エピソード635『男って可愛い?』


目次


エピソード635『男って可愛い?』

登場人物

富良名瑞希(ふらな・みずき)
年下(男)に敬われる(恐れられる)おねーさん。
本宮友久(もとみや・ともひさ)
瑞希の後輩。魔性の瞳をもつ。

本編

もう……昔のこと。四年前の十一月半ば過ぎ。20になった冬の日のこと。
 ……夕暮れがもう薄闇に消えかけてる。どことなく……ふてくされた顔でぶらぶらと一人歩く瑞希。

瑞希
「ば……っかやろぉ」

思わず悪態をついてしまう。悪態をつきながらも……どうしても思い描いてしまう……男の顔。

瑞希
「なによ……」

別れた男。もう何度もくっついて別れてを繰り返してる男。今回で二度目の別れ……それでもあきらめられない男。

瑞希
「あーあ、つまんない……な」

ぶちぶちと……つぶやきながら歩いている瑞希。そこへ……
 ヴォォォォォン。鋭いエンジン音を響かせ、バイクが走ってくる。

瑞希
「(うざいわねぇ……どこの族よ)」

思いっきり顔をしかめて、そっぽむく瑞希。
 バイクはうなりをあげながら瑞希の手前で止まり。のっていた男がヘルメットを取る。短い黒髪に端整な顔立ち、不自然に青い双眸の男。

瑞希
「あれ?」

それは昔からの知り合いで、二つ年下の後輩、本宮友久だった。

友久
「よぉ瑞希」

気安く声を掛けてくる、年下だが遠慮が無い。顔立ちで見ると、どちらかというと瑞希より年上のようにさえ見える。

瑞希
「友久! バイク買ったの?」
友久
「……まぁな」
瑞希
「えー! いーなっ、かぁっこいいっ! 見せて見せてっ!」
友久
「へへ、いいだろ」

バイクを誉められ、嬉しそうに笑う友久。笑うと結構子供っぽい顔になる。

瑞希
「いいなぁ……かっこいい……ねぇ、後ろ乗せてよ友久っ」
友久
「え、今からか?」
瑞希
「うん! ちょっとかっ飛ばしたい気分なんだ」

かっ飛ばしたい……何もかも……あいつこと……

友久
「別に乗せてもいいけど……寒いぜ」
瑞希
「平気だって、あたしいっぺん、バイクの後ろ乗ってみた かったんだ! ねっいいでしょっ」

がきんちょのごとくお願いっ! する瑞希。肩を竦め、あきらめたように笑う友久。

友久
「へぇへぇ、おまえには何言っても無駄だな、それ」

がさがさと予備のメットを瑞希に放る。

瑞希
「さんきゅっ! 友久っ」

メットをかぶり、ひょいとバイクの後ろにまたがる。

友久
「落ちるなよ、しっかりつかまってろ」
瑞希
「わかってるって」

ヴォォ……ン。うなりをあげて走るバイク。風を切って……景色をすり抜けて……疾走する。
 めまぐるしく通り過ぎていく景色。まるで景色だけが動いていて……自分だけが止まっているような錯覚をうける。
 感じるのは……体を切り裂くような冷たい風と、しっかりと腕を回した背中の温もりだけ。しがみつく腕に力を込めて……目を閉じる。
 頭の中が真っ白になる、まるで自分がただの点になったような……そんな感覚。叩き付ける風さえ、寒さのあまり感じなくなってしまう、暖かい背中も……いつしかその感覚を見失ってしまう……
 そこだけ、すべての世界から切り離されている……そんな感覚。このまま……点になってしまうのも、悪くないような気がした。
 しかし……徐々にバイクはスピードを落とし、止まる。
 名前も知らない、どこかの小さな公園。丘の上、柵の向こうに……薄闇がかかりはじめた街が見える。

瑞希
「ふわぁ……寒〜」

バイクから降り、寒さで冷え切った頬を両手でこする瑞希。

友久
「言っただろ、ほら」

ぽん……と、近くの自販で買ったホット紅茶を放る友久。

瑞希
「お、さぁんきゅ。気が利くじゃん」

ベンチに座り、缶を頬にあてる……熱さが頬に伝わってくる。同じく缶コーヒー片手に友久が隣に座る。

瑞希
「んーあったかい」
友久
「おまえ……なんか嫌な事……あったのか」
瑞希
「ん……ちょっと」

少し遠慮がちに話し掛けてくる友久。理由はとうにわかってるんだろう。

友久
「また……別れたのか」
瑞希
「みゅう……鋭いわね」
友久
「こんだけ付き合い長けりゃな」
瑞希
「まぁね……うん……色々と」
友久
「ま……俺には関係ないけどな」

