エピソード616『た・ま・ご』


目次


エピソード616『た・ま・ご』

昼休み、吹利学院高校中庭にて。本宮は母の手製弁当、フラナは購買のパン、佐古田はなんだか得体の知れないスープで、昼食をとっていた。

佐古田
「じゃかじゃあぁぁぁん(絶好調〜の音色)」
本宮
「飯の時くらいギター降ろせよ…」
フラナ
「ねぇねぇもとみー、タコさんウィンナ一個ちょ〜だいっ」
佐古田
「…(じーっと訴える視線)」
本宮
「わかったわかった、ほら」
フラナ
「わーいっ」
佐古田
「じゃいぃぃん(わぁい)」
そんなこんなで、昼食が続く。その時、不意に…

フラナ
「あれ?もとみー、これ…見て見て」
本宮
「ん、なんだ」
両手を差し出すフラナ。そこにあるのは直径三センチ程の小さな白いたまご。

本宮
「たまご?」
フラナ
「そこの草むらに転がってたの」
佐古田
「…(じーっと見る)」
本宮
「食うなよ、佐古田」
佐古田
「(しゅうぅ)」
フラナ
「だめだよぉ(たまごをかばう)何のたまごだろ」
本宮
「どっかの巣から落ちたんじゃないか(きょろきょろ)」
フラナ
「でも近くに巣みたいなのなかったよ」
本宮
「そうだよな、近くに木もないし、軒もないしな」
佐古田
「じゃかじゃん(どうする?)」
本宮
「ん〜ほっといてもしょうがないし」
しばし考える一同。そして、フラナ開口一番。

フラナ
「よし、僕があっためる!」
本宮
「はぁ」
佐古田
「じゃかじゃあぁぁん(あっためるぅ〜)」
フラナ
「僕があっためてこのたまごを孵す!」
本宮
「…無茶いうなよ、お前」
フラナ
「そんなの、やってみなくちゃわかんないよ」
本宮
「やってみなくちゃ…て…そんな事言っても」
フラナ
「やるったらやるの!ふふ、僕が絶対孵してあげるからね」
佐古田
「…じゃじゃん(言い出したらきかんぞ)」
本宮
「はぁ…こいつは…」
そして、学校を終え、ベーカリー。カランカラン

フラナ
「こっんにっちはぁっ!」
本宮
「どうも、店長さん」
佐古田
「じゃじゃん」
観楠
「いらっしゃい」
フラナ
「るーるーるん(くるくる)」
観楠
「どうしたのフラナくん?上機嫌だね。いいことあったの?」
フラナ
「ふふふ、あのね店長さん。実は僕、たまごあっためてるんだよっ」
観楠
「は?たまご?」
本宮
「(ぽりぽり)実は…」
かくかくしかじか

観楠
「なるほどね、それで」
本宮
「まあ、あいつらしいって言ったら、あいつらしいん
ですけど…」
観楠
「(ひそひそ)でも…無理じゃないかな」
本宮
「(ひそひそ)俺もそう思いますけど。でも、気が済むまでやらせて
やろうと…思って」
観楠
「子供は難しいからね」
本宮
「(汗)…あの、俺、同い年なんですけど」
そんな会話は聞いてないフラナ。

かなみ
「裕也お兄ちゃん、たまごあっためてるの」
フラナ
「そうだよっ!生まれたらかなみちゃんにも見せてあげるね」
かなみ
「うん!うれしいっ。裕也お兄ちゃん、おとうさんになるんだ」
フラナ
「ふふふ、そうだよっ」
はしゃぐ子供(?)二人、そんな二人を見ながら…

花澄
「(にこ)可愛いですね、孵ればいいな」
御影
「(汗)しかし、相当むりがないか」
「だからって、子供は割り切れないですからね」
訪雪
「…あのちび助は高校生だった気がするが」
そして、その夜。富良名の自宅にて。すりすり…

フラナ
「僕がお父さんだからね」
たまごにほお擦りするフラナ。とくん…とくん…かすかに…聞こえる鼓動…ほのかに暖かいたまご。それに、なんだか…一回り大きくなっているような気がする。いや…気のせいかもしれないのだが。翌日。再び、吹利学院高校中庭にて。

