浮かぶ。

(黄昏刻って言うんだっけ。こういう時間を……黄昏。
「誰そ彼」逢魔が刻、か……)
ぼんやりとそんな事を考えていると、何処からか聞こえる童歌。
 とおりゃんせ とおりゃんせ
 此処は何処の細道じゃ
 天神様の細道じゃ
 御用の無い者通しゃせぬ 
 ちょっと通してくりゃさんせ……

「行きはよいよい帰りは恐い……」
つい、つられて口ずさみ、ハッと振り返る。三輪車の軋む音が、消えた。辻まで走り男の子の行った方を見やる。

「……そんな……」
ザッと巻いた風が周囲の木々を揺らし、尊の髪を吹き乱し、肌が夜目にも判るほどザワリと粟立つ。男の子の進んだ道は、数メートルで行き止まる袋小路だった。帰り道。だが、ふと、足を止める。この世ならぬものが、微笑みかけているような気がした。境界を侵すことをよしとしない、穏やかな鬼達の笑み。黄泉平坂(よもつひらさか)の向うから、静かに生きている者達を見つめる死者達の眼差しは、さ迷い出て行き場を失った者達にはない、優しさを含んでいる。穏やかな眠りの中にある者達。生きる者達の祖(おや)であり、かつては生あるものであった彼らは、夕暮れが闇に変わると同時に消える。

「……………」
あとには安らぎをたたえた闇のみが残る。しかし。

豊中
「…………やっぱり引き込まれたか?」
ブレーキ音とともに、自転車が停止する。古い洋館の前。窓ガラスは破れ、羽目板のペンキははげ、夏草が伸び放題に生えているそこには、闇本来の安らかさはなかった。

豊中
「往生ぎわの悪い連中に呼ばれたな………」
考えたところで、どうなるものでもない。草むらに自転車を突っ込み、鍵をポケットに突っ込んで、そこで足音に気づく。衣ずれの音。男ではない。スカートをはいた女性のものだった。

花澄
「ねえ、ここなの?」
豊中
「何してるんですか、花澄さん」
花澄
「あら?」
洋館にぶつかって終るT字路。街灯のあかりに長い影を引き、歩いてきたのは確かに花澄だった。

花澄
「あのう………ここ、あまりよろしくない場所のようですけ
れど」
豊中
「(わずかに苦笑)そのようですがね。未成年を連れてきま
すんで、花澄さんはそこにいて下さい」
走ると、傷がうずく。その痛みが現実。

豊中
「やれやれ、俺もお節介だよな。一の野郎のことを笑えない」
ぶつくさいいながら、壊れた蝶番をきしませ、ドアを開ける。玄関ホールでたたずむ、夏和流。

豊中
「肝だめしの時期じゃない、帰るぞ」
夏和流
「でも……聞こえるんです、何か」
豊中
「…………出るぞ」
強い口調。腕をとり、強引にひきずり出す。

夏和流
「放っておくわけにもいかないじゃないですか」
豊中
「いいから出ろ!」
夏和流の聞いた声は、夏和流の耳にしか届いていない。しかし、豊中が『聞いた』思念は、助けを求めるそれではなかった。嘆きゆえに鬼と化し、嘆くことしか知らず、嘆きの鬼を増やそうとする、底のないよどみ。そして、それをさらに淀ませ、どす黒い淵へと沈ませようとする強い感情。長い間さらされれば、並の人間ではどうにもなるまい。いや、術者でも。それが人間である以上は。

花澄
「え?」
小人
(指さしている)
花澄
「あっちに、なにかあるの?」
小人が、おびえたような顔になり、次の瞬間には姿を消す。指さしていた先には、出てきたばかりの夏和流と豊中の姿があった。

譲羽
「ぢいいっ!」

 いつのまにやら袋から脱出していた木霊が、肩の上で鋭い鳴き声をあげた。

花澄
「……うん、見えてる」
鬼哭。嘆く鬼の口元は、泣いているやら、笑っているやら区別がつかない。二人の後ろにいる鬼。獲物を逃がしたことを、嘆いているのか。獲物に針を掛けたことを、嘲笑っているのか。

花澄
「そこなの」
しんとした目で、花澄は鬼を見やった。二人を通り越す視線。

豊中
「花澄さん、ここから出ますよ」
譲羽
「ぢいっ」
木霊も、花澄の肩で警告の声を発する。しかし、花澄は動こうとしない。しかたがない。豊中は外界インタフェースとしての自分の肉体を意識し、精神空間への情報流入を制限、そのうえでそっと手を伸ばし、花澄の肩を軽くゆする。涼しい風が、花澄を護るように吹き、消える。

豊中
「花澄さんに何が見えるにしろ、今はこんなところで探検
ゴッコをする時間じゃないでしょう」
花澄
「え、ええ、そうですね」
豊中
「三河君も」
それでも戻ろうとする夏和流を、花澄が引き留めた。

花澄
「本当に今日はやめておいた方がいいと思いますけれど」
豊中
「帰って寝ないと、明日の朝が辛いぞ?」
夏和流
「(小さな笑みを浮かべ)大丈夫ですよ」
とはいいつつ、夏和流もいったんこの場を離れることには賛成のようだった。すでに空には星が輝き始める時間になっていた。夜〜深夜---------帰り道。一人で暗い道を歩く。……歌が、聞こえる。
 『鬼さん、こちら、手の鳴る方へ……』

夏和流
「……呼んでる」
きびすを返し、また館へと向かっていく。

夏和流
「……負けるわけに、いかないよ……」
かつて、負けた。だから、二度と負けたくない。心の内に、自分の『物語』を浮かべ、決意を確かめる。

夏和流
「僕の、三河夏和流の物語は、まだ終わるわけないんだ。
続けて、みせる。そして、幸せな物語を創ってみせる」
館に、着いた。そこで見たもの。再び見る必要がある。とにかく、夏和流にとっては。扉を押すと、ぎぎぎぃ、と音が鳴る。

夏和流
「ドラマじゃあるまいし、何とも立て付けの悪いこと」
自らの不安を消そうとし、独り言。そして、ゆっくりと、ただ前に歩き始める。やがて、なにかの気配があらわれる。

夏和流
「……!」
それは、昔飼っていた犬の姿をとっていた。自らの過失で失った命。忘れられない、心の傷。

夏和流
「……あ……くっ(口を手で押さえ、涙を流す)」
吐き気が、こみ上げてきた。自分で、自分を拒否したくなる。頭では、わかっている。既に、死んだものなのだ。いるはずがない。だが、わかっていても、動けなかった。犬が、飛びかかってきた。そして、夏和流は喰われた。己の心が生んだ影に。それが己の影であることは、わかっている。故に、それは。断ち切るべき恥である。

花澄
「ゆず。そこで黙らないと、置いていくわよ」
譲羽
『でも花澄』
花澄
「でもなあに?」
譲羽
『……何で、風は止めないのっ!?』
花澄
「止めない約束になってるもの」
暗い夜道。さっき、夏和流が通っていった道。ぼそぼそ言い合ううちに、彼らは先程の洋館のところに立っていた。

花澄
「こんばんは」
律義にそう言うと、扉を開く。嘆く声が、耳を突く。

花澄
「どこにいるの」
風が吹き込んでゆく。嘆く声が、方向性を持ち出す。花澄はぎり、と唇をかんだ。

花澄
「誰かを、釣り上げたかったんでしょう?」
もし、自分を釣り上げるつもりならば、とる姿は一つ。ぼう、と浮き上がった姿を見て、花澄はくすりと笑った。

花澄
「ほうら、ね」
ぽろぽろと両眼から涙をこぼしている鬼。花澄自身に、生き写しの。

花澄
「あの時、切り捨てた筈なのにね。存在を認めない、と
言ったのにね」
方法は、ない。手段もない。罠だと分かってもいる。単なる目くらましかもしれない、とも。それでも譲れないことがある。

花澄
「認めて堪るものか」
花澄は真っ直ぐに歩き出した。闇の中へ。

深夜〜探索

丑三つ刻。自転車のブレーキ音が、静かな住宅街に響く。ぽつねんとともる街灯の下。自転車を止めたのは、豊中だった。片手に地図とコンパス。もう一方の手にはペン。しばらく意識を集中し、それから方位を確かめると地図上に線を引く。七本の線が、二つの交点を浮かび上がらせる。嘆きの波動の元となる点。

豊中
「誤差を考えても、これ以上ずれようがない、か………」
交点の一つはあの十字路。そしてもう一つは………

豊中
「あの廃屋じゃないぞ?」
コンパスとペンをバックパックにつっこみ、自転車のペダルを踏む。夜の風が、人通りの絶えた道を吹く。嘆きの声を乗せて。

翌日〜朝、そして昼

明け方…本宮、自宅にて…

本宮
「…う…」
その日、本宮はひどくうなされていた…心は血を流さない…だから傷ついたことに気が付かない…ただ…夢の中で疼き、見えない血を流し続ける。一人、夢に苦しみ、もだえ続ける本宮。
 そんな姿を冷ややかに見詰めていた…窓辺に映った…鬼。うなされる本宮を見据え…嗤っている醜い顔…絡めとった獲物をいたぶる獣にも似た嫌な嗤いだった…そして、開店前の時刻。Flower Shop MIKOにて。
  Tel....

