真夏の午前2時の京大吹利キャンパスにて。そこら中の研究室の窓から光が漏れている。コンビニからパンを買ってきた狭淵美樹。
(ぱたぱたぱた) 前をあけた白衣の下に着たTシャツの胸の部分をつかんで風を入れる。さすがに人通りはない。
- 美樹
- 「暑いですねぇ」
誰にともなく呟く。独り言なのだが。
- 声
- 「まったくじゃ」
しゃがれた男の声。美樹は軽く眉をひそめる。立ち止まる。振り返る。
- 美樹
- 「こう暑いと、たまりませんからねぇ」
- 声
- 「昔はもう少し涼しかったもんじゃがのぅ……」
美樹の夜間視力は悪くはない。しかし、声の主は見つからない。
- 美樹
- 「吹利は盆地ですからね。熱気が篭もってしまうんでしょ
う」
風はそよとも吹かない。いや、さっきまでは確かに少しは風があったはずなのだが。
- 声
- 「そうじゃがのぅ」
- 美樹
- 「クーラーの廃熱もありますしね」
- 声
- 「昔は、そんなもんはなかったんじゃ」
- 美樹
- 「自然の風の方がいいと言えばいいんですがね」
- 声
- 「みんなクーラーなんぞ、止めてしまえばいいんじゃっ!」
- 美樹
- 「そういうわけには行かないでしょうけどね」
- 声
- 「いや、止めてしまえばいいんじゃぁ〜〜っ!」
風が吹く。熱気をはらんだ、風。普通なら生暖かい風とも言うだろう。美樹の白衣の裾が、揺れる。
- 美樹
- 「おや……、いい風ですね」
押し黙る気配。
- 声
- 「……お主、なにものじゃね」
- 美樹
- 「学生ですけど」
- 声
- 「そうか、ここの学生か……ところで、お主、幽霊は信じ
るかの?」
- 美樹
- 「はぁ……まぁ」
二人ほど下宿に居候しているとも言えず、曖昧な返事でお茶を濁そうとする。
- 声
- 「そうか、信じるか。実は、儂は幽霊でな」
- 美樹
- 「……そうなんですか……道理で見えないわけですね」
- 幽霊
- 「しかも、この地に縛られておるのじゃ」
- 美樹
- 「(いわゆる地縛霊ってヤツですか……?) ……要するに
退屈なんですか?」
- 幽霊
- 「……今まで、儂に向かって退屈かと聞いたのはお主が初
めてじゃ」
- 美樹
- (幽霊って基本的に退屈しているんだろうか? 琴さんの
時もそうだったし)「そうかもしれませんね」
- 幽霊
- 「じゃがな、儂が苛立っているのは退屈だからではないっ!
断じてないっ!」
- 美樹
- 「どうしたんですか?」
- 幽霊
- 「儂は暑いのが嫌いなんじゃっ!」
- 美樹
- 「……はぁ」
- 幽霊
- 「そもそもじゃな……(中略) ……というわけじゃ」
その間、約20分。
- 美樹
- 「要するに、クーラーの室外機から吹き出す風が熱い、と
いうわけですね」
- 幽霊
- 「その通りじゃっ! あれをなんとかせいっ!」
- 美樹
- 「……そうですね……、(冷蔵庫に氷の作り置きがありま
したね) 氷でも持ってきてあげましょうか?」
- 幽霊
- 「おぉっ、それはかたじけない」
翌日、開店直後のベーカリー楠。美樹以外は誰も来ていない。
- 美樹
- 「……てなことがありましてね」
- 観楠
- 「で、どうしたんですか(汗)?」
- 美樹
- 「あとで、おんなじ場所に氷持っていってあげましたが」
- 観楠
- 「えっと、美樹さん……」
- 美樹
- 「ご老人は大切にしなくてはいけませんからね。あ、店長、
コーヒーお代わり頂けませんか?」
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