エピソード542『宇宙からの贈物!?』


目次


エピソード542『宇宙からの贈物!?』

プロローグ

漫画ではよく目から星が散る絵が描かれたりするが、まさにそんな気分だった。

SE
ごすっ

常人、つまり御影の旦那以外なら、後ろから頭を強打されれば普通、気絶するものである。そしてこの点、豊中は間違いなく常人だった。人気のない作業室で、回路作成に意識を集中していたのも間違いの元だったのだが、後悔先立たずというものである。

豊中
「……いってぇ」

起きてみると、頭が痛かった。
 殴られた痛みに、精神的な頭痛がさらに付け加わったのは、自分を見下ろしている顔を認識した瞬間だった。

豊中
「……何の用だよ、江連」
江連
「お前にUFOを見せてやる」

工具入りの鞄で殴られたことを未だに根に持っている、UFO研究会のメンバーだった。

豊中
「……アホらし。俺は帰るぜ」
江連
「いてもらう(にやり)」

立ち上がろうとして、豊中は立ち上がれないことに気がついた。手足に鎖。鎖は橋ゲタに回され、しっかり鍵が掛けられていた。

豊中
「おまえ、こういう趣味があったのか」

けっこう(いやかなり) 間抜けな光景である。

豊中
(外そうにも道具なしじゃつらいよな〜。クリップの一個 でもあれば間に合うんだが……)

ジャケットのポケットにはかろうじて手が届く。入っていたのは携帯用部品ケースのみ。

豊中
(無いよりましだが……)

問題が一つ。鎖を固定しているちゃちな南京錠は、豊中の手の届かないところにあった。大間抜け。

豊中
(ど〜して俺がこんなんにつき合わされなきゃ……うげげ)
居候
(爆笑)

UFO研究会の連中は、どこかの秘密結社のような怪しげな白い服を着、白い顔まですっぽりかくれる頭布をかぶって、丸く円をつくって並んでいた。そして、すこぶる怪しい呪文のようなものを皆で大合唱。

豊中
『見てる方が恥ずかしい代物だぜ(汗)』
居候
(笑い過ぎて言葉が出ない)

やがて、声が絶叫に変わったところで。何かが、空の方で光った。

豊中
『流星か? いや、こんなに明るかったら火球だ。それに しては音がしない?』
江連
「見ろ、豊中! これが我々の実力だ!」

豊中は、見た。
 見て、我が目を疑った。
 それは、爆発する右手とドリルのついた左手を持つ、巨大ロボットのように見えた。

豊中
「……で、そりゃ何だ」
江連
「UFOだ!!」

たしかに、『正体のわからない飛行物体』ではある。が、江連が日頃主張する『UFO=地球外知的生命体の宇宙船』では絶対に、ない。

江連
「みろ、この素晴らしいフォルムを! 神々しいばかりの テクノロジーのなせる技!」
豊中
「良く聞こえない、こっちに来い」

ノコノコやってきた江連を自由にならない手でひっつかまえ、理解する。江連には、あれがUFOに見えているのだ。
 が、江連が驚きの声をあげる。
 巨大ロボットが、勝手に町の方へと歩きだし始めていた。

