夏、日差しの照り付ける中をぱたぱた……と歩く瑞希。長い髪をアップにまとめ、薄手のサマーワンピースにサンダル姿、相変わらず化粧っ気はない。
じりじりと照り付ける日差しを避けるように、グリーングラスへと入っていく。
ぱさ……髪を縛ってたゴムをとり、軽くかぶりを振る。ふわりと長い髪が舞い、かすかにシャンプーの香りが鼻をくすぐる。
一筋、髪をつまむ。黒く長い髪、肩甲骨を覆ってまだあまるくらいに伸びた髪。確か、去年肩にかかる程度まで切ったはずなのだが。
くるくると指を回し髪をもてあそぶ。しゅるしゅると長い髪が指からすり抜けていく……
昔……自分はショートヘアだった。
髪を伸ばそう……中学二年の頃、漠然とそう思った。理由は特にない、ただ、なんとなく。いや、理由はあった。なにかを心に決めたから……
……でも、その時心をよぎったなにかは……もう、思い出せない。
小学校、中学校、ずっと通してショートヘア……別に短い髪が特に好きだったわけでもない。特に意識をしなくても、母がいつも切ってくれたし、中学になってからは、美容院に通わせてくれた。
いつの日だったか……
髪を伸ばそう……と思った。本当になんとなくだった。確かに切りに行くのは面倒くさかったし。長い髪がいいなと思った事もあった。
だからといって……別に願をかけたわけでもないし、好きな人ができたわけでもなかった……
じゃあ……なぜだろうか……
その時、心をよぎったのは……男の子に見られていた自分。
小さい頃、よく男の子に間違われた。昔から周りより背が高く、髪も短く、活発だった。日に焼けた肌、ぼさぼさの髪で、いつも短パンにシャツを着て、走り回っていた……
「瑞希ちゃんは男の子みたいね」
「あら、坊やじゃないの?」
周りには、いつも男の子のように扱われていた。今までは……そうだった。小学生から……中学生半ばにかけて……男の子、女の子という区別が希薄だった頃のこと。
鏡を見る、中学二年生の自分。
もう、男に見られる事はない。男の子に見られるにはきゃしゃすぎる。体つきも、まるみのある女の体になっていた。
周りの男の子達より高かった背も、中学二年で止まり。いつも見下ろしてた男の子達にいつしか追いつかれて、追い抜かれて……残ったのは、女の子にしか見えない自分。
ショートカットをそのまま伸ばした髪。きゃしゃな細い肩に白い肌。
いつのまにか……日焼け止めを塗るようになった。肌を日に焼かなくなった。昔とまったく違う、透けるような真っ白の肌。
でも、それだけじゃない……
日焼けを気にするようになった。髪が傷むのを気にするようになった。鏡の中の自分の姿を気にするようになった。
そして……自分はもう……男の子に見られない。
男の子とも女の子ともつかなかった自分。そのままでいれたらいいと思った。いつまでもそのままの気持ちでいたかった。
でも、自分は女なのだ。どんなに背が高くても、どんなに男の子らしく見えても、女なのだ。
考えてみれば当たり前の事なのに……なぜだか、さみしかった。……なんともいえなくさみしかった。
鏡を見つめ、つぶやく一言。
さよなら……
誰に向けての別れだったのか
髪を伸ばすことに何の意味があったか
もう、思い出せない。
記憶で覚えてはいても、心が思い出せない。
あの頃、何を思っていたのか……
早速、ほのかにハーブが香るゼリーを口に運ぶ。空調のかすかな風に長い髪が揺らいだ。