エピソード605『和菓子』


目次


エピソード605『和菓子』

菓子来たる

松蔭堂、夏。
 がらがら

豊中
「こんにちは」

片手にビニール袋。茶を啜っていた訪雪が顔を上げる。

訪雪
「いらっしゃい」
豊中
「うまそうな和菓子を見つけたんで、買ってきました。茶、 いただけます? 若大家の分も買ってきましたよ」
訪雪
「ほう。(袋を開ける)こりゃまたいいものを見つけたね。 五つあるようだが、どう配分すればいい?」
豊中
「ご隠居とキノト、キノエ、それにわれわれ二人の分です」
訪雪
「で、二の舞君の分は?(にやり)」
豊中
「おや、あいつは甘いものは食わないはずですが?(鬼笑)」

ごとごと
 襖が開き、一が入ってくる。

豊中
「よう。キノトとキノエはどこいった?」

一の後ろから、するりと二匹のオコジョが出てくる。

キノエ
『(オコジョバージョン) 呼んだ?』
豊中
「だからその格好で話すときは接触してくれと(苦笑)」

優雅な動きで豊中の肩に登るキノエ。

キノエ
『用はなに?』
豊中
「うまそうな和菓子があったんで、買ってきたんだ。食べ るよな?」

一の目がきらっとひかる。

豊中
「おまえは甘いものは食わんと言っていたな。というわけ でおまえの分は無しだ(にやり)」
「……鬼(目幅滝血涙)」
訪雪
「質実剛健の男が、軟弱な甘味なんぞ頬張ってちゃいかん よ。そうだよねぇ? 二の舞君(鬼笑)
折角だから、上の茶室で本格的に茶を点てようか。準備が出来るまで、そこで待っとってくれ。
豊中君にキノエちゃんにキノト君……あ、先生も呼んで来にゃ」
豊中
「御隠居なら、俺が呼んできますよ」
訪雪
「有難い。じゃ頼むよ」

訪雪は2階に消える。

豊中
「……と、いうことだ。茶だけでも欲しければ、今のうち に交渉しにいくんだな」
居候
『(爆笑)』
キノエ
『ミツル……完っ全に、おもちゃにされてるわね』
キノト
『なんか……ちょっと可哀想かも』
「うう(感涙)……ありがとうキノト、お前だけは……(がっ き)」
キノト
『お菓子はあげないよ』
「(がっくし) ……この鬼どもが、よってたかって……
くるりと踵を返して)若大家、俺にもお茶下さいっ!」

二階で爆笑。

茶室にて

数十分後。大急ぎではあるが、茶の用意は済んでいる。
 三畳の茶室に亭主と客5人というのはかなり無理があったが、人の姿になった式神たちを含めた全員が、一応はいるべきところに収まっている。

キノエ
「……狭い」
訪雪
「納戸だったところに無理にねじ込んで造ってあるからね。 仕方ないよ」
キノエ
「暗くて暑い」
訪雪
「夏の茶室っちゃ、大抵そんなもんだ。でもまぁ、我慢会 じゃないんだし、窓を開けようか」

開け放った障子から、風と光がさっと流れ込む。

凍雲
「片付ける間があったら、下の八畳でやってもよかったん だがの」

八畳の客間には、復元作業中の埴輪を広げたままになっている。
 ともあれ。薄茶であれ濃茶であれ、点前というのは、まず最初に菓子を食べてしまってから、あとで茶を飲むものである。

豊中
「そういえば、若大家はどうするんです。菓子」
「……(精一杯のうるうる眼で訪雪を見る)」
訪雪
「心配要らんよ。あとでちゃんと頂く」

菓子を盛った容器が、主客の座に着いた凍雲から順繰りにめぐって……末席の一のすぐ手前、キノトのところで止まる。

「あ……」
キノト
「悪いね、ミツル」

心底情けなさそうな顔。

訪雪
「普通はこういうことはせんのだが……君の主義に抵触す るんじゃ仕方なかろう。大丈夫、茶までお預けにはせんよ」
豊中
「しかし、菓子も無しに茶を飲むのはいささか無粋だな」
「(一瞬期待し、しかし相手が豊中なのですぐに警戒)
……何を企んでいる?」
豊中
「企むとは人聞きの悪い。こういうものもあるのだ」

