エピソード595『風邪ひかば…』


目次


エピソード595『風邪ひかば…』

三十八度五分、情け容赦なく現実を告げる体温計。

本宮
「はぁ…まいったな…こりゃ…」
ベッドにもたれかかり、ぼんやりつぶやく本宮。病は気からとはよく言ったもので、熱がある、とわかった瞬間、思わずぐったりとベッドに崩れ落ちてしまう。

本宮
「やばいな…今日に限って…」
今日は日曜日、ついでに両親の結婚記念日だったりする。そこで、たまには夫婦水入らずで…と、兄弟三人金を出し合い、吹利名所巡りとホテルの食事をプレゼントし、家のことは三人で何とかする…はずだった。

本宮
「兄貴達…戻って…こないよな…」
しかし、せっかくの日曜日。家事くらい三人掛かりでなくとも平気だろう…という判断の元、公平なる裁決(じゃんけん)の結果、本宮が一人で家のことを引き受けることになった……はずなのだが…

本宮
「だめだ…」
熱に浮かされ、起き上がれそうもない。

本宮
「誰か……フラナか…佐古田でも…呼ぼう…」
あまり役に立ちそうもないが、こんな状態で一人きりでいるよりなんぼかましだ。ずるずるずる何とか布団ごと廊下を必死に這いずって、電話機に向かう。

本宮
「あと…少し…」
何とか手を伸ばし、受話器を取る。ぴ・ぽ・ぱとるるるるっ、とるるるるるっ

フラナ
「はーい富良名です〜」
本宮
「…フ…フラナか…」
フラナ
「うみゅ、もとみー。どしたの?」
本宮
「…頼む…来てくれ…」
フラナ
「うにゅ?」
本宮
「風邪…ひいて…辛くて……頼む…来てくれ…」
フラナ
「もとみー具合悪いの?わかった!すぐ行く!」
本宮
「ああ…頼む…」
フラナ
「あ、なんか欲しいものある?なんでも持ってくから!」
本宮
「…何か…食べ物…」
フラナ
「うん!待ってて!」
かしゃん

フラナ
「大変だぁ!何かないかな?よし、ベーカリーよってこ!」
だだだだだだだ一目散にベーカリーに駆け出すフラナ。とるるるるるっ、とるるるるるっ、とるるるるるっ、とるるるるるっ

本宮
「…佐古田…いない…の…か…」
一方その頃、佐古田は…ちゃぽん!

佐古田
「…」
釣りをしていた…そして…本宮。

本宮
「…う…もう…だめ……」
ずるずる…熱にうなされ、布団を抱え込んだまま、廊下に崩れ落ちてしまう。

本宮
「う…早く…誰か…来て…くれ…」
助けは…くるだろうか?からころんっベーカリーを飛び出して来たフラナは、危ういところで正面衝突を回避した。

花澄
「ど、どうしたの、フラナ君?」
フラナ
「花澄さんっ!もとみーがっ」
花澄
「本宮君が?」
フラナ
「風邪引いて具合悪いって……来てくれって」
花澄
「あら、それは大変だわ」
言葉の内容の割に、口調はのんびりとしている。

フラナ
「早く行かないと」
花澄
「待って、私も行っていい?瑞鶴寄って店長に断らないとい
けないけど」
フラナ
「え、いいの?」
花澄
「うん(苦笑)。フラナ君に電話が来るってことは、本宮君
今一人なのね?……そういう時って気弱になるからなあ」
くす、と笑うと花澄は小首を傾げてフラナを見た。

花澄
「じゃ、行っていい?」
からからん。出て行く二人をベーカリーの前の塀から見つめる四つの瞳。

「にゃあ(どうしたんだろ?)」
マヤ
「にぃ?」
「みゃお(今、あのこと日溜まりねぇさんがあわてて出てった)」
マヤ
「みゃあああ」
「みゅうう(そういや、もう一人がいないね)」
そこに、つむじ風が舞い、ぱちっと火花が散った。

マヤ&萌
「キャッ!」
キノエ
「キッ!(ごめん、おどかした?)」
キノト
「キキイ………(ねぇさん、実体化するときは気をつけなきゃ)」
マヤ
「みぃ」
キノエ
「キキッ」
キノト
「キキィッ」
「みゃみゅう」
マヤ
「みいいぃ」
しばらくして、四匹の間で話が成立したらしい。萌は河原に猫道を通って行き、マヤはグリーングラスに戻り、キノエはそれについて行く。キノトはくんくんと風を読んだ。河原。

SE
「ちゃぽん、ぷつっ(糸が切れた)」
切れた釣り糸を、見つめる佐古田。改めて釣り道具からハリスを取り出す。と、聞き覚えのある鳴き声。

「みゃぁ」
佐古田
「み」
「にゃにゃにゃにぃぃぃぃ」
佐古田
「みゅう、みゃあ」
「に!」
佐古田
「………みゅう」
深くうなずくと佐古田は魚を一匹萌に放る。そして、立ち上がった。一方、マヤ。ととととと、とて!

