エピソード544『十がデートだとぉ!?』


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エピソード544『十がデートだとぉ!?』

それは年の瀬も迫った冬の日。夏に比べ低くなった日差しが、少し白っちゃけたフィルターを風景にかける。二日続いた晴天で、空気はたたいて音がするくらいに冷え込んでいる。からからん。

御影
「おおさむう。店長、アールグレイちょうだい」
観楠
「いらっしゃいませ。今日は盛況だなぁ」
琢磨呂
「そりゃこんなに寒けりゃ、外なんて歩いてらんねえぜ」
夏和流
「寒いとかけて………」
みのる
「(さっくり)お前は口を開くだけで十分だ」
豊中
「外は相変わらずピーカンですか、旦那」
紘一郎
「でも、午後からは雲が出るそうですよ」
直紀
「風邪は引かないけど、寒いのやだなぁ」
一方、松蔭堂。

ユラ
「今日はぁ、一います?」
訪雪
「小滝さんか。二の舞くんは昼前から出かけたっきりだよ」
ユラ
「仕事かな?大学では見なかったけど」
訪雪
「例の金剛杖は玄関に置きっぱなしだよ。そういえば昨日山形から手紙きてたから、誰かとでも会うんじゃない」
ユラ
「ふぅん。例の薬試そうと思ってたのに………」
そのころ、書店瑞鶴。

花澄
「いらっしゃいませ、あれ?一さん。どうなさったんです?」
花澄の疑問も最もと言えた。有り体に言って今日の十はまともな格好をしているのである。(最も普段に比べて、だが)髪の毛に寝癖はついてないしひげは綺麗に当たってある。フェアアイルのセーターにグレーのコーデュロイのパンツ、着ている服はいつものように垢じみてはいない。ただ、上に羽織っているのがハーフコートサイズの白いスキーウェアなのが、吹利では少し違和感があるだろう。まだそこまで寒くはない。

「花澄さんにちょっとお願いがあるんですけど………こいつらを一晩預かってもらえませんか?」
十はそういって、肩に引っかけたザックを降ろす。そこから2匹のオコジョがちょこんと顔を出した。

花澄
「かまいませんけど?よろしいんですか?」
「今日はちょっとね。無理言ってすみません。会う約束があるもんですから」
からからん。

観楠
「いらっしゃい、一さん随分重武装だね(^^;」
「そうかもしれませんね、地元でつかってたウェアですから」
御影
「そういや雪国やったな」
琢磨呂
「雪中行動訓練かしばらくしてないな」
と、十と直紀の目が合う。十はくすっと笑って微笑んだ。

「店長、このポットに甘くしたミルクティ入れてくれませんか」
観楠
「はいはい、ところでどうしたんだい今日は、こざっぱりしてるじゃないか」
豊中
「雪が降らなきゃいいが」
十は照れたように鼻先をかくとつぶやいた。

「………デートです」
御影が咳き込んだ。観楠はお湯をこぼした。豊中は凍った。夏和流は壁際まで飛びすさり、みのるに引っかかってこける。行動がなかったのは紘一郎と直紀の姉弟のみ。と思いきや、

直紀
「えええええええええぇぇぇぇぇぇっっ!!!!」
十の一言に固まる常連客。唯一固まって無いのは紘一郎くらいか。じいっと十を見据え、努めてにっこりした口調で話す。

直紀
「それで小奇麗なんですね、今日は(にこ)」
「ええ、仕度に時間かかりましたからね。馴れないことはするもんじゃないな(苦笑)」
直紀
「キノエちゃんとキノトちゃんは?」
「花澄さんに預かって貰いました」
直紀
「さっきのポット…」
「たまには外でお茶というのもいいかと思って」ところで、直紀さんもどうですか?」
そこで十は気がついた。会話してるうちに、気分とともに急降下する目線。このあたりで完全にうつむいている。

直紀
「そう…(こんなかっこした一さんって、見たことなかったな誰と会うんだろ?私の……知らない人だよね)」
「直紀さん?」
直紀
「そっか…いってらっしゃい!(にこっ)」
「へ?」
直紀
「あ、あたし今日用事があったんだ!じゃねっ、一さん」
とりつくしまもない勢いで、帰り支度をする。代金をカウンターに置きそばにあったコートを引っ掴む。