がさごそ。
 取り出したのは駄菓子。「けんけら」と「ショウロ」である。

豊中
「ご隠居にと思って持ってきたんだがね。それとも、堅実 に氷砂糖にするか? それもあるぞ(にやぁり)」
「氷砂糖、ですかい」
訪雪
「馬鹿にしちゃいかんよ。300年前なら立派な高級菓子だ。 しかし……そんなに甘やかしていいのかね? 豊中君」

豊中が返事をしようとし、一が何やら言い返そうとした時に。開いた窓から何かが飛び込み、ぽてん、と豊中の背中の辺りに落ちた。

譲羽
「ぢい(ああびっくりした)」

この場合びっくりするのは、他の人々だろう。

訪雪
「ゆずさんか。今日はどうした?」
譲羽
「ぢいぢい(遊びに来たの) ……ぢいいっ!」

最初はともかく、最後の一声については、意味を間違えようも無い。木霊は式神二人を見た途端、訪雪の膝にしがみついた。

キノエ
「何だかやけに脅えられてるわね」
キノト
「無理ないけど」
訪雪
「どうした? ……ああ、そうだったっけね。大丈夫、も う何もされやせんよ。
心配しないで、あっちの爺ちゃんの隣でお茶会を楽むといい。……先生、茶を点ててる間、この子を頼みます」
凍雲
「全くお前も、妙なものばかりに人気があるのう……こっ ちへおいで、人形のお嬢ちゃん。
その畳は亭主の領分、客が勝手に入っちゃいかん」
譲羽
「……ぢぃ(妙なものじゃないもん)」

ぢぃぢぃ言いながらも、譲羽はてとと、と客座の方へ走り寄って、豊中と凍雲の間にちょこんと座る。

豊中
「1.5人目の客ってとこか……ひょっとして、いつも遊びに 来てるんですか」
訪雪
「時々、ね。留守中に来とることもある。何故だか知らん が、すっかり懐かれていてね」

緩みかけた頬を引き締め直して、訪雪は茶杓を手に取った。

「なぁ……豊中」
豊中
「なんだ、やっぱり欲しいのか、氷砂糖。(挙手して) 亭 主。こいつに砂糖与えていいですか」
訪雪
「そんなに食いたきゃ、妙なプライドなんぞ持たにゃいい のに……ま、構わんよ」
豊中
「わかりました。キノエ、キノト、これそっちへ送ってく れ」

針金で口を縛ったセロファンが、式神の手を渡っていく。

キノト
「意地汚いよ、ミツル……はい砂糖」
キノエ
「砂糖くらいで泣かないでよ。ほんとにみっともないんだ から」

全員の手に……ひとりだけ内容が違うようだが……一応は菓子が行き渡る。端の凍雲の見よう見真似の手つきで、順番に菓子を食し、茶を喫する一同。

SE
「ぼりごりがり」
豊中
「まだ早い。それと餓鬼の骨齧りみたいな音を立てるんじゃ ない」
「(ぼり) ほんなこほいっはっへ……(がき、ごくん) 早 く食わないと茶が回って来ちまうじゃないか」
キノエ
「欲張って口いっぱいに頬張るからよ。ミツル」
凍雲
「まあ慌てんでもいい。キノト君が飲み終わるまでは、君 に茶は回って来んからの」
譲羽
「……ぢぃ(ゆずの、小さい)」

