エピソード602『さよならの後』


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エピソード602『さよならの後』

からからからん! 
 いつもより少し勢いをつけて、そのドアは開かれた。

夏和流
「店長さん、なんでもいいからパンを、六つほど下さい!」
観楠
「六つも? どうしたの?」
夏和流
「うふふふふふ(笑) そーいう気分なんです(笑)」
観楠
「……夏和流くん、男が『うふふ』はやめなさい」
夏和流
「あ、つい(笑) それと、麦茶も」
観楠
「ここで食べるの? 大丈夫?」
夏和流
「はっはっはぁ(笑) やけ食いですから、大丈夫じゃあり ません(笑)」
観楠
「やけ食いって……」
夏和流
「ぶれいく・ぶろうく・ぶろうくん! トランプのハート は杯を表しているので心ではないことに注意! って感じです」
観楠
「……? ひょっとして、失恋?」
夏和流
「ビンゴで大正解のぴんぽーん! 大当たり〜」
観楠
「……そっか。元気だしてね」
夏和流
「これ以上元気になってどうしろと(笑)」

パンを山盛りにしたトレイを抱えて、夏和流はレジのそばに座を占める。
 からんころん

観楠
「いらっしゃい」
「こ、こんにちわ」
観楠
「あれ、緑ちゃん。夏期講習?」
「あ、はい。お昼ご飯なんです」
観楠
「そう」
夏和流
「お昼ご飯……血を吸う怪しい虫のご飯……蛭ご飯……
ぱくぱくぱくぱく)……ふっギャグも冴えないぜっ! とりあえず御飯時に言うことじゃないな(もぐもぐ)」
「ど、どうかしたんですか三河さん?(小声)」
観楠
「失恋したらしいよ(小声)」
「うーん、私、恋愛ごとには疎いから(小声)」
観楠
「それで、なににする?(小声)」
「あ、カレーパンとアイスコーヒーください(小声)」

からん。
 ドアがそろりと開く。

観楠
「(この景気の悪い音は……やっぱり、な) いらっしゃい、 大家さん。また逃げてきたんですか」
訪雪
「いや。今日は別に逃げる必要もないんだが……ちょっと 息抜きにね。こないだのたまごパンある?」
観楠
「たまごパン……ああ、『プリソパン』のことか。あれは 作るのやめちゃったんですよ」
訪雪
「そうか……じゃあクリームコロネとあんぱん。あと、な んか甘くなくて冷たいの……麦茶がいいや」

会計を済ませた訪雪は、夏和流のすぐ隣のテーブルにトレイを置いて、懐に入れてきた雑誌をぱらぱら読み始める。

夏和流
(この人、何度かここで見たこともあるけれど……なんで僕 の隣に座るんだろ?)

からんからん。
 再び、ドアが開く。

観楠
「いらっしゃい……あ、君はこの前の」
神羅
「はあ、何か迷惑を掛けたようですいませんです」
観楠
「いやいや、そんなことは気にしなくても良いよ」
神羅
「そうですか。んじゃ、カレーパンとクリームパンとアイ スコーヒーをお願いします」

ふと、喫茶コーナーを見るとたくさんのパンを食べている少年と着物を着た人が座っている。食べながらも、流石に少しは気になる。
 そっと盗み見るようにしたその視線が、ふと雑誌から顔を上げた訪雪の視線とかち合った。

訪雪
「おや……君も、ここの常連さんですね? (夏和流のトレ イを眺めて)流石に食べ盛りは凄い……というだけには見えんが……失礼だが、やけ食いですね」
神羅
「どうしたんですか、あの人? 結構感情が高ぶっている ようですが」
観楠
「(小声で) いや、ちょっとね(^^;」
神羅
「(小声で) そうですか。もしかして失恋したとか?」
観楠
「(小声で) そんなところかな」
神羅
「なるほど。(慰めてやりたいけれども、見ず知らずのワ シが出てもなぁ)」
夏和流
「あ、わかります?」
訪雪
「ええ。そういう人を何人も見ているので」
夏和流
「(照れくさそうに頭をかいて) いやぁ……実は、ついさっ き、ふられちゃって(^^;」
夏和流
「(ひたすらパンをたいらげる)」
観楠
「あー……ちょっと、いいかな?」
夏和流
「ふぁい?」
観楠
「いや、休憩しようかなって……よっこらしょ、と。良く 食べるね(笑)」
夏和流
「ふ……まあ、本気を出せばざっとこんなものです」
観楠
「ふぅん。でも、あんまりがっつくと胃に悪いよ?」
夏和流
「大丈夫。そんなやわじゃありませんから」
観楠
「そっか」
夏和流
「そうです(笑)」