紘一郎
「用事って…ヒマだからベーカリー行こうって…」
直紀
「………!!(ばきィっっ!!)」
電光石火の右フックを食らわし、ドアベルの音も荒々しくベーカリーをあとにする。

「え…と(呆然)」
一同
「(まだ固まってる)」
紘一郎
「な、なぜ俺を殴る(しくしく)」
カララン

「観楠さん、コーヒー下さいって…皆さんどーしたんです?」
こう聞くのも無理はない。ぼーぜんとする十。それぞれ固まっている常連客。そして、頬を抑えうずくまる紘一郎……異様だ(^^;

観楠
「(我に返る)あ、ああ。尊さんいらっしゃい」
「そういえば、直紀さんどうしたんです?なんか…凄い勢いで飛び出していきましたけど?」
ちょっと気まずそうな雰囲気をそこはかとなく感じる尊。ぽかんとしている、十。

琢磨呂
「(おい、どうしたんだよ?あのにーちゃん直紀さんとじゃなかったのか?)」
夏和流
「(夏にはそんな雰囲気だったけど)」
豊中
「(一はなぁ、その辺全然無頓着だから)」
観楠
「(けど、他につきあってる方がいたんですか?)」
豊中
「(あいつにそんな器用なことができるとお思いで?)」
全員
「(ぶんぶんと首を振る)」
「そこぉ(ぎろり)、なにをごちゃごちゃとしゃべってるのかなぁ?」
見ると仁王立ちになった尊が夏和流等を上からにらみつけている。

御影
「尊さん、ちょっと………」
御影が止めようとするが尊はそのままつかつかと、一に向かって歩み寄る。

「一さん?(にっこり)何かあったんですか?」
「(困ったように鼻の頭を掻く)ええっと、今日会う約束があるって言ったら、直紀さんが急に元気なくして………」
「(こ、このひとってば!)あのですねぇ、十さん!」
と、時計の音が午後五時を告げる。

「ああっ、やばい。このままじゃ遅れちまう(焦)」
「ちょ、ちょっと!」
追おうとする尊。その手を強くつかんだ者がいる。

御影
「尊さん、待つんだ」
「御影さん?」
と、すでに十は魔法瓶を抱えたまま外に出てしまっている。

夏和流
「これは、どうなるんでしょうね」
観楠
「一さんも見かけによらないのかなぁ」
紘一郎
「姉貴どうしたんだろう?」
と、尊が御影にくってかかる。

「御影さん!どうして止めたんです?」
御影
「豊中、お前の知ってる十は二またかけるような器用な男か?」
豊中
「いや」
御影
「わしの認識もそうや。あいつにそんな甲斐性はない」
観楠
「(そんなこと断言しなくたって(^^;;」
豊中
「ただ気になるのは、あいつがああ露骨にのろけるようなこと言う奴じゃないってのも真実なんです」
「つまり?」
豊中
「わけあり………ですね。少なくとも、奴の普段の言動かは考えられらない行動である以上は。いくら奴が鈍感かつずれまくっていても、あそこまで馬鹿じゃない」
御影
「かりに、あいつがわしの想像を超えた馬鹿やったらそん時はこっちにも考えがある。豊中、心当たりはないんか?」
豊中
「ありません。昔のことは聞いていませんから。それより直紀さんの方は?」
夏和流
「そういえば、どこへ行ったんでしょうね?」
みのる
「駆け出していったが……」
「十さんもどこに行ったかわかんないし………」
謎の声
「ふっふっふっふ、ついに私の出番のようね」
観楠
「こ、この声は?」
夏和流
「(ぞくっ)な、なんだ寒気がする?」
「ええっ?今日はもう仕事終わったんですか?」
御影&豊中
「(ため息)」
謎の声
「ある時はお茶目なプログラマー!またあるときはラヴリィな人妻!そしてまたあるときは恋にさ迷う二人の道を優しく導くすてきなお姉さん、果たしてその実体は!」
口上を上げて、ベーカリーの戸を開けて入ってきたのは!

