四年前の初夏、訪雪がまだ学芸員だった頃。地方の美術館との折衝で故郷に出張した訪雪は、1日だけの休暇を実家で過ごそうとしていた。
- 訪雪
- 「……さぁて、明日はぐでっと寝るぞお……勤めてると、
水曜になんて滅多に休めんからな」
- 父
- 「何だミユキ、あした休みなんか」
- 訪雪
- 「だからミユキってなぁやめろって。室長のはからいで、
いちんちだけ休暇貰ったんだよ」
- 父
- 「ふぅん……じゃあ済まんが、明日の結花の学校の面談、
代わりに行ってくれんか」
- 訪雪
- 「儂がぁ? なんでよ」
- 父
- 「明後日急ぎの納品があってな、俺も母ちゃんも出来たら
休みたくないんだ。頼むよぉ」
- 訪雪
- 「ふぅん……下請けは辛ぇやなぁ……わかった」
翌日の午後、学校にて。下の妹が通っているのは、地元ではお嬢様学校として通っている高校だった。
- 教師
- 「……で、前回の模試の総合順位はこれくらいなのです
が……」
数字の意味などどうせ分からないので、適当に相槌だけ打っておく。
- 教師
- 「ところで最近、娘さんがピアスをつけているようですが、
いや、私個人は本人の自由だと思っているんですが、お宅ではその辺の方針は……」
- 訪雪
- 「ああ、儂、結花の親父じゃなくて兄貴なんですわ……。
いいんじゃないですか? 別に他人様の耳に孔開けたわけじゃないんだし……ん?」
視界の端に動くものを認めて、訪雪は言葉を切る。セーラー服の少女の上半身が、ベランダの柵の外に見える。
- 訪雪
- 「センセ。ここ……3階でしたよね?」
- 教師
- 「ええ。それが何か?」
もけ。もけけ。
柵の陰から、さらに多くの頭が突き出してくる。いくつもの人影がベランダの向こうで動くのを見ているうちに、訪雪にも事情がのみ込めてくる。
ベランダから少し離れたところに、大きな枇杷の木がある。彼女達は、そのオレンジ色に熟れた実を目当てに木に登っていたのだ。
教師がつい、と窓際に寄って、開け放った窓から怒鳴る。
- 教師
- 「落ちんよう気ぃつけろよ。俺にも後で、三つばかし寄越
せな!」
ぽかんとして見ている訪雪に向かって、教師はにやりと笑ってみせた。
- 教師
- 「連中、校内の食べられる植物は熟知してますからねぇ……
1日でも早く食べ頃を見極めないと、我々が見つける前に根こそぎ穫っちまう」
教師がそう言っている間にも、枇杷の実はみるみるうちに消えていく。
- 訪雪
- 「……はぁ(汗)」
最早面談は何処かに行ってしまい、二人して外の光景に見入っている。窓枠に肘をついた訪雪に向かって、少女の一人が枇杷の実を投げた。
- 少女
- 「そちらののおとーさんも、おひとつどーぞぉ」
取り落としそうになった実を、訪雪は危ういところでキャッチする。
- 訪雪
- 「あ……ああ、こりゃ御馳走様……って、儂は親父じゃな
くて兄貴なんだけどなぁ」
掌に当たる、ざらざらした産毛の感触を楽しみながら、木を降りていく少女達を見送る。
制服の群れは、次々に地上に降りると、わらわらと校舎の中に吸い込まれていった。
- 訪雪
- 「……いつも、あんな感じなんですか。この学校」
- 教師
- 「まあね。地域じゃ色々幻想持っちゃってるみたいですけ
ど」
- 訪雪
- 「ふうん……結花が来たがった理由が判る気がするなぁ」
- 教師
- 「でしょう? ……さて。話すべきこともないし、面談は
この辺にしますか」
- 訪雪
- 「……はぁ」
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