エピソード584『七夕の夜に』


目次


エピソード584『七夕の夜に』

登場人物

平塚花澄(ひらつか・かすみ)
じつは女の子が好きな人……。
御影武史(みかげ・たけふみ)
人間重戦車。
如月尊(きさらぎ・みこと)
花屋の主人にして、如月流退魔術継承者。
斎藤瑞希(さいとう・みずき)
らぶらぶ補完委員会、実行隊長。
本宮和久(もとみや・かずひさ)
ものを異次元に「片付ける」能力をもつ。
湊川観楠(みなとがわ・かなみ)
ベーカリー楠店長。
柳直紀(やぎ・なおき)
らぶらぶ補完委員会メンバーのOL。

6月30日(月)

花澄
「あの、すみません、御影さん。ちょっとお話があるんで すけど」
御影
「なんですか?」
花澄
「あの、じつは私、先日、尊さんにお花をプレゼントした んですけど」
御影
「(花澄さんらしいな) ほう」
花澄
「それで、あとから聞いたんですけど……、尊さん、お花 もらうの初めてだったそうなんですよ?(ちょっと怒)」
御影
「え?(事態が把握できてない)」
花澄
「え、じゃありません。御影さんっ(ずいっ)」
御影
「は、はい(汗)」
花澄
「どうして、なんです? どうして、尊さんに花束のひと つもプレゼントしてあげないんですっ? 恋人なんでしょう?」
御影
「あ、あの、花澄さん?(大汗)」
花澄
「御影さんっ」
御影
「はいっ(焦)」
花澄
「いいですね? ちゃんと誘うんですよ?」

そう言って花澄が御影に押し付けたのは……。

御影
「七夕の夜を彩る『織姫、牽牛の夕べ』……って……でぃ っ、でぃなーぱーてぃーっ?(汗)」

御影、思わず平仮名。

花澄
「ちょうど、チケットが一組分あるんですけど、私行けな いから。お二人で行ってきて下さいな(にこ)」
御影
「むぅ……(汗)」

チケットにはこうあった。
 『夏の夜を彩る美しい星々をプラネタリウムで御覧頂きながら、本場シェフが腕を振るったフランス料理を召し上がって頂きます。尚、当日は男女ペア、正装で御参加下さい。吹利プリンスホテル』

御影
「吹利プリンス……確かここ目茶苦茶高いんじゃ……」

いかに働いてるとは言え、御影もさほど余裕がある訳ではない。

花澄
「ああ、それなら大丈夫。これ、無料招待券ですから(あっ さり)」
御影
「しかし、こんな物貰ったら」
花澄
「それじゃ、これ、御影さんじゃなくて、尊さんにあげち ゃいますよ?(くす)」

とことこ、とFLOWER SHOP Mikoの方へ歩いて行こうとする花澄。

御影
「ま、待った……判りました……有り難く、頂戴します……」
花澄
「素直で結構(くす) はい、チケット。それじゃ尊さんを 宜しく」

後に残される御影。手にはチケット。

御影
「……そういえば、海に行ったときの埋め合わせも、ロク にやってないな。
いかんな……どうも甘えてるな」

7月1日(火)

そして、後日。

「ありがとうございました。またご利用くださいませ。
にこっ)」

FLOWER SHOP Miko。かいがいしく働く尊の姿がある。

御影
「尊さん?」
「あら、御影さん。いらっしゃいませ(にっこり)」
御影
「えっと、突然で悪いんだが……7日は、時間ある?」
「7日……ですか? 月曜だからお店も休みだし、特に予 定もないですよ。どうか、したんですか?」
御影
「いや……(ええいっ! 落ち着けっ!) もしよかったら、 その……デート、しないか?」
「え? え? デ……、デート……(ぼふっ)」
御影
「どう?」
「……はい」