フラナ
「もとみー、なんか一曲弾いて」
本宮
「なんだ、いきなり」
フラナ
「音楽を聞かせてあげるの、この子に(たまごをしまった懐を
指差し笑顔満面)胎教に」
本宮
「…ああ、わかった(好きにさせるか)」
佐古田
「(ギターを構える)」
本宮、佐古田二人でギターを奏でる。流れるようなささやくような優しい音色が中庭に響く…ほどなく…

フラナ
「みゅう…ぐぅ…すーすーすー」
本宮
「やれやれ、寝たか。まったく懐のたまごがつぶれるぞ…」
気持ち良さそうに寝ているフラナの懐からたまごを取り出そうとする本宮。

本宮
「ん?…(がさがさ)これは?」
ゴロン…と懐から転がり出てきたのは…大人の握り拳大はあるたまご。

本宮
「ん…なっななななんだ、これっ!」
佐古田
「じゃぃぃぃぃん(なんじゃこりゃ…)」
昨日の…たまご…だろう、多分。確か三センチ程の大きさだったはずだったのが…

フラナ
「みゅ…う…あ、寝ちゃった。あーっ昨日より大きくなってる」
本宮
「おっおっ大きくって…お前…」
フラナ
「きっと音楽聞かせたのが良かったんだよ」
本宮
「そ…そ…そんな奇天烈なたまごがあるかぁ!」
フラナ
「あるもん!ここにっ!」
佐古田
「びよよよん(どんなたまごだ…)」
フラナ
「この子は絶対僕が孵すんだからねっ!絶対にっ!」
本宮
「おっおい、フラナ、待てよ!」
たまごを抱え駆け出していってしまうフラナ。その姿を呆然と見送る本宮、佐古田。

本宮
「なんなんだ…あのたまごは…」
そして…午後の授業。教室にて…

本宮
「あいつ…どこいった、授業はじまるぞ」
佐古田
「…(あのたまご…ひっかかる)」
フラナは午後の授業に出てこなかった。

フラナ
「ふぅ…」
午後の日差しが照り付ける、いつもの風が吹き抜ける草原。懐からたまごを取り出す、いつしかたまごはラグビーボール程の大きさになったいた。暖かいたまごを頬に当てる。とくん…とくん…だんだん鼓動がはっきりと聞こるようになってくる。

フラナ
「早く孵らないかな…大丈夫だよ、僕が守ってあげるからね」
微笑み、そっとたまごを抱きかかえる。とくん…その時、また一回りたまごが膨らんだ。

「……………!…………!?」
遊児
「?」

「声」にならない「声」が遊児の頭に響く。すぐ近くに「何か」の「気配」。
 「視覚」が自動的に調整され、「何か」の「力場」を色彩に変換する。遊児の頭上を「蛍」大の「光球」が幾つか飛び交い、しきりに何かを話しているようだ。

遊児
「この「味」からすると「妖精」の一種かな?何をもめているんだろう?」
彼にしては珍しく、「焦燥」、「悲哀」、「激励」などの「感情」がかきたてる
 「食欲」よりも、もめているらしい「妖精」たちへの「好奇心」が勝った。

