夏の日、照り付ける日差しの中一人歩く一。近くの吹利学院高校、野球部が活動している。練習試合をしているらしい。応援の歓声が聞こえて来る。
- 一
- 「野球か……」
思わず足を止め、フェンスごしに見入ってしまう一。そこへ……
- 本宮
- 「あれ、にのまえさん」
- 一
- 「お、もとみーか」
夏服に開襟シャツの本宮が歩いて来る。
- 本宮
- 「今日、お仕事じゃないんですか」
- 一
- 「休息は必要だからな……というより仕事が無い(笑)
お前こそ学校か? もう休みなんじゃないのか」
- 本宮
- 「ほんとはテスト休みなんですけど、俺、園芸係なんで花
壇の水遣りにきたんです」
- 一
- 「あいかわらず、生真面目な奴だな。お前は」
思わず吹き出しそうになってしまう一。
そこへ
- 少年
- 「おーいっ!」
フェンスを越え、ファウルボールが飛んで来る。てんてんてん。野球の球が足元に転がる。
- 少年
- 「おーいもとみやぁ、取ってくれ」
ぶんぶんと手を振る、泥だらけのユニフォームの少年。
- 本宮
- 「おう」
ひょいと球を拾いあげ、軽く腕を振り、投げかえす本宮。ひゅっ……と空を切って白球が飛び、吸い込まれるように少年のグラブに収まる。
- 少年
- 「サンキュ」
- 本宮
- 「負けんなよ、北条」
- 少年
- 「まかしとけって。かっとばしてやるぜぇ」
軽く本宮に手を振り、きびすを返す少年。手を振りかえす本宮。白いシャツに夏の日差しが照り返す。
そんな少年たちの姿をまぶしそうに見詰める一。
もう、戻れない……自分は入っていけない世界。
- 本宮
- 「……どうしたんですか? にのまえさん」
- 一
- 「いや……なんとなくな。うらやましくなってな」
- 本宮
- 「何がですか」
- 一
- 「もう、俺は入っていけないんだよな」
- 本宮
- 「え?」
- 一
- 「ここは、お前らの世界なんだよな」
- 本宮
- 「にのまえさん?」
- 一
- 「俺は、もう通り過ぎてしまったから……」
遠くを見詰めるように……懐かしむように……続ける一。
- 一
- 「学校ってのは通り過ぎる場所なんだよな。帰る場所じゃ
ないんだよな。通り過ぎてしまってから……初めてわかる」
- 本宮
- 「通り過ぎる場所か……。まだ、俺にはわからないですね。
でも、いつか俺もそんな風に思う日が来るかもしれない」
- 一
- 「手に入らなくなったものほどよく見えるって言うしな」
めずらしく物憂げになっている一、そんな一の様子を見ながら遠慮がちに本宮が口を開く。
- 本宮
- 「戻りたい……ですか。にのまえさん」
- 一
- 「……戻れたらいいな」
遠く……見透かすような目になる一。
- 一
- 「でも、戻れないからこそ……愛おしいのかもしれない」
- 本宮
- 「そうかも……しれませんね」
- 一
- 「……本宮」
- 本宮
- 「はい?」
- 一
- 「この後時間あるか?」
- 本宮
- 「はい、暇ですけど」
とたんにさっきまでの物憂げな顔から一変し、いつもの笑顔になる一。
- 一
- 「なんか飯でも食ってくか」
- 本宮
- 「そうですね」
つられて笑顔を浮かべる本宮。
かきーん。その時、バットの澄んだ音と応援の歓声が響いた。
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