譲羽の前に置かれているのは、織部焼の蕎麦猪口。薩摩焼の茶碗は、まだキノエの手元にある。

凍雲
「そう、正面を向け直して、儂がさっきやったようにの」
キノエ
「(碗を拝見しながら) これが手順だってのは判るんだけ ど……この茶碗の何がいいのかってのは、よく判んないのよね」
凍雲
「ふうむ……茶席での鑑賞はある程度まで儀礼ではあるん じゃが、評価の基準を覚えるまでがちと骨だからの……」
訪雪
「いや。そんなことはありませんよ」
キノト
「え……?」
訪雪
「ま、茶の世界での価値は、碗そのもの以外にも色々とや やこしいもんが絡んでくるのは確かですがね。
そういうの抜きで、本当にいい茶碗ってのは」

返された碗に、すすぎの湯を注ぎながら。

訪雪
「持ったとき手に馴染んで、茶を飲みやすいもんです。素 人でも、手にした瞬間にわかる」
キノエ
「ふうん……で、いまの茶碗は?」
訪雪
「残念ながら安物だ。だが、儂にとっては、いま言った意 味では、かなりいい品だよ」
豊中
「そうかな……俺の手には少し小さい気がしましたが」
訪雪
「だろうね。なにしろ買ったのはもう10年以上も前、儂が キノト君の背丈よりすこし小さかった頃だから」
豊中
「その年頃に茶碗なんか買いますかい、普通(汗)
……ところで、妙なことを聞きますが」
訪雪
「何か気になることでも?」
豊中
「茶室というのは……(壁の一隅を指して) 普通は、あの 入り口から入るんじゃありませんか。何と呼ぶのかは忘れましたが」

豊中の指の先には、人が屈んで通れるくらいの、ごく低い板の引き戸がある。一同が入ってきたのはそこからではなく、侘びた壁面をばびろーんと分断してついている、ごく普通の障子からだった。

凍雲
「うむ……確かにの。ちょいと行って覗いてみると良いじゃ ろう、豊中君。開けてみれば訳が判るだろうて」
豊中
「それでは、お言葉に甘えて。失礼します」

豊中は膝をついて、壁面の件の戸にすり寄る。キノエと譲羽、それと手持ち無沙汰の一があとに続く。
 掛け金を外して、建て付けの良くない引き戸を力任せに引き開ける。頭が4つ、狭い開口部から外に突き出して、そのままかくりと顎を落とした。

豊中
「……何なんですか、こりゃあ(汗)」
「……シュール、だな(呆)」
居候
『……余程阿呆な建て主とみたぞ』
キノエ
「こんなとこから、一体誰が入るのよ」
譲羽
「ぢぃ(ゆずは入れるよ)」

板戸の向こうには何もなかった。2階だから庭がないのは当然なのだが、そもそも足を踏み出す先がない。垂直の壁面には1階の窓の庇があって、その下の路地を自転車の子供が通っていく。

豊中
「外から見たときは、てっきり窓だと思っていたんですが…… 一体何の理由あって、こんな入りようのない場所につけたんです」

キノトの茶を点て終えた訪雪が振り返る。

訪雪
「知らん」
キノエ
「じゃあ御隠居は?」
凍雲
「儂の先々代が建てさせたものだとは聞いておるが、それ 以上のことは、実は儂も知らんのじゃ」
居候
『わしゃその先々代が阿呆とみたが』
凍雲
「建て付け具合からいっても、何処かから茶室だけ移築し てきたとは思えんしの。
それともうひとつ、……不思議なことがあっての」
「と、いうと?」
凍雲
「明らかに、そこを出入りに使っとった形跡があるんじゃ よ」
豊中
「使っていたって……どうやって?」