うつむいて、耳まで赤くなりながら、尊は小さく答えた。

御影
「良かった……。これなんだけど……」
「……七夕の夜を彩る『織姫、牽牛の夕べ』……って…… でぃっ、でぃなーぱーてぃーっ?(汗)」

御影に手渡されたチケットを見て、思わずひらがなになる尊。

御影
「(なんか、鏡見てる気分だ)
人からもらったものなんだが……どう? つきあってもらえるかな?」
「はいっ! ……あ、あの……御影さん……あたし……嬉 しいです(照)」
御影
「(うぁっ、そんな顔されたら……) そ、それじゃ6時に 迎えにくるから」
「はい、待ってます(にっこり)」

御影を見送ったあと、尊はチケットの文面を読みかえしていた。

「……え? 『正装』? どうしよう……あたし、イブニ ングドレスなんて持ってない……(汗)」

それはともかく。この日から数日の間、心ここにあらずといった風情でぼんやりしては、思い出したようにくすくす笑い、あたりを見まわして赤面する尊の姿があったという。

7月2日(水)

御影武史という男は、決して衣装持ちではない。ついでに、あくまで仕事着の安物スーツをディナーパーティに着ていくほど、服装に無頓着というわけでもない。それが尊との偽装ではないデートならなおさらのこと。
 というわけで……貸衣装屋からの帰り道、御影はタキシード入りのガーメントケースを抱えている。

御影
「(できればもう少し楽な感じのヤツがあれば良かったん だが……)」

この身長では服のほうが人を選ぶ。良くも悪くも。まぁ、燕尾服でなかっただけマシと言えよう(笑)
 ふと、足を止める。ほんの数か月まえまでなら、何も考えずに通り過ぎていたであろう、その店。ほんの数か月まえまでなら、それを見つけたからといって、特に何の感想も抱かなかったであろう、その物。

御影
「……」

今となっては、今までのように素通りすることもかなわず、御影はしばらく立ちつくした。
 なんのことはない、ごく普通のファンシーショップ。ショーウィンドウのぬいぐるみ。財布の中身を計算している自分に気がついて、御影は苦笑した。

御影
「……どうしたもんかな(苦笑)」

どうしたもこうしたも、それを見つけて立ち止まった時点で既に答は出ている。この手の可愛らしげな店に対する免疫の有無は、むしろこの際関係ない。関係があるのは……。

御影
「(ああ、そうだ。とっくに分かってたことだ。もう、ど うしようもなくイかれとるってな)」

ドアをくぐる。

店員
「いらっしゃいませ」
御影
「あそこに飾ってあるのは、売り物?」
店員
「はい。プレゼントですか?」
御影
「ええ、まぁ」

7月3日(木)

御影にチケットを渡されてから数日。考える事といったらパーティー、すなわち『デート』の事ばかり。色々やらなきゃいけない事もあるのだが……。閉店間際の店先。

「(ぼー) ……(赤面) ……(くすっ)」

ぼーっとあらぬ方向を見つめ、スーパーコンピューター真っ青の演算速度でデートをシミュレートする尊。どーやら、演算結果は表情で出力するらしい。

「……ちゃん」
「(ぼー) ……(ぽっ)」
「……こちゃん! みこちゃんてば!」
「えっ(汗) あ、はいっ!」

夕食用か、買い物袋を抱えた瑞希が不思議そうに見ている。

瑞希
「どーしたの? さっきからぼーっとして」
「瑞希さん、みて……たんですか?(照)」
瑞希
「……いいなぁデートか(くす)」
「(どきっ) 瑞希さん! どーして知って……あ(口を押 さえる)」

尊、自爆。瑞希の顔に、にぱっと『あの』笑いが浮かぶ。

瑞希
「もしやと思ってカマかけたら大当たり(チェシャ猫笑い)
ねぇねぇ、デート、みこちゃんが誘ったの?(わくわく)」
「(うつむいて首を振る) 御影さんが……誘って……くれ たんです……吹利プリンスのディナーパーティーに(真っ赤)」
瑞希
「なーるほど、それで恋する乙女は浮かれてたのね(くす)」