「毎度有り難うございます、Flower Shop MIKO ですが」
店長
「あ、申し訳ありません。瑞鶴の…花澄の兄ですが」
「あ、いつも、お世話になってます。それで……なにか?」
店長
「申し訳ありませんが、花澄、そちらにおりませんか?」
「え?…いいえ、昨日からお会いしてませんけど」
店長
「そうですか……すみません。あれの話に出てくる名前で
連絡先が分かっているのが如月さんだけでしたので」
「いえ。ってことは、花澄さん、行方が」
店長
「いや、どこかにいるでしょう。お忙しいところ、
すみませんでした」
かちゃん。お気楽な声のまま終始した電話の内容は、あまりお気楽なものではないようだった。

(苦笑)
受話器を握ったまま微苦笑する。多分、また一騒動あるだろう。誤魔化しようの無い胸騒ぎがそう告げている。そして、この感は嫌になるくらい良く当たる。だが、危険を前に気分は不思議と落ち着いていた。昔は忌み嫌い、隠し続けていた退魔師の力も今は大事な人たちを守るための力として、誇りにさえ思う。聞いてしまったからには、やる事はただ一つ。後は行動あるのみ。
 手早く店の前の花をしまい、「CLOSED」の札を表にかける。自室にもどると、誰も見ていないのを良い事にジーンズとエプロンを脱ぎ散らかす。
 ジーンズにTシャツ、その上に皮ジャンを羽織ると、皮ケースに収めた漣丸を引っつかみ、階段を駆け降りる。店の裏、小さな駐車場の前で立ち止まる。駐車場に止められた、FLOWER SHOP Mikoのロゴの入った配達用軽乗用車ともう一つ。シートが掛けられたバイク。迷うことなく近づきバイクのシートを取り去る。下から現れたのは優美なラインを誇らしげに光らせる真紅のバイク、ZXR250。

「もうずいぶん乗ってないけど……大丈夫かなぁ(苦笑)」
ヘルメットを被り、キーを入れ、セルを回す。小さな身震い一つで紅い獣が目を覚ました。蹴り込んだギヤが小気味の良い音を立ててかみ合い、加速感が身を包む。

「花澄さんは、多分……」
昼。西山みのるも同じように連絡を受けていた。

『そう……みのる君も知らないの』
みのる
「すいません。俺も、心当たりを当たってみます」
『お願いね』
みのる
「はい」
かちゃ。

涼子
「(奥から出てきて)どうしたんですか?」
みのる
「夏和流が、家に返っていないらしい」
涼子
「(心配そう) まあ……」
みのる
「心当たりを探してくる」
涼子
「それじゃあ……今日は、夏和流くんの分のお夕飯も用意しておきます」
みのる
「……そうだな(微笑)」
少しずつ、淀みが空気を蝕んでいく。それに気付ける者は少ない。光しか知らぬ者達は特に、その危険に勘づくことすらできまい。そして、闇を己に敵対し、滅ぼすべき存在としかとらえられぬ者達も。光の中に生まれ、闇と共に生きる者のみが、闇に似て非なる淀みを正確に見つめられる。あるいは闇と共に生まれ、薄明に抱かれて育ったものだけが。

再び、逢魔ガ刻

からんからん。

観楠
「いらっしゃい、みのる君」
みのる
「夏和流を、見かけませんでしたか?」
観楠
「夏和流くん? 昨日見たきりだけれど?」
みのる
「昨日の、何時頃ですか?」
観楠
「閉店前だから、七時頃だけれど……何かあったの?」
みのる
「家に帰ってないそうです」
琢磨呂
「なんだ、家出か?」
みのる
「かもしれません」
琢磨呂
「ふん……野郎の捜索なんてのは気が進まないが、ちょうど暇を持て余していたところだ。手伝ってやるよ」
みのる
「ありがとうございます」
クラス委員会を終え、家路に就く本宮。いつになく疲れきって、少しふらついているかのようにも見える。

本宮
「なんでだろ…なんでこんなに疲れてるのかな…」

…歩く足が重い、歩く…唯それだけのことがひどくおっくうに感じる。

本宮
「あんな夢…見たから…かな」

今朝方見た夢…思い出したくない…苦い初恋。
 
 夢の中…自分がまだ糸目で目を隠していなかった頃…小学校二年生の頃…校庭裏の杉の木の下…

本宮
「僕、『  』ちゃんのこと…好きだよ」

あの頃は、自分はませていたと思う。でも、あの時本心の精いっぱいの告白をした。初めての…告白だった…しかし、女の子は自分から顔をそらす。その目はまるで異生物を見ているかのような目だった。

女の子
「私…本宮くん…嫌い…」
本宮
「え…」

思わず目を見開く、その右目は澄みきった青い瞳…

女の子
「本宮くんの目…怖い…」
本宮
「僕の目…が」
女の子
「怖いの…本宮君に見られると…青い目で見られるの
…怖い」
本宮
「…そんな…あっ『  』ちゃん!」

一瞬呆然としていた隙に走り去ってしまう女の子。振り向きもせず、一心不乱に…自分から目をそらすように。

本宮
「『  』ちゃん…」
  
 何も言えず、呆然とその場に残される自分…悲しさ…嘆き……溢れる感情にただ…なにもできす立ち尽くすだけ…
本宮
「なんで…またあの夢を見たんだろう…」

生まれつき青い瞳、自分のせいではないのに…なぜ…それだけの理由で人を怯えさせてしまうのだろうか…
 『憎い…あの子が』
 『なぜ…自分だけが…苦しまなければならないのだ…』
 『…お前は…醜い…』ぞく…不意に寒気が襲う。両手で自分自身を抱え込む。

本宮
「今の…寒気は一体?それに、どこから…声が」
振り向いてみる、しかし…そこには誰も居ない…

本宮
「…今のは…一体」
古びた道祖神のみがある、辻。現在の地図上では単なる点に過ぎないそこも、かつての旅人が旅だったポイント。

豊中
「というわけで、見事に重なっているわけだ」
本宮が立っている辻を示す地図上の点を、豊中は鉛筆でこつこつと叩いて見せた。

「こっちは歴史地図か。良く見つけたな」
現代地図と、明治時代に作られた地図。明治の地図には、古い街道がはっきりと示されている。

豊中
「市の図書館に置いてあった。で、これに昨日の晩、俺が
同定したポイントを重ねる」
「…………どんぴしゃ、だな」
豊中
「俺にはさっぱり意味がわからないが、お前なら判ると思っ
てな。街道の交差点と非実体化した感情の淀み、どういう関
係がある? あるいは関係がないのか?」
「関係ならある」
いつものおちゃらけが消え去ったシリアスな一の説明に、豊中の目がスッと細められた。その頃…本宮。急に襲った寒気、誰のいない辻。

本宮
「…疲れてんのかな…俺」
また、ゆっくり歩き出す。あえて、深く考えずに歩き出そうとする。

本宮
「気のせいだよ…な」
怖い…と思ってはいけない。思ったが最後、それは暗い疑惑を呼び覚まし…心に潜む魔物を呼び起こす…疑心、暗鬼を生ず…心の闇を食い荒らし、いるはずのない鬼の姿を見せる。怯えた目をした少女、自分から目をそらした少女。

本宮
「何考えてんだろ…今更…」
今更だ、もう…昔の事。もう…俺は
 『傷ついてしまった…』

本宮
「!」
どこからともなく聞こえて来る声。

本宮
「な…なんだっ、今の声…」
あたりを見回す、しかし…誰もいない。
 『…異質だ』
 『お前は違う…』耳を押える…二度と聞きたくない言葉。
 『見て…あの子』
 『…気味が悪い』
 『あいつは化け物だ…』

本宮
「やめろ!」
たまらなくなって叫ぶ…とたんに消える声。ゆっくり…顔を上げる…その先、ふいに、視界に写ったのは…一人、うつむく女の子…こちらに背を向け、じっと動かずに立ったまま。白いワンピース、さらりとした長い髪、

本宮
「いつのまに?」
くすくすくすくす微笑みながら振り向き、まっすぐに本宮を見据える女の子。その顔を見て、思わず息を呑む本宮。

本宮
「『  』ちゃん…」
あの子…初恋のあの子…

本宮
「そ…んな…ばかな…」
思わず両目を見開き、凍り付いたように、動けなくなってしまう本宮。

女の子
「本宮君、嫌い」
本宮
「…そんな…」
女の子
「本宮君の目…怖い」
そして…女の子の姿が一瞬にして変わる、黒髪の男の子。真っ直ぐ見据えた瞳、右の目が…青い。