遊児
「何をもめているんですか?」

「好意」、「疑問」の「意思」を彼らに放つ。

「…………?!……………?」

「警戒」、「恐怖」の「香り」。

遊児
「別に怪しい者じゃないですよ。私でよければ力になりますけど」

「友好」、「協力」の「意思」を伝える。しばらく、「光球」たちがざわめき、話しがついたのか「光球」の一つが目の高さまでゆっくりと降りてくる。

「…ガ…テ…レル?タ…ゴ…!?」
遊児の頭に「草に抱かれた小さな白い「卵」」のイメージが浮かぶ。
 「卵」ー「濃縮された圧倒的なエネルギーの塊」。

「サガ…テ!……シテ!」

「光球」たちは一斉に強力な「意志」をぶつけてくる。

遊児
「えーと、その「卵」を探せばいいんですか?」
逸る「食欲」を押し殺し、強烈な「好奇心」と「探求心」を送り返す。

「…………!!」

「肯定」、「感謝」が周囲を震わせる。

遊児
「分かりました。お手伝いしますよ」
「…リ…ト…!」
再び遊児の頭にイメージが浮かぶ。
 「真っ白な繭」、「奇麗な蝶」、「毒々しい蛾」。

「オ…ノコ…ロヲ…ッテ…セイ…ョ…スル……」
遊児
「無垢な、それ故に何にでもなれる存在ですか。確かに、急いで探さ
ないといけませんね」
遊児の顔が引き締まる。

遊児
「長時間「体」を放っておいても邪魔が入らず、消耗をすぐに回復でき
る場所……あそこにしましょう。ついてきて下さい、皆さん」

「光球」たちを引きつれて遊児はべーカリーに向かった。カラカラン涼しげなベルを鳴らし店内に入る。珍しく常連客たちの姿はない。

観楠
「いらっしゃい」
遊児
「こんにちは、店長さん。少し、涼ませて下さい」
観楠
「別に構いませんよ。何か注文は?」
遊児
「一眠りしますので、寝醒めにおいしい紅茶をお願いします。ミルク多め
で。少々の音では起きませんから、騒がしくても大丈夫ですが、「体」に
は触らないで下さい」
観楠
「何故です?」
遊児
「二度と目覚めないかも知れませんから」
冗談のような軽い口調で、しかし本気とも取れる真剣さを交えて遊児が言う。

観楠
「分かりました。他のお客さんにもそう言いますよ」
遊児
「お願いします」
喫茶コーナーの一番奥の座席に陣取り、座席と壁に体を預ける。一瞬後、遊児は規則正しい寝息を立てていた。
  からんころん。

花澄
「こんにちは」
観楠
「こんにちは、花澄さん……とゆずちゃん」
譲羽
「ぢい(満足)」
花澄
「すみません、コーヒー一杯頂けますか?」
観楠
「あ、はい」
花澄
「今日は皆さんいないんですね……て、あら」

喫茶コーナーの隅、一番目立たない席に座っている……もとい寝ている青年が
  目に入ったらしい。
 

花澄
「あの人は……ええと、」
”地龍を食べた者”
花澄
「ああ、成程……」
観楠
「あ、花澄さん、あの人には触らないでください、とのことです」
花澄
「は?」
観楠
「寝込む前にそう言ったんですよね。『二度と目覚めなくなるから』
とか何とか」
花澄
「……物騒ですね」
極彩色の文様が乱舞する。
 「入眠幻覚」と呼ばれる遊児にはお馴染みの「夢見」に入る感覚。
 「意識」は醒めたままその「位相」をずらす。
 「覚醒」から「夢見」へ。
 「輝き」でしかなかった「光球」たちが、「羽の生えた妖精」の姿に変わる。だが、これが彼らの「本当の姿」という保証はどこにもない。遊児にはそのように「見える」というだけのことでしかない。

遊児
「さて、「卵」を最後に見た場所へ案内して貰えますか?」
妖精
「分かりました。ご案内します」

「体」を離れ、店の「天井」を通り抜けて外へ出る。妖精たちが呼んだ「風」に乗り、瞬きの内に目的地に到着する。

遊児
「学校!?」
妖精
「「………」様(遊児には聞きとり不可能)は、ここで我々の下を離れ、
自ら何処かへ行ってしまわれた。ここは、「人」の「気」が強過ぎて、
我々では「………」様の「気配」を辿ることができないのです。
「見者」よ、どうか「………」様を探して下さい。あの方が「染まって
しまう」前に」
遊児
「そのつもりです。だから「体」を置いて来たんですよ。探索に邪魔です
からね」
そう言いながら「気配」を探る。妖精たちの「記憶」にあるのと同じ「気配」を。

遊児
「あそこです!」
空から、落ちるような勢いでその場所に向かう。枝を広げた広葉樹が何本かと芝生が植えられた「中庭」と思しき広場。芝生の茂みに、「痕跡」とは思えないほど強力な「力の輝き」がある。

妖精
「確かに、「………」様の「痕跡」です。ここに居られたのは間違いあり
ません……」
遊児
「問題はここから何処へ行ったか、ですね」
遊児が周囲を見回す。
 「何か」が彼の視線をかすめた。

遊児
「誰ですか?私は危害を加えるつもりはありません」
恐る恐るといった様子で、小人が姿を表す。

遊児
「こんにちは」
小人
「こ、こんにちは」
遊児
「今日も良い天気ですね」
それからたわいもない話しを続ける。少しずつ、小人は遊児に打ちとけ始める。

遊児
「………そう言えば、この「痕跡」は何なのでしょうね」
小人
「僕たちの「友達」が拾った「卵」の「残り香」だよ」
妖精が会話に入って来ようとするのを無言で制し、何食わぬ顔で続ける。