困ったな……って、夏和流君はどうやら悩んでる。しかも悩みの種類は失恋らしい。失恋、って、あの鈴木さんって娘かなぁ……仲良さそうだったのになぁ。
 ……こんなときに限って有線は槙原敬之「もう恋なんてしない」かよー(汗)

観楠
「あー……と。僕もあったよ……その、失恋経験(照)」
夏和流
「ほへ? そりゃまたいつの出来事なんですか?」
観楠
「最初が中学、次が就職前だったかなぁ」
夏和流
「……極端に間がありますねー」
観楠
「んー……まぁ、そーとも言うね(笑)」
夏和流
「じゃぁ、素子さんは4人目なんですか」
観楠
「……なんで?(汗)」
夏和流
「店長さんの元奥さんがいるでしょ」
観楠
「ありゃ、これは一本とられたねって……こらこら(汗)」
夏和流
「で?」
観楠
「うん。結論から言うとだね、失恋経験はあった方が良いっ てことだよ。回数が多いなら……多すぎるのも問題あると思うけどね」
夏和流
「それ、みんな言いますけど……ほんとにそう思います?」
観楠
「少なくとも僕はそう思ってるよ(笑) 失恋の後ってね、 いろいろ……自分について、相手について考えることが出来るから。そこから自分の恋愛観を造るっていうのかな、わかる?」
夏和流
「まぁ……それなりに」
観楠
「で、2回の失恋と、今の状況を照らし合わせて見るとね」
夏和流
「なにか違ったんですか?」
観楠
「2回の失恋は、『女の子から告白された』、素子ちゃん には『自分から告白した』ってこと(照笑)」
夏和流
「??」
観楠
「つまりね……最初の2回って、まだ恋愛がどんなものな のか全然わからなかったところへ、女の子から『好きです』なんて言われて……舞い上がっちゃったんだな(苦笑)」
夏和流
「あ……」
観楠
「その娘とは、ちょっと仲が良かったり、バイトの仲間で こっちはなんとも思ってなかったり、だったんだ。だから余計そーなったのかも知れないけど……とにかく、その娘達を結局泣かせちゃったんだよ」
夏和流
「……(真面目な顔で聞いている)」
観楠
「で、一時『女の子泣かせてしまうなら、絶対好きになん てならない』なんて思い込んでて」
夏和流
「なのに、浅井さんを好きになったんですか?」
観楠
「そこだよ(笑) 初めて自分から異性を好きになったんだ ……自分でも驚いたけど、彼女もそうだってわかった時はすごく嬉しかった(笑) 勝手な思い込みかも知れないけど夏和流君のケースも、そんなフシがあるんじゃないかな?」
夏和流
「……うん……そう、だと思います」
観楠
「うん(笑) だからさ、ゆっくり、のんびり考えてみなよ。 そして、次の恋でも探せばいいじゃない(笑)」
夏和流
「そー、ですね(笑)」
観楠
「そうそう(笑) なにかあったら相談にのるし、一人で悩 むなんてナシだよ!」
夏和流
「……よぉっし! そうと決まれば店長さんも付き合って 下さいよ(笑) 麦茶追加っ! 今日は飲むぞっ! 食べるぞっ! 歌うぞぉ!!」
観楠
「いや……歌は遠慮してくれないかな?(^^;」
夏和流
(聞いていない) もう恋なんてしないなんてー♪ 言わな いよ絶対ー♪」



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