花澄の部屋、午後十一時。
てるるるるるるる……
木霊が抱え込んだ電話を受け取る。
木霊がこと、と首を傾げる。それくらい花澄の声は明るかった。
かちゃん。
どうやら電話は一方的に切られたようだった。
さて翌日、昼。
仏頂面の木霊と黒い大きな荷物を肩にかけた花澄が歩いている。
風が肩を押す。
いつのまにやら二人は、原っぱに出ていた。
木陰に陣取り、肩からおろした大きな荷物を開ける。中から出てきたのは。
黒のやたらに大きい楽器を、木霊は目を丸くして見た。
ぺたんと座り込んで膝の上に載せると、あちこちを調節する。それから花澄は左手の蛇腹を大きく引いた。豊かな音が流れ出た。
木霊は急いで花澄の正面に移動した。
返事の代わりに一つ笑うと、花澄は二、三度和音を試し、それからおもむろにある曲を弾きはじめた。リズミカルな、そのくせ哀調を帯びた音色である。
言いながらも、花澄は次々と違う曲を弾いてゆく。すらすらと弾ける曲もあり、途中で左手を放棄する曲もある。
風は、さあさあと吹いている。緑の匂いが濃い。
不意に、花澄が手を止めた。
一言ぼやくと、アコーディオンを構え直す。
一呼吸置いて、流れ出してきたメロディは、多少ゆっくりめのものである。花澄の口から、聴きなれない言葉が流れて来る。
ほんの少し乾いたような風が吹いてくる。
細かい砂が、その風に乗ってやって来る。
花澄が目を上げてその風に会釈したような気が、木霊は、した。
気の遠くなるような時間の果てに、生まれ出た国。
澄んだ風の国。
花澄は、ふと、木霊に向かって笑いかけた。
風はひときわ強く吹き、長く伸びた草を緑の波のように揺らした。