遊児
「へえ、「卵」ですか」
小人
「うん、きらきら光って、とても奇麗だったよ。「友達」は「温める」って
言ってた」
遊児
「温めて、「卵」をかえすんですか?」
小人
「そう。それに、音楽も聞かせてたよ。「友達」は「ぎたあ」が上手なんだ。
弾いてたのは「友達」じゃなかったけど」
遊児
「「ぎたあ」?」
小人
「君は「ぎたあ」が弾けないの?本当に「人」なの?」
どうやら、この小人は「人」なら誰でも「ギター」が弾けると思っているようである。

遊児
「「ギター」を弾けない「人」もいますよ。すると、貴方の「友達」、その
「卵」を拾ったのは「人」なんですね?」
小人
「そうだよ」
遊児
「その「友達」の「人」にはどうすれば会えますか?私も友達になりたい
んですけれど」
小人
「僕たちの「広場」においでよ。「友達」はよくそこで「ぎたあ」の練習をし
たりしてるよ」
遊児
「そうですか。じゃあ、貴方たちの「広場」へ案内して貰えますか?」
小人
「うん。ついて来なよ」
そう言って小人は駆け出した。
  その頃…草原のフラナ。いつしかたまごを抱えて眠ってしまっていた。腕の中のたまごは、今では五十センチほど…両手やっと抱えるか抱えられないかという程の大きさになっていた。

フラナ
「みゅう…すー…むにゃ…」
眠りながらも、たまごを離さないフラナ。とくん…とくん…穏やかな寝息と同じく、鼓動を打つたまご…膨らんでいくたまご。だんだん内側からかすかな光を帯びてくる。

フラナ
「う…あ…あれ?…寝ちゃった…」
のろのろと起き上がるフラナ。その腕の中には…

フラナ
「わ…あ…」
ゆうに一メートルは超える直径、耳を寄せなくても聞こえてくる鼓動の音、内側からぼんやりと光を帯びたたまご。とくん…とくん………ぴしっ呆然としているうちに、一筋…たまごに小さくひびが入る。

フラナ
「うわっ?!」
無数に走ったひびから光がこぼれる。一瞬、まばゆい光が草原一帯を照らす。ちかちかとする目をこすりながらフラナが見たものは…ばさっ…うなる音が聞こえる…途切れかけた視界に白くかがやくものが映る。大きく広げられた真っ白な翼…

フラナ
「わあ…」
そこには、真っ白な翼をはためかせた女の子。柔らかそうな茶色がかったショートの髪、大きな愛敬のあるこげ茶の瞳、透き通るような白い肌。美しいというより、愛らしいといった言葉がふさわしい少女。ほのかに頬を桜色に染め、柔らかな薄手の布をまとい、優しく微笑んでいる。

フラナ
「…天使?」
その姿は、小さな頃、思い描いた天使の姿そのままの姿。しかし、その顔は…

フラナ
「僕?」
その顔は、紛れも無くフラナそのものの顔立ち。自分より線が細い…自分に無い神秘的な雰囲気、すべてを差し引いてもまったくと言ってい程、自分にうりふたつなのだ。目と目があう、にっこりと愛敬のある笑顔を浮かべる。

天使
「おとーさんっ」
フラナ
「うわっととと」
翼をひらめかせ飛びついてくる、暖かいひなたの匂いがする。甘えるような声でしきりに話し掛けてくる。

天使
「おとーさん…おとーさんっ」
フラナ
「…そう…だよね、僕のたまごだもんね」
天使
「わぁい!おとーさん!おとーさん大好きっ!」
フラナ
「おとーさんかぁ…ふふふっ」
天使の言葉を確かめるように、一字一句ゆっくりと噛み締める。手を握り、こぼれるような微笑みを浮かべる。

フラナ
「よぉしっ!僕がおとーさんだからねっ」
天使
「うんっ、ねぇおとーさん、名前、名前欲しい!」
フラナ
「名前…なまえ…どうしよう?」
考え込んでしまうフラナ、その周りをひらひら元気いっぱいに飛び回る天使。

フラナ
「よぉしっ!決めた、るーちゃんだ」
天使
「るー?」
フラナ
「富良名留宇、るーちゃん。今日から、君はるーちゃんだよ」
るー
「るーちゃん!るーちゃん!」
手に手をとってくるくると草原を踊る二人。まるで仲の良い双子がじゃれあっているように見える。