豊中
『俺はしらね〜ぞ(なげやり)』
江連
「みんな、ひきとめるんだ!」
メンバー
「だめだ、追いかけよう!」

わらわらと走り出すUFO研。

豊中
「(鎖をがちゃつかせて) おい、これを解いてから行けよ!!」

だれも聞いてはいなかった。

説得作戦その1〜花澄

瑞鶴。開店前の朝8時。

店長
「なんだ、あれ」
花澄
「……え?!」

兄の間抜けた声に、花澄がぱたぱたと店先に飛び出して、見たもの。

花澄
「……これって、ウルトラマンの世界?」

まだずいぶん遠くに見えるが、間違いなく巨大カネゴン。

店長
「懐かしいなあ(しみじみ)」

この二人、ウルトラマン(初代)を、見て育った世代である。……などと呑気なことを言っている間に、怪獣は近づいてくる。

店長
「(ぽん、と花澄の肩を叩く) よし、有能なる妹よ、行け」
花澄
「はあ?!」
店長
「俺は客を大事にするし、客になりそうな人間も大事にす る。だが、あれは客にはならない。あの手ではページがめくれんだろう」
花澄
「そういう問題じゃ(呆)」
店長
「兄は開店の準備で忙しい。あれをどっかに連れてけ。と にかくうちの近くに来させるなよ。いいな」
花澄
「そんな無茶をまた」
店長
「兄はお前を信頼している(きっぱり)。安心しろ、骨は拾っ てやるほどに」

この兄にして、この妹あり。追っ払われて、花澄は溜息を吐いた。
 それでもてくてくと歩いていくあたり、えらいかもしれない。
 取りあえず、怪獣(?)の目の前まで、花澄はやってきた。

花澄
「ええと、聞こえます?」

のほほんとした顔で怪獣の目の前に突っ立っている図。相当間が抜けているが、それで立ち止まるあたり、怪獣も間が抜けている。

花澄
「あのね、貴方、ここでは邪魔らしいの。来たところに 戻ってもらえませんか?」

怪獣は、くに、と首を傾ける。聞こえてはいるが、理解は出来ないらしい。

花澄
「……そーだよねえ。言葉が通じるわけ、ないものねえ」

はふ、と溜息を吐いて、何となく花澄は道端の縁石の上に座り込んだ。膝を抱えこむ。

花澄
「悪意はないみたいだし。邪魔、っていってもこっちの都 合だものねえ」

でも、確かに邪魔だわ、なぞと呟いていた花澄の横に。

SE
ずずうん。
花澄
「?!」

見ると、怪獣が同じポーズで座り込んでいる。はっきり言って、妙である。花澄は、くす、と笑った。

花澄
「ま、いいか。大丈夫みたいだし。取りあえず、瑞鶴方面 には進んでいかないみたいだし……ま、いっか」

ちっともよかないのだが、そう独り決めすると、花澄は組んだ腕の上に頭を乗っけた。怪獣も、その真似をする。
 じきに、すうすうと気持ちよさそうに眠り込んだ花澄の横で、やはり何となく気持ちよさそうに膝を抱えている怪獣の姿があった。
 まあ、のどかといえる、風景である。
 ……商店街のど真ん中、という条件を除けば、だが。

警官1
「……寝てますね、あの女性(呆)」
豊中
「……花澄さんですから、ねえ(呆)。おや?」

橋ゲタから警察の手で解放された豊中と、豊中を職務質問した警官が呆れている前へ現れたのは……。

粉砕・ギャグ作戦〜三河夏和流&西山みのるの場合

現在、八時二十分。

豊中
「もしも〜し、花澄さぁ〜ん。……だめだこりゃ(呆)」
警官1
「こまったねぇ。しかしこの気球、邪魔だなあ」
豊中
「(気球?)」

豊中には現在、この物体はどこかで見たような秘密基地の巨大模型に見えていた。どこからかサンダーバードのテーマが聞こえるような気がした。

豊中
『なんか、いや〜な予感がするんだけどな』
居候
『そうか? 綺麗どころが二人仲良く昼寝する光景なぞ、 めったにお目にかかれるものではないぞ、お若いの♪』
豊中
『予感的中……か? ……高村さんがいれば一発で分析で きるだろうが、今の俺ではなあ……ああ、腹減った。晩飯も朝飯も食ってないんだよな。後でベーカリーに……おや?』

足音が二つ。そしてこの感情パターンは……

夏和流
「遅刻、遅刻するっ」
みのる
「喋らず、走れ」
夏和流
「そっちだって、喋ってるじゃないかっ」
みのる
「下らない言い争いを……おい(立ち止まる)」
夏和流
「(止まって) どしたの? 急がないと……あ」

やっぱり現れたのは夏和流&みのる。「それ」に気づいて足を止める。

みのる
「(夏和流と同時に) ピグモン……」
夏和流
「(みのると同時に) 綺麗な女性が笑ってる……」
みのる
「……俺にはピグモンがいるように見えるが」
夏和流
「僕には身長2メートルの女性が笑ってるように……」
二人
「……」

