- 平塚花澄(ひらつか・かすみ)
- 本屋の店員。周囲を春にする異能を持つ。
- 店長
- 本屋瑞鶴の店長。花澄の兄。
- 譲羽(ゆずりは)
- 人形に宿る木霊。
- 小滝ユラ(こたき・ゆら)
- グリーングラスの店員にして薬学部院生。
- マヤ
- ユラの飼い猫。
- 狭淵美樹(さぶち・みき)
- 書物中毒な医学生。
五時半。
- 花澄
- 「……眠い」
- 店長
- 「熱帯夜続きだからなあ」
- 花澄
- 「あ、そうなの?」
ばこっ。
- 花澄
- 「……だから何でそこで殴られないといけないの!?」
- 店長
- 「お前みたいに年中温度調節が効いてる奴に、俺の苦しみ
は分からん」
- 花澄
- 「だからって」
- 店長
- 「要するに、お前が眠いのは自業自得ってことだ。今日は
もう終わりだろ。譲羽連れて帰ってさっさと寝ろ」
と、言われても。
- 花澄
- 「ゆずの服、縫いおわってないし」
どこで遊んでいるのやら、このところ連日木霊は埃だらけになって帰って来る。さすがに今日は、一緒に連れてきてしまったのだが。
- 花澄
- 「お茶でも買って帰ろうかな」
- 譲羽
- 『ユラさんのとこ、行くの?(わくわく)』
- 花澄
- 「遊びに、じゃないのよ。すぐ帰るんだから」
- 花澄
- 「こんにちは」
- ユラ
- 「こんにちは、花澄さん……」
- 花澄
- 「……何だか眠そうですね」
- ユラ
- 「このところ、夜眠れなくって(苦笑)」
- 花澄
- 「暑くて、ですか?」
- ユラ
- 「いえ、実験が……あのネズミ達のせいでっ!」
ユラ、思わず握り拳。
- 花澄
- 「……ねずみ、ですか(一歩下がる)」
- ユラ
- 「あ、いえまあ(汗) ……今日は、何か?」
- 花澄
- 「あ、そうだ。目の醒めるお茶ってあります?」
- ユラ
- 「目の醒める……ええと、ここら辺かな?」
計って袋に詰める手元を見ながら。
- 花澄
- 「で、同じものを……もしよければ今、一杯頂けませんか?」
- ユラ
- 「花澄さんも眠いくちですか?」
- 花澄
- 「ええ、まあ(苦笑)」
- ユラ
- 「じゃ、御一緒します。私も眠くって」
こぽこぽと眠気を誘う音と一緒に、香茶がカップに注がれる。
- 花澄
- 「あ、おいし」
- ユラ
- 「どうも……ああ、それにしても」
- 花澄
- 「ねむい、ですねえ……」
そして、沈黙。
暫し後、微かな物音と一緒に。
- マヤ
- 「……にゃあ(……何これ?)」
- 譲羽
- 「ぢい(二人とも起きないの)」
壁際の席に座って、壁にもたれたまま眠っている花澄と、二つのカップを器用に避けて、テーブルに突っ伏しているユラと。
- マヤ
- 「にい(……駄目だわこれは)」
- 譲羽
- 「ぢいぢい(退屈なのにぃ)」
- マヤ
- 「にゃあ?(だってあんた起こせる?)」
- 譲羽
- 「……ぢぃ(無理みたい)」
そしてゆっくりと西日が薄れてゆく中で。猫と木霊は揃って溜息をついた。
そのころ、グリーングラスの店頭には来客が……ファンシーなグッズ類を横目に、計り売りのカモミールティーとアップルティーの値札とにらめっこしているのは、狭淵美樹である。
- 美樹
- (うむ、カモミール100グラムに、アップルティー200グラ
ム。これぐらいあれば、しばらくは持つでしょうし)
財布の中身との相談がまとまったらしい。しかし、レジには誰もいなかったりする。
- 美樹
- 「(店の奥に向かって) すいませーん」
……返事はありませんね。はい。
- 美樹
- 「すいませーん?」
そう声をかけながら、店内へと入っていく美樹。そこでは……
- 美樹
- (女性二人……まさか……倒れている?)