フラナ
「そうだ、もとみーや佐古田も紹介してあげるね」
るー
「ううん、るー知ってる。ギターの人たち」
フラナ
「そう言えば、聞かせてあげたもんね、ギター」
るー
「うんっ!るー、ギター大好き。るー、もとみーも佐古田も大好き」
フラナ
「まだまだいっぱいいるよ!瑞希姉ちゃんとか、
花澄さんとか、顕先輩に琢磨呂先輩、チカちゃんも、
そうだ!かなみちゃんにあわせてあげるって約束したんだ」
るー
「かなみちゃんと約束、会いに行く!」
フラナ
「よし!ベーカリーに行こう」
天使の手をとって走り出そうとするフラナ。しかし…

天使
「おとーさんっ!飛ぼう」
吹き抜ける風が前髪を揺らす、一瞬体がはじけるような感触が襲う。

フラナ
「え?」
不意に体が羽のように軽くなる。いつしかフラナの背に、天使と同じく真っ白な翼が風にひらめいていた。ばさっ!羽音が聞こえた時、もう、二人の姿は空に消えていた。

小人1
「こっち、こっち!」
小人の先導で遊児と妖精は彼の言う「広場」にやって来た。

遊児
「なかなか良い土地ですね」

「龍穴」ー大地の力が噴水のように吹き出す穴が草原に無数にあり、「輝く命の息吹」を浴びている植物たちも、他とは違う強い「輝き」を放っている。周囲を見渡すと、草の影からこちらを覗いている小人があちこちにいる。

遊児
「こんにちは」
遊児が微笑みながら挨拶すると、その内の何人かが彼に寄って来た。

小人2
「君は誰?」
小人3
「何しに来たの?」
小人4
「何で僕たちの言葉が分かるの?」
たちまち質問攻めにあう。それらに一応丁寧に答えてから話しを切り出す。

遊児
「………ところで、ここによく来る少年が「卵」を持ってませんで
したか?」
小人2
「うん、来てたよ」
小人3
「お昼寝してた」
小人4
「そこで」
小人が指さす先には学校にあったのと同じ「痕跡」と、飛行機雲のように鮮やかな「力の軌跡」が空へ向かって伸びていた。

妖精
「………!!」
遊児
「何があったんですか?」
小人2
「卵から女の子が生まれたの」
小人3
「僕たちの友達を「おとーさん」って呼んでた」
小人4
「一緒に飛んでっちゃった」
遊児
「何処へ行ったか分かりませんか?」
小人2
「えーと………」
小人3
「「かなみちゃん」に会うって言ってた」
小人4
「違うよ、「べえかりい」に行くって言ってたんだよ」
遊児
「そうですか。大変参考になりました。どうもありがとう、
皆さん」
遊児は小人たちに丁寧に礼を言うと、呆然自失の状態に陥った妖精に話しかけた。

遊児
「何時まで惚けているつもりです?それとも、生まれてし
まったら、もう探す必要がないのですか?」
妖精
「そ、そういう訳では………いや、しかし………」
妖精は何かひどい衝撃を受けているようだった。

遊児
「取り敢えず、彼らの行き先が分かりました」
妖精
「ど、何処です!?」
遊児
「私の「体」を置いて来た所です。私は先回りしますから、
貴方はこの「軌跡」を追って下さい」
妖精
「分かりました」
遊児
「では、べーカリーで会いましょう」
その言葉を残し、遊児の「姿」がかき消すようになくなった。

”帰って来た”
花澄
「え?」
観楠と雑談をしていると、花澄の頭に声が響く。同時に、眠っていた青年の体が僅かに震えたかと思うと、目を開いた。

遊児
「店長さん、目が醒めるような紅茶お願いします」
大きく伸びをしながら、遊児はそう注文した。

観楠
「どうやら無事に目覚めたみたいですね」
遊児
「ええ、お蔭様で」
紅茶を受けとりながらそう答える。眠っていた筈なのに、まるで重労働を終えたばかりのように疲れた声で。「幽体」が抜けていた為、代謝機能が低下し、「肉体」はすっかり冷えきっていた。

花澄
「(小声で)生きてらっしゃるようで、何よりですね」
観楠
「(同じく小声で)何だったんでしょうかね」
と、花澄の肩の上に乗っかっていた木霊が、ぢい、と鋭く一声鳴いた。