高校生二人が仲良く並んで首をかしげる図。シュールなものがある。花澄は起きる気配なし。熟睡中。

みのる
「急ぐぞ」
夏和流
「その前に一つだけ……」

夏和流が「それ」に近付く。

警官1
「おい君、それは……」
豊中
「多分大丈夫ですよ。見ていましょう」
警官2
「(豊中に向かって) やっぱり、君にはじっくり話を聞か せてもらおうか」
豊中
「ぜんりょーな一般市民になにをお聞きになりたいんで(汗)」
居候
『だれが善良な一般市民だ(-_-;)』

むさ苦しい会話が外野の間で交わされている中。

みのる
「早くしろ、夏和流」

夏和流は「それ」に話かけ、戻ってきた。

夏和流
「(じーん……)」
みのる
「何をした?」
夏和流
「ギャグをいったら、笑ってくれたんだ……(感動に浸って いる)」
みのる
「……どあほう」

みのるが、夏和流をひっ掴んで去った。

拝み倒しなるか? 〜直紀の場合

会社へばたばたと出勤する直紀。周りが妙にざわざわしてるのに気づき、ひょこっと現場に現れる。

直紀
「なんか……騒がしいなぁ。あれ? 花澄さん……と」

花澄の側で寝ている、存在感のあるフォルム……忘れようにも忘れられないその姿は……

直紀
「あーーーーっっ!! こないだのバーゲンでタッチの差で 取られたスゥツーーー!!」

いや、スーツはいいが、大きさになんら疑問を持たないのか?(^^;

直紀
「ふふん。こんどこそ絶対! モノにしてやるんだからっ!」

握り拳をぐぐっとひとつ。ずんずんとスーツに向かい歩いてゆく。

警官
「ああ、また妙なのが……(汗)」
直紀
「ちょっと! そこのっ」

スーツに向き直りびしぃっと指を突きつける。

直紀
「この間の屈辱。今日こそ晴らさせてもらうわっ!」

切々と説得とゆーか、目の前でかっさらわれた過程を熱く語りだす。

直紀
「っつーわけで、お願いっ! あたしのモンになってえ!!」
紘一郎
「朝っぱらから、大声あげてなにをやってる(^^;)」
直紀
「あ、紘一郎っ。だってスーツがぁぁぁ(しくしく)」
紘一郎
「スーツ?? あれが?(じー)」
直紀
「どっからどーみても、そうじゃないのぉ!」
紘一郎
「いや、俺には……」
直紀
「なに?」
紘一郎
「……いや。そんなことより、さっさと会社に行け。また、 給料三回払いになってもしらんぞ(すたすた)」
直紀
「ああっ! しまったぁっ!!」

説得の意志なし〜訪雪の場合

朝食後、ベーカリーへとママチャリを走らせる訪雪。目の前の路上に立ちふさがる巨大な物体。調子っぱずれの『匕首マック』の口笛がぴたりと止まる。

訪雪
「ほう。あれはまさしく……
ちょっとスケールが違うような気もするが、気の所為だろう」

警官が止めるのも構わずに近寄り、表面を掌で撫でる。警官の目にはつややかな銀色に見えるその表面が、訪雪の手には硬くざらついているように感じられた。

訪雪
「この形、砂型独特の肌……間違いない。佐野天明の茶釜、 それもかなりの名品だ。ほらほら、そこのお巡りさんも、錆びるから汚い手で無闇に触っちゃ駄目だよ」

再び跨ったママチャリで文具店へと走り、半紙と筆、硯に墨の一式を購入。墨痕くろぐろと書きつけた紙を、物体の近くの標識柱に貼りつける。
 「銘水鏡」
 もう一度物体を眺めて満足したように頷くと、そのままベーカリーへと入ってゆく。

