瑞鶴、夜、十時半。閉店後。
花澄を見送って、店長はからからと店のシャッターを閉める。木霊入りの袋を肩に、花澄は歩いてゆく。
袋から頭を突き出して、それから木霊は首をひねる。
大通りから外れて、何だか良く分からない細い路地へと、花澄は入ってゆく。
歩みが自信ありげなところからして、それは本当なのだろう。幾つかの角を曲がったところで、花澄は足を止めた。
路地の角、街灯が一つ、何だか弱々しい光を投げかける隅。上半分が腐って崩れたらしい木の塀。その上から道に乗り出すように咲く花。
泰山木。
言うと、彼女はぺたんと道の上、花の下に座り込んだ。片膝を抱え込む。
厚ぼったい丸い葉が重なり合う中に、やはり肉厚の花弁が白く浮かび上がる。風の無い中、ゆっくりと香が地上へ漂い降りてくる。
花澄は黙って花を眺めるばかりである。さわ、と風が、遠慮がちに吹く。
一言の元に切って捨てる。後はただ、もたりとした白い花を見上げるばかりである。ぢりぢりと鳴く虫の音。大通りのあたりから車のエンジン音が響く。花香を浴びながら、花澄はただ、黙っている。
そして、しばらくして。
そう言って立ち上がったのは、もうすっかりいつもの花澄だった。
何だか割り切れないような顔をしている譲羽に、花澄は微かに笑った。
やはりきょとんとしている木霊の頭を、花澄はぽんぽん、と叩いた。
くすくす、と笑いながら花澄は歩いてゆく。その影も見えなくなった、その後に。
花片が一枚、ぽたりと落ちた。
泰山木の花の香は、重い。