- 小松訪雪(こまつ・ほうせつ)
- 骨董屋松陰堂の若主人。
- 松崎渾(まつざき・こん)
- 冒険野郎な考古学者。
松蔭堂の昼下がり。
『懸垂席』の登り綱は、新しいものにつけかえられている。軒に打ち込まれた金具を軋ませて、人影がひとつ、杉板張りの壁面をよじ登っている。路地の人通りは途絶えて、それを見る人も、怪しむ者もない。
茶室の中では。納戸色の絽の単を、いつもよりこころもち堅めに着込んだ訪雪が、誰もいない客座に向かって、独り点前の稽古を繰り返している。室内に篭った炉の熱気が、開け放した窓から流れ出す。
開くはずのない板戸が敷居を滑る音がして、訪雪は柄杓を手にしたまま、視線を音のする方に向ける。真っ黒に日焼けした髭面が、逆光の中で小さく手を振った。
- 男
- 「よぉ、小松。俺だ」
- 訪雪
- 「! ……松崎……か?」
- 男
- 「ああ。まさかここに、人がいるとは思わなかったな。と
にかく、中へ入れてくれよ」
訪雪に腕をつかんで引き上げられて、男……松崎は、茶室の中に転げ込む。静謐な稽古の雰囲気の残滓を吸い込んだ所為か、ごつい巨体の膝をちんまりと揃えて、落ち着かなさげに茶室の中を見回す。
- 訪雪
- 「とりあえず靴は脱いどくれ(汗)」
- 松崎
- 「おう、忘れてた(靴を脱いで窓辺に並べる)」
- 訪雪
- 「出来ればそこも遠慮して欲しいんだが……まあ仕方ない。
この間は、急ぎの修復仕事をやってくれてありがとう。先方さん、えらく喜んでくれとったよ」
- 松崎
- 「そいつぁ何より。あの晩の中華はサイコーだったよ」
- 訪雪
- 「しかし、あんな所から入ってくるなんて……儂ゃてっき
り泥棒かと思ったぞ」
- 松崎
- 「軒から綱がぶら下がってるなんて、随分と妙な造りの家
だと思ってたんだが……まさか茶室だったとはな」
- 訪雪
- 「(泥棒が入らんように、綱はまとめといたはずなんだが。
……こいつ、どうにかして落としたな)
大昔の店主の冗談だそうだ。冗談にしちゃ、えらく金がかかっとるがね」
- 松崎
- 「こいつを冗談で、ねえ……(感心したように頷く) ああ
そうだ、ちょうどいい。喉がからからなんだが、そこに用意してある道具で、茶を一杯、点てちゃくれないか」
しばし後。痺れた膝を崩した松崎は、神妙な顔で茶を啜っている。
- 訪雪
- 「少しは落ち着いたかね」
- 松崎
- 「この雰囲気じゃ、暴れろというほうが無茶だ」
- 訪雪
- 「慣れない人間には、ちょいと肩が凝るだろうがね。で……
今日は、何の用があって来たのかね?
お前さんが一年に二度以上顔を出すなんぞ、滅多にないことだ。泊まりに来ただけとは思えんが」
- 松崎
- 「最大の目的が、泊めてもらうことなのは本当だ。あと、
ちょいと見て貰いたい品があってな」
言いながら、松崎は着ていた小汚いベストの、幾つもあるポケットのひとつを探って、茶封筒の中身を訪雪の掌に落とし込んだ。
- 訪雪
- 「(品物を一瞥して) 和同開宝だね。多分本物だ。銀貨だ
から銅貨よか珍しいが、妙なもんじゃあない。
この手の品物は、お前さんのほうが専門だろう」
- 松崎
- 「あたりまえだ。そんな鑑定聞きに、わざわざお前んとこ
まで来るかよ」
- 訪雪
- 「んじゃ、何を見て欲しいわけよ」
- 松崎
- 「お前……面白い特技があるそうじゃないか?」
銀貨を載せた掌が汗ばんできて、訪雪は銀貨を袖に包んで握り直す。
- 訪雪
- 「一体何処で、そんな話を仕入れてきたのかね」
- 松崎
- 「おいおい……この世界は狭いんだぜ? そんなに隠しと
きたい力なら、そいつで飯を喰おうなんて思わないこった」
- 訪雪
- 「……参ったね。とりあえず、事情を聞こうか。
この手の仕事じゃ、こないだひどい目に遭っとるからね」
- 松崎
- 「そんなに危ないもんじゃないよ。何処から出たのか知り
たいっていう、純粋な俺の好奇心だ。報酬は払うよ」
- 訪雪
- 「ってことは、骨董屋で見つけなすったね? まあいいや。
場所の特定までは無理だが、ヒントくらいは今週中に見ておこう」
- 松崎
- 「恩に着るよ。じゃ、夜にまた来る」
- 訪雪
- 「今度は玄関から来いな」
ぐいと飲み干した碗を畳の上に置くと、松崎は登ってきた綱を滑り降りて、あっという間に路地の向こうへ消えた。
- 訪雪
- 「あいつも……相変わらずだな(苦笑)」
丸めた綱を軒下の釘に括り直しながら、訪雪が呟いた。
松崎渾は狭間のコード06(異能を持ったちょっと優秀めな人間による日常中心の話)の登場人物ではなく、コード14『霞ヶ池の影』の登場人物です。文化庁特殊遺物課非常勤職員として、遺物の発掘・保護を行っています。
コード14は、特定の技術については世界的トップの人間による、日常を破壊できる脅威に関係した話なので、コード06とはかなり趣が異なります。このようなクロスオーバーは確かに話的にも面白いのですが、14では06の登場人物程度では相手にならない問題を扱いやすいので、あまり多用するとまずいでしょう。今回のように06の枠内で、ゲスト的に登場させるのが無難です。
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