瑞希
「らぶらぶ補完委員会、影の実行隊長迷わずの案内人斎藤瑞希ただいま参上よっ!」 からからん。あまりのことに静まり返るベーカリー。鐘だけがむなしく響く。いや、一人だけ命知らずにも叫んだ人間がいた。
夏和流
「や、やっぱりぃぃぃぃぃ」
夏和流が嫌そうに叫んだその瞬間……。ぱぎっ!……三秒後、何事もなかったかの様に会話は再開した。

瑞希
「話は全て聞かせてもらったわ、ここは経験豊かな人妻に任せてもらおーじゃない」
「助かります!まず直紀さんを捜さないと!」
瑞希
「まーかせてっ!」
豊中
「あ、ちょっと!」
疾風の如く飛び出していく二人。

豊中
「やれやれ、また厄介な事に(苦笑)ま、とりあえず直紀さんは彼女たちに任せて、十の奴を追いますか?ダンナ方」
御影
「おう、足ならわしの車出すぞ」
豊中
「じゃ、そーゆーことで」
居候
『なんじゃ、男ばっかりか?わしゃ彼女たちを追っかけたいが』
豊中
『うるさい、こういうのは適材適所だ(苦笑)』
一方そのころ、尊達は。

「瑞希さん!春日さん方面なら何かに乗っていった方が早い!」
瑞希
「そうねっ、みこちゃん足ある?」
「任せて!」
ダッシュでFLOWERSHOPMikoまで戻り、引っ張り出してきたのは真紅のZXR250。

「瑞希さん後ろ乗って!」
瑞希にヘルメットを手渡し、自分はさっさと乗り込む尊。

瑞希
「え……これ?(汗)」
「(自分もヘルメットを被る)とりあえず直紀さん捕まえてその後で十さんに話聞かなきゃ!十さん……事と次第によっては……ふふふふ……漣丸の錆にしてあげるわ(妖笑)」
以前やった極道役の影響が残ってるのか、キッチリ据わった目でアブナイ事を呟く尊。

瑞希
「み、みこちゃん?(目が据わってるぅ)」
「さ、乗って!」
瑞希
「みゅう〜おっけい(おーい、みこちゃん、別人になってるぞぉ(汗))」
勢いに押され、尊の後ろに乗る瑞希。

「でも、瑞希さんラッキーね(笑)」
瑞希
「え?なんで?」
「あたしの後ろ乗ったの、瑞希さんが初めて」
瑞希
「……まさか……」
「そ、タンデムは初めてなの、さぁ行くわよー」
瑞希
「ちょ、みこちゃんタイムー!(汗)」
雄々しくエキゾーストノイズの雄叫びを上げ、アスファルトに食らいつくZXR250。胃袋を叩き上げられるような加速Gがかかる。

瑞希
「うわわわわうぅぅ」
甲高いエンジン音に瑞希の悲鳴が重なった。ベーカリーを飛び出し、大通りから細い路地裏を通り………どこをどう走ったのか自分でも解らない。気付いたときには、春日さんの裏手に出ていた。

直紀
「はぁ…はっ…っ………はぁ」
荒い呼吸と共に口から出されるため息。

直紀
「…なにしてんだろ、あたし。…馬鹿みたい」
はぁ…と大きく息を吐き、上を見上げる。白く濁った空、ぴぃんと張った空気…雪の降りそうな空

直紀
「ほんとに…馬鹿みたい」
口から出た言葉が、抑えていた気持ちを吐き出させる。考えては、打ち消していた答え…目頭が熱い。泣きたくは…なかった。その頃のベーカリー

紘一郎
「なんか、凄いことになってるなぁ(ずずーっ)」
観楠
「紘一郎君、そんな妙に落ち着いてないで(^^;お姉さんの一大事でしょうが」
紘一郎
「まあ、一大事ではありますけど。ありゃ、泣き顔見られたくなかっただけでしょうから、そのうちけろっとして戻ってきますよ」
そういって、残り少ないコーヒーを口に運ぶ