- 美樹
- 「失礼」
一言声をかけて、触れないように、二人の顔を覗き込む。
- 美樹
- (顔色は悪くないし……眠っておられるだけですね、これ
は……。しかし、よく寝ておられる……起こすのが気の毒ですね……ん? 確か、こちらの女性には見覚えが……)
- マヤ
- 「にゃーぁ(だれ、あんた。客?)」
足元からの猫の鳴き声に気付く。
- 美樹
- 「おや」
美樹は、しゃがみ込む。マヤの目をじーっと見つめる。見つめる。見つめつづけている。
- 美樹
- (ここの店の猫かな……)
- マヤ
- 「みゃ?」
3分間ほど経過したあと、マヤが目をそらして美樹の足元を通り抜けていく。それを視線で追ってふりかえる。譲羽が、そこにいる。
- 譲羽
- 「じぃ」
- 美樹
- 「?」
- 譲羽
- 「じいじいじい」
むろん、美樹に理解できようはずがない。何か訴えかけようとしているのは判るのだが。
- 美樹
- 「(これは……どうしましょうか?)」
譲羽をしばし見つめた後に、しばし考えて、立つ。壁にもたれて眠っている花澄と、テーブルに突っ伏して眠っているユラとを等分に眺める。
- 美樹
- 「(……夕方五時半か……これだけよく眠っていらっしゃ
るのを起こすには忍びないですねぇ。この気温なら風邪も引かないでしょうし。
取りあえず、テーブルの上のカップだけは、片付けてさしあげた方がいいかもしれませんね……こちらの方が動かれた時に、落ちて割れでもしたら気の毒ですし)」
そう考えて、テーブルの上の真っ白い陶器のティーカップに手を伸ばす。その拍子に、テーブルが、カタリと少しゆれる。
- ユラ
- 「……ん?」
ユラがその物音に気付く。
- 美樹
- 「(あらら、起こしてしまいましたか) あ、失礼」
- ユラ
- 「え……あれ、お客さんですか、すみませんっ」
勢いよく立ち上がった弾みで、今まで座っていた椅子が後ろに倒れる。ばたん、という音に、猫と木霊が飛び上がった。
- ユラ
- 「あ、あ、すみません……あら?」
その視線が向かいの椅子のところで止まる。
- ユラ
- 「熟睡してる……(苦笑)」
- 譲羽
- 「ぢいぢいっ(かーすみっ!)」
- 美樹
- 「すいません。起こしてしまうつもりはなかったんですけ
ども……申し訳ない」
- 譲羽
- 「ぢいぢいぢいっ!(ゆずは起こしたいのっ!)」
- ユラ
- 「駄目よゆずちゃん、花澄さんせっかく寝てるんだから……
あの、それで……?」
- 美樹
- 「あぁ、わたしは狭淵と申しまして……って、そうじゃあ
りませんね。ようするに、一応客なんだと思いますけど」
- ユラ
- 「あっ、すみません」
- 美樹
- 「そういうわけで、向こうのハーブティー、計り売りして
いただきたいんですけど」
- ユラ
- 「はい」
協力者、無し。
しかしそこで諦めるほど譲羽もやわではない。後の二人がレジの方角へ移動したのを見計らって、譲羽はぴょんと飛び上がり、花澄の耳元まで移動した。
- 譲羽
- 「ぢいぃっ!」
- 花澄
- 「!」
……これで起きなければ、相当である。
- 花澄
- 「あ、寝てたんだ……ええと、ユラさん……あ、」
どうも、まだ半分くらいは睡魔に取りつかれているらしい視線が止まった。
- 花澄
- 「ええと、狭淵さん、ですよね?」
- 美樹
- 「はぁ(……確かに見覚えがある、確かにあるんですが……)」
曖昧な返事を返しながら、必死にその顔を脳裏で検索している。活字になっていないと検索効率悪いぞっ!