本宮
「俺!?」
まぎれもなく、小学校の頃の自分。黒い左目、黒髪…異様に青い右目。視線が交錯する、お互いの瞳。澄んだ青い瞳。そして、男の子が悲しそうな、泣き出しそうな表情で問い掛ける。

男の子
「僕の目…怖い?」
本宮
「そ…」
冷たいものが背筋をつたう。自分自身わかっていてさえ、なお不気味な目。ぞっとするような魔性の瞳。

男の子
「僕は…化け物?」
本宮
「ちがうっ!ちがう!やめてくれ…もう…
やめてくれっ!やめて…く…れぇ…こんなもの…
見せないでくれっ!」
膝を突き、その場に崩れ落ちてしまう本宮。そのまま動けなくなってしまう。一瞬、男の子の顔に歪んだ嗤いが浮かんだ。

エピソード「修羅〜パート2」

奈落〜堕ちゆくもの

小学校の頃、クラス中の男の子たちに苛められたことがある。
 思わず泣き出したら、彼らは一斉に手を引いた。
 以来、泣かないことに決めた。
 ゆらゆらと、遠ざかってゆく自分がいる。
 小走りに、その後を追いかける自分がいる。

譲羽
『花澄。あれは、花澄じゃない。この前逃げた花澄じゃない』
花澄
「うん。私もそう思う」
譲羽
『じゃ、何で追うの?』
花澄
「だって、見てるだけで腹が立つでしょう?」

のほほん、とした口調で言われて、木霊は頭を抱えた。

花澄
「それに、自分の厭な部分をこちらに見せられるほど
こちらの弱みを知っている相手も、厭なものじゃない?」
譲羽
『でも、花澄。鏡は花澄を知らないよ』
花澄
「……ふうん?」

花澄は、と、足を止めた。

花澄
「ゆずには、そう見えるの?鏡に映っているように?」
譲羽
『……うん』

頷いてから、木霊はびくり、と身を震わせた。

花澄
「……じゃ、最悪だわ」

うっすらと、笑みを浮かべて花澄は呟き、また走り出した。
 どこへ招かれるのか。
 どこへ行こうというのか。
 伸ばした右手が、逃げる己の袖を掴む。

花澄
「お前は、要らない」

視線の先で、自分の顔が、自分にあらざる表情を作る。
 悲しげに、こちらを見る何か。

「自分を、切り捨てるの?」
花澄
「だって、要らないのだもの」
「切り捨てても、どうせまた生まれるだけのものなのに?」
花澄
「決めたの。決めてるの」

左手が、相手の喉元へと向かう。

花澄
「悠を、犬死にさせているのが自分なら、
毎日焼き捨ててでも、前に進んでやる」

掴んでいた袖を離し、右手も左手に添えられる。
 抵抗することなく、相手は自分を見ている。
 静かな……諦め切った眼差しで。

「今の貴方に、何が出来るの」
花澄
「……うるさい」
「誰も助けられず、何の力も無い」
花澄
「だから何だというの」

見据えた視線の下で、初めて相手の顔が変わった。
 毒々しいほどの悪意が、白い顔を覆った。

「あんた尊さんを巻き込んだわよ」
花澄
「?!」

喉に廻した手が緩む。手はそのまま振り払われて。

「その程度よ。平塚花澄という奴は」

足元から地面が消失した。

譲羽
『花澄っ!』

飛びついてきた、小さな手の冷たさ。
 そして、囃す声。
 「むかし達谷の悪路王
  まつくらくらの二里の洞
  わたるは夢と黒夜神」

花澄
『ああ、宮沢賢治の……春と修羅、の、』

そのまま花澄は、静かな闇に呑まれ……
 それを、暖かな手が引き留めた。

「花澄さん!」
淀みを吹き払う、清浄な風のような涼やかな声。りんとしたその響きに、花澄の形をした鬼がその姿を変えた。花澄を掴んだ手をグイと引くと、よろけた花澄がふわりと尊の腕に収まる。

花澄
「え……」
「もぅ……無茶するから(苦笑)」
腕の中の花澄の存在を確認するように抱きしめる。

「後は、あたしの領分」
花澄を背中に庇い、向き直る。尊の整った唇が、ふっと笑みを形作る。暖かみのかけらもない笑みに。

「随分とふざけた真似をしてくれるじゃないのえぇっ?(怒)
あたしを巻き込んだぁ?はんっ!あたしは『あたしの意志』
で首を突っ込んだのよ!お門違いも甚だしい!」
切り捨て口調で一気にまくしたてる。手にはすでに抜き放たれた漣丸。清烈な光を放つ。鬼は、その光だけで圧倒されていた。尊の手から呪符が舞い、それがいっせいに光の花を開かせる。閃光の中で、鬼が悲鳴を上げていた。木霊が花澄にしがみつき、花澄が譲羽を抱きしめる。

「消えろ!滅!」
光の圧力に、鬼が四散するのが尊の目にははっきりと映った。

「花澄さん……」

その声に、花澄は顔を上げた。

花澄
「尊……さん」

一瞬、子供が泣き出す寸前に良く似た表情が、花澄の顔に浮かんだ。
 ほんの、一瞬。

花澄
「……ありがとう」

守りたい人を巻き込んでしまった後悔。
 それさえも、今の自分には僭越に過ぎる。

「ほらまたぁ、何か考えたでしょ?(苦笑)いーい?
さっきも言ったけど、あたしはあたしの意志で首を
突っ込んだんだし、これがあたしのやり方。巻き込
んだとか、そういう事考えないで。ね?(笑顔)」
花澄
「……ありがとう」

もう一度、今度はぎこちないが笑みが浮かんだ。

花澄
「それで、あの、ここは……?」
理性は理解していても、感性はそうではない。目の前に立つもの。過去を思い出させ、後悔と嘆きの海につき落す。尊が悲鳴を上げ、一が金剛杖を取り落とす。夏和流が悲痛な叫びを上げ、花澄の目から涙がこぼれる。本宮はうずくまり、両腕で自分を抱き抱える。琢磨呂でさえ、顔をわずかにゆがめていた。そして御影も。

悪夢〜尊

夢を、見ていた。繰り返し、繰り返し見てきた夢。リフレイン。どのシーンも、どの台詞も、一言半句も違わずに言えるほど繰り返された夢。迫る、自動車。悲鳴を上げるタイヤ。そして、身体を襲う衝撃。Black Out……。まるでコマ送りの古い映画を見ているように、それを見ていた。自分の事では無いように。恐怖も悲しみも無く、淡々と。今日も繰り返される。
 「真実を見せてあげましょうか?」あたしの姿を取った物が嗤いかけた。まるで知らないのを嘲るように。
 「あなたの見ているものはまやかし、あたしは真実を知っている」教えて欲しい、とあたしは言った。教えてあげる、と彼女は言った。それがどんな記憶でも、と付け加えて。暗転。吹き付ける妖気。
 「志乃、尊を頼む」母の胸に抱かれ、恐怖に震えながら父の顔を見上げる。
 「あなた……」母の涙声が漣丸を構える父の背に掛けられる。
 「行け!娘と嫁さん位守れんで如月の頭首を名乗れるかっ!」ゴッと風が巻き、父に叩き付けられる。
 「とうさまっ!」
 「あなたっ!」緑色の極太の鞭。鱗にヌメリ光る鞭。真っ赤な口を開き、瞬きの無い目で獲物を見定める蛇。
 「行けぇぇぇぇ!」父の絶叫が耳を打つ。あたしを抱いたまま、母が弾かれたように走り出す。
 「かあさまっ!とうさまが!とうさまが!おいてっちゃだめぇ!」必死に母の胸を叩く。
 「尊、父様は大丈夫、大丈夫だから!」今なら解る、母の言葉が偽りであると。
 「いやぁぁぁっ!とうさまっ!とうさまっ!」狂ったように泣き叫び、母の腕の中でもがく。暗転。
 これが真実、今まで見てきたものは偽り。
 認めるのだ、これがお前の過去。虚空から見下ろす感情の無い瞳。と、空を切った緑色の鞭が母に巻き付く、とっさにあたしを地面に投げ出す母。
 「ああああっ」ギリギリと締め上げられ苦悶の表情を浮かべる。
 「かぁさまっ!このぉ!かあさまをはなせっ!」あたしは手近な棒切れをつかみ、母を捕らえる蛇を殴り付ける。固い鱗は傷一つ付かない。
 「みこ……と……逃げて……お願い」恐ろしい力で締め上げられながらも母は懸命に微笑む。
 「かぁさまも!かぁさまもいっしょに行くのぉ!」あたしは泣きながら母にすがる。
 「おね……がい……」すがる手にギシ、ギシと骨の軋む音が伝わる。苦しさに絶叫してもおかしく無いのに微笑む母。
 「に……げ……て」鈍い音が響く。暗転。
 忘れたふりをしても無駄だ。
 お前が生きている限り付きまとう。
 お前を守って父と母は死んだのだ。
 お前さえいなければ。たとえようの無い喪失感。無力感。そうか、そうだったんだ……。目を逸らしてきた過去。そうか、あたしさえいなければ……。あたしの姿をした物が狂ったように嗤う。
 そうだ、お前の血と魂を以って償うのだ。
 償いを済ませ、父と母の元へゆけ!。あたしが償えば……父様と母様の所へ行けるのね?。足元で冷たい光を放つ漣丸。漣丸を拾い上げ、ゆっくりと切っ先を喉笛にあてる。冷たい刃の感触だけが奇妙に現実めいていた。これで……。