湯気が出そうなほど真っ赤になって小さくうなずく尊。

瑞希
「そーいえば、吹利プリンスのディナーパーティーって事 は正装じゃないの?」
「そうなんです。あたしイブニングなんて持ってないから どうしようかって……」
瑞希
「(くす) うち、いらっしゃい」
「え?」
瑞希
「あたしがドレス貸したげる。だいじょーぶ! 御影さん も一撃っ! って奴が選り取りみどりよ!(ぐっと握り拳)
……ううっみこちゃんで着せ変えっ萌えるわっ(更に力を込めて握り拳)」
「あの……瑞希……さん? ……一撃って……(汗)」

一瞬、相談する相手を間違えたんじゃないかと不安になる尊。だが、斎藤瑞希。彼女の辞書に「容赦」の二文字は無い(笑)。

瑞希
「さ、そーと決まったら早速衣装合わせよっ(わくわく)」

尊の手を取って引っ張る瑞希。

「ちょっ、瑞希さんちょっと待って(汗)」

と、そんなやり取りがあった後。
 斎藤宅にて、所狭しと並べられたドレス、化粧品、小物。あれやこれやとドレスを選ぶ瑞希。ベッドに座らされ、そわそわしている尊。

瑞希
「あーどうしよう、こっちの……黒のレースひらひらの奴 もいい、でもパウダーブルーのすっきりシャープな奴も捨てがたい……いやさ、ワインレッドのスリット鮮やかチャイナ風もいい……あう、迷うなぁ」

服の山の中で、尊とドレスをくらべながら、ひたすら迷いまくる瑞希。どうすればいいか分からず、おたおたしてる尊。

「あの、瑞希さん、そんなに……必死にならなくても」
瑞希
「だぁめっ! ドレス選びを頼まれたからには、何がなん でもみこちゃんに一番似合う奴選ばなきゃ」

いいつつ、部屋中に広げられた服の中の何枚かを尊にあててみる。

瑞希
「チャイナ風も似合うね……みこちゃん。んーでもちょっ と違うのよね……」
「これ……ちょっとスリット深くないですか(真っ赤)」
瑞希
「似合えば問題無し! 怖いものはないわよ。でも、みこ ちゃんて結構何でも似合うのよね……んー逆に迷っちゃうな」
「怖いもの無しって(汗)」
瑞希
「よしっ! これでどう?」

瑞希が選んだ一着は、ラインのすっきりした、肩と背中が広めに開いたデザインの、淡いパウダーブルーのドレス。両サイドのスリットが艶めかしい。しかし、大胆ながらも、すっきりとしたラインが清潔な印象をうける。

「わぁ……いいですね。あたしに似合うかな」
瑞希
「絶対似合うよぉ、ちょっと着てみる? そろいのパンプ スもあるよ、サイズ合うかな」

がさがさがさ……結構楽しそうに、服を着込む尊。もともとの清楚な印象にぴったりあっている。

「……どうですか? 瑞希さん」
瑞希
「うんっ、似合う! バッチリだっ! みこちゃん磨きが いあるっ!」
「(真っ赤) 瑞希さん、そんな(御影さん……どう思うか な……)」
瑞希
「そそ、あとショール貸してあげる、いくら暑くても、肩 出しっぱなしは冷えちゃうからね……あ、御影さんがあっためてくれるか(くす)」
「(ぼふ) みっみっ瑞希さんっ!」
瑞希
「じょ〜だんだよぉ(くす) みこちゃんてば本気にしちゃ ってぇ(くすくす)」
「う〜瑞希さんのいぢわる(赤面)」
瑞希
「ぼやかない、ぼやかない、幸せ者の宿命よ(くすくす)
そだ、せっかくドレス着てみたんだから、ショール合わせてみる?」
「え? あ、はい」
瑞希
「んーとねぇ……(ごそごそ)」

