エピソード621『間伐』


目次


エピソード621『間伐』

登場人物

一十(にのまえ・みつる)
吹利学校大学部農学部院生。風水師。
岩田教授
十の担当教授
柳直紀(やぎ・なおき)
十と良い仲なOL
小滝ユラ(こたき・ゆら)
十を実験台にする植物療法師。
豊中雅孝(とよなか・まさたか)
十の友人。
平塚花澄(ひらつか・かすみ)
本屋の店員。周囲を春にする異能を持つ。
譲羽(ゆずりは)
人形に宿る木霊。

実習旅行

とある杉林の中。

岩田教授
「だめだね、ここの杉は。手入れしてないからなぁ」
「そうですね、風通しも悪いし……」

十の研究室の実習旅行、と言うことになっているが、ほかの人間は演習林の手伝いに刈り出されている。この林にいるのは十と岩田教授のみ。
 林に生えた杉はみな、病的に細く、うなだれるように頭を垂れているものもある。無秩序に生えた枝は風に折れいじけてねじ曲がっている。

「手入れさえすりゃいい林になったんでしょうね」
岩田教授
「手入れをする人間がいなくなる、そのことを見抜けなかっ た、私たちの責任さ。間伐、除伐をすることが前提なんだ。造林は。三十年かけて失敗か」
「でも、林は林であるだけで役割があるでしょう」
岩田教授
「金にならなければね、持ち主は困ってるよ」

と、十の足元で朽ちた杉の枝ががさりと鳴った。一匹のマムシだった。大きい。

岩田教授
「主かな?」
「いいえ、違います」

十はふっとマムシに息を吹きかける。とそれは枯れ枝に変わった。

岩田教授
「幻?」

ざんと、林が鳴った。

「嫌われてますね。林に」
岩田教授
「無理もない」

かすかに、十はいじけた杉の怨唆の声を聞いた気がした。

帰投

数日後。
 からからん。

直紀
「あれ、一さん久しぶり! どこへって……」

途中で声が止まったのは、鼻を摘んでいるからだ。

「あれ、そんなにひどい? 駅で歯は磨いたんだけどな」
ユラ
「その匂いでここにいるのは商売のじゃまよ、とっとと出 ていきなさい」
「……クリームパンを楽しみに帰ってきたのに」
花澄
「あら、一さん登山ですか?」
「ええ、ちょっと。大学の用事で。わぁ、押すな豊中」

からからん。

花澄
「何かあったんですか?」
直紀
「花澄さん臭いません」
ユラ
「熊みたいな臭いだったわね」
花澄
「そうかしら?」
豊中
「もう少しいて下さい。臭い消えるまで」
譲羽
『花澄ぃ……』
花澄
「どうしたの? ゆず」
譲羽
『悲鳴が聞こえたの』
花澄
「え?」
譲羽
『あのおにいちゃんから、山の木の悲鳴が……』

松陰堂に向かう道、風の中に十は怨さの声をまた聞いた。木霊がついてきたらしい。舌打ちする。

「しまったな、もしかしたら。ゆずちゃんこわがらせちまっ たかも」



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