守るべき者〜夏和流、御影

夏和流は。半年前。それから、ずっと後悔している。なぜ、僕はあの時……。目の前の鬼が、昔の飼い犬の姿をとる。血を吐いて、苦しんでいた。フィラリア、そんな病気だと知ったのは死ぬ直前だ。異常に気付いた時点で、医者に見せていれば……。可愛がっていた、という訳じゃない。そこに、いた。いつも。だから、家族だった。家族の病気に、気がついていた。でも、何もしなかった。だから、死んだ。僕が、殺した。夏和流が膝をつく横で。

御影
「……やはりな。そう来たか」

苦々しくつぶやく。6年前の自分の姿を、御影は見ていた。
 ……両手が血に染まっていた。血の涙を流していた。狂おしいほどに笑っていた。世界を殺したかった。すべてを呪っていた。
 腕に女を抱いていた。血まみれの女を抱いていた。すでに息絶えた女の身体を抱きしめていた。自分の体温で女を温めようとしていた。かつて愛しあった女だ。共に滅びるはずだった……。

御影
「勝手に人の記憶を再生しやがって。……彼女はもっと美人だったぞ」
御影
「俺が殺した。おまえが殺した。護るべきものを、その手で壊した。この手で壊した」
御影
「ああ、そうだ」
心にはさざなみひとつ立たない。

御影
「それだけか? ひとつ教えてやろう。その程度の自己否定なら、もうとっくに経験済みだ。 記憶を読むなら、そのへんのところまで読むんだな」
御影(鬼)
「…………」

忘れることはできない。切り捨てるわけにはいかない。共に過ごした日々を、無かったことにできるはずがない。
 ならば、痛みの記憶も引き受けるしかない。罪の記憶も引き受けるしかない。
 肉体は苦痛を感じない。だが、胸の奥に突き立てられたナイフの痛みを感じることはできる。
 ずっと、向き合ってきた。ときには自分で傷口をえぐり返したりもした。
 今でもナイフは刺さったままだ。痛みも感じることができる。
 それだけ。ただ、それだけのこと。

御影
「わしを取り込みたいなら、もっと重い絵を見せろ」
ふ、と。まばたきひとつするあいだに、女の顔が変わっていた。女は、如月尊だった。

御影
「……再生だけなら大目に見てやろうと思ってたがな。誰がそんな創作をしろと言った」
何かが膨れあがる。殺気、などという言葉では生温い純粋な破壊衝動。
 鬼は痛みを感じないという。ならば自分は生まれたときからすでに鬼だ。向こうにいるか、こっちにいるかが違うだけで……

御影
「俺はな、地獄行きの指定席を予約済みだ。だいたい、とっくに人間やめて鬼になった俺に、そんなもんが効くと思うのか?」

あの痛みの記憶があったからこそ、自分はいまここにいる。大事なものを護ることができる。大事な人を護ることができる。
 如月尊を護ることができる。御影の精神に手をのばしてきていた鬼の悲鳴が聞こえたような気がした。目を閉じて、開く。自分の姿はすでになく、目の前には闇だけが広がっていた。無明の闇が。

異質なるがゆえに〜豊中

遠い記憶。幼い日、血のつながらない祖父が言った言葉が甦る。
    『片輪の子など、間引いてしまえば良いのだ』生存権をさえ認めようとせず、孫の存在を殊更に無視し続けた祖父。それに同調して豊中を、そして豊中を産んだ母親をあざわらい続けた親戚達。その後、豊中が大学に入った途端、手の平を返したようにベタベタし始めた人間達の思い出が押し寄せる。

豊中
「ふん…………ばかばかしい」
目の前に立つ鬼が、昔の祖父の形をとる。

『産まれて来なければ良かったのだ。お前のような片輪の子供、
何の役にも立たん』
豊中
「それが、どうかしたか?」
嘆きに押し流されるには、それはあまりにも深い淀みだった。嘆いているだけでは、己の生存権さえ認めてもらえない。認めさせるにはとにかく実力をつけるしかない。実力で相手を叩きのめすことでのみ、己の存在を認めさせられる。

豊中
「それと言っておくが、片輪と言うのは差別用語だからな。まぁった
く、頭ん中が戦前のド田舎で停滞してるやつはこれだから困る」
苦笑するしかない。それに鬼がたたみかける。

『おまえは他人と全く違う。一族に数えられるわけがないだろう?』
豊中
「そいつはありがたいね。俺はお前達のような小者を仲間にしなく
て済む」
『お前を受け入れる者はどこにもいない。どこまでいっても、お前は
一人だ』
豊中
「もう一度言ってやろう。それがどうした」
負け犬の群れに混じるより、孤独な狼であれ。嘆くのではなく、闘い続けろ。求めるものがあるならば。わずか十年しか共に暮らさなかったが、たしかにそう教えた人物が豊中にはいた。誇りというものを教えてくれた人物が。母親だった。

豊中
「消えろ。お前は邪魔だ。…………しかし、お前が本当に爺さんだっ
たら殺しがいもあったんだがな」
言いながら、外部に向けていた自分の能力を自分の内側に向ける。自己監視ループを強化。外部からの干渉を最小限にしてから自身を分割。外部とのインタフェースを兼ねる『β』と分析を担当する『γ』に。γは分析された内容に注意を払わない。βには分析結果はただの記号でしかない。鬼の攻撃は無効だ。内容は理解できるが、分割してしまえば共鳴する心はない。…………心の不在。何かを感じる心、それこそが持って生まれてくることの叶わなかったもの。片田舎の世界しか知らない身内が、豊中を怪物と疎んじた最初の原因。今の『心』もβとγ、双方が統合されて始めて疑似的に生じたものに過ぎない。人間であって人間でない状態だ。γがそう警告するが、βである豊中は気にしなかった。そして自己を分割したまま、外部に能力を向け直す。

豊中
「御影さん、岩沙君、惚けている場合ではないぞ!」
よく響く声で、警報が出された。

御影
「誰が惚けてるって?」
琢磨呂
「この琢磨呂様があの程度にやられるかよ」
警報を出されるまでもない。御影と琢磨呂は豊中の復帰とほぼ同時に復帰していた。しかし、尊と一には復活する兆しはない。

御影
「しかし、術を使えるモンが二人ともあの状態じゃぁ、きついか」
琢磨呂
「なんとかするさ!」
豊中
「言っておくが岩沙君、本体はあれじゃないからな」
御影
「なに?」
豊中
「あっちだ」
指さした方向。闇だけが広がっている。

御影
「何もないように見えるんやが」
豊中
「俺にも見えません」
琢磨呂
「場所さえわかればいいんだよ!」
M93Rが発射される。姿なき悲鳴が上がり、闇がいくつもの姿に分裂した。

共にある者〜本宮

あの子…あの子がいる…昔のままの姿で。

少女
「本宮くん…嫌い…」
本宮
「…『  』ちゃん…」

その子は…あの時の…好きだった子じゃないはず…なのに。本当に…締め付けられるように…心が痛む。絞り出すように…乾ききった口から言葉をつむぎ出す。知らず…見開いてしまった目、不自然に…青い右目…

本宮
「…どうして?」
少女
「知ってるくせに…」
 
 知ってるくせに…
保母1
「あの子の目…なんだか怖い」
保母2
「不気味なのよね…魔物みたいな…妖怪みたいな…」

聞こえていた…聞きたくなかったのに…みんな言っていた…俺のいないところで。みんな…

少女
「みんな言ってるわ…知ってるくせに…」
そうだ…俺は知っている。
 俺のいない影で…俺の見ていないところで…みんな言っている。表向き取り繕っていても…いい顔をしていても…
 心の奥では俺の事を異生物を見るような目で見てる…

少女
「怖い…本宮くんの目…」
本宮
「…やめてくれ…」

そんな目で…見ないで…どうして…どうして…どうして!…疑問の嵐…嘆きの叫び…心をむしり取られていくような…深い悲しみ…
 「もとみぃっ!」
 突然、頭の中にどこから声が響く。この声は…
 「もとみーっ!」
 フラナだ…
 フラナ…あいつは俺がどんなだろうと…いつも変わらなかった。いつも…俺の後をくっついてきていた…
 俺がいじめられて…俺のとばっちりを食っていじめられてもあいつは…いつもそばにいた。