- 花澄
- 「何か兄……店長が、面白い本が入ったって言ってました
ので……またどうぞ、いらして下さい(ぺこり)」
- 美樹
- 「それはどうも」
咄嗟に瑞鶴のことを言い出すあたり、店長が聞いたら感涙もの……かどうか。言うだけ言うと、花澄はふらふらと立ち上がり、前進しはじめた。
- 美樹
- 「(そうでした。この雰囲気は瑞鶴の店員さんではないで
すか)」
- 花澄
- 「それじゃユラさん……」
- ユラ
- 「え……あ、待って花澄さん、お茶忘れて……!」
ごつん。
- 花澄
- 「……ったっ」
- ユラ
- 「だ、大丈夫ですか?(汗)」
- 美樹
- 「(何故、不透明な壁にぶつかるんでしょう……透明なガ
ラスの壁にぶつかるんでしたらよくあることですが……)」
- ユラ
- 「花澄さん……あの、もう一杯、お茶、いかがです? 今
度こそ完璧に目の醒めるお茶。あの、狭淵さんもよかったらご一緒にどうぞ」
- 美樹
- 「え、あ……よろしいんですか?」
- ユラ
- 「ええ、さっきは失礼してしまいましたし」
首だけ振り向けてにこにこといいながら、花澄を助け起こそうとする。が……
- マヤ
- 「ふみぃぃぃ……(ユラってば、それじゃ無理だって。自
分でスカートの裾踏んでるじゃない)」
- ユラ
- 「……あ……わたしったら!!(汗)」
どうにか三人がテーブルにつきなおし、ユラはガラスのポットにお茶をいれ始める。
- 花澄
- 「あれ、レモンのかおり……」
- ユラ
- 「レモングラスなんです。味はミントがベースだから、今
度こそしっかり起きられると思う(笑)」
さらっとした風が吹き込む。窓の外はほの青く暮れて、屋根の上にはちょうどレモンのような月。ちりちり、と、ガラスの風鈴が鳴る。
- ユラ
- 「はい、どうぞ」
氷を入れたグラスに、うすみどりいろの香茶。風鈴に答えるようにグラスの氷が鳴る。
- 美樹
- 「や、これはどうも……あ、美味しいですね」
- 花澄
- 「……ああ、ようやく目が醒めた……」
- ユラ
- 「……よかったぁ。……あ、ところで花澄さん、お茶、持
ちました?」
- 花澄
- 「ええ、今度こそしっかり(苦笑)」
しばらくして。
日暮れた道に、ドアひとつぶんのやわらかな灯りがこぼれ出す。
- ユラ
- 「どうも、ありがとうございました」
- 花澄
- 「いえいえこちらこそ」
- 譲羽
- 「ぢぃ。(ユラさんありがと)」
譲羽の手には、さっきユラが庭から摘んできたふうせんかずらの”風船”がみっつ。
- 美樹
- 「風船草ですか……そういえば、なかなか珍しい薬草があ
るんですね。このお店は」
- ユラ
- 「え、判りますか?」
- 美樹
- 「ほんの少しですよ。実家が漢方医でしてね。わたしは家
を継がなかったんで、ただの門前の小僧なんですけどね」
- ユラ
- 「あ、そうなんですか」
- 美樹
- 「あ、おいしいお茶、ごちそうさまでした」
- ユラ
- 「狭淵さんも。これからもよろしかったら寄ってください
な」
- 美樹
- 「えぇ、またぶらりと寄らせていただきますよ。それでは」
人影はそれぞれに別れていく。
昼間の暑さを吹き払うかのように風の立った、夕暮れ。
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