エピソード585『夏椿』


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エピソード585『夏椿』

夏の宵。てとてとてと、と走る音がする。

花澄
「ゆず。どこ行くの?」
譲羽
『あっち』

大気にはまだ熱気が残っているのだが、この二人には余り関係が無い。と、木霊が足を止めた。

譲羽
「?」

長く続く木の塀のしたに隙間がある。そこから小さな少女は中を覗き込んだ。

花澄
「ゆず、人の家を覗いたりしたら」
譲羽
『花澄、花』
花澄
「?」

いつのまにやら木霊の視線は上を向いている。つられて花澄も上を見た。

花澄
「あ、」

明るい緑の葉の中に、隠れるように咲く白い花。

花澄
「ひめしゃら……夏椿だ」
譲羽
『落ちてなかったら、わかんなかった』

指差す方には、白い花が二つか三つ、ぽたりと落ちている。

花澄
「……そうね」

決して小さな花ではないのだが、緑の中では案外目立たない。地に落ちて初めて人の目を引くのだろうか。

譲羽
『……花澄?』
花澄
「なあに?」
譲羽
『あの花、欲しい?』
花澄
「……落ちてるのだったら」

小さな体が、塀の隙間から、するり、と中へ入り込んだ。木霊はすぐ、両手に一つずつ花を抱えて出てきた。

花澄
「ありがとう、ゆず」

差し出した手に、木霊は大得意で花を置いた。

花澄
「ありがと」

譲羽はそのまま肩へと登る。それを横目に見て、花澄は不意に悪戯小僧のような表情になった。

花澄
「ね、ゆず知ってる? 椿って花がぽたんと落ちるでしょ?  これって首が落ちるのに似てるって」
譲羽
『やだぁっ!』

ぢい、と木霊が盛大に鳴く。花澄がくすくす笑った。



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