夏和流
「……それって冷たく、ないですか?」
紘一郎
「冷たい……か(ふーん、そう見えるのか)まぁ、言い訳はしないけど。俺が出ていっても、どーにでもなるわけじゃないし。これが元で別れるようだったら、それまでの関係、ってことだろ」
観楠
「紘一郎君!!」
夏和流
「でも……あの二人、どこかで気持ちが擦れ違ってるとしたら。誤解したまま別れるなんて……そんなの!」
紘一郎
「そうかもね。でもこれは当人同士の問題でもある。他人が口を挟んで無理やり修復した仲なんて、うまくいくはずがないだろ?」
みのる
「間違ってはいないな」
夏和流
「みのる!」
みのる
「今は、なるようにしかならないだろう」
紘一郎
「ここで口論しても始まらないし、俺はここで待たせてもらうけど三河君らはどうする?」
夏和流
「……ここで、待ってます」
紘一郎
「そのほうがいいな。あ、観楠さんコーヒーもう一杯貰えますか」
観楠
「紘一郎君も語るねぇ(^^;」
コーヒーを煎れながら苦笑する。カップを受け取りつつ

紘一郎
「あ、どうも。これでも、つらい恋にならないといいとは思っているんですよ…一応ね(笑)」
御影
「なんか、わしらの出る幕なさそうやな(ずずず)」
豊中
「そうですねぇ(ずずずず)」
琢磨呂
「そうでもないぜ」
琢磨呂はそういうと小銭をおいて立ち上がった。

琢磨呂
「一のにーちゃんつかまえてとっちめるってのは俺達の仕事じゃないか?おれは女の人を泣かせるようなまねする奴は許せないんでね。たとえ朴念仁でも一言文句ぐらい言ってやるさ」
御影
「ふん、若いの。それはわしの仕事だと思うがな」
そして、御影も立ち上がる。ため息をついて、豊中も飲みかけの紅茶をそのままに立ち上がった。

豊中
「仕方がないか………琢磨呂君、君と旦那が組むと、とっちめて何か聞き出すより先に、ユラの厄介になりそうだ」
一方、松蔭堂。

ユラ
「あれ?お客さんみたいですよ。訪雪さん」
訪雪
「どれ…ああ、花澄さんでしたか」
花澄
「先日はどうも」
ユラ
「どうしたんです?」
花澄
「一さんから、キノエちゃんとキノト君預かってって頼まれたんですけど、ゆずが怖がっちゃって(苦笑)」
譲羽
「ぢぃぃ………」
ユラ
「じゃあ、あたしのとこで引き受けますよ」
花澄
「それと、着替えが………。一さんってば二人に着替えもたせてくれないから、人の姿にできなくって」
キノエ&キノト
「キィ?」
訪雪
「じゃあ、部屋からもっていけばいいよ。どうせ大した物が転がってるわけじゃない。見られちゃ困るようなものは直紀さんが来たときに処分したようだが」
気のせいかオコジョがため息をついた気がした。

ユラ
「それに、キノエにキノトもいるし、かまわないから入っちゃえば?」
花澄
「そうですか、なら着替えだけ………」
訪雪
「じゃあ鍵をとってこよう」
ぎぎぎっ。この間のことで懲りたのか、部屋の中はこざっぱりとしている。キノトとキノエがたたたたとタンスに向かう。

花澄
「あら、天気図?」
部屋の中央の机にコピーらしい天気図がある。破られた封筒の差出人は山形の物だ。

花澄
「(ああ、そうか。今日は彼女が来るのね。それで一さん)」
風と水がそっと花澄に囁きかけ、花澄はその天気図の意味を悟った。

花澄
「キノエちゃん、キノト君。セーターを忘れちゃダメよ。今晩は冷えるから」
ユラ
「え?」
花澄
「(照れたように微笑む)」
訪雪
「おうおう、息が白い」
花澄
「訪雪さん、今日はこたつ出した方が良いですよ。降りますから」
訪雪
「ああ、その方がいいみたいだね。明日には積もってるかも」
ユラ
「ああ、雪ですか」
真っ赤なバイクが悲鳴と共に疾走していったあと。

御影
「そんじゃ、いくぞ」
アクセルを踏み込む御影。車は電柱にぶつかる。

豊中
「旦那旦那、電柱!」
御影
「おや?」
SE
ごんっ
今度はバックして路上駐車していた乗用車に。

琢磨呂
「またぶつかってるぜ、ヤクザのにーちゃん!」
御影
「ヤクザとゆーな、岩沙。大丈夫だ、バンパーはぶつけるためにある」
豊中
「相手………出てきましたよ」
御影が窓から顔を出す。御影にぶつけられたAUDIの持ち主らしい優男は、文句を言いかけた口を閉じた。