クローゼットの中を引っ掻き回す瑞希。

瑞希
「あった! はい、これ」
「え……これ(絶句)」

ぽんと気軽に渡されたのは。

「……奇麗……」

少し長めのシルクのショール。薄蒼に染められた絹は、時に星の瞬きの如く白銀に、時に月光の如く蒼く、まるで羽衣のように柔らかな光沢を放つ。

瑞希
「ほらほら、ぼーっとしてないで羽織ってみたら?(笑)」

しゅ、と、正に絹擦れの音を立て、ふわりとショールを羽織る。

「わぁ……」

美しい光沢と滑らかな肌触りにうっとりする尊。

瑞希
「うーん、思ったとおり! 織姫ってイメージよね(くす)」
「そんな……(赤面) でも、本当にいいんですか? お借 りしちゃって」
瑞希
「気にしない気にしない、でもその代わり(くす)」
「その代わり?」
瑞希
「御影さんから『好きだ』の一言くらい引っ張り出しなさ いよ、ね?(くすくす)」
「え゛(絶句)」

7月4日(金)

吹利学院高校芸術科。本宮は、委員の仕事で帰りが遅くなっていた。

本宮
「……ちょっとおなかすいたな。ベーカリーで軽く何か食 べようかな」

と、校門前に、どこかで見たような車が停まっている。

本宮
「(……どこで見たんだろう? 絶対見覚えがあるんだけ ど……)」
御影
「よぉ、本宮」
本宮
「あ、御影さん。……そういえばあの車」
御影
「ん? ああ、あれな。ちょっとはマシやろ?(笑)」

どうやら洗車してワックスをかけたらしい。それだけではなく、目立つ傷やへこみなんかも、かなり直してあった。なにしろ、汚れるにまかせ傷つくにまかせたボロ車の印象が強すぎたので、すぐには分からなかったのだ。
 ……実は前日、御影の家では鉄板を殴るときのような、べこんばこんという音が鳴り響いていたのだが、まぁそれは別の話である。

御影
「それでだ、実は少し頼みがあるんだが」
本宮
「俺に……ですか?」
御影
「ああ」
本宮
「俺にできることだったら……」
御影
「もちろん、……どっちかと言うと、おまえにしかできん ことでな」
本宮
「俺にしか?」
御影
「ま、ちょっとこっち来てみ」

言われるまま御影についていく本宮。近づくにつれ、車の後部座席に納まっているその物体が明らかになる……。

本宮
「み、御影さん……これ……」
御影
「誰にも言うなよ(照笑)」

それはぬいぐるみだった。高さが1メートル20センチぐらいのトトロのぬいぐるみ……

御影
「こいつをだな、なんとかしてトランクに詰めこんでおき たいんだが……できるか?」
本宮
「できますけど。……でもこれ、どうしたんです?」
御影
「ん? いや……ちょっとプレゼントにな……」
本宮
「プレゼント……、あ……」

納得がいったようすの本宮に、御影は苦笑半分、照れ笑い半分といった中途半端な笑みを浮かべて見せた。

御影
「そういうことだ。……誰にも言うなよ」
本宮
「わかってます(笑)」
7月7日(月)--------------
 5時。FLOWER SHOP Mikoの前に、御影の車が停まる。車からタキシード姿の御影が降り立つ。
 似合ってはいるものの、2メートル近い男のタキシード姿。加えて買い物客でにぎわう時間帯。やたら目立つ。