子供
「なんだよ!お前も化け物味方かよ」
フラナ
「化け物じゃないもん!もとみーだもん!」
子供
「うるさいっ!お前も化け物の仲間だっ」
フラナ
「なんだよぉ!ばかばか!もとみーをいじめるなぁっ」

突き飛ばされれも食い下がり、ガキ大将に食って掛かる。
 

フラナ
「もとみーをいじめたら、ぼくがゆるさないぞっ!」
 
 あいつはいつも…そうだった。
 泣かされて帰るときも…そうだった
 
フラナ
「ごめんね…ぼくが…よわいから…ぼく、もっとつよかったら
よかったのに…」

いつも助けてるはずなのに…俺がついてやってるって思っているくせに…助けられているのは…俺。
 
 強くなりたかった…あいつみたいに…強い心が欲しかった。誰よりも…

本宮
「…い…つまで…」
少女
「!」
本宮
「…いつまでっ…甘えてるんだよっ!」

叫んでいた…心の底から…
 
 あいつに甘えている。
 あいつがいなかったら、俺はいられなかった…
 あいつ無しに…俺という人間は存在できなかった…
 今でさえ…あいつがいなければ…自分は…こんなに…弱くなってしまう…
 

本宮
「…いつまでも……甘えていられない」
 
 しっかと足に力を込める。顔を上げ、まっすぐに目の前を見据える。…あの子の姿を取った鬼が一瞬ひるむ。
 
本宮
「負けない…何よりも…自分に…」
 
 負けられない…自分に…周りに押しつぶされてしまう弱い自分の心に…
 
本宮
「…いつまで…その子の姿をもてあそぶ気だ!」

響く声、凛と通った声。鬼の悲鳴をもかき消す決意の声。そして…もう、そこに鬼の姿はなかった。代わりに見えるもの。見知った姿が三つ。その一つが振り返り、叫ぶ。

豊中
「本宮君、援護してくれ!」
苦戦していることは、見ればわかる。

本宮
「援護って!?」
豊中
「何でもいい!こいつらを近付けない方法だ!」
琢磨呂
「切りがないぜ!」
豊中
「そろそろ御影さんがヤバくなり始めているんだ、君の力を
使ってくれ!」
本宮
「はい!」

きりっと目を見開く、深く澄んだ鮮やかに青い右目。黒い左目、黒髪との外見で、ひときわその異質さが目立つ。本宮の目に、一瞬、驚いたような表情を浮かべる豊中。しかし、すぐに小さく笑みを浮かべる。

豊中
「はじめて見るな、君の本気の顔を」
本宮
「もう…ふっきれましたから」
豊中
「よし、左。御影の旦那の援護頼む」
本宮
「はいっ!」
 
 答えると同時に走っていた、近寄る鬼に当て身を食らわせ、空間の歪みにほうり込んでいく。

そして…御影。
 

御影
「こいつら!いくら増殖すれば気がすむ」

無数の鬼に囲まれている御影、なぎ倒してもなぎ倒しても、取り付いて来る。腕に、足にしがみついて来る。
 

御影
「このっ!こ汚い鬼にまとわりつかれても嬉しくない」
 
 腕を振り、鬼を叩き落とす。しかし、数が多すぎる。次第に身体の自由を奪われていき…。喉元めがけ…鬼が飛び掛かってくる。
 
御影
「くそ…尊!」
本宮
「御影さん!」

鬼につかまれ、体勢を崩した御影に飛び掛かろうとした鬼に、当て身を食らわせ、そのまま異空間に沈める。

御影
「本宮っ!?」
本宮
「御影さん!大丈夫ですか?」
御影
「ああ…このっ!」
 
 鬼を振り落とし、にやりと笑みを浮かべる。
 
御影
「意外と戦えるな。本宮」
本宮
「足手まといには、なりませんよ」
 
 再び構える本宮、構えからして…そこらの半端ものとは違いがわかる。
 
御影
「…なかなかやるようだな、派手にやるか」
本宮
「(小声で)…御影さん…奴等、できるだけ一個所に集めら
れますか。俺が、まとめてあいつら片付けます」
御影
「…よし」
御影
「……やってみよう。タイミング、外すなよ」
本宮
「はい!」

にやりと笑い、御影は無造作に異形の者どもの真っ只中へ踏み込んだ。咆吼をあげて一体が襲いかかる。
 御影は、叩きつけられた異形の者の腕を左手で受けとめた。そのまま自分の腕を絡みつかせるように相手の腕を脇に捲きこむ。
 関節を決められた鬼の腕が砕けるのと、右ストレートが文字どおり、鬼の頭部を粉砕したのは同時だった。
 打ち抜いた拳を戻す際に、背後の鬼をバックハンドで叩き潰す。真上に伸ばした左手は槍となり、上空から襲いかかる物を貫いた。
 刹那、背中に突き立てられる何本もの爪。肩に食い込む長い牙。

本宮
「み、御影さん!」

気にしたようすもなく、横から突っこんでくる奴の腹から顔面にかけてを、鉤型に曲げた指で削り取る。低い姿勢から腹を狙ってきた相手には、高く上げた踵を脳天に落とし、踏み砕く。
 そして広げた手のひらで噛みついている鬼の顔を包みこみ、

御影
「鬱陶しい」

握りつぶした。

御影
「弱すぎる。せめて楽しませろ」

何かが、ぎりっ……と、鳴った。

御影
「……ふん。嘆くだけしか能がないのか?」

瞬間、静寂。
 直後、気も狂わんばかりの悲鳴と咆吼をあげて、鬼たちがいっせいに飛びかかってきた。

御影
「……だから能無しだと言った。
 本宮っ!」

本宮に合図を出し、御影は突進した。鬼たちを弾き飛ばしながら群れを突っ切り、本宮の能力の範囲外に離脱。
 そして本宮は、その空間操作能力を、

本宮
「うおぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああっ!」

開放した。

戦い〜狭間にて

琢磨呂の銃が、いくつかの姿を粉砕する。ガラスに爪を立てた時のような音と共に、小さな醜悪な姿はぱっと塵となり、その塵も風に吹かれる間もなく空に消えた。

琢磨呂
「切りがないぜ」
ぼやく顔には、さっきほどの余裕はなかった。銃を左手に構えたまま、琢磨呂は紋章ナイフを抜き、振り回す。ナイフに触れた鬼が超音波に近い領域の悲鳴を上げ、消えていく。人の手になる雷が、一つの影を青く浮かび上がらせ、消える。

豊中(γ)
『……………数の多いザコ。この場合、最後は体力勝負に
なる』
  (β)
『了解』
  (γ)
『バッテリー切れまであと二発』
居候
『(嫌悪)』
最後の火花が散り、豊中は役に立たなくなったスタンガンを逆手に握ると、その手で手近の鬼に殴りかかった。隙をついて襲う鬼の牙が、治り切らない肩口につき立てられる。痛みを気にしている暇はない。琢磨呂のナイフを避け、その死角に回り込もうとする鬼を殴り飛ばし、蹴り飛ばすだけで、精いっぱいだった。そんな中、噛みついた鬼がいったん口を離し、豊中の視界の端でにんまりと笑みを浮かべた。狙いを豊中の喉に向け直し、鋭い牙をひらめかせる。

居候
『危ない!』
ガードは間に合わない。軽く身を沈めて鬼をいったん宙に浮かせ、豊中は鬼の喉笛に噛みついた。鬼の驚きが伝わってくる。牙が頬をかすめ、僅かに傷をつける。が、枯木を折るような感覚があった後、鬼はすいっと消滅した。

御影
「むちゃな真似を」
豊中
「お、間に合いましたね御影さん」
口を拭いながら言う豊中に、御影は鬼の頭を片手で握りつぶしながらにやりと笑った。

琢磨呂
「男の友情やってる間に、こっちのザコを片付ける手伝いもしろ
よ」
鬼の首が琢磨呂のナイフにはねられ、次の瞬間には溶けて消え去る。

御影
「やかましい、今からやったる」
本宮
「俺がやります」
本宮の額に、汗がにじんでいた。空間が歪み、何匹かの鬼を道連れにする。

豊中
「本宮君、体力は温存しろよ。ザコ相手に消耗しても仕方がない」
本宮はうなずきながら、自分に襲いかかってくる鬼を投げ飛ばす。

本宮
「分かっています」
豊中
「しかし、どうしたら術者を正気に返らせられるかな?」
殴りながら言う豊中に、接近してくる鬼がいた。

友へ〜花澄

目の前に浮かび上がるのは、一台のバス。
 扉のところに押し付けられた、友の顔。
 あの時、事故現場にはとうとうたどり着くことが出来なかった。大勢の人々が流れのように自分を押し流し、押し止めた。黒い上着の男達が、黙々と周囲に飛んだ血痕に、綿を押し当てていたのを何だか妙によく憶えている。
 助けることの出来なかったもの。
 己の命運を、押し付けてしまった相手。
 守りたかった、守れなかった相手。