言いながら、入り口の枠に触れる。そのまま目を軽く閉じ、意識を集中。が、すぐに目を開ける。

「どうだ?」
豊中
「ぜんぜん判らん(きっぱり)。まあいいさ、とにかく茶だ け先に頂いたらどうだ?」

訪雪の肩が小刻みに震えている。啜り終えた碗を置いたキノトが、不思議そうな顔でそちらを見る。

訪雪
「……(爆笑)」
キノト
(びくうっ)
豊中
「……何が可笑しいんです」
訪雪
「(痙攣)……い、いや、失礼。ここに来たばかりの儂とお んなじことをやっとるなと思って」
豊中
「同じこと?」
訪雪
「儂もこの茶室を初めて使わせて貰ったとき、そいつに気 付いて、その……色々と調べたんだが」
「じゃあ判ってるんじゃないですか」
訪雪
「うむ。口で説明するのも面倒臭いから……豊中君、ちょっ とこっちへ」
豊中
「暑苦しいな。俺はおやぢの手を握る趣味はないんですが ね」

ぼやきながらも、豊中は客座の方に出て来た訪雪のほうに近寄る。

訪雪
「はい腕。(袖を少し捲って手首を出す)……しかし暑いね」
豊中
「(手の甲に指先で軽く触れる。皮膚はじったりと汗ばんで いる)……全くですね」

豊中が再び目を閉じる。読まれているのを自覚しながら、訪雪は4年前、ここで読んだ記憶を脳裏に蘇らせる。
 茶室というよりは稽古場に近い、ごく略式の点前空間。薄暗い空間の、渋い色調の映像。街路上空数メートルに向かって開け放たれた入口から、和服の客たちが次々に現れる。

豊中
「(呆) なるほど、ね。しかし馬鹿なことを考えたもんだ。 おい一、そこから首出して上を見てみろ」
「上? こうか?(覗く)
……(絶句) ……俺は……その先々代、絶対ただの馬鹿だと思うぞ」

首を引っ込めた一が立ち上がり、すぐ上の小窓の格子の間から手を伸ばす。

SE
「ばらっ」

煤色に朽ちた細長いものが、軒下から地上に向けて垂れ下がる。

キノエ
「綱……?」
豊中
「そう。茶会の客が一々ここから上がってくるのを考える と、相当シュールだぞ」
「軒の下に、御丁寧に額までかかってやがる。『懸垂席』 ……客をなめてるとしか思えないな」

訪雪がかつてここで読み、いま豊中に見せたのは、顔を真っ赤にして綱を手繰り、息も絶え絶えににじり上がってくる、正装の茶人たちの姿だった。

譲羽
「ぢいいっ(嬉)」
SE
「かたかたかたっ」
訪雪
「あああやっぱりぃ……駄目だその綱は弱ってる。一君、 その子を捕まえて……」

ぷち。

訪雪
「……ゆず、さん……?」

視界にあるのは切れた綱。恐る恐る、下を覗く。

「……ナイスキャッチ」
キノエ
『……なんとかね』

中身のない服がひらひらと舞い落ちて、下の庇に引っかかる。オコジョの姿に戻ったキノエが、後足で敷居をつかみ、赤いワンピースの裾を口にくわえて、逆さまにぶら下がっていた。

冷菓誕生

さて一方。

花澄
「もうそろそろ、かな?」

冷蔵庫からかなり大きなタッパーを取り出し、竹串で刺してみる。

花澄
「よし、大丈夫」

蓋を閉め、風呂敷きに包む。上の隙間に小さな瓶と包みを滑り込ませ。

花澄
「これだったら、大丈夫……かなあ(思案顔) ま、いいか」

暗い部屋から、包みを抱えて出る。日差しの眩しさに、花澄は少し目を細めた。
 ほとほと、とあるいて行く先は松蔭堂である。最近木霊が一人で遊びに行くようになり、呼びに行くまで帰らない、という傍迷惑な行動様式を憶えてしまったので、自然彼女が松蔭堂に向かう回数も多くなる。