御影
「(えらい恥ずかしいな、これは……)」

蝶ネクタイの位置を気にしながら、御影はドアの前に立つ。
 いっぽう、ベーカリー楠店内では、

瑞希
「おおっ、タキシードぉっ! いやぁ、御影さん気合入っ てるぅ!」
花澄
「背が高いから、よく似合いますねぇ(にこにこ)」
瑞希
「んーふふふふふふ、みこちゃんの艶姿を目にしたときの 御影さんの反応、楽しみだなぁ(うきうき)」
直紀
「尊おねーさん、どんな衣装なのかなぁ(わくわく)」
花澄
「瑞希さん、ご存じなんですか?」
瑞希
「だって、今日のみこちゃんの衣装、あたしが見立てたん だもの。一撃必殺、って感じのやつ(笑)」
花澄
「まぁ、そうだったんですか」
観楠
「い、一撃必殺……ですか(汗笑)」
瑞希
「そ。大胆にして可憐! 妖艶にして清楚! これぞみこ ちゃんっ! ってね」
直紀
「みゅうん、早く見たいのーっ」
観楠
「な、なるほど(よくわかんないけど)」
花澄
「……御影さん、花束持ってませんね」
直紀
「? どうかしたんですか?」
花澄
「あ、でも、後から渡すのかもしれないし……」
本宮
「(……秘密、だもんな)」

背後でそんな会話がくりひろげられていることなど知らずに……予想はしていたけど……御影はチャイムを押した。
 エンジン音が店の前で止まったときから、尊はすっかり落ち着きを無くしていた。姿見の前で全身の再チェックなぞ始めてみたりしている。

「う……、やっぱり少し恥ずかしいなぁ……」

既に海では真っ赤なハイレグビキニ姿も披露しているのだが、水着とフォーマルな盛装では、どうも恥ずかしさの質が違うらしい。
 と、チャイムが鳴った。

SE
「ぴんぽ〜ん」
「は、はいっ!(どきどき)」

思わずチャイムに返事して、少し顔を赤らめながらドアを開ける。

「こ、こんにちは……」
御影
「あ……」

尊の周りには無数の花が咲き乱れていて、店内はむせかえるような花の香りで満たされている。その花々に包まれて、淡いブルーのドレスを纏った尊がはにかんでいる。
 まさに瑞希の計算どおり……いや、計算以上だろう。御影は言葉もなく見とれていた。

「あの……御影さん。……似合いますか?」
御影
「あ……ああ。とても、よく似合ってる」
「あ、ありがとう……ございます(真っ赤)」
御影
「……」
「そんなに……見つめないでください……。恥ずかしいで す……」
御影
「あ、いや、その……悪い……。その……凄く、綺麗だか ら」
「あ……(嬉)」
直紀
「むー、どんな会話してるのかなぁ」
瑞希
「今はがまんよ、なおちゃん。デートが終わってから、 じーっくり聞き出そうね(笑)」

吹利プリンスホテル

「あたし、男の人の車の助手席に座るのって、初めてなん です(嬉)」
御影
「へぇ、光栄だな。実はわしも女性を助手席に乗せるのは 初めてなんだが……、信じる?」
「ホントに?」
御影
「尊さん相手に嘘は言わんよ」
「でも……その、えっと……だから、つまりその……」
御影
「ん?」
「な、なんでもありません(赤面)」

御影の運転する車は、奇跡的といってもいいくらいの安全運転の後に、吹利プリンスホテルに到着した。
 ベルボーイに案内され、ふたりがパーティ会場に姿を見せる。広いホールのざわめきが一瞬とだえ、すぐに喧騒が戻ってくる。

「? 今の、なんだったのかしら?」
御影
「くっくっく……(まったく……自分がどれだけ綺麗か自 覚してないんだからな……)」
「もぅ。何がおかしいの?(苦笑)」
御影
「ん? なに、タキシード着てるヤツって、ホテルの従業 員とわしぐらいだと思ってな」

会場にいる男の衣装は、いちばん多いのがブランドもののスーツ。残りは普通の背広姿だった。タキシード姿は御影ひとりである。

「くすっ……。似合ってますよ、御影さん。かっこいいで す」
御影
「えーと……(照)」

やわらかいアナウンスの声が、パーティの開始を告げた。
 照明が落とされた薄暗いホール。テーブルのランプに灯がともされ、天井のスクリーンには数多の星々が浮かび上がる。ほう、と……尊がため息を吐いた。