花澄
「あの後にね、頭がどうかなるくらい考えたのよ」
視線の先に、白い顔がある。

花澄
「考えれば考えるほど、立てなくなった」
思考は螺旋を描くもの。描いた螺旋の先は、落下してゆくもの。もう二度と、力に頼らないと決めた。そのことさえ。誰かを守りたいと思う、そのことさえ。
  白い顔は、こちらを見ている。唇がゆっくりと開いた。誰かを守るといい守られるというその全てが己の立つ拠り所としてのものであるならば結局はその全てが己のものでありその誰かのものではない思考の螺旋の中には所詮自分しか存在しないのか存在しないのであれば

花澄
「くず、だよね」
ふと、花澄は笑った。

花澄
「それでもね、朝になればご飯を作らないといけなかったし、
論文書き上げないといけなかったし、それに帰国するって決めた
もんだから、荷物を詰めないといけなかったし」
白い顔に向かって、花澄はもう一度笑った。

花澄
「それでもね、生きることを休むわけにはいかなかった」
生きることをお休み出来たらいいねえ、と、目の前の顔と話したことがある。罵倒され、何故分からないと責められ、もう何を言われても分からないとしか言えなかった日々を、彼女とは一緒に過ごした。
  守りたかった。
  守れなかった。
  それでも、尚。

花澄
「一つだけ、分かったことがあるの。……誰一人として、
私に死ね、という権利はない。たとえ、死んだほうがマシだ、と
公言するような相手でも、私に向かって死ね、とは言えないのよ」
そのことに気付いた瞬間、笑いが込み上げてきた。臓腑を吐き出すようにも笑い続けた。

「この娘の死を、踏みつけにしていても、尚?」

 白い顔が、すう、と浮き上がり、突きつけられる。
  花澄の笑顔は変わらなかった。

花澄
「踏みつけにしていても、尚」
「死ぬより哀れな恥を晒していても?」
花澄
「それでも」
与えられる力をどこかで欲している自分がいる。
  しゃがみこめばどれだけ楽だろう、と思うことはよくある。ただ、しゃがみこんでしまえば、立ち上がる力が無いことを知っているだけだ。

花澄
「罵られようが、生き恥を晒そうが、生きることを止める気はない。
今だって、人を巻き込んでいる。その人に手を伸ばすことさえ
出来ない奴よ、私は」
「心配という形の依存によって、人に繋がりつつ」
花澄
「そのくせ、守ることも出来ず、かといって繋がりを絶てば
己の為に立つほどの価値も無く」
二色の声が、並ぶ。

「尚、生きるか」
花澄
「勿論」
「何故」
花澄
「私の死に様は、私が選ぶ」
白い顔が、悲しげに歪んだ。不自然に紅い唇が開く。

「貴方は、そう、まだ、生きることが出来るものね」
  花澄は、拳を握り締めた。
「豊かに生きて、良い終り方を望むことが出来るものね」
花澄
「……かに……」
「え?」
花澄
「莫迦にするなぁっ!」
叫んだ言の葉は、言の刃となって、白い顔を引き裂いた。

花澄
「平塚花澄は、のたれ死ぬものと決めている。
それ以上を、誰が望むかっ!!」
声は力となって、目の前の闇を引き裂いた。途端に感覚に飛び込んでくる、幾多の情報。そして目の前には。鬼を殴り、蹴る豊中。殴るばかりでなく、吠えながら素手で鬼を引きさく御影。琢磨呂も銃をナイフに持ち替え、本宮は普段細めている眼を見開き、鬼をなげ飛ばしながら異空間へと鬼たちを閉じ込めている。

花澄
「豊中さん、右から来ます!」
豊中
「Thanks!」
間一髪。ぎりぎりの線で間に合った警告を受け、豊中が鬼の目に指を突っ込む。悲鳴を上げたそれを投げた先には、琢磨呂のナイフ。鬼は一瞬で消滅した。

豊中
「便利な代物だ」
琢磨呂
「貸さないぜ(にや)」
花澄
「次、左からです!」
まだ、鬼の姿が尽きる気配はなかった。

神と人と〜一十

西日の射し込む部室長屋。シルエット。

「先輩?」

答えはない。ただそこには揺らめく陽炎。

「綺夜美先輩ですか?」
静耶
「違うよ、綺夜美じゃない」

冷たい声。後ろからだ。
 振り向く。グラウンドは夕焼けで赤く染まっている。そして誰も居ない。
 違う。
 うずくまった姿。
 人の形を歪めた肉塊。乾きかけた血は黒ずみ、ようやく夕日の中にその存在を示す。

「綴!」
静耶
「無理だよ、君には彼を助けられない。彼も君を助けることは
できない」
 
 ようやく姿が見える。扉の並ぶ長屋二階のバルコニー。一番端にいつも通りの静耶の姿。
「先輩、どうして…………」
静耶
「どうしてこんな事になったのでしょうね」
「僕は………」
静耶
「わかってます。院号を得るために、山に認められるために、
あの仕事は必要だったのでしょうね。
 土地には城神、市姫、橋姫が必要だと、聞いてはいます。そ
の土地で死んだものななら、守ってくれる。そうですね。けど、
 綺夜美はそのために死んだのではない」
「わかってます、あれは事故だった。市内の辻で起きた事故で
す!だから」
静耶
「だから、綺夜美を市姫に勧請した、封神したんですね」
「綺夜美さんは、そうすれば綺夜美さんはいつまでも人の心の
中に生きます!神としていることで、市姫として存在すること
で!」
静耶
「そうですか………」

明らかな敵意が膨れ上がる。
 ゆらりと影が静耶にまといつく。
 綺夜美だった。
 十自身が、呼び出し、勧請し、祀った。
 少女の霊だった。

静耶
「これが、君がしたことです………」

うつろな瞳が十をとらえる。そして、十は叫びを上げた。
 それは、綺夜美の姿をしていた。だが、綺夜美ではなかった。
 かつて、光をたたえていた瞳はうつろだった。
 豊かな表情を示した頬は動かない。

綺夜美
「あなたは何を私に願うのですか?」
 
 十は雷に打たれたようにその場に立ちつくした。
 目の前にいるのは、綺夜美ではなかった。
 ただ、役割を与えられ、それをこなすためだけに存在し続ける、魂なき霊的機関。
 
静耶
「綺夜美は、あなた達のために死んだのではない。あなた達は
人の死すらも、道具として利用した。
 確かに世界の総意たる人の思いがこの世を律するのでしょう
ね。けれど、狭間に生きるものならば知っているはずです。狭
間には狭間の理がある。死には死の理がある。あなたはそれを
知ってなお、それをねじ曲げた」
「違います!僕は。僕はこんな事になるなんて………!」
静耶
「知らなかったんでしょうね。山の狙いはそこにあったのです
から。あなたにその事実を教え込ませる。そのために、あなた
を選んだのですから。けれど…………、綺夜美の死を汚した罪
は消えない。知らなかったならなお」
「許して下さい、僕は、僕はそんなつもりじゃなかった!」

膨れ上がる殺気が、十の体をとらえた。
 瞳が光る。静耶の邪眼を封じてきた眼鏡はなかった。

静耶
「許しません」

目の前であり得ざる方向に自分の腕がねじ曲がってゆく。みちみちと筋繊維が断裂してゆく。
 血がしぶく。
 膝が砕ける。
 瞼に力が加えられ、吐き気を催す感覚とともに眼球が頬の上を滑り、しめった音を立てた。
 不可視の獣が腹に爪を立て、ずるずると腸を掻き出す。
 肉が骨から引き剥がされる音。
 軟骨がすりつぶされる音。
 と、含み笑いが聞こえた。
 綺夜美ではない。
 静耶ではない。
 グラウンドに横たわった、腕と足を一本ずつ失った肉塊だった。
 血塗れの眼下を夕焼けの空に向け、天を仰いで、笑っていた。

「こんなもんじゃねえよな」

声が違った。
 十の声だった。

「そうだよな………」

かつて人であった肉塊が答える。同じ声だった。
 静耶の動きが止まる。

「こんなもんじゃない、あの人の怒りは、憎しみは………」

むくむくと血の洞窟だった眼窩に眼球が再生する。
 

「おまえは、一つ間違いを犯したぜ、修羅よ………」
「俺の心の中の傷をえぐったつもりだろうが」
「俺の心の中にある以上、それは俺の考えられる限りの傷
なんだよ」
「俺があの人に対して行ったことは、こんな事ですむはず
がない」
「あの人の怒りがこの程度ですむはずがないんだよ」
十&綴
「俺には想像することも許されないぐらいにな!」