ユラ
「マヤ、どうしたの、カウンターに乗っちゃダメよ」
マヤはカウンターの上のハーブを漬けたシロップの瓶の上からなーおと鳴いた。

ユラ
「欲しいたって、お前どうやってもってくのよ(呆)」
キノエ
「あたし、あたしが持つから大丈夫」
階上から声、キノエだ。そして、花澄の元。すうっとキノトが姿を現す。

キノト
「キィ(佐古田君は萌が呼びにいってるよ)」
深くうなずくと佐古田は魚を一匹萌に放る。そして、立ち上がった。

「みゅ」
佐古田
「にぃ…みゃあ」
魚を咥えた萌えに小さく微笑みかける、淡い緑の瞳。普段では、絶対見せない優しい笑顔で…

佐古田
「みゅ…」
小さく萌に手を振り、釣竿をしょって、魚篭を片手に歩き出す。向かう先は…本宮宅。一方、倒れてしまったまま動けない本宮。ふと、気がつく。自分の来ているパジャマに…

本宮
「しまっ…た」
そう、今本宮が来ているのは…兄弟すべての反対を押し切って、母が買ってきた。色違い家族お揃いの「ねこちゃんプリントパジャマ」だったのである。こんな格好を見られたら…

本宮
「な…なんとか…着替えなきゃ…」
またもや這いずって部屋に戻ろうとする本宮。しかし…体が動かない…

本宮
「こんな…格好で…いやだ……」
必死の叫びもむなしく。再び廊下に突っ伏し、動けなくなってしまう本宮。花澄は手を伸ばし、オコジョはその腕に駆け上がった。

花澄
「あ、じゃ、佐古田君も来るのね?」
フラナ
「え?」
花澄
「萌ちゃんって……ええと?」
キノト
「キキィ(マヤの友達の猫)」
くすくす、と花澄は笑った。

フラナ
「花澄さん、どうしたの?」
花澄
「……本当にこの子達に好かれてるんだな、と思って」
キノトを見た途端、背中の袋深く潜ってしまった譲羽が、ぢい、と鳴いた。

花澄
「じゃ、急ごう」
フラナ
「うん!」
途中瑞鶴に寄り、店長に一言断った後、二人は本宮家にたどり着いた。慌ただしく呼び鈴を押す。返事が無い。

フラナ
「もとみー、どうしたのかな」
花澄
「ドア、開いてない?」
フラナ
「ええと」
きょろきょろ…あたりを見回す。

フラナ
「ちょっと待ってて、入れるとこ捜すから」
花澄
「フラナくん?」
ててててて、家の周りを走り出すフラナ。窓、溝、郵便受け、あちこち探し出す。

フラナ
「よぉし、いけるっ!」
花澄
「フラナくん?」
キノト
「あれ?」
一瞬、フラナの姿が消える。目をぱちくりさせる花澄、キノト。そして…

フラナ
「入れたよぉ、花澄さん。今開けるからね」
どういうわけか、ドアの向こうからフラナの声が聞こえる。がちゃりとドアを開け、フラナが笑顔で出て来る。

花澄
「(首をかしげて)どうやってはいったのかしら」
キノト
「て…転移した…のかな」
フラナ
「へへへ、ナイショだよ」
そして、その頃、ねこちゃんプリントパジャマの本宮。それでもあきらめず、じりじりと廊下を這いずっていた…

本宮
「こんな…こんな格好を…」
半ば執念と化してる…本宮。そこへ

フラナ
「もとみーどこぉ」
花澄
「本宮君いるの?」
フラナ、花澄、二人の声が聞こえてくる。

本宮
「あの声は…か…か…花澄さん!しまった
花澄さんに…花澄さんにこんな恥ずかしい格好を…
いやだっ!逃げなきゃ、逃げなきゃぁ…」
じりじり…布団を引きずって這っていく。しかし、苦労のかいなく…

