松蔭堂の夏の午後。網戸に止まった蝉が暑苦しく鳴く中、茶の間の窓だけが締め切られている。
- 直紀
- 「こんにちはぁ! 一さん、ほーせつさん、御隠居さん!」
玄関の扉を勢いよく開けて、ばたばたと廊下を走ってくる直紀。茶の間と廊下を隔てる障子を開けると、涼しい風が……中から、流れ出した。
- 直紀
- 「わあ、涼しい……クーラー入れたんですか?」
返事はない。部屋の中央の卓袱台を挟んで、訪雪と、そして豊中が、無言で座っている。
- 直紀
- 「あ、豊中さんも来てたんですか。こんにちはぁ」
沈黙。
- 直紀
- 「うにゅう……ほーせつさんも豊中さんも、返事もしない
で一体どーしたんですか?」
隣の客間で麦茶を啜っていた凍雲が、笑って手招きする。
- 凍雲
- 「無駄じゃよ。無駄無駄。二人とも全然聞いてやせん。
それよりこっちへ来て、観戦していってはどうだの」
- 直紀
- 「はぁい(ぱたぱたぱた)
あの二人……どうかしたんですか?」
- 凍雲
- 「うむ。この間注文しておいたエアコンを、豊中君が取り
つけに来てくれたんだがの。
茶を飲みながらだべくるうちに、ゲームの話になって」
卓袱台の中央に置かれた箱を掌で叩いて、訪雪が口を開く。
- 訪雪
- 「『ロック』は不可だ。これは五人以下でプレイするもん
じゃない」
- 豊中
- 「俺もそれは同感です。(畳の上から箱を取り上げて) 個
人的には『孫子』か『マキャベリ』を推しますね」
- 訪雪
- 「この儂に戦略ゲームをやれと? だいいち『孫子』こそ、
七人揃わなきゃ何の面白みもないじゃないか」
- 豊中
- 「確かにね。じゃあ『タイタン』」
- 訪雪
- 「流石にそいつはやったことがないなあ。もっとスタンダー
ドなのはないかね」
- 豊中
- 「じゃあぐっとポピュラーにして……『大富豪』は?」
- 訪雪
- 「トランプ系はローカルルールが多すぎる。よく売ってる
やつで『身体衰弱』はどうだ」
- 豊中
- 「……野郎二人で、それ系のパーティゲームですか(汗)
それに若大家、あなたが先にへばるのは自明ですよ」
観戦席から。
- 直紀
- 「みゅう……何言ってるのか、全然判んないよう」
- 凍雲
- 「なんでも二人とも、高校大学と、あの手のゲームを遊び
倒したそうじゃからの。話が濃くなるのも無理ないて」
濃い面々は。
- 豊中
- 「若大家、チェスか将棋はおやりになりますか」
- 訪雪
- 「生憎と、皆無、だ。ダイヤモンドゲームは」
- 豊中
- 「ぬるい。いっそのこと麻雀……」
- 訪雪
- 「(客間に目をやって) ……無理だな」
- 豊中
- 「……そうですね」
数十分後。二人の手が、ゲームの山の中の小さな箱に同時に伸びる。卓袱台の下で妖しく触れ合う右手と左手(笑)
慌てて手を引っ込めた豊中に代わって、訪雪がそれを卓の上に置く。
- 訪雪
- 「『悪の帝国』か……懐かしいな」
- 豊中
- 「しかしこんなもの、よく今まで持ってましたね。まあこ
れなら、茶飲みながらさっくり終わるでしょう」
- 訪雪
- 「そうだね……しかしもうちょっと面子が欲しいな。先生
に特撮ネタは無理だろうから……どうだね柳さん、君も……」
客間の方を振り返る。直紀は空のコップを持ったまま、座卓に突っ伏して、くうくう寝ていた。
- 凍雲
- 「「観客なら、とっくに飽きて寝とるよ(苦笑)」
- 訪雪
- 「おや、もうこんな時間か。んじゃ豊中君、二人でとっと
と始めるとするかね」
- 豊中
- 「いや、もうちょっと待ちましょう……
(玄関の開く音) ほら、面子がもう一人来ましたよ」
茶の間の障子を開けて、一が入ってくる。
- 一
- 「ただいまぁ、なんか冷たいモン……うおお涼しい。エア
コン、着いたんですか」
- 訪雪
- 「お帰り、二の舞君。しかし実にいいところに来てくれた
もんだ」
- 一
- 「いいところ?(室内を見回して) な……何なんですか、
このゲームの山は」
- 豊中
- 「若大家の昔のコレクションだそうだ。俺の所有物も少し
は交じっているが……(目の前で箱を振って)
『悪の帝国』だ。お前さんもやらんか?」
- 一
- 「『悪の帝国』ぅ? うわー懐かしー……こんな趣味があっ
たんですか、若大家。
しかし……明日締め切りのレポートが(苦悩)」
- 訪雪
- 「だぁーいじょうぶさくっと終わるって。れぽうとなんざ
提出日の朝にだって書けるさ(無責任)」
- 訪雪
- 「うわーっはっはっはこの幼稚園バスは我々が占拠した!
貴様らもせいぜいチンケな悪事を積み重ねるがいいわ!」
- 豊中
- 「この親父、ひとが『要人誘拐』だの『ダムに毒』だのと
ちまちま点を稼いでいるうちに……ねえ一の旦那、
ハートマークのヒーローカード持ってませんか」
- 一
- 「ハートマーク?(にやり) そうかそういうことか。じゃ
あ次は俺の番、『ねえ正義のお嬢さん、あのスケベ親父がひでえことしてますぜ』……
で、『電撃娘』に『ウルトラインカム』(ピンク色のカードを訪雪の前に出す)」
- 訪雪
- 「何ぃ……まだそんなものを残してやがったのか」
- 豊中
- 「よく言うでしょう、『出る杭は打たれる』と。
でもって俺からも……『必殺技』に『パンチラアクション』っと(訪雪の前に追加)」
- 訪雪
- 「この野郎、最強のヒーロー、もといヒロインを送り込ん
で来やがったな。しかぁし(カードを出す)『貴様の真の敵は、貴様を育てたあの男なのだ!』
ってことで、最強少女をお返しするよ、二の舞君」
- 一
- 「うあああ……手元に戦闘員がいないときに限って」
- 豊中
- 「因果応報、というやつだ。(カードを出す)
でこっちが『殺人アライグマ』で……あと5点、と」
- 訪雪
- 「ふふふ……勝ったな(カードを卓に叩きつける)
『悪の歌流行作戦』成功……くくくくくこれで100点、世界の覇者はこの私なのだ!」
- 豊中
- 「やけにカード回りがいいですねえ、若大家。で、95点の
俺が準優勝、と」
- 一
- 「だああまた最下位かよ……。
頼む、豊中に若大家、も〜〜〜〜いっぺんだけ、勝負させてくれ!」
- 訪雪
- 「おや一君、君は明日提出のレポートがあったんじゃなかっ
たっけ」
- 豊中
- 「もう『今日』ですよ」
- 一
- 「れぽうと? ンなモン当日の朝に書きゃアいいんだ。さ、
カード切るからこっち寄越して」
- 訪雪
- 「なんかこう……余りにもお約束な展開だね(苦笑)」
- 直紀
- 「(客間で) ふにゃあ……よく寝たぁ……あれ? ここ松
蔭堂?
(時計を見て) うああああ凄い時間になっちゃった!」
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