午前9時。Flower shop miko。
- SE
- ととととと
- 尊
- 「はい? ……あらゆずちゃんだ」
ガラスの扉は木霊には少々重かったようだ。
- 譲羽
- 「ぢいぢい(尊さん、こんにちは)」
- 尊
- 「こんにちは、……って、あら、ゆずちゃん、新しい服?
もしかして見せに来てくれたの?」
- 譲羽
- 「ぢぃっ(うん!)」
尊の口元がほころぶ。母親に服を縫ってもらった記憶などほとんど無い尊には、羨望すら感じさせるほどの喜びようだ。
薄紅色のぼかしの布で作った夏用のドレスに黒い靴。
- 尊
- 「あ、似合う似合う。花澄さんの作、かな?」
- 譲羽
- 「ぢいっ(大得意)」
- 尊
- 「へえ、ちゃんと襞も沢山とってある……ねえ、ゆずちゃ
ん、くるっとまわってみて?」
- 譲羽
- 「ぢい(こっくり)」
くるり、と木霊がまわる。と、スカートの部分がふわり、と広がる。
- 尊
- 「わー、可愛い(笑)」
- 譲羽
- 「ぢい……(照れっ) ぢいぢい(じゃ、またね)」
手を振ると、ぱたぱたと木霊は外へ駆け出していった。
同日、午後一時半。ベーカリー楠。
からんころん。
- 観楠
- 「こんにちは、花澄さん」
- 花澄
- 「……こんにちはぁ……すみません、アイスコーヒー一杯
下さいます?」
- 観楠
- 「はいはい……どうしたんです?」
- 花澄
- 「……眠くって(泣)」
年がら年中眠たがっている花澄の言う事なのだが、今日に限ってはかなり深刻なようである。
- 観楠
- 「どうしたんですか」
- 花澄
- 「昨日、ゆずに服作ったんですよね……ああ失敗したな」
- 観楠
- 「は?」
- 花澄
- 「店長さんのところのお嬢さんはそんなことありません?
新しい服買ってもらったら、興奮して袖通すまで納得しない、とか」
- 観楠
- 「……ありますが」
- 花澄
- 「夜中に出来たんですけど……ゆずってばどうしても着るっ
て言い張るし、着せてみたら気に入ったらしくてなかなか寝てくれないし」
- 観楠
- 「ちいちゃくても、女の子なんですねえ(笑)」
- 花澄
- 「……はあ(複雑な顔)」
からんころん。
- 尊
- 「こんにちは……っと花澄さん、ゆずちゃんの服見ました
よ(笑)」
- 花澄
- 「え?!」
- 尊
- 「今朝方わざわざ来てくれて。可愛かったですよぉ(笑)」
- 花澄
- 「……あの子ってばどこに行ってるんだろ……」
- 尊
- 「女の子ですよねえ。もう、嬉しくって仕方ない、みたい
な顔して」
- 花澄
- 「……そこです」
- 尊
- 「は?」
- 花澄
- 「皆さん忘れてらっしゃるみたいですけど、あの子、そも
そも木霊……性別無しの妖怪の筈なんですよ?」
- 観楠&尊
- 「……!」
思わず顔を見合わせる。言われてみれば、そのとおりである。
- 花澄
- 「いったいいつからあんなに女の子やってるんだか……」
- 観楠
- 「……それは」
- 花澄
- 「すごく素朴な疑問なんですけど……女の子っていつから
女の子なんでしょう?(大真面目)」
- 尊
- 「う”……そういう花澄さんは思い当たる節あるんじゃな
いですか?」
- 花澄
- 「無いですよ。三つの頃から母が化粧すると飛んで逃げて
た子ですから」
- 観楠
- 「……(それはお母さんがかわいそうだなあ)」
- 尊
- 「……(ふと、考え込んでいる)」
- 花澄
- 「どうか……しました?」
- 尊
- 「そういえば、前におじいちゃんに言われた事があったん
です。『精霊は鏡だ』って」
- 花澄
- 「鏡?」
- 尊
- 「ええ、木霊って精霊ですよね。恨みや、妬みなどの不の