御影
「いくぞ!」
琢磨呂&豊中
「どうゎっ!」
御影
「豊中、十を追跡しろ」
琢磨呂
「おい豊中さん、あんたが運転した方が良かったんじゃないか!?」
豊中
「全力でトラッキングしなくちゃ間に合いそうにないぞ、こいつは!琢磨呂君、俺は今から外部との接続を切るからな、御影の旦那の運転補助は頼んだ!!」
琢磨呂
「んな無責任な」
自分の精神空間に逃げ込み感情波入力をブースト、同時に御影のハードドライビングを認識できないように情報を制限する豊中。助手席で蒼い顔をしながら、豊中が無感動に発するキーワードを聞きとって御影に伝える琢磨呂。楽しそうにハンドルを握る御影。そうしている間に、御影は1)暴走族っぽい兄ちゃんのバイクをかすめて2)黄色から赤に変わる直前の信号に突っ込み3)路上教習中の練習車の鼻先をかすめて急ブレーキをかけさせ4)とどめに駐車場の大木に自動車をこすりつけ、歯の浮くような音をたてた。そして、到着。

琢磨呂
「…………ひでぇ運転だった」
御影
「そうか?楽しかったやろう」
豊中
「外界を五感で認識してたわけじゃありませんからね、俺は」
琢磨呂
「…………帰りはあんたが運転してくれ、豊中さん」
結局、貧乏クジを引いたのは琢磨呂一人だったらしい。車を置くと三人は公園の道を登りはじめた。

琢磨呂
「しかし、相手も物好きだよな。わざわざこんな所選ぶかフツー?」
豊中
「女の人の足じゃ大変だね。それにここからどこかにいけるというわけでもない」
御影
「あいつ、免許もっとらんよな。まさか、ここで一晩明かすつもりか?」
豊中
「装備から考えて、十分にあり得ると思うね。やっぱり、デートとか言ってるけど女性と会うわけじゃないんじゃないか?」
琢磨呂
「それでも、直紀さんにあんな事したからな」
御影
「なんや、やけに方もつやないか」
琢磨呂
「女の人にあんな表情させただけで、一のにーちゃんは殴られてしかるべきさ」
豊中
「こっちだ、林の中に向かうな」
伊吹山の公園には展望台がしつらえてある。十はその辺りからの風景も好きだったが、実はその展望台から離れた所、林の中のちょっとした空き地が好きだった。ここに横たわると、木々に縁取られて空が見える。周りの木がよけいな光を遮り、星がよく見えた。

「………なんか、引っかかるな」
冷たい空気を吸い込む。昔はそれだけで胸が高鳴った。今だってそのはずだ。なのに、心は沈んだままだ。

「なにが、原因だと想う?」
葉の落ちた木にといかける。答えはない。十はポケットの中から時計を取り出す。約束の時間だった。時計にほつりと妖精が降り立った。十はそのまま空を仰いだ。雲がたれ込める空から彼女たちは舞い降りてきた。

「時間通りか、珍しいな君たちにしちゃ」
十は指先に降り立った妖精をみたが、彼女の姿ははかなく消えて滴だけが残った。雪だった。今年初めて、吹利に降る雪だった。十は吹利の市街を見下ろした。まるで雲が重さに耐えかねて吹利に降りてきたようだった。いつもはとげとげしく光るネオン、街路灯も雪のヴェールにとらわれて優しげにぼんやりとした光をまとい、流れる車のヘッドライトも今は蕩々と流れる光の河に変わった。空から垂らしたガーゼが光を吸い上げてるみたいだ。そう、十は想った。

「じゃあ、はじめるか」
十はマットを敷き、木に寄りかかった。このまま雪に埋もれて夜を明かすつもりだった。それが、十の言うデートだった。雪は女性だと十は想う。それもしたたかなくせに可憐で、そして、つれないくせに暖かい。矛盾する要素を抱えながらも、魅入られたら最後決して忘れ去ることも、振り捨てることもできない。降るときは精妙で可憐な結晶も、つもれば氷の固まりとなりやっかいなものになる。世界をまるで知らぬものに一晩で変えてしまう。優しく、暖かく、厳しく、冷たい。雪女になら殺されてもいいよな。そう、思う自分が常にいる。けれど、どんな時も自分はあちら側にはいけなかった。向こうが選んでくれなかったのか。それともやはり死にたくなかったからなのか。