涙の説得作戦〜尊の場合

鼻歌交じりにハンドルを握り、今日も元気に配達中の花屋のおねーさん事、如月尊。角を曲がったら、いきなり目の前に現れた茶色い壁、思わず急ブレーキ。

「うわわっ(焦) ……って何これ? なんでこんな所に壁 があるのよっ……あれ、花澄さん?」

とりあえず車を脇に停め、とことこと寝ている花澄に近寄る。

「花澄さん、花澄さん、こんな所でどうしたんですか?」

熟睡している花澄をとりあえず起こす。

花澄
「ふぁ(眠) ……あ、尊さん、カネゴンが」
「え? カネゴン?」

花澄の指差す先には例の茶色い壁。

「カネゴンなんて何処にも……えっ? え゛え゛え゛っ? てぃっティディベアっ?!」

茶色い壁に見えたのは見上げるほど巨大なティディベアのお腹であった。

「か、かわいいっミ☆」

そーか?(汗)

「ってそーじゃなて、か、花澄さん、おっきなティディベ アがっ(汗)」
花澄
「んー(寝惚) お店帰る……」

寝惚け眼をこすりつつお店に帰っていく花澄。

「あ、行っちゃった……でも、どーすんのよ、次の配達先っ て、この道からしか行けないのよねぇ」

巨大なクマの前で腕組みして考え込む。すると、クマも真似して腕を組んだ。

「ひゃっ(驚) び、びっくりした……動けるの? この子」

いや、別にいいんだが、このサイズで「この子」はないだろう(汗)

「動けるならそこ退けるわよね(笑顔)ねぇくまさん、あた し、この先に行かなきゃいけないの。お願い、そこを通して、ねっ(にこっ)」

通常なら強力な破壊力を持つ筈の微笑み攻撃も、この巨大クマには通用しないらしい、小首をかしげただけで、一向に動く気配は無い。

「……(手強いわね……よーし)」

クマの足元まで近寄り上目使いに見上げる。当然、両手は拳に握り締めて胸元だ(笑)。

「くーまさん、そこ退いて(にこっ) お・ね・が・いっ
はぁと)」

余りの恥ずさに、塀の上でこっちを見ていた猫が滑り落ちたような気がするが、それはさて置き。クマはまたしても小首をかしげただけで動く気配は無い。

「(むー……こーなったら最後の手段よ!)」

ごそごそと車のグローブボックスを漁る。

「あ、あった。これよこれ(くすくす)」

秘密のアイテム「目薬」を持ってクマの前まで戻る。で。

「ねぇ……こんなにお願いしても……駄目?」

両手で顔を覆って下を向く。どっかで見たようなポーズだ。

「お願い、そこ退いてくれないと……あたし、あたしっ」

クマを見上げる。を? 両目に光る大粒の目薬……もとい、涙がっ!(笑)

「……」
クマ
「……(小首をかしげる)」
「(ぶちっ!) あたしがここまで頼んでも駄目なのね?  そーゆー聞き分けの無い子はお仕置きしたげるわっ! そこ動くなっ!」
だから、さっきから動いてないんだってば。で、いつのまに取り出したのか、抜き放った漣丸で切りかかる。

「覚悟っ! えいっ!(ふかっ)」
「やぁっ!(ふかっ)」
「たぁっ!(ふかっ)」
以下、十数分続く。

「て(ぜぇ)手強い(ぜぇ)わ(ぜぇ)ね」

当たり前である。いかな漣丸とはいえ『ふぁふぁ』『もこもこ』のヌイグルミに大して効く訳が無い。当然、クマは無傷である。

「……う(ぐすっ)……ふえぇぇん!(泣)どーするのよー!  もー嫌〜!」

泣きながら走り去る尊。たしかに『涙の』説得作戦ではある。
 ……しかし、配達は良いのか? 