譲羽
『食う。あの人』
花澄
「は?」
譲羽
『食べるの。ゆずのこと。ゆずの思っていること』
意味はよく分からなかったが、譲羽が警戒しているのは確かである。

花澄
「食べる?ゆずを?」
譲羽
『ゆずを、じゃないの。でも、ゆずのこと、を食べるの』
花澄
「……わかった、尋ねてみるわ。ゆず、ここにいて」
今まで座っていた椅子に譲羽を腰掛けさせる。そして花澄は奥の席に近づいた。

花澄
「あの、申し訳ありません」
遊児
「はい?」
花澄
「不躾で申し訳ないんですが……何を召し上がろうとされてるんですか?」
そう言われて、遊児は、自分が無意識に周囲のエネルギーを食べようとしていることに気づいた。ふと見ると、自分に話しかけている女性の連れー多分、「精霊」の一種ーは強い恐怖を発散している。そして、この女性の周囲には、彼女が連れている精霊とは比べものにならないエネルギーが渦巻いている。遊児は正直に答えることにした。

遊児
「すみません。どうやら連れの方を恐がらせてしまったみたいですね」
花澄
「質問に答えて頂けませんか?」
遊児
「これは失礼しました。連れの方の感情エネルギーを食べようとして
しまったようです」
花澄
「感情エネルギー?」
遊児
「ええ。別にエネルギーなら何でも構わないのですが、無意識は正直
ですから。一番美味しいものを狙ったみたいですね」
女性を取り巻くエネルギーの圧力が一層険しくなる。

花澄
「ゆず…いえ、あの子を食べようとしたんですか?」
遊児
「正確には、連れの方が周囲に発散されている余剰の感情エネルギー
を、ですが」
花澄
「どう違うんです?」
遊児
「周囲に発散されている感情エネルギーを食べても本体には何ら影響
はありません。要は汗を食べているようなものですから」
波が引くように女性の周囲が穏やかになる。

花澄
「わかりました(安堵)」
譲羽
「ぢいぢいっ!(でもこわいのっ!)」
花澄
「はいはい…あの、それでもやっぱりあの子、恐いみたいで…召し上がるなら
他のものにしていただけません?」
遊児
「ええ、そうします。無意識にやってしまったこととは言え、連れの
方を恐がらせてしまいました。どうもすみません」
遊児は丁寧に謝罪した。と、その時、

譲羽
「ぢい(何か来る!)」
花澄
「今度は何?」
木霊が鳴き声をあげるのとほぼ同時に光球が天井を通り抜けて飛び込んで来る。

花澄
「あれは?」
”言わば妖精”
花澄
「何だって……とにかく通訳お願い」
妖精
「(み、見失ってしまいました!)」
遊児
「ちょっと、待って下さい。この状態では貴方が言っていることはよく
分かりませんから」
花澄
「見失った、とか仰っていますけど、何のことです?」
遊児
「ああ、貴女はそのままでも「聞ける」んですね。じゃあ、すぐ説明し
ますから、そこに座ってちょっと待って下さい」
一息に残りの紅茶を飲み干し、体を椅子と壁に預ける。目は半眼にし、意識の位相をずらし、幽体を肉体から僅かにはみ出させる。地脈からエネルギーを限界一杯まで吸い上げ、肉体に十分な蓄えを作る。

遊児
「これで4、5時間は持ちますね。さて、一体どうしたんですか?」
幽体がそう言うと、肉体の方もそう語りだした。観楠から見ると、遊児と花澄が普通に会話しているようにしか見えない。

妖精
「あの後、軌跡を追ったのですが、途中から別の軌跡が重なったりして
いて、追跡に手間取っている内に軌跡が消えてしまいました」
遊児
「それは妙ですね?それに、そろそろここに着いてもよさそうなもの
ですし」
妖精
「では、こちらにも来て居られないのですか!?」
そのまま妖精は硬直してしまう。そこへおずおずと花澄が口を挟む。

花澄
「あの、軌跡って何なのですか?」
遊児
「この方が探している方の力の痕跡みたいなものです」
そう言って、遊児は事情を説明した。妖精たちの「卵」探しに協力し、肉体をここに残し、幽体となって探索していたこと。草原の小人たちによると、ギターの得意な少年がその卵を拾い、その卵から生まれた者と一緒に飛んで行ってしまったこと。その少年はこのべーカリーに来ると言っていたので、自分は先回りする為に肉体に戻ったこと。少年と卵から生まれた者は何故か未だに姿を見せず、妖精も軌跡を見失ってしまったこと。

