エピソード613『しゃぼんだま』


目次


エピソード613『しゃぼんだま』

某日、夕食後。皿洗いの最中。

譲羽
『花澄、花澄、あれやって』
花澄
「あれって、しゃぼんだま?」
譲羽
『うん!』
花澄
「いいけど、まず、すこし洗い桶から離れてて」
譲羽
『離れたら、見えないもん』
花澄
「で、この前みたいに落っこちかけるの?(笑)」

木霊はしぶしぶながら、缶詰の置いてある棚へと移動した。

譲羽
『花澄、離れた』

返事の代わりに花澄は親指と人差し指の間に洗剤の膜を張り、それをふっと吹いた。譲羽の頭の半分くらいはありそうなしゃぼんだまが漂った。

譲羽
『わあぃっ』

ゆらゆらと流れてゆくしゃぼんだまを追いかけて、木霊は棚を降り、ててて、と隣の部屋まで駆け込んだ。精一杯伸ばした手の先に、降下してゆくしゃぼんだまが触れた刹那。

譲羽
『……あ(がっかり)』

しゃぼんだまはぷちん、と割れて、小さな飛沫を譲羽の頭に散らした。

譲羽
『割れちゃうの。……取れないの?』
花澄
「それは無理よ。大体本当に儚いものなんだから」
譲羽
『はかない?』
花澄
「壊れ易い、もろい、ってこと」
譲羽
『……ふうん?』

ことり、と木霊は首を傾げた。

譲羽
『はかないのに、飛ぶの? 何で?』
花澄
「え?」

じれったげに譲羽がばたばたと手を動かす。

譲羽
『飛ぶの、大変だよ。ゆず飛べないもん』
花澄
「……儚いから、飛べるんでしょう」
譲羽
『?』
花澄
「……多分ね(苦笑)」

ぷちん、と、触れるだけで壊れてゆくもの。それでもなお風に乗り、飛んでゆくもの。

花澄
「ね、ゆず。これどれくらい飛ぶか、やってみようか?」
譲羽
『うん!』

窓の網戸を肘で押し開けて。薄墨色の空に向かって、しゃぼんだまをつくる。浮かんだ球は、一瞬銀色に光った後、ゆるゆると遠ざかった。

譲羽
『……がんばれ』
花澄
「……ほんとに」

割れないように。譲羽の視界から消えるまでは、割れないように。

譲羽
『あ』

しゃぼんだまは二人の視界から、溶け出してゆくように消えた。



連絡先 / ディレクトリルートに戻る / TRPGと創作のTRPGと創作“語り部”総本部