一言言葉を口にする度に、体が再生してゆく。違う、ぬぐい去るように傷跡が消えてゆく。

静耶
「おまえ達に何がわかる、いったい何が!」
「わからないさ」

十は金剛杖を手に取った。

「俺にはあの人の苦しみもわからない、わかるのは自分の
傷の痛みだけ。それすらもおれにとっちゃ道具さ」
 
 言葉を切って、目を閉じる。
「修羅道にいる人間を、修羅道に落として何とかなると思
ったのかよ。
 俺は『蔵王坊瑞真』この世の狭間に生きる一人の修羅だぜ」

障気が十を押し包む。
 無数の魍魎が体にたかり穴という穴から入り込み、食い破る。

「ナウマクサンマンダバサラダセンダマカロシャタソハタヤ
ウンタラタカンマン」

食い破られた唇が真言をつづる。
 ナウマクサンマンダバサラダセンダマカロシャタソハタヤウンタラタカンマン。
 ナウマクサンマンダバサラダセンダマカロシャタソハタヤウンタラタカンマン…………………
 やがてその速度は上がってゆき、うなりにしか聞こえなくなる。
 
 ブン。
 
 うなりが断ち切られ、ひときわ大きくなる。
 
 まとわりつく、瘴気が消えた。
 
 ふらつく両足を殴りつけ、十はつぶやく。

「ほんとに、こんなもんじゃないよな。あの人の怒りは、悲
しみは…………」

悲しげなつぶやきに答えはなかった。

琢磨呂
「おいに〜ちゃん、さっさと仕事しろ!」
豊中
「鬼はお前の管轄だぞ、一!」

弱きもの強きもの〜夏和流

遠くで、良く知った声が聞こえる。夏和流の目の前の犬の姿が、揺らいだ。

夏和流
「……でも」
たった、半年前。その時ついた心の傷に、自らの奪った命のその重さに、耐えられそうになかった。それを耐えられたのは……自分の強さじゃない。そこに、みんながいてくれたから。ベーカリーがあって。そこに、みんながいて。親友が、いた。
 『生きろ』その時の言葉が、思い出される。

夏和流
「……うん。負けない、よ」
後悔は消えない。思い出すと、苦しい。この苦しさから、逃げ出したい。逃げれば、全て捨てれば楽になる。でも。

夏和流
「(声を振り絞り) ゴメンね。死ぬわけに、いかないんだ
……」
決別する。負けるわけに、死ぬわけにいかない。自分のためじゃない。自分を支えてくれる人のために、強くなる。負けるわけに、逃げるわけにいかない。自分のためじゃない。自分が犠牲にした命のためにも、強くなる。

夏和流
「……ゴメンね」
最後に、涙が一粒こぼれる。そして、夏和流は戻ってきた。他を圧倒する声。夏和流は辺りを見回す。虚ろな顔で座り込んだままの尊、それを庇うかのように立つ花澄。琢磨呂と御影は鬼をなぎ払う一対の破壊神となり、一は杖を手に休みなく呪を使い、本宮と豊中は花澄の情報を受け、襲いかかろうとする鬼を尊、夏和流に寄せつけまいと戦っていた。

花澄
「本宮君、上!」
本宮が上を見るが、落下してくる鬼を回避できそうにはない。夏和流は、突き上げてくる何かに押されるように、物語を造り上げる。

夏和流
『その時、風が吹いた』
言葉の通り風が吹き、鬼の落下軌道を狂わせる。本宮をかすめ、地面に激突し消える鬼。

本宮
「すいません、先輩!」
夏和流
「……」
無言のまま辺りを見回す夏和流。すでに、元に戻っていないのは尊だけ。だが、まだ鬼の数は数十を数える。いつもとは、全く違う顔を。本当に真剣な顔をして、夏和流は静かに喋る。

夏和流
「悪いんだけれど、もとみー、もう少しだけ壁になって」
本宮
「は、はい」
その様子にすこし面食らいながらも、続けて夏和流の元で、鬼を空間の狭間へ送り込む。すっ……と、夏和流は目をつむり集中を始める。静かに、自らに確認するように呟く。その呟きは誰の耳にも届かない。だが、確実に力を持っていた。

夏和流
「僕は自分が嫌いだ。けれど、不幸も嫌いだ。……僕の好きな人達を不幸にするのは、許さない。僕は、そのために生きる!」
誓い……あるいは祈りを終え、目を開き、力を解放する。

夏和流
『流星は降り注ぎ、鬼だけ残らず消し去った』
瞬間、同時に起こった爆音が辺りに轟く。小規模の隕石が無数に降り、館を破壊してゆく。そして破壊の跡から、更に降り注ぐ。空から降る星達は、鬼だけを選び、叩きのめす。たった、数秒。そして、最後の一匹が、耳障りな声と共に消滅した。

豊中
「やるじゃないか」
夏和流
「二回目はないですよ(笑) 全力を出しましたし」
本宮
「でも、どうやったんです? 風とか、星を呼んだり」
夏和流
「……それは秘密です(にや)」
春の守り〜尊、御影、花澄-------------------------

夏和流
「それで、もう終わり……ですか?」
「そうとは言えない……ようだな」
回りの薄闇を見ながら、一は応えた。辺りに向けた視線は、いつもの暢気な学生のものではない。プロの風水師のそれだった。その思考を、御影の声が遮った。

御影
「尊さん! しっかりしろ! 尊さん!」

ぐったりした尊の身体を支えて、御影は呼びかける。だが、尊の表情はまるで人形のように凍りついたままだ。
 御影は、激情に流され、尊の異変に気づくのが遅れた自分に、どうしようもなく腹が立った。
 自分が平気だったからといって、尊もそうであるとは限らない。ましてや、自分が復活したときには、尊はまだ捕えられていたのだ。この時点で何らかの手を打つべきだったのに、逆上するあまり、相手をぶちのめすことしか考えられなかった。
 そんなことで、彼女を護る資格などあるものか。

夏和流
「豊中さん、尊さん、どうなっちゃったんですか?」
夏和流が尊の精神を探知している豊中に声をかける。

豊中
「…………このままでは、まずいな」
本宮
「まずいって、どうなるんですか?」
豊中
「有り体に言おう。自滅する」
非常に冷静な声は、御影の耳には死刑宣告のように響いた。御影が、豊中の襟首をつかんでねじりあげる。

豊中
「事実です、御影さん」
御影
「それが人間のいう言葉か?」
花澄
「なんとか、ならないんですか?」
豊中
「俺にはどうにもできません。ただ………」
御影の手に、力が籠る。首を締められ、豊中の顔色が変わった。花澄が、御影を止める。

花澄
「御影さん、やめて下さい。それで豊中さん、方法はないん
ですか?」
御影が手を放す。咳込みながら、豊中は尊の額に触れた。

豊中
「…………俺たちは何もできませんが、御影さん、あなたな
ら彼女を呼び止められます。呼んで下さい。あなたの声なら
届きます」
御影
「呼ぶ?呼べばいいんだな」
豊中
「できるだけ強く。花澄さん、しばらく周囲のガードをする
よう頼んで下さい。あなたのお友達が頼りだ」
返事があるまでに、数瞬の間があった。

花澄
「……すみません、出来るだけ私に近づいて下さいませんか」
目を閉じて、思う。春の大気、春の風。春の光。爛漫たる春。 片時すら惜しむような春。自分の周りに在る春ならば、かくあれかし、と……花澄の周囲半径3mに、かげりの無い春が満ちた。此岸の暖かさに満ちた春が。なおも尊を狙う周囲のかげりが、春の空気に浄化され、苦悶の声をあげる。その中で。

御影
「尊さん! しっかりしろ! くそ……、しっかりしろ!
行くな! 行くんじゃない! 戻ってこい! どこに行く
気だ、如月尊っ! くそっ、こんなことでっ! こんなこ
とに、負けるのか! おまえは! 尊ぉっ!」
バシッ! 尊の頬が音高く鳴る。

琢磨呂
「おい、にーちゃん! なんてことするんだ!」
「御影!正気か、手加減ぐらいしろ!」
御影
「うるさい」
ギロリと、御影が睨む。

御影
「引っ込んでろ」
その表情、まさに修羅。

琢磨呂
「はい」
「(顔背けて)ちっ、しょうがない。やれよ!引きずり戻し
てこい」
十珍しくシリアスモード。

御影
「戻ってこい! どこに行く気だ、尊! おまえの居場所
は、そっちじゃない! 何をグズグズしてる! 早く戻れ、
戻ってこい! こっちだ! 尊、おまえは、こっちの人間
だろうが!」

御影の眼光に圧倒されて直立不動のふたりを完全に無視して、御影は尊を呼びつづける。

御影
「戻ってこい、戻ってこい尊っ! 俺をおいて、どこへ行
く気だ! もう俺を助けてくれないのか! 行くな! 戻
ってこい! 尊っ! 尊ぉっ!」

二度、三度と、尊の頬が鳴る。そして……クオヴァディス〜此岸より-----------------------
  ……何処へ行く?誰だろう? この声……ふと、目をあける。目の前に男の背中があった。

「……父さん?」
男は応えない。

「……待ってて、すぐに行くから。そしたら、父さんと、
母さんと……また一緒だよ……」
ふっ、と……力なく微笑んで、漣丸を持つ手にゆっくりと力をこめる。ちくり、と……白い喉を切っ先が傷つける。つう、と……赤い血が一滴、肌を流れ落ちる。
   ……何処へ行く?男の背中が、また聞いた。

「……え? でも……だって……」
なぜそんなことを聞くのか、戸惑う尊に男は重ねて問う。
   ……何処へ行く?

