エピソード607『埴輪の昼下がり』


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エピソード607『埴輪の昼下がり』

松蔭堂の昼下がり。
 八畳間の真ん中に広げられた新聞紙の上に、組みかけの一体の埴輪と、一体分の残りにしてはやけに多い素焼きの破片がある。
 組みかけの方の一体、シュイチが、足元の破片に声をかける。

シュイチ
《アツイネ》

破片の何処かから、人には聞こえない声がする。

タイチ
《ウン、暑イネ》
シュイチ
《グンマヨリアツイネ》
タイチ
《埼玉ヨリ暑イネ》
シュイチ
《トチギヨリアツイネ》
タイチ
《東京ヨリ、暑イヨ》

網戸に止まった蝉が、暑苦しい声で鳴いている。

タイチ
《人間ナラ、トックニ夏バテシテ溶ケテルヨネ》
シュイチ
《……人間ッテ、トケタラドウナルンダッケ》
タイチ
《……》

ラジオの野球中継が微かに聞こえてくる。

タイチ
《馬鹿ダナしゅいち、人間ガ暑サデ溶ケルワケナイジャナ イカ》
シュイチ
《ダッテたいち、オ前サッキ溶ケルッテ》
タイチ
《ことばのあやッテヤツサ。ソノクライ暑イッテコトダヨ》

店の板敷の訪雪が、大きな欠伸をして寝返りを打つ。

シュイチ
《アノ坊ヤハ溶ケテナサソウダネ》
タイチ
《当タリ前サ。人間ダモノ》
シュイチ
《人間ハ、ボクラミタイニワレナイヨネ》
タイチ
《デモ、割レテモナイノニ壊レルコトモアルヨネ》
シュイチ
《コワレタラ、元ニハ戻ラナインダッテイウヨネ》

沈黙。

タイチ
《……デモ、僕ラハ直レバマタ踊レルサ》
シュイチ
《……ソウダネ》
タイチ
《直ッタラ、マタ踊ロネ》
シュイチ
《アノ人形ノ子トイッショニネ》

蝉はまだ鳴いている。



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