気を一切持たない純粋な」
- 花澄
- 「悪戯者ですけど(苦笑)」
- 尊
- 「(くす) 精霊達はみんなそうです。野にいる時はゆずちゃ
んは木霊だったんですよ。でも、花澄さんと出会って譲羽になった……」
- 花澄
- 「え? ……それって……まさか」
- 尊
- 「そうです『木霊』と言う混沌とした存在でしかなかった
ゆずちゃんが、花澄さんに出会い『譲羽』という個に昇華した……元が純粋なだけに、花澄さんの心にあったイメージを写し取り、譲羽と言う女の子が生まれた。
……なんてね(笑) おじいちゃん受け売りの当て推量でしかないですけど(苦笑して肩をすくめる)
で、人間の女の子って『自分が女である』って認識した瞬間に女の子になるんじゃないかなって思うんですけどね(笑)」
- 花澄
- 「……でも、それも困るかも(苦笑)」
- 尊
- 「え?」
- 花澄
- 「いえ……眠い(泣)」
- 尊
- 「今日は早く寝てくださいな(苦笑)」
- 花澄
- 「でもでも、今日に限って遅番なんです……あ、尊さんす
みません、もしゆずを見かけたら、さっさとうちに帰るように言っていただけます?」
- 尊
- 「はいはい」
さて、午後十時半。部屋の扉を開けた途端、花澄は異常に気がついた。
- 花澄
- 「ゆずってば、まだ帰ってない」
真っ暗な部屋。怖がりの木霊が、この部屋にいる筈が無い。
- 花澄
- 「というと……大家さんのところかな」
はあ、と溜息をついて、花澄はそのまま踵を返した。
松蔭堂に着いたのは、十一時近かったかもしれない。かなり躊躇してから、花澄はチャイムをおした。
- 訪雪
- 「はい……ああ、こんばんは」
- 花澄
- 「あの、こんばんは……夜分申し訳ありませんが、あの」
- 訪雪
- 「ゆずちゃんでしょう。寝てますよ」
- 花澄
- 「寝てる?」
- 訪雪
- 「こちらから連れて行こうかとも思ったんですが、花澄さ
ん、家にはいらっしゃらなかったようで」
- 花澄
- 「はあ、今まで仕事でしたから……でも、寝てるんですか、
あの子?」
- 訪雪
- 「ちょっと待って下さい、連れてきますから」
しばらくして戻ってきた訪雪の手には、座布団が乗っかっていた。座布団の上に丸まって、譲羽はぐっすり寝入っていた。
- 訪雪
- 「何だったら座布団ごと連れて帰ってあげて下さい。起こ
すのはかわいそうだ」
- 花澄
- 「……はい」
溜息をつきかけて、花澄は暫し、眠り込んでいる木霊の少女を眺めた。ふと、苦笑らしきものが、口元に浮かんだ。
- 花澄
- 「……大家さん」
- 訪雪
- 「はい?」
- 花澄
- 「不思議で仕方なかったんです。この子って、いつからこ
んなに女の子なんだろう、人の子供なんだろうって」
花澄の指がそおっと伸びて、譲羽の頬にかかる髪を払う。
- 花澄
- 「でも、もしかしたらそれって、私が望んでいるからかも
しれない。……だとしたら、ゆずに申し訳ないことしてますね、私」
触れた頬は硬質で、哀しいほど冷たい。
- 花澄
- 「……愚痴です。聞き流して下さい」
座布団ごと譲羽を抱えあげると、花澄はもう一度深々と頭を下げた。
テーマ自体は文章中でも明示されてますように、『女はいつ女になるんだろう』、つまり人が自分の社会的位置付けを見いだし、自分自身の振る舞いをその位置付けに基づいて構成し、自我を構成していくことについてなんだろうと思います。
テーマを結晶化した具体的な事物によって表現できるいうのは、ファンタジーの効能のひとつですね。
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