「どうして……そんなこと聞くの、父さん?
 …………母さんは? ねぇ、母さんは……?」

突然気がつく。違う。この男は父ではない。朧朧と定まらぬ記憶のなかの父。背が高く広い背中の、その父の姿とくらべても、男はひとまわりは大きかった。

「……違う、父さんじゃない……。だれ……?」

  ……何処へ行く?

「……壊しません。いえ、壊さないためにも、行きます」

  ……何処へ行く?

「あの人たちは……私の正体を知っても恐れなかった、拒
まなかった。それどころか暖かく迎えてくれた」

  ……何処へ行く?

「やっと……見つけたんです、あたしの居場所を。あたし
は、あの人たちの笑顔を、あたしの居場所を守るために。
行きます」
かつてのあたしの言葉が空虚に響く。あたしは何をしたかったの?。混濁した意識の中でぼんやり考える。
   ……何処へ行く?
   ……戻ってこい。
   ……何処へ行く?
   ……戻ってこい。
   ……何処へ行く?
   ……戻ってこい。
   ……何処へ行く?
   ……戻ってこい。
   ……俺をおいて、どこへ行く気だ?
   ……もう、俺を助けてくれないのか?繰り返し、繰り返し届く言葉があたしの心をかき乱す。

「あ……あたし……あたし……わからない……。
 ねぇ……誰なの……?」
「なにをしてるの?」

薄笑いを浮かべたあたしの姿をした物が、戸惑うあたしを後ろから抱きすくめる。

「さぁ……父様と母様がまっているわ」

耳元で優しく囁く声は母の声に似ていた。
 漣丸を握るあたしの手にもう一本のあたしの手が添えられ、ゆっくり刃が引かれる。
 混濁した意識の中で、薄皮を切る痛みは甘美なものにすら感じられた。
 ……戻ってこい!背を向けた男の発する声が再び耳に届く。今度は熱い力を持って。聞こえた言葉が胸の中で、熱い炎となって燃え上がり弾ける。

「な……に……」
弾けた炎が四肢を打ち、打たれた四肢が漲る力に震える。

「う……あ……」
全身を焦す熱い力に漣丸を取り落とす。スッと、あたしの姿をしたものから表情が消えた。

「おまえは必ず連れて行く。おまえは我らにとって災い」
たおやかな指が喉に絡み、ギリギリと食い込む。
 ……戻ってこい!
 だが、熱い言葉が一言一言届くたび、熾火が燃えるように身体が熱を持つ。
 喉に食い込む指の痛みすら感じず、霞みかかった意識が徐々に覚醒してゆく。
 目の前に、母の亡骸にすがり泣きじゃくる少女が見えた。
 あれは……あたし?。
 気がついた少女があたしに取りすがる。
 「かあさまが……かあさまがぁ……おねえちゃん助けてぇ……」
 涙に濡れた少女の瞳がまっすぐにあたしを見上げる。でも、あたしには何も出来ないの……。少女は小さく首を振る。あなたは欠けているだけ、今、無くした欠片をあげる。少女はそのまま急速に成長していく。

「!?」

成長した少女はもう一人のあたし、深く冷たい湖の底に眠るあたしだった。
 成長した少女、もう一人のあたしは優しく微笑むと、影が重なるようにあたしと重なる。

「!?」
何かが弾けた。たった一つ欠けたピースのために完成しなかったジグソーが。今、完成した。 
 そは汝、何者ぞ?
 我、うつしよと闇の狭間に住むものなり。
 そは汝、何者ぞ?
 我、如月尊、魔を祓うもの為り。
 そは汝、誰が為に魔を撃つ?
 我、我と我に連なる者のため、この身を賭しても魔を撃たん!全身から白い燐光が溢れた。喉に食い込む指が燐光に焼かれ、ぼろぼろと崩れていく。雄々しく漣丸を構える父の姿。微笑む母の優しげな表情。閉じた瞼に父母の姿が浮かぶ。
 ……そうか、守りたかったんだ……父さんも、母さんも。
 そして、あたしも……。
 もう、迷わない。
 もう、恐れない。
 もう、負けない。ゆっくり目を開き、顔を上げる。
 さぁ、戻ってこい!優しく熱い言葉が背中を突き動かす。あなたは誰?いつのまにか弛んだ手をすり抜けて、漣丸が足もとで澄んだ音をたてる。ふらふらと男に近づくと、尊は男の背中にそっと触れ……のばした指先がとどく直前、ガラスが砕けるように男の姿が消える。幾万ものかけらに砕け散る刹那、彼はわずかにふりむいて、微笑んでいたような気がした。その先に、忌々しげに顔を歪めるあたしの姿をしたもの……
    オノレアトスコシダッタモノヲ……
    サア、何ヲタメラウ。
    疾ク償エ。父ト母ノ死ヲ、オマエノ死ヲモッテ。
 あたしは、足もとで冷たい光を放つ漣丸を拾い上げ……
 あたしを、斬った。痛みが、尊を現実に引き戻す。

「……痛……、御影さん……なんでぶつの?」
御影
「ぅ、あ……み、みこ……と……」
「あ……その……ただいま(にこっ)」
その瞬間、御影は尊を抱きしめた。

御影
「……良かった」
「あ……。御影さん、あの……苦しいです」
御影
「うるさい……心配させた罰だ……」
「……はい」
少し離れて眺める一と琢磨呂。にやにや笑いを浮かべている。

琢磨呂
「なぁ、」
「………」
琢磨呂
「はーーーーーーーーーーーーーーー」
「ぷはああーーーーーーーーーーー」
一&琢磨呂
「ったく、らぶらぶやねぇ〜」
(赤面)
御影
「なっ!」
琢磨呂
「言い訳無用………だぜ?(挑発的な表情で)
にーちゃん、さっきなんて言ったか、よーーー
く思いだそうな」
(大爆笑中)
御影
「……………(台詞思い出して赤面)」
琢磨呂
「ふははははははははははははははははは!」
馬鹿笑いする琢磨呂。一は金剛杖で御影を殴る。

SE
ごきり
御影
「なんや、十」
「殴ってもいたがらん奴は、つまらんな」
琢磨呂
「おっと、馬の足だ!(十の頭を殴る)」
「きゅう」
キノト
「うらやましいならそういやいいのに」
キノエ
「直紀さんに頼んだら?」
「(赤面)」
「(赤面)……花澄さん」
花澄
「はい?」
「琢磨呂君、十さん、豊中さん、夏和流君……ありがとう」

微笑んで肯く花澄、黙って肩をすくめる豊中、照れ隠しに頭を掻く夏和流
 御影にちょっかいをかける十と琢磨呂。

「それから……ありがとう……武史さん」

疲労のせいか、やつれているが生気に満ちた極上の笑顔で微笑む。

御影
「いや、いいんだ。……いいんだ」

この無骨な大男にそんな顔ができたのかという優しげな表情で、御影はうなずいてみせた。

琢磨呂
「ったく……やってらんねーな(笑)……あ?」

何かに気づいた琢磨呂がポンと手を叩く。

琢磨呂
「尊の姐さんよ、今なんてった?」
「え?ありがとう……って」
琢磨呂
「そうじゃねぇ、ダンナの事、なんて呼んだ?(にやり)」
「あ……(ぼふっ)」
夏和流
「あ、確か「武史」さんって……へぇ御影さんの名前、武史
って言うんですかぁ、なんだか強そうだなぁ」
御影
「……」
豊中
「さて、らぶらぶはそこまでにしていただきましょう。
…………本体の御登場です」
夏和流
「それじゃあ、そろそろ……終わりにしますか」
「そうね、どうやらみんな少々の事じゃ腹の虫が納まらない
みたいだし向こう側の存在がこちら側で悪さしたらどうなる
か、教えてあげましょう」
ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!応えるように、声が、いや、もう既に声ですらない、嘆きが辺りに満ちた。とっさに、構える一同。いや、構えさせられる、だ。皆、本能的に危険をかぎ取っていた。

夏和流
「ふうん。雑魚とは比較にならない強さですね。なのに、こちらは全員消耗している。しょーもなー(笑)」
「冗談を飛ばしている場合じゃない!」
夏和流
「冗談を飛ばしていても、勝てますよ(あっけらかん)」
「……どうやって」
夏和流
「さあ?(にっこり)」
夏和流も消耗しているはずなのに、余裕を見せていた。そして、ただの無謀とは思えないほど自信に満ちていた。やがて闇の最も深いところから、『影』が出てきた。人でも、修羅でも、鬼でもない。ただの、影が。

「あれが、敵の本体……」



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