いつもながらの松蔭堂。
夕食後の茶の間に針箱を広げて、訪雪が何やら手を動かしている。
- 十
- 「……裁縫ですか。珍しい」
- 訪雪
- 「うむ。客間の座布団が内臓破裂しちまったから、忘れん
うちに直しとこうと思ってね」
- 十
- 「内臓破裂って(汗) ……布地の寿命ですか」
- 訪雪
- 「いや。ほら、最近ここによく来る高校生の三人組がおる
だろう。あの連中とちょっとばかし遊んでて、気がついたら中綿がもかもかこぼれとった」
先頭に立って暴れていたのは、当然訪雪である。
- 十
- 「全く、何をやったらそうなるんだか……それにしても、
慣れた手つきですね。若大家」
- 訪雪
- 「まね。10年も前から独りで暮らしてりゃ、大抵のことは
出来るようになるさ。
君はそうじゃなかったのかい? 二の舞君」
- 十
- 「そりゃそうかもしれませんけど……やってくれる彼女く
らい、いなかったんですか」
- 訪雪
- 「彼女? 親しくしている娘なら、一時いたこともあった
よ」
- 十
- 「へえ、そりゃ初耳だな。それで?」
- 訪雪
- 「こと針仕事に関しては、彼女の分まで儂がやっとったか
らなぁ。おかげで随分上達したよ」
- 十
- 「……そんなこったろうと思いましたよ」
- 訪雪
- 「そういや彼女にも、もう何年も会ってないなぁ……最後
に聞いた言葉は、確か『あなたの作る水羊羹、最近味が落ちたのよ』だったかな」
- 十
- 「それって……ひょっとしてふられたんじゃないですか?」
- 訪雪
- 「ふむ……やっぱりそうなのかなぁ……っつ、針刺した」
- 十
- 「……(鈍い……しかしそれって、彼氏というよりただの
便利くんなんじゃないんだろうか)」
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