某日、夕食後。皿洗いの最中。
- 譲羽
- 『花澄、花澄、あれやって』
- 花澄
- 「あれって、しゃぼんだま?」
- 譲羽
- 『うん!』
- 花澄
- 「いいけど、まず、すこし洗い桶から離れてて」
- 譲羽
- 『離れたら、見えないもん』
- 花澄
- 「で、この前みたいに落っこちかけるの?(笑)」
木霊はしぶしぶながら、缶詰の置いてある棚へと移動した。
- 譲羽
- 『花澄、離れた』
返事の代わりに花澄は親指と人差し指の間に洗剤の膜を張り、それをふっと吹いた。譲羽の頭の半分くらいはありそうなしゃぼんだまが漂った。
- 譲羽
- 『わあぃっ』
ゆらゆらと流れてゆくしゃぼんだまを追いかけて、木霊は棚を降り、ててて、と隣の部屋まで駆け込んだ。精一杯伸ばした手の先に、降下してゆくしゃぼんだまが触れた刹那。
- 譲羽
- 『……あ(がっかり)』
しゃぼんだまはぷちん、と割れて、小さな飛沫を譲羽の頭に散らした。
- 譲羽
- 『割れちゃうの。……取れないの?』
- 花澄
- 「それは無理よ。大体本当に儚いものなんだから」
- 譲羽
- 『はかない?』
- 花澄
- 「壊れ易い、もろい、ってこと」
- 譲羽
- 『……ふうん?』
ことり、と木霊は首を傾げた。
- 譲羽
- 『はかないのに、飛ぶの? 何で?』
- 花澄
- 「え?」
じれったげに譲羽がばたばたと手を動かす。
- 譲羽
- 『飛ぶの、大変だよ。ゆず飛べないもん』
- 花澄
- 「……儚いから、飛べるんでしょう」
- 譲羽
- 『?』
- 花澄
- 「……多分ね(苦笑)」
ぷちん、と、触れるだけで壊れてゆくもの。それでもなお風に乗り、飛んでゆくもの。
- 花澄
- 「ね、ゆず。これどれくらい飛ぶか、やってみようか?」
- 譲羽
- 『うん!』
窓の網戸を肘で押し開けて。薄墨色の空に向かって、しゃぼんだまをつくる。浮かんだ球は、一瞬銀色に光った後、ゆるゆると遠ざかった。
- 譲羽
- 『……がんばれ』
- 花澄
- 「……ほんとに」
割れないように。譲羽の視界から消えるまでは、割れないように。
- 譲羽
- 『あ』
しゃぼんだまは二人の視界から、溶け出してゆくように消えた。
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