豊中
「あそこですね」
御影
「まだ一人、か。どうも酔狂な奴や」
居候
『たしかにスイキョウだのう』
御影
「相手はどこにおる?」
琢磨呂
「周囲に人の気配はないぜ」
豊中
「あいつの注意がどこに向いているかを探ればいい………?」
上を見上げる。一の意識が向いている先は、確かに空だ。

豊中
『ふん………そういうことか』
居候
『一人で納得しとるようだな若いの』
豊中
『まあな。瞑想状態に入る必要のあるデートとはね。あいつ、これで柳さんを泣かせるとは真面目に馬鹿だぞ。が、まあ、今は大目に見てやろう』
琢磨呂
「おいおい一のにーちゃん」
豊中
「ストップ。邪魔をするのは野暮だな」
琢磨呂
「邪魔?」
豊中
「雪が降りはじめたろう」
琢磨呂
「それがど〜した」
豊中
「なあ琢磨呂君、雪の中で白い服を着るのはどうしてだと思う?」
琢磨呂
「そりゃ、カモフラージュだろう」
豊中
「雪に己を同化させるため、だ。…………そっとしといてやってくれ」
御影
「…………なんか、分かったのか」
豊中
「いずれ、あいつが説明しますよ。殴るのは後にしておいてくれないか。琢磨呂君。俺に免じて」
琢磨呂
「………らしくないこと言うな」
御影
「それだけのことだと思っていいんやろうな」
豊中
「責任は後で、あいつにとってもらいましょう。とにかく今この時だけは、ね」
三人はそのまま車に向かった。

琢磨呂
「なんか、気ぃ抜けちまったな」
御影
「飲みにでも行くか」
豊中
「車でしょうが、ダンナ」
御影
「ベーカリーの隣に置かせてもらえるとありがたいんだが、ダメならそのへんに停めておけばいい。明日の朝一で取りにくればレッカーで持っていかれることもなかろう」
豊中
「琢磨呂君は未成年だったよな(にや)。君はジュースだ」
琢磨呂
「ぐっ………保護者ぶられてしまうと立場が………。よし!提案するぜ、豊中さんよ」
豊中
「ん、なんだね?(勝ったな!の表情)」
琢磨呂
「ジュースにしたら数リットルぶんだぜ!」
豊中
「む!」
御影
「じゃあ10リットルほど飲んでもらうとするか。ああ、金は出すから心配はいらん(笑)分かってると思うが、テイクアウトは不許可だぞ」
シートに滑り込むと御影はPHSを取り出した。

御影
「直紀さんの方も見つかってりゃいいが」
春日の鳥居のそば、立ちつくす人影。白く染まる息をじっと見つめている直紀。エンジンの音にも気がつかない。

「あそこね、直紀さん」
瑞希
「みこちゃん、どうする?一さんの居場所は分かるけれど、直紀さん自身が………?」
「大丈夫!きっと、きっとただの誤解だから。きっとうまくいくと思うから………。だから、」
瑞希
「だから?」
「私は背中を押してあげるだけ」
瑞希がふっと微笑んだ。

瑞希
「まかせたわよ、委員長」
尊は笑ってブイサインすると、瑞希にヘルメットを渡すと直紀に歩み寄る。気がつかないでいる直紀。

SE
「どん!」
直紀
「わぁ!」
「どうしたの?直紀さん、こんな夜に春日さんなんて」
直紀
「え、み、尊さん!なんでこんなところに」
「こっちこそ、なんでこんな寒い夜にこんなところに?」
直紀
「………わけなんて、ないです」
「なら、私もよ」
二人とも黙っている。