遊児
「………ああ、そう言えば、その少年はこちらの常連の方だと思うので
すが、心あたりはありませんか?」
花澄
「……ええ、あります(苦笑)。ついでに、二人がここに着いてない
理由にも」
遊児
「それは是非教えて下さい」
花澄
「その少年って、フラナ君……富良名裕也君だと思います。彼だったら
ここに来ない…来れないかも」
遊児
「理由は?」
花澄
「……多分、迷子になってるんだと思います。フラナ君、筋金入りの方向
音痴ですから(苦笑)」
妖精
「……では、どうしたら……」
花澄
「調べてみましょうか?……出来る?」
さわ、と、ベーカリー内の空気が動いた。

花澄
「フラナ君、今どこ?見ることは出来る?」
たちまち花澄の脳裏に画像が浮かぶ。白い羽根を付けたフラナと、彼そっくりの、やはり白い羽根を付けた少女。……が。

花澄
「……どこだろ、ここ(汗)」
遊児
「どこにいるんですか?」
花澄
「あの、ええと、空しか見えなくって……で、これどこ?」
視野が、フラナ達二人の下へ、と落ちる。

花澄
「そんな、上から見たってわからない……方向は?」
風が彼女の腕を吹き上げた。その方向が少しずつ変わってゆく。二人はかなり速く飛んでいるらしい。

妖精
「もしかして、遠ざかっていっていませんか?」
花澄
「そうかもしれません……」
困惑している二人。そこで。店の前に白いバンが停止し、ドライバーが下りてきた。からんころん。

豊中
「こんにちは。………花澄さん、なにをしているんです?」
花澄
「ええっと…………」
風が笑う。感情波を含む風。花澄と日下の感情波情報と今まで花澄との付き合いで得た花澄の個人思考データ、そして風のリアクションから状況を推定すると…………

豊中
「情報収集中…………はいいんだが、花澄さんは理解してないようだぞ?」
花澄
「あのう……………ちょっと、手伝っていただけます?」
豊中
「構いませんよ。あ、店長、ミルクティをお願いします。
それで、なんです?」
花澄
「今、フラナ君の居場所を探しているのですけれど、よく判らないんです」
豊中
「?しかし、あなたのお友達はそういう事は得意でしょう」
花澄
「ええ。でも、上からの眺めしか判らないんです」
豊中
「地図との照合は?……………って、苦手ですか」
そのことだけは瞬時に理解する豊中。

花澄
「ですから、豊中さんに私が得ている情報を読んでいただいて、場所を
教えていただけるとありがたいんです(苦笑)」
豊中
「いいですよ」
日下にちらっと目をやり、観楠からミルクティを受け取って代金を支払うと、豊中は喫茶コーナーに戻って腰を下ろす。花澄も、日下から離れた場所に座った。

豊中
「手を」
花澄
「お願いしますね」
テーブルの上で、二人の手が重なる。同時に、上空からの画像が豊中の意識に流れ込んできた。目印となる構造物を特定するのに、少々時間がかかる。

豊中
「………………ずいぶん離れた場所ですよ?おまけに明後日の方向めがけて
高速移動してますね(呆)」
遊児
「追いかけませんと」
豊中
「車でもない限り、追いつきませんねえ」
遊児
「そうですか…………出していただけませんか?」
バンに目を止めて、日下が言った。豊中は片方の眉をあげただけ。

花澄
「豊中さんはお仕事中でしょう?」
豊中
「花澄さんの希望があれば車は出しますよ(笑)。配達が終わったところで
すから、あとは店に帰って今日の仕事は終わりですし」
遊児
「すみません」
遠慮がちに日下が声をかける。

豊中
「なんでしょう?」
遊児
「勝手なお願いだとは思いますが、彼らの現在位置と進行方向を教えて頂
けますか?できれば、手頃な目印も」
豊中
「手頃な目印、ですか?‥‥‥‥」
なぜかちらっと花澄を見る豊中。花澄は手助けをしたいらしい。

豊中
「それより、地図があった方が良いでしょう。ちょっととってき
ます」
バンに積んであった地図をとり、戻るまで一分弱。再び花澄の協力を得て、場所と方位を特定。

豊中
「‥‥‥‥‥現在の彼らの位置は、ベーカリー南西10キロですね。
先ほどの位置がベーカリー南西‥‥‥‥9キロってところですか。
時速60キロで移動中ということになりますね。
手頃な目印は‥‥‥いや、距離と速さの情報だけで追った方が速い。
目標物を探している時間をロスするだけである可能性がある」
遊児
「どうもありがとうございます」
礼を言いながら、日下は肉体から抜け出した。