視点の相違〜〜瑞鶴店長の場合

てとてとてと、と、店に帰った途端、ぱっこん。

花澄
「ったー」
店長
「何やってたんだお前は」
花澄
「ん?」
店長
「いいか、説得したらすぐ帰ってくるもんなんだ。それを お前はそのまま寝てたな!」
花澄
「でも、説得ったって、カネゴン説得できなかったから、 一緒に寝てれば真似して寝てくれるかなって……」
店長
「……本式に寝とぼけとるな」
花澄
「もう、起きましたってば」
店長
「莫迦いうな。バルタン星人をカネゴンと間違う奴のどこ が目を覚ましとるか」
花澄
「……バルタン星人?」

花澄は目をこすった。

店長
「そう! バルタン星人といえば、シリーズ屈指の名悪役 だぞ。それを間違うとは何事だっ!(力説)」
花澄
「……お兄ちゃん、何か、私と見てるものが違うみたいな んだけど」
店長
「(聞いちゃいない) 確かにお前が一番始めに憶えた怪獣 はカネゴンで、以来しばらくどの怪獣も『カネゴン』だったが、しかし今になってまで間違うこともなかろう」

花澄は首を傾げた。

花澄
「お兄ちゃん、でも」
店長
「まあいい。バルタン星人も客にはならん。ほら、そこの 雑誌表に出しとけ」
花澄
「……はい」

説得放棄〜御影

御影
「……(無表情のまま、ぢー、っと見ている)」

なにを思ったか、くるり、と踵を返すと、御影はベーカリーのドアをくぐる。

御影
「紅茶を……」

こうして御影は説得を放棄した。

御影
「(……疲れてるかな)」

猫耳猫手猫足猫しっぽ装備の、もっと分かりやすく言えばフェリシアな尊が、猫耳装備の瑞希と直紀を従え、おそらくは御影用の黒い猫耳を(猫)手に、にっこり笑っていた。
 『絶対』勝てない。悲願達成? 〜一十の場合----------------------

「あれ、こんなところに喫茶店あったっけ?」

瑞鶴のそばを通った十は見慣れぬ建物を見て立ち止まった。

「あ、何かすごくおいしそうなパフェ……」

店先の、ショウウィンドウを見てつぶやく。ただし横目なのは、そうでないといかにも物ほしそーな顔になってしまうからだ。と、なにやら文字が書かれたプレートがある。

「なになに……、『当店は、人目をはばかる男性のために パフェ用の個室を準備してあります。ご安心してデザート類をご注文して下さい』……、だってぇ!」

ががーん。稲妻で打たれたかのようにそこに立ちつくす十。

「(こ、これこそ千載一遇のチャンス。これで思うがまま にふわふわで甘いデザートを食べることが許される! 
ここなら、人目をはばかる必要がない!)」

握り拳、仁王立ちで勝ち誇る十! その瞳にきらりと光る涙。

「苦節二十四年、ついに、ついにこのことが許される日が 来た。長かった。干しぶどうと彼岸のおはぎ、落雁だけだった俺のお菓子体験。思えば灰色の時代、幾晩枕を涙でぬらしたことか。幾晩夢で今こそと口を開いた瞬間に消える悔しさを味わったことか……」

ぐいぐいと拳で涙をぬぐい取る。

「ふっ、馬鹿だな俺は。男子たる物何を泣く。今こそ、今 こそ、積年の願望実るとき、そう、もう俺は泣きはしない。俺は、俺はもう泣かないんだぁ!」

そして足を踏み出そうとしたとき、ふと気がつく物があった。

「(待てよ、俺がこの店に入るところ人に見られたら、当 然みんななんで俺がここに入ったか、そして何を頼んだかわかるよな。いや、仮にここに入って頼んだのがコーヒーだったとしても、あいつらのことだ誰も信じないに違いない)」

脳裏に浮かぶ顔、顔、顔。

「(だめだ、このまま入るわけには行かない。俺だとわか らないようにしなければ!)」

くるりときびすを返し、下宿に向かう。
 タンスを引っかき回して、サングラスにマスク、目深にかぶった帽子といういかにもな格好で戻ってきたとき、すでに事件は解決し、そこには喫茶店はなかった。
 以降しばらく、吹利の町にかの喫茶店を求めてさまよう十の姿が見受けられたという……。



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