「すわろっか?」
直紀
「………はい」
境内の石段に座る。尊に顔をのぞき込まれ、直紀は戸惑いながら訪ねる。

直紀
「どうか……しま」
「直紀さん、泣いてた?」
直紀
「そ、そんなこと無いですよ!私はいっつも元気ですから、ほら!」
笑ってみせる。

「嘘、下手ね(くすっ)」
直紀
「はうぅぅ………」
しばらくして、直紀がそっと口を開いた。

直紀
「わたし、馬鹿みたいですよね」
「………そう、かもね」
直紀
「なんか、一人で舞い上がってて、一さんのこと………」
「………あら、そのことだったの?」
直紀
「………え?」
「私はてっきり、直紀さん自身のことかと思ってた」
直紀
「どういうこと………ですか?」
「直紀さんらしくない、確かめてもみないで落ち込むなんて、ってね」
直紀
「(くす)そうですね、解ってはいるんですけど…ただ」
「ただ?」
直紀
「……ただ、確かめるの、怖いんです。だめですね、普段あんなに我が侭言い放題なのに…どうしても踏み出せない」
ぎゅっと膝を抱え、顔を埋める。

「………全く、鈍すぎるのも考え物よね。あの人も………」
直紀
「………そうです、よね」
「だから、直紀さんがしっかり言わなくちゃ。それに、御影さんが言ってたわ。『あいつは二股みたいな器用なことができる奴じゃない』って」
直紀
「……………」
「ひとまず、信じなよ。それが裏切られたって、間違いだったって。自分がしたことなら、きっと何とかなると思うから………」
「もしも駄目だったら。その時には私がつきあったげるよ(はぁと)」
二人が振り向くと、そこにはスーツにコート姿の瑞希がいた。胸には缶コーヒーを三本抱えている。

直紀
「瑞希さんまで?」
瑞希
「さむいよね、今晩。珍しく降るかな」
そういうと、瑞希は手の中の缶コーヒーを放った。

「わぁ、あったかい」
瑞希
「まだのんじゃ駄目よ。まずはしっかりと暖かさを味わなきゃ(くす)」
直紀
「……………」
手のひらの中の温度を確かめる直紀、と。

SE
「バサァッ」
直紀
「わぁ!」
瑞希
「こうした方があったかいしね」
「あ!直紀さんいいなぁ」
一つのコートにくるまる直紀と瑞希をみて、尊がうらやましそうに言う。

瑞希
「みこちゃんは、こんな事できないもん」
直紀
「み、み、み、瑞希さん!?」
瑞希
「直紀さん、春日さんって、縁結びしてくれるんだよ。知ってた?」
直紀
「………そ、そうなんですか」
瑞希
「そう、だから、高校の時とかよく友達と来たっけ。直紀さんもそれが目当てだったかな?」
直紀
「そういや、そんなこと聞いたような…しっかし、神様に頼るなんて…ほんと、らしくないや(苦笑)」
瑞希
「(くす)すこし元気出てきたみたいね、直ちゃん」
直紀
「心配かけてごめんなさい、瑞希さん、尊さん(ぺこん)」
瑞希
「ね、直ちゃん」
直紀
「?」
瑞希
「今なら分かるけど、駄目よ。待ってたって」
直紀
「……………」
瑞希
「待っても春なんかきやしない。こっちから捕まえなきゃなね。歩いていかなきゃ」
プルルルルルルル………

「はい、如月………。御影さん?………一さんは今どこ?伊吹山ですってぇ(呆)わかったわ、まかせておいて」
「一さん捕まえたわよ!伊吹山の公園だって。直紀さんのライバルは雪女かな」
瑞希
「さぁ、いきなよ」
直紀
「………はい!」
瑞希
「よし、いい返事!」
「一さんは魔法瓶に紅茶もってったんだから。これは預かるわよ」
尊は笑って自分の分と、直紀の分の缶コーヒーをとった。瑞希はコートから直紀を放り出す。

瑞希
「はい、じゃあ後は向こうで暖めてもらうのよ。ファイト!」
直紀
「瑞希さんは………?」
瑞希
「ベーカリーで待ちぼうけ食ってるのがいるからさ。ちょっと顔だして、それからかえろっと。気をつけてね、みこちゃん。責任重大なんだから」
「おっけい!あ、あと」
瑞希
「なによ?」
「さすが、幸せもぎ取った人は違うね」
瑞希
「やめてよ、人を追い剥ぎみたいに(笑)いつでも相談乗るからねみこちゃん(はぁと)」
「(ちょっと、怖いかな………(^^;;)」
やがて、悲鳴とともにバイクのテールランプが遠ざかっていった。