「わぁ……綺麗……」
御影
「街中だと見えないもんなぁ」

ボーイがフルートグラスにシャンパンを注いでくれる。

御影
「じゃぁ、乾杯だ」
「何に?(くすっ)」
御影
「そうだな……織姫と」
「彦星に……」

ホールのあちこちで、グラスの触れあう軽やかな音が鳴る。しかし……「君の瞳に」ぐらい言えんのか(笑)
 フルートとハープの生演奏の中、オードブル、スープ、と次々運ばれてくる料理。乾杯の後、尊はシャンペンからシェリーへ、御影はロマネコンティへと飲み物を変える。

「(一口飲んで目を閉じる) ん……いい香り……(笑顔)」
御影
「さすがに高級品だな。ワインのことはよく分からんが、 確かに旨い(笑)」

お互い顔を見合わせ、何とはなしに笑い合う。

「御影さん……お酒、お好きなんですか?」
御影
「ん……まぁ、好きなほうだな(苦笑) 酒好きの男は嫌い か?」
「いーえ、あたしもお酒好きですから(くす) 御影さんは 酒飲みの女はお嫌い?(笑顔)」

それには答えず、照れ隠しに軽く笑いながら尊の前で軽く乾杯のように杯を上げ、煽る御影。

「よかった(にこ)」

所で、二人共酔ったそぶりも見せないのでお互いに気付いてないようだが、飲み物を変えたと言う事は、既にシャンペンは一瓶開いてしまったという事である(汗)。
 こんな連中に飲まれたら高級酒も泣くだろう。

御影
「(しかし……尊さん、わりと……結構……いや、かなり 強いな……)」
「(あ、いっけない。御影さん、車だったんだ……。あん まり勧めないようにしなきゃ)」

天の川河畔にて

本場シェフが腕を振るった、という謳い文句は誇張でもなんでもなかった。

御影
「さすがに旨かったなぁ」
「作り方、聞いてこようかな(笑)」
御影
「じゃあ、試食はまかせてもらおう(笑)」
「残しちゃダメですよ?」
御影
「大丈夫。出されたものは残らず平らげるのが主義だ」

やわらかく吹く風が肌に心地よい。昼間の熱気が嘘のようだ。他愛もない会話を交わしているふたりがいる場所は、関係者以外立ち入り禁止の注意書を無視して勝手に入りこんだホテルの屋上である。
 ディナーが終わり、尊を送って行こうとした御影だったが、

「飲酒運転はダメです(きっぱり)」

真面目な顔でそう告げられてはNOとは言えない。そんなわけで、酔い覚まし中である。

「プラネタリウムもきれいだったけど、夜景もきれいです ね」
御影
「ああ、昼の騒がしいのが嘘みたいだ」
「ええ……。なんだか、天の川みたいですね」
御影
「ああ」
「……夜って、なんだか、いいですよね」
御影
「ん?」

尊は、まっすぐに背を伸ばして正面を見つめている。その瞳に映るのは、一面の夜景だろうか。それとも、御影の目には映りえない世界だろうか。だから御影は、尊の横顔をじっと見つめた。

「なんとなく……優しくて……。どんなに小さくても、ど んなに弱い光でも、自分で輝こうとすればそれを許してくれる……。
でも、輝こうとしないものは、容赦なく闇に飲み込んでしまう……。そんな厳しさもあって……」
御影
「……」
「ここに……吹利に来るまではずっと思ってたんです。あ たしも昼間の世界に住みたい、って……。退魔師の仕事で人を助けても、感謝されるより怖れられるほうが多かったから。ううん、感謝がほしくて退魔師になったわけじゃないけど、でも……だけど……。
ベーカリーに集まる人たちは違った。あたしがただの花屋じゃないって分かっても、それまでと変わらない態度で接してくれた。……嬉しかった。
あたしは、ずっとここにいてもいいんだって、教えてくれた。
あたし、最近思うんです。あたしは、夜みたいなものなんだ、って……。一生懸命輝こうとしている普通の人たちがいて、その輝きを奪おうとするヤツらがいて。朝が来れば、その人たちにはヤツらもあたしも同じに見えるかもしれないけど、でも……」
御影
「夜があればこそ安らぎを得ることができる。そういえば 俺は、先に退魔師の如月尊に会ったんだよな。花屋のみこちゃんより先に(笑)」
「あ、やだ……ごめんなさい、変なこと言って」