フラナ
「いたぁっ!もとみー」
花澄
「本宮君、大丈夫?」
見つかってしまった…見られてしまった…ねこちゃんプリントのパジャマで、布団ごと転がってずるずると這いずってる世にも情けない姿を…

フラナ
「わーもとみー、可愛い柄のパジャマ着てる!」
花澄
「え?(改めて見てはじめて気付く)……ああ、そうね」
本宮
「ああああああ(花澄さんに…花澄さんに…)」
と、花澄はしゃがみこみ、本宮の顔を覗き込んだ。

花澄
「……まだ、熱のある顔してるなあ……ちょっとごめんね」
ひょい、と手を伸ばし、額に当てて見る。

花澄
「うん、まだかなり熱がある……で、どうしてお布団抱えて
ここにいるの?」
本宮
「あ、ええと、ええと」
花澄
「とにかくちゃんと寝てないと。ほら立って」
言葉と同時に、肘のあたりを掴んで立ち上がる。抱えていた布団がそのはずみで手から落ちた。慌てて拾おうとするのに向かって、

花澄
「フラナ君、肩かしてあげて。……お布団は私が持つから、
本宮君はまず前進する!」
……取りあえず逆らわない方が無難である。

本宮
「(小声で)なあ、フラナ、何で花澄さんまで来てるんだ?」
フラナ
「ベーカリー出たとこで偶然会ったんだ。もとみーが熱出したって
言ったら、一緒に来てくれるって」
本宮
「……ふうん(有り難いような、でもなあ……)」
花澄
「じゃ、お台所使わせてもらっていい?」
本宮
「はい…ってあの」
花澄
「おかゆだったら食べられるでしょ?」
本宮
「はい……でも」
花澄
「なあに?」
すい、とかがみ、寝ている本宮と視線を合わせる。これは……時にして、怖い。

本宮
「いえあの(汗)」
花澄
「じゃ、少し待っててね。ゆずはここに居て。フラナ君、
手伝ってくれる?」
フラナ
「うん!」
キノト
「キイキイ(なんか手伝う!)」
足音が遠ざかり、続いてことことと音が聞こえて来る。日常からほんの少しずれた音。本宮は溜息を吐いた。袋からはい出した少女の人形がこちらを見ている。体中だるいのに、何だか寝付けない。しばらくして、足音が戻ってきた。

花澄
「本宮君、起きてる?」
本宮
「はあ……」
花澄
「じゃ、起きてるついでにこれ食べて」
お盆の上に乗っかった卵入りのおかゆを受け取って、本宮は何となく溜息を吐いた。

花澄
「どうしたの?」
本宮
「え、いえ、何でも」
花澄
「何でもない、って顔してない」
てとてと、と走りよった木霊を抱き上げながら、花澄はくす、と笑った。

花澄
「ね、フラナ君、本宮君って、三人で飲み会したらいつも必ず
片付け役にまわる人じゃない?」
フラナ
「あ、うん……」
花澄
「気を使いすぎるんだなぁ…今でも申し訳ないだの情けないだの
考えてる」
図星である。

本宮
「そんなことは」
花澄
「あるでしょ?(にこにこ)」
本宮
「う」
花澄
「まあ、そこら辺はその人の性分だからどうしようもないけど、
でもね、本宮君、こういう時はしっかり人に甘えて、迷惑かける。
そしてその分、他の人に迷惑をかけられる。
それでいいんじゃない?」
本宮
「でも」
花澄
「私もね、留学中麻疹にかかって寝込んだことがあってね。
大学寮に一人暮らしだったから…ああいう時ってどんどん気弱に
なるのよ。そしたら近くにいた男子学生がおかゆ持ってきてくれて」
本宮
「男の人が?」
花澄
「そう。こっちは熱出してるし、みっともないの極みだったんだけど、
『だから来たんだ、変な遠慮しないように』って。
……後で、お鍋抱えて泣いた」

『大丈夫。こういう時はお互い様だから安心するように』と。そして確かに自分は安心したのだ。

花澄
「だから、私もこうやって人の家に上がり込んで、
お台所使わせてもらう、なんてあつかましいことが出来るんだと思う」
そこまで言うと、花澄はぽん、と本宮の肩を叩いた。

花澄
「それに、こうやってフラナ君が電話一本でやって来るのは
本宮君が本宮君だから、でしょう?……大丈夫だよ、そういうのって
必ず誰かにまわっていくから」
語尾に、チャイムの音が重なった。



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