エピソード580『花束』


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エピソード580『花束』

某日、Flower Shop MIKO にて。

「いらっしゃいませ……あ、花澄さん」
花澄
「こんにちは」
「わ、なんか珍しい。お店の方に来られるの、初めてです よね?」
花澄
「……はあ(苦笑)」

周囲の花を狂い咲きさせてしまう危険性がある為、花澄は滅多に花屋には来ない。

「それで、今日は?」
花澄
「あの、花束作って下さいな」
「はい。えっと、予算はどれくらい?」
花澄
「一万円。それで、腕いっぱいの花束って、出来ます?」
「いち……出来ますよ、充分(汗)」

昨今、花の値段はかなり高いが、それにしてもその予算ならばかなりの花束が出来る。

「あの、誰に……ええと、男性にですか? それとも」
花澄
「私が男の人に花を贈りそうに思います?(大真面目)」
「えと、えと、(汗) ……少々お待ち下さい。あ、どうぞ そこに座ってて」

ということは、女性向け、だろう。

「何か御注文はあります?」
花澄
「尊さんが欲しくなるような花束だったらどんなのでも
にこ) 私、センスがない人間ですから」
「じゃ、若い女の子、に?」
花澄
「ええ」

あちこちから花を選びながら、尊は該当者を頭の中で探してみた。

「(直紀さんか……あれ、瑞希さん、誕生日いつだっけ?  あとはユラさんか、もしかしてゆずちゃんか……)」

花澄は人の好き嫌いが無い。あるのかもしれないが、少なくとも見たところからは判断できない。故に、該当者が特定できない。花澄本人は、椅子に座ったまま、のんびりとあたりを見回している。

花澄
「ここって、季節の花も置きます?」
「ありますよ。いろいろ」
花澄
「もし、曼珠沙華が入ったら教えて下さいな」
「曼珠……ああ、彼岸花」
花澄
「私、あの花が一番好きで」

いまいち、明るい趣味ではないだろう。

「はい、どうぞ」

出来上がった花束は、淡いピンクのバラを主体とし、全体をパステルトーンでまとめたものだった。

花澄
「はい、じゃ」

代金を払い、花束を受け取り、大切そうに抱え込む。そして……花澄はそれを、尊の方に差し出した。

花澄
「はい」
「……は?」

一瞬、状況を把握し損ねて、尊は花澄を見かえした。

花澄
「尊さんに、あげたかったんです」

差し出された花束を、尊は受け取るに受け取れず立ち尽くした。

花澄
「聞いたんですけど、……あの時、尊さんに電話したんで しょう、うちの兄。それで」
「花澄さん、だって、それは」

自分が、自分から巻き込まれに行ったのだ。花澄のせいではない。そう言いかけた尊の言葉を、花澄は遮った。

花澄
「うん、だから、謝罪じゃないの、これ」

ふわ、と笑うと、花澄は花束を尊に押し付けた。

花澄
「ありがとう」
「……あの」
花澄
「平塚花澄の感激の印、受け取って下さいな」

勢いに押されるように尊が花を受け取る。

花澄
「……じゃ」

妙に潔く花澄は踵を返し、店から出ていった。春の風が、その後に続いた。



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