返事のかわりに、御影はそっと尊の肩に手をまわした。

「あ……」

一瞬、ぴくんと尊の体が跳ねる。が、すぐにその緊張も緩み、尊は肩に置かれた御影の手に、指先をかさねた。安らかな表情で御影の胸に頭を持たせかける。

御影
「……尊」
「武史さん……」

御影のもう一方の腕が上がり、尊の頬をやわらかく撫でる。御影の手のひらが、ゆっくりと尊を仰向かせていく。潤んだ瞳で見上げる尊の切なげな表情に、御影は胸を締め付けられるような感覚を覚えた。
 御影に見つめられ、胸の高鳴りを抑えられずに、尊は泣きたくなるような思いで瞼を閉じた。御影は少し背を屈めると、切なげに震える尊の唇にそっと己の唇を……

「ママぁ」

ぴっきーんと凍りつき、その一瞬後には反発する磁石みたいに離れる。ひきつった顔を見合わせて、あはあはあはと笑う御影と尊。足もとに視線を落とすと、5才くらいの女の子がふたりを見上げていた。

女の子
「あ……ママじゃない……」

えぐえぐとしゃくりあげたかと思うと、止めるまもなく女の子は泣きだしてしまう。

女の子
「ぴーーーーーーーっ!」
「あ、泣かない泣かない、ね?(屈み込んで頭をなでる)
どうしたの? ママとはぐれちゃったの? お姉ちゃんに話してごらん(にこ)」
御影
「よしよし、いい子だから泣くんじゃない(汗)」
「御影さん、この子のお母さん探してあげましょう」
御影
「いや、異論はないが……泣きやんでもらわんことには」
女の子
「あああああああああああんっ! ママーーーーーっ!」

しゃがみこんだ御影と尊が、かわるがわるなぐさめようとするが、女の子が泣きやむ気配はない。

御影
「よ、よし。こうなったら……。
ほーら、高い高ぁ〜い(汗笑)」

これがダメならもはや打つ手はない。御影は女の子を持ち上げたままそこらへんを走りまわる。

御影
「よーし、行くぞぉ。じぇっとこぉすたぁしゅっぱ〜つ!  びゅーん!」
「くすっ」
御影
「どーだぁ、速いだろ〜? さぁ次は宙返りだ。ぐる〜ん」

そんなふうに走りまわったかいあってか、「じぇっとこぉすたぁ」が終わるころには、女の子はきゃらきゃらと笑い転げていた。

女の子
「きゃははは、おもしろーい! もっともっとーっ!」
御影
「今日はもうおしまい。先にママを探さないとダメだろ?」
「おねぇちゃんたちがぁ、ママのところに連れてってあげ るからね(にこっ)」
女の子
「うんっ! ありがとーおねーちゃん。ありがとーおじ ちゃん」
御影
「お……おじ……」

無邪気な差別発言に傷つく御影であったとさ(笑)

伝えたい言葉

FLOWER SHOP Mikoに帰ってきたときには、すでに11時をまわっていた。あれから迷子の女の子の母親を探してホテルを端から端まで走りまわり、母親が見つかったのはいいのけれど、立ち入り禁止の屋上に忍び込んだのがバレてホテルの支配人にこってり油を絞られたあげく、帰り道ではキス未遂のせいで妙に気まずくてロクに会話も成り立たず、とどめとばかりに夏場になるとどこからともなくウジ虫みたいにわいてくる暴走族とバトルして3チームほど壊滅させていたら、いつのまにかこんな時間だった。
 店の前に車を止める御影。エンジンを切ると、あたりに静寂が戻ってくる。

