エピソード562『風邪ひかば……』==========================三十八度五分、情け容赦なく現実を告げる体温計。
- 本宮
- 「はぁ…まいったな…こりゃ…」
ベッドにもたれかかり、ぼんやりつぶやく本宮。病は気からとはよく言ったもので、熱がある、とわかった瞬間、思わずぐったりとベッドに崩れ落ちてしまう。
- 本宮
- 「やばいな…今日に限って…」
今日は日曜日、ついでに両親の結婚記念日だったりする。そこで、たまには夫婦水入らずで…と、兄弟三人金を出し合い、吹利名所巡りとホテルの食事をプレゼントし、家のことは三人で何とかする…はずだった。
- 本宮
- 「兄貴達…戻って…こないよな…」
しかし、せっかくの日曜日。家事くらい三人掛かりでなくとも平気だろう…という判断の元、公平なる裁決(じゃんけん)の結果、本宮が一人で家のことを引き受けることになった……はずなのだが…
- 本宮
- 「だめだ…」
熱に浮かされ、起き上がれそうもない。
- 本宮
- 「誰か……フラナか…佐古田でも…呼ぼう…」
あまり役に立ちそうもないが、こんな状態で一人きりでいるよりなんぼかましだ。ずるずるずる何とか布団ごと廊下を必死に這いずって、電話機に向かう。
- 本宮
- 「あと…少し…」
何とか手を伸ばし、受話器を取る。ぴ・ぽ・ぱとるるるるっ、とるるるるるっ
- フラナ
- 「はーい富良名です〜」
- 本宮
- 「…フ…フラナか…」
- フラナ
- 「うみゅ、もとみー。どしたの?」
- 本宮
- 「…頼む…来てくれ…」
- フラナ
- 「うにゅ?」
- 本宮
- 「風邪…ひいて…辛くて……頼む…来てくれ…」
- フラナ
- 「もとみー具合悪いの?わかった!すぐ行く!」
- 本宮
- 「ああ…頼む…」
- フラナ
- 「あ、なんか欲しいものある?なんでも持ってくから!」
- 本宮
- 「…何か…食べ物…」
- フラナ
- 「うん!待ってて!」
かしゃん
- フラナ
- 「大変だぁ!何かないかな?よし、ベーカリーよってこ!」
だだだだだだだ一目散にベーカリーに駆け出すフラナ。とるるるるるっ、とるるるるるっ、とるるるるるっ、とるるるるるっ
- 本宮
- 「…佐古田…いない…の…か…」
一方その頃、佐古田は…ちゃぽん!
- 佐古田
- 「…」
釣りをしていた…そして…本宮。
- 本宮
- 「…う…もう…だめ……」
ずるずる…熱にうなされ、布団を抱え込んだまま、廊下に崩れ落ちてしまう。
- 本宮
- 「う…早く…誰か…来て…くれ…」
助けは…くるだろうか?からころんっベーカリーを飛び出して来たフラナは、危ういところで正面衝突を回避した。
- 花澄
- 「ど、どうしたの、フラナ君?」
- フラナ
- 「花澄さんっ!もとみーがっ」
- 花澄
- 「本宮君が?」
- フラナ
- 「風邪引いて具合悪いって……来てくれって」
- 花澄
- 「あら、それは大変だわ」
言葉の内容の割に、口調はのんびりとしている。
- フラナ
- 「早く行かないと」
- 花澄
- 「待って、私も行っていい?瑞鶴寄って店長に断らないとい
-
- けないけど」
- フラナ
- 「え、いいの?」
- 花澄
- 「うん(苦笑)。フラナ君に電話が来るってことは、本宮君
-
- 今一人なのね?……そういう時って気弱になるからなあ」
くす、と笑うと花澄は小首を傾げてフラナを見た。
- 花澄
- 「じゃ、行っていい?」
からからん。出て行く二人をベーカリーの前の塀から見つめる四つの瞳。
- 萌
- 「にゃあ(どうしたんだろ?)」
- マヤ
- 「にぃ?」
- 萌
- 「みゃお(今、あのこと日溜まりねぇさんがあわてて出てった)」
- マヤ
- 「みゃあああ」
- 萌
- 「みゅうう(そういや、もう一人がいないね)」
そこに、つむじ風が舞い、ぱちっと火花が散った。
- マヤ&萌
- 「キャッ!」
- キノエ
- 「キッ!(ごめん、おどかした?)」
- キノト
- 「キキイ………(ねぇさん、実体化するときは気をつけなきゃ)」
- マヤ
- 「みぃ」
- キノエ
- 「キキッ」
- キノト
- 「キキィッ」
- 萌
- 「みゃみゅう」
- マヤ
- 「みいいぃ」
しばらくして、四匹の間で話が成立したらしい。萌は河原に猫道を通って行き、マヤはグリーングラスに戻り、キノエはそれについて行く。キノトはくんくんと風を読んだ。河原。
- SE
- 「ちゃぽん、ぷつっ(糸が切れた)」
切れた釣り糸を、見つめる佐古田。改めて釣り道具からハリスを取り出す。と、聞き覚えのある鳴き声。
- 萌
- 「みゃぁ」
- 佐古田
- 「み」
- 萌
- 「にゃにゃにゃにぃぃぃぃ」
- 佐古田
- 「みゅう、みゃあ」
- 萌
- 「に!」
- 佐古田
- 「………みゅう」
深くうなずくと佐古田は魚を一匹萌に放る。そして、立ち上がった。一方、マヤ。ととととと、とて!