豊中
『(居候に)‥‥‥‥危険な真似をする奴だな』
花澄
「あの、ちょっと待って下さい!」
遊児
「……はい?」
抜け出しかけた体に戻るぶん、返事に間が開く。

花澄
「あの、私も行きますから……ええとあの……お名前なんでしたっけ?」

『あの、すみません』で呼びかけるつけがまわってきたというべきか。

遊児
「日下、といいますが」
花澄
「日下さん、そのまま行ってもフラナ君気付かないんじゃないかと
思うんです。だから直接行ったほうがいいです」
小人達に気がつかないフラナが、幽体になった遊児に気付くかどうか怪しいものがある。

花澄
「私が直接行くんなら、道、わかります。早く行かないと
フラナ君って確信持って迷うから」
言いながら立ち上がりかけたところへ、

豊中
「車でもない限り、追いつきませんよ、花澄さん」
花澄
「え、じゃ……ええと、あの」
花澄の視線がまず、ベーカリーの片隅の電話に向かう。

花澄
「(あ、でも行き先、説明出来ないんだっけ……)」
しみじみと、情けない話である。

花澄
「(口の中で)……どうしよう?」
風がふわ、と揺れ、花澄の視線を外へと引っ張った。

花澄
「あ……。あの、申し訳ありません、豊中さん」
豊中
「はい?」
花澄
「あの、もし……あ、でもお仕事中……ですよね……」
豊中
「車ですか?」
花澄
「はい…」
豊中
「花澄さんの希望があれば車は出しますよ(笑)。配達が終わったところで
すから、あとは店に帰って今日の仕事は終わりですし」
豊中
「それじゃあ店長、また後で」
観楠
「ありがとうございました」
からからん店を出て、バンの助手席のドアを開ける豊中。

豊中
「花澄さんはこちらに乗って下さい。日下さん、あなたは
申し訳ないが後部に。どこかにつかまっていた方がいいですよ」
後部座席‥‥‥いや、座席は取り払われて、機材の山がうまく詰められている。そこに隙間を見つけて、日下は座り込んだ。豊中はジャケットを脱ぎ、脱いだそれを道具箱の上に放る。

遊児
「(‥‥‥‥‥ずいぶんひどい傷が残ってますが、動物に噛み
つかれたのでしょうか?)」
いつぞやの騒動で残った傷が、カッターシャツの袖では隠し切れずに見えている。

豊中
「花澄さん、俺の肩に手を置いて下さい」
言いながら、すでにエンジンをかけている豊中。

豊中
「日下さん、気をつけて下さいよ」
話しながら、発進。遊児の体が一瞬揺れ、後ろに置いてあった機材にまともに頭をぶつけた。

遊児
「(乱暴だなあ)」
花澄
「あの‥‥‥‥大丈夫ですか?」
遊児
「あ、はい」
豊中
「ちょっとスピードを上げる必要がありそうです、しばらく我慢
して下さい」
悪気はないのだが、所詮は北関東育ちと言うことか。

遊児
「(うわっ、ぶつかる!?)」
豊中
「花澄さん、もうちょっと強くイメージして下さい(平然)」
ダンプの横を猛スピードでかすめてバンは走る。

遊児
「あと、どれほどかかると思われますか?」
花澄
「それは何とも……まだ距離はありますから」
花澄は目をつぶっている。その方が風からのイメージをはっきりとさせやすい。

”しばらくは、このまま真っ直ぐ”
花澄
「はい」
花澄はつぶっていた目を開くと、後ろを振り返った。

花澄
「あの、日下さん、唐突なんですけれども……お幾つです?」
遊児
「は?」
花澄
「29歳以上、ではないですよね?」
遊児
「はあ」
花澄
「じゃ、年寄りの権限発動」
笑いながら、花澄は、首を傾げている遊児に言った。

花澄
「そこまで丁寧に喋らなくてもいいですよ。私までつられて
丁寧語になるじゃないですか」
遊児
「はあ、でも」
花澄
「年寄りに肩を凝らせちゃいけません(にこ)」
遊児
「分かりました。努力させて頂き……じゃなくて、努力します。



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