「あの……」
御影
「あのな……」
「……(照)」
御影
「……(焦)」

同時に口を開きかけ、同時に口ごもり、曖昧に笑いあう。

「あの……今日は……楽しかったです」
御影
「俺も、楽しかった」

会話が続かない。だが、やがて御影が意を決したように口を開いた。

御影
「尊さん。その……」
「はい?」
御影
「さっきは、その……すまなかった」
「え? さっき、って……」

ホテルの屋上でキスしようとしたときのことである。それは分かる。
 だが、「すまない」とは……

「すまないって……、すまないって、それ、どういうこと なんですか御影さんっ!(ちょっと怒)
……あ、あたしのこと……からかったんですか……?」
御影
「な、何を莫迦な……」
「どうせ莫迦ですっ!」

きゅっと唇を噛む尊に瞳に、涙が盛り上がる。身をひるがえしてドアを開け、車外に飛び出そうとする。そんな尊の腕をつかんで、御影は彼女を引き寄せた。

「は、離してっ」
御影
「いいから落ち着け。早とちりするんじゃない。俺が謝っ たのは、言うべきことを言わなかったからだ」
「……どういう、こと?」
御影
「……一度しか言えない。だから、よく聞いてくれ。おま えが好きだ、尊」
「……え? あ……そんな……、あたし……あたし……、 でも、だって……(ぐすっ)
武史さん……ずるい……(涙)」

涙が一粒、尊の頬を流れ落ちる。御影は無意識に、指先で尊の涙をぬぐっていた。

御影
「ああ、頼む……泣かないでくれ。どうすればいいのか分 からなくなる」
「じゃあ……こうしていて……(くすっ)」

涙をすくう御影の手を捕えて両手で包むと、尊は自分の頬に押しつけた。やわらかく微笑み、目を閉じる。

「……武史さんの手……暖かい……」
御影
「(そう……言ってくれるのか)」

どのくらいそうしていただろうか……ふと我に返る尊。

「……あ、ごめんなさい(照)」
御影
「いや、いいんだ。あ〜、それでその……実は、その、プ レゼントがあるんだが……」
「プレゼント?」
御影
「あ、ああ、そうだ。これを……もらってくれるか?」

車を降りて後部にまわった御影がトランクを開く。ぼふっと出てきたのは例の巨大トトロ。

「こ……これは(驚)」
御影
「気に入ってもらえると嬉しい」
「きゃあっ、かわいいっ! いいんですか? もらっても」
御影
「そのつもりで持ってきた」
「わぁっ、ありがとうございますっ!(くすっ) 今日の、 2番目に嬉しいプレゼントです(最上の笑顔)」
御影
「そ、そうか。そりゃ、良かった(照)」

七夕の夜に

脱いだカクテルドレスをハンガーに掛け、シャワーを浴びてさっぱりして、Tシャツとジーンズに着替えた尊は、巨大トトロの前にぺたんと座り込む。

「名前、考えなきゃ……どんなのがいいかな」

人差し指を唇にあてて考えこむ。酔ったわけでもないのに顔が赤い。しかし、考えるまでもないのだ……

「うふふ」

なんだかみょうに浮かれている尊。立ち上がり、針箱から白いフェルトの切れ端を取り出す。四角く切りそろえ、周囲を刺繍糸できれいにかがって、サインペンでカキカキカキ……
 巨大トトロの胸の部分に安全ピンで留めて、名札のできあがり。
 名札には、『たけふみ』とあった。

「……おやすみなさい、たけふみさん(くすっ)」

そのころ御影は……見事に横転した車の中だった。

御影
「……問題は明日までに帰れるかどうかだな」

解説

ストーリー的にはエピソード580『花束』の直接の続編となります。
 比較的長編の、正面からのらぶらぶ系デートエピソードです。この長さで、ちゃんと完結させてるってのは、葵一さんとシェイドさんの根気のおかげですね。



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