- ユラ
- 「マヤ、どうしたの、カウンターに乗っちゃダメよ」
マヤはカウンターの上のハーブを漬けたシロップの瓶の上からなーおと鳴いた。
- ユラ
- 「欲しいたって、お前どうやってもってくのよ(呆)」
- キノエ
- 「あたし、あたしが持つから大丈夫」
階上から声、キノエだ。そして、花澄の元。すうっとキノトが姿を現す。
- キノト
- 「キィ(佐古田君は萌が呼びにいってるよ)」
深くうなずくと佐古田は魚を一匹萌に放る。そして、立ち上がった。
- 萌
- 「みゅ」
- 佐古田
- 「にぃ…みゃあ」
魚を咥えた萌えに小さく微笑みかける、淡い緑の瞳。普段では、絶対見せない優しい笑顔で…
- 佐古田
- 「みゅ…」
小さく萌に手を振り、釣竿をしょって、魚篭を片手に歩き出す。向かう先は…本宮宅。一方、倒れてしまったまま動けない本宮。ふと、気がつく。自分の来ているパジャマに…
- 本宮
- 「しまっ…た」
そう、今本宮が来ているのは…兄弟すべての反対を押し切って、母が買ってきた。色違い家族お揃いの「ねこちゃんプリントパジャマ」だったのである。こんな格好を見られたら…
- 本宮
- 「な…なんとか…着替えなきゃ…」
またもや這いずって部屋に戻ろうとする本宮。しかし…体が動かない…
- 本宮
- 「こんな…格好で…いやだ……」
必死の叫びもむなしく。再び廊下に突っ伏し、動けなくなってしまう本宮。花澄は手を伸ばし、オコジョはその腕に駆け上がった。
- 花澄
- 「あ、じゃ、佐古田君も来るのね?」
- フラナ
- 「え?」
- 花澄
- 「萌ちゃんって……ええと?」
- キノト
- 「キキィ(マヤの友達の猫)」
くすくす、と花澄は笑った。
- フラナ
- 「花澄さん、どうしたの?」
- 花澄
- 「……本当にこの子達に好かれてるんだな、と思って」
キノトを見た途端、背中の袋深く潜ってしまった譲羽が、ぢい、と鳴いた。
- 花澄
- 「じゃ、急ごう」
- フラナ
- 「うん!」
途中瑞鶴に寄り、店長に一言断った後、二人は本宮家にたどり着いた。慌ただしく呼び鈴を押す。返事が無い。
- フラナ
- 「もとみー、どうしたのかな」
- 花澄
- 「ドア、開いてない?」
- フラナ
- 「ええと」
きょろきょろ…あたりを見回す。
- フラナ
- 「ちょっと待ってて、入れるとこ捜すから」
- 花澄
- 「フラナくん?」
ててててて、家の周りを走り出すフラナ。窓、溝、郵便受け、あちこち探し出す。
- フラナ
- 「よぉし、いけるっ!」
- 花澄
- 「フラナくん?」
- キノト
- 「あれ?」
一瞬、フラナの姿が消える。目をぱちくりさせる花澄、キノト。そして…
- フラナ
- 「入れたよぉ、花澄さん。今開けるからね」
どういうわけか、ドアの向こうからフラナの声が聞こえる。がちゃりとドアを開け、フラナが笑顔で出て来る。
- 花澄
- 「(首をかしげて)どうやってはいったのかしら」
- キノト
- 「て…転移した…のかな」
- フラナ
- 「へへへ、ナイショだよ」
そして、その頃、ねこちゃんプリントパジャマの本宮。それでもあきらめず、じりじりと廊下を這いずっていた…
- 本宮
- 「こんな…こんな格好を…」
半ば執念と化してる…本宮。そこへ
- フラナ
- 「もとみーどこぉ」
- 花澄
- 「本宮君いるの?」
フラナ、花澄、二人の声が聞こえてくる。
- 本宮
- 「あの声は…か…か…花澄さん!しまった
-
- 花澄さんに…花澄さんにこんな恥ずかしい格好を…
-
- いやだっ!逃げなきゃ、逃げなきゃぁ…」
じりじり…布団を引きずって這っていく。しかし、苦労のかいなく…
- フラナ
- 「いたぁっ!もとみー」
- 花澄
- 「本宮君、大丈夫?」
見つかってしまった…見られてしまった…ねこちゃんプリントのパジャマで、布団ごと転がってずるずると這いずってる世にも情けない姿を…
- フラナ
- 「わーもとみー、可愛い柄のパジャマ着てる!」
- 花澄
- 「え?(改めて見てはじめて気付く)……ああ、そうね」
- 本宮
- 「ああああああ(花澄さんに…花澄さんに…)」
と、花澄はしゃがみこみ、本宮の顔を覗き込んだ。
- 花澄
- 「……まだ、熱のある顔してるなあ……ちょっとごめんね」
ひょい、と手を伸ばし、額に当てて見る。
- 花澄
- 「うん、まだかなり熱がある……で、どうしてお布団抱えて
-
- ここにいるの?」
- 本宮
- 「あ、ええと、ええと」
- 花澄
- 「とにかくちゃんと寝てないと。ほら立って」
言葉と同時に、肘のあたりを掴んで立ち上がる。抱えていた布団がそのはずみで手から落ちた。慌てて拾おうとするのに向かって、
- 花澄
- 「フラナ君、肩かしてあげて。……お布団は私が持つから、
-
- 本宮君はまず前進する!」
……取りあえず逆らわない方が無難である。
- 本宮
- 「(小声で)なあ、フラナ、何で花澄さんまで来てるんだ?」
- フラナ
- 「ベーカリー出たとこで偶然会ったんだ。もとみーが熱出したって
-
- 言ったら、一緒に来てくれるって」
- 本宮
- 「……ふうん(有り難いような、でもなあ……)」
- 花澄
- 「じゃ、お台所使わせてもらっていい?」
- 本宮
- 「はい…ってあの」
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