瑞希
「さてと、ベーカリーいこうか」
からからん。

瑞希
「おお、さむぅ」
夏和流
「わぁ、でたぁ!」
みきばしめき。

観楠
「………(^^;;瑞希さん、どうでした?」
瑞希
「うん、見つけたわよ。今尊さんが、伊吹山の方に送ってった」
みのる
「そう、ですか」
瑞希
「店長さん、ミルクティちょうだい」
紘一郎
「缶コーヒー、なんでこんなに?」
瑞希
「ああ、それね。あげるよ。余っちゃったんだ」
夏和流
「ううん、冷め切ってるのもらってもなぁ」 SE        :「みしっ!」
夏和流
「………ううう、いただきますぅ」
公園では。

琢磨呂
「うー、さみぃ……ダンナ方よぉ……そろそろ行かねぇか?」
御影
「ま、もちっと待てや。今、尊さんが直紀さん連れてこっちに向かってる。……世話掛けさせやがって十の野郎、かるーく1、2発食らわせてやらな気が済まん(笑)」
豊中
「そういう事。もっとも、奴の鈍さ加減からすれば、予想してしかるべき事態だがね」
と、遥か向こうから甲高いエンジン音を響かせ、一台のバイクが疾走してくる。

豊中
「おっと、噂をすればなんとやらだ」
琢磨呂
「恋の超特急便只今到着、ってか(笑)」
SE
きぃぃぃぃ!
「到着っ!(にこ)」
直紀
「め、目が回る〜」
よれよれと尊の後ろから降りて、ぺたんと座り込む直紀。

琢磨呂
「一体……どんな運転してきたんだぁ?」
「とりあえず、最高速度の自己記録は更新したわよ(くすくす)」
豊中
「直紀さん、十の奴はあそこです」
直紀
「えっ?」
ぷるぷると頭を振って、ぐるぐる回った頭と目をしゃっきりさせる。豊中の指差す先には、半ば雪に埋まった十がいた。

「……何やってるの?あれ(呆)」
御影
「さてな、とりあえず二股じゃねぇ事は確かのようだ」
「そう……よかった(にこ)」
豊中
「さて、直紀さん、とりあえずアイツを引きずり出してもらえませんかね。今回の手間賃代わりに1、2発食らわせたら差し上げますんで、後は煮るなと焼くなと好きにして下さい(にや)」
直紀
「……(立ち上がる)」
「直紀さん……(直紀の後ろに立つ)」
直紀
「え?」
「Let's Go!!(笑)」
どんっ!っと背中を押す尊。

直紀
「うわわっ(汗)」
くるっと振り向くと尊が、御影が、豊中が、琢磨呂がそこにいる。ぺこっと頭を下げると、がさがさと林の中へ走っていった。

直紀
(落ち込むのは後、振り向くのも後!話さなきゃ…どんな結果になっても、見据えなきゃなんない。そうしなきゃ、他の人達に心配してもらう価値なんて…ない!)
きゅっ、きゅっと新雪を踏みしめる音で瞑想から目が覚める。

「(人…?こんな所に?)……なおき…さん」
目の前にはぎゅうっと肩を抱えるようにして直紀が立っている。そうしないと立っていられないような気がした。足がふるえているのは、寒さのせいだけじゃない。すうっと深呼吸すると、

直紀
「一さん、こんなとこでデートですか?」
「ええ、綺麗でしょう。彼女たち」
そういって、慈しむようにそうっと彼女を撫でる。手のひらに乗った彼女は、体温で溶けるように消えてゆくはかなく、美しい、そして畏怖すべき存在の彼女…雪

直紀
「………か」
「直紀さん?」
ぺたりとその場にしゃがみ込む。うつむいた直紀をのぞき込もうとすると、涙目でキッと顔を上げて

直紀
「ばかぁーーーーーーーーっっっっ!!!!」
「ええっ(汗)」
その後、バイオレンスコンビがどのように『きっちり』一十と話をつけたかといえば……

「ああっ、豊中、なにをする!?」
豊中
「(後ろから一をホールド)柳さんを泣かせたその罪、万死に値する。旦那、琢磨呂君、あとの説得はどうぞ御自由に」
この後にむろん、御影は拳で説教し、琢磨呂は銃弾(鉛にあらず)で語ったのである。



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