花澄
「……?」

松蔭堂の中から、複数の声がざわめくように聞こえて来る。

花澄
「お客さんかな……?」
”お前にとっても、知り合いの”
花澄
「入っても、よさそう?」
”大丈夫だろう”
花澄
「じゃ……こんにちは」

玄関にも店にも人気はない。天井の方で足音がするところをみると、全員が階上にいるのだろう。
 板の間の電話のところに、「御用の方は奥に向かって大声でお呼び下さい」と走り書きされたメモがある。

花澄
「(すぅ、と息を吸い込んで) ……こんにちはぁ」

誰も出てこない。自分では大声を出したつもりだったのだが、どうやら聞こえなかったらしい。

花澄
「もう一度、呼んだ方がいいかな」

もっと大きく息を吸って、口を開きかけたとき、階段が鳴って、廊下の角の向こうから一が走ってきた。

花澄
「あの……こんにちは」
「あ、花澄さん……済みませんが、ちょっと外行くんで、 戻るまで待っててください。若大家は上です」
花澄
「はぁ……」

訪雪の草履をつっかけて板の間から走り出ていった一は、すぐに戻ってくる。その手の中には、女物の衣服が上から下までひと揃い、丸まっている。

花澄
「その服、どうかなさったんですか?」
「え? ああこれ? キノエのですよ。窓から外に飛んじゃっ たんで、拾いに行ってたんです」
花澄
「(一体何があったんだろう……?)」

一はそのまま廊下を駆け抜けて消える。

「(上で) 若大家、下に花澄さん来てますよぉ」
訪雪
「(茶室の水屋から) ゆずちゃんを迎えに来たのか……参っ たな。豊中君かキノト君、悪いが下へ先に行って、花澄さんに茶の間で待ってもらうよう言ってくれんか」
キノト
「じゃ僕が行きます」

軽い足音が響いて、今度は人間状態のキノトが現れる。

キノト
「こんにちは、花澄さん。いま大家さんがお茶の支度を片 付けてるから、終わるまで茶の間で待っててください」
花澄
「取り込んでらっしゃるようですけれど……大丈夫でしょ うか」
キノト
「お茶会、やってたんです。もう少し早ければ、花澄さん も一緒にお茶飲めたのに……
そうそう、さっきから来てますよ。ゆずちゃん(くす)」
花澄
「……あ、やっぱり(溜息)。また何か迷惑かけたんじゃな いですか?」
キノト
「え、迷惑というか……」
花澄
「何かやらかしたんですね」

はあ、と溜息をつきつつ、花澄はキノトに続いて茶の間へと上がった。畳の上に正座しかけて、持ってきた包みに気付く。

花澄
「あ、これ溶けるわ……ごめんなさいキノト君、冷蔵庫お 借りしていい?」
キノト
「いいと思いますけど……あ、僕入れてきます」
花澄
「お願いします」

キノトが視界から消えると、花澄はもう一つ溜息を吐いて目を閉じた。ざわざわと、二階から音だけが聞こえる。
 ……こういう、手持ち無沙汰な沈黙は嫌いだ。
 と、軽い足音が帰ってきた。

キノト
「冷蔵庫に入れときましたけど、花澄さん、あれなんです か?」
花澄
「ふわふわには見えないお菓子」
キノト
「?」

首を傾げて考え込むキノト。やがて、複数の足音が上から降りてくる。

SE
「がらっ」
豊中
「お待たせして済みません、花澄さん」
花澄
「こんにちは。豊中さんもいらしてたんですね。うちのゆ ず、何かしでかしたんでしょうか」
キノエ
「ううん、たいしたことじゃないの。ちょっと焦ったけど ね(笑)」
花澄
「焦ったって……何があったんでしょう。ゆずはどこにい るんですか?」
凍雲
「ここじゃよ」

笑いながら茶の間に入ってきた凍雲の肩に、譲羽がちょこんと乗っている。

譲羽
「ぢぃ(花澄ぃ)……」
凍雲
「訪雪はまだ手が放せんので、儂が代わりに連れてきたん ですよ」
花澄
「どうも済みません、ご隠居さん……ゆーず、今日は何を やらかしたの?」
譲羽
『ゆず、お二階から落っこちたの。でも、キノエのお姉さ んが助けてくれたから、怪我しなかったの』

