エピソード546『分離』


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エピソード546『分離』

朝、目を覚ますと、目眩がした。

花澄
「……あらら」
譲羽
『花澄?』
花澄
「熱、出てる」

布団から起き上がり、体温計を引っ張り出す。

花澄
「あ、まずいわ。熱さまし切らしてる」
譲羽
『買ってこようか?』
花澄
「(苦笑) 気持ちだけにしといてね」

熱は、38度を越した。

花澄
「まだ、どうせ薬屋さん開いてないし……あ、電話」

てるるるるる。

店長
「はい、瑞鶴ですが」
花澄
「あ、お兄ちゃん? すみません、今日休ませて」
店長
「どうした?」
花澄
「熱出した」
店長
「珍しいな。大丈夫か?」
花澄
「こっちは大丈夫だけど、お店は?」
店長
「大丈夫にするしかないだろう。ゆっくり寝とけよ」
花澄
「うん。ありがとう」

かちゃん。

花澄
「少し、寝ようかな」

目をつぶる。
 脳裏に、幾つもの三角が浮かぶ。三角形を追いかけるうちに、目がくるくると回って……目が覚めた。

花澄
「何が悲しくて、三角形の合同と相似が出てくるのよ」

ふと気付くと、10時をまわっている。薬屋も開いていることだろう。ただ、薬を買いに行く気力がない。
 ゆずに頼めれば。ふと、浮かんだ言葉を苦笑して打ち消す。誰かに電話すれば。その言葉も苦笑して打ち消す。人様に迷惑はかけられない。
 そして次の言葉が、するりと出てきた。四大に頼めれば、と。

花澄
「……え?」

笑えない言葉である。塞き止める前に、その思考は自身の内奥よりずるずると引きずるようにも現れた。
 四大に頼めれば。熱はすぐにも下がるだろう。誰にも迷惑はかけないだろう。

花澄
「……何だって……?」

そうすれば、誰にも迷惑はかけることがない。鬼を祓うに、人の手を借りることも無い。己が好奇心の赴くままに、動くことも可能である。

花澄
「莫迦なことを……それじゃ、同じじゃないの」

自分自身が強くなると、決めたのだ。自分自身が誰かを助けることの出来るほどに。だと、いうのに。まだ、己は弱音を吐くのか。
 この弱音を認めるだけの強さが、今の自分にはない。ただ、怒りだけが湧いた。

花澄
「そんなの……要らない。認めない。許さない!」

怒りの弾みをつけて、起き上がった視線の先に。泣きじゃくる自分の姿があった。

花澄’
『何故、否定されるのか』 『私は、貴方の一部だというのに』『確かに、貴方の思いの一部だというのに』
花澄
「でも、要らない! そんな思いならば」

消えて、しまえ、と。口には出さぬ筈の思いは、しかし見事に伝わってしまう。
 なれば、と、涙をぬぐって自分が言う。生き延びてやるまで、と。
 一瞬の、間。
 そして。

花澄
「っ!」

弾かれるような感覚。そのまま意識が揺らいだ。
 目が覚めた時も、まだ熱は引かなかった。仕方がないので商店街まで歩いて薬を買いに行った。ふらふらと歩く間も、もう一度布団に逆戻りする間も、ただ一つのことが、頭にあった。
 どうやら鬼を、生み出してしまったらしい。



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