叱られると思ったのだろう。木霊は凍雲の肩にしがみついて、首をすくめている。

花澄
「そう……怪我しなくて、よかったわね。キノエさん、う ちのゆずを助けて下さって、本当にありがとうございます」

深々と頭を下げられて、キノエは照れたように頭をかく。

キノエ
「そんなに恐縮されちゃうと、困るなぁ……怖がられてる のは判ってたけど、人間のどんくさい脚じゃ、一緒に落ちるのが目に見えてるでしょ? それだけのことだから」
花澄
「いまはもう、怖がったりしないよね? ゆず」
譲羽
「ぢぃ(うんっ)!」
花澄
「じゃ、……あの、申し訳ありません。お台所御借りして 宜しいですか?」
凍雲
「ああ、どうぞどうぞ」
花澄
「有難うございます。……ゆずもおいで」

ひょい、と凍雲の肩から飛び降りた木霊を連れて、花澄は台所に消える。
 茶席が終わって後。下の茶の間で、番茶をすする凍雲と訪雪、それに豊中。……なんで茶席のさらにあとで茶を飲んでいるか、それは聞いてはならない質問というやつである。

豊中
「しかし若大家、変わった特技をお持ちですね」
訪雪
「ん?」

凍雲への土産とした駄菓子をしゃぶりながら、訪雪。

豊中
「ご隠居も知らないわけじゃなさそうですが。サイコメト リですよ」

まだ熱い番茶を吹いて冷ましながら、豊中。

訪雪
「さいこめとり? 何それ」
豊中
「物の記憶を読む能力。先刻のあのイメージは、あの茶室 から直接読んだものでしょう」
訪雪
「……ああ、あれのことか。なに、君の特技ほどのもんじゃ ないさ」
豊中
「そうですかね? まあとにかく、便利そうではあります ね。骨董屋としては」
訪雪
「そうでもないさ。コンペイトウ、食べる?」
豊中
「俺としては今は松露の方が(笑)。で、若大家、サイコメ トリができるのなら、少々調べていただきたいものがありましてね」
訪雪
「鑑定料はおまけしておこう。それで、ものは何?」
豊中
「小柄です。柄ではなくて刀身のほうになりますが、いわ く付きらしいんですよ」
訪雪
「妙なものを持っているねえ」
豊中
「まあ、今のところ何事もなくペーパーナイフになってい ますがね」
訪雪
「ペーパーナイフ? そりゃ勿体ないことを」

語尾に重なるように、するすると襖が開いて。

花澄
「すみません、長々とお台所お借りしました」
訪雪
「いえ、どうも……って、これなんですか、花澄さん?」
「冷やっこ?」

くすんだ色の陶器の小鉢に入った白い立方体。その上に刻みねぎらしきものと、おろししょうが……にしては橙色の濃い何かが乗っかっている。

花澄
「質実剛健なお菓子……まで言ったら、大袈裟ですけど」
「お菓子、ですか」
花澄
「ヨーグルトゼリー。上に乗ってるのがミントの刻んだの と、桃をミキサーにかけたの」
豊中
「また、凝ったことをしますね」
花澄
「これなら一さんも食べられるんじゃないかな、と思いま して」
「は?」
花澄
「この前キノト君が、一さんはふわふわしてるお菓子が食 べられないって教えてくれたんですよね」
「それで、ですか」
キノト
「食べよ、ミツル」
「それじゃあ、ありがたく」

周囲の視線が一点に集中する。だが、一は気にしない。

「おいしい、です。冷たくって、甘くって(感無量)」
訪雪
「そりゃ、それでしょっぱかったら本当に冷奴だよ(笑)」



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