そのまま、口を閉ざす友久。心持ち友久によっかかりながら……やっぱり無言の瑞希。しばらく……そのまま無言の時間が続く。

友久
「瑞希……そろそろ……帰るか?」
瑞希
「友久……」
友久
「ん?」
瑞希
「友久……もうちょっと、そばに……いてよ」
友久
「あ? ……ま、いいけどな」

冷たい風が木々をざわめかせながら、瑞希の長い髪を揺らし、吹き抜けていく。寄り添って座っている友久の頬がほのかに赤いのは……どうやら寒さだけのせいでもなさそうだ……

友久
「瑞希……」
瑞希
「ん?」
友久
「俺……さ、お前さえよければ……いつだっているぜ」
瑞希
「へ? 何、何のこと?」

友久のセリフにきょとんとした顔になる瑞希。

友久
「……おい。おまえ……いて欲しいって……言わなかった か?」
瑞希
「え、ああ言ったわよ」
友久
「……俺にいて欲しい……って事じゃなかったのか……」

指摘されてはじめて、自分のセリフの意味の深さに気がつく瑞希。

瑞希
「え、いや……その、そーじゃなくって。なんとなく一人 じゃなんだしな〜って思ってだけなんだけど……」

瑞希のぬけまくった答えにあやうくこけそうになる友久。

友久
「おっお前なぁっ、そんな不用意に男を喜ばせる発言をす るな! 変な期待をするだろうが」
瑞希
「んー変な期待ねぇ……」
友久
「……なんで俺がこんな注意をしなきゃならんのだ……」
瑞希
「言われてみると結構きわどいセリフよね……」
友久
「あのな……」

心底疲れきった顔になる友久。

友久
「あと……な。恋人でもない男にバイク乗せてなんて、も う言うなよ。男ってもんは油断できんもんだからな」
瑞希
「(ちょいちょいと友久の鼻先を指差す)
あんたみたいに?(くす)」
友久
「お前な……」
瑞希
「冗談だって。……うん、わかった。もう言わない」
友久
「……まともに可愛くしてりゃいいんだよ」
瑞希
「それができてりゃ苦労しないわよ」
友久
「ごもっとも」
瑞希
「でも……男って……結構単純ね」
友久
「(肩を竦める)まあ、基本的にはな」
瑞希
「(くす) 可愛い」
友久
「なっ……」

可愛いの発言に一気に腰砕けになる友久。

友久
「か……可愛いって……可愛いって、お前なぁ」
瑞希
「どしたの?」
友久
「可愛いっていうなよ……男に向かって」
瑞希
「なんで?」
友久
「可愛いなんて言われたら自分が情けなくなってくる」
瑞希
「そうかなぁ……」
友久
「まったく……お前といると余計な苦労しそうだ」
瑞希
「なによぉ、あたしだって……色々苦労してるのよ」
友久
「ほぉ……何に苦労してるんだ」
瑞希
「もちろん、男を骨抜きにして口説き落すことにね」
友久
「ほ……骨抜き……」
瑞希
「そぉよ。男は捕まえる恋、女は逃がさない恋……だから」
友久
「なるほど……一理あるかもな」

ぴょんとベンチから飛び上がる瑞希。

瑞希
「よぉしっ! 元気でた。今度こそあいつを口説き落とし てやるんだから」
友久
「おーおー怖えな」

くるっと振り向き……くす……っと笑う瑞希。いつものチャシャ猫笑い。

瑞希
「そおよ、女は怖いのよ……なめてかかったら骨抜きにさ れちゃうんだから」
友久
「心しとくぜ。よし……帰るか」
瑞希
「帰りも……飛ばしてね」

解説

編集しているのが1998年1月22日だったりしますので、とりあえず25歳おめでとう、と言っときます。瑞希の誕生日は21日なので。登場人物では旧姓の富良名にしておりますが、現在は結婚しており斎藤瑞希となっております。
 で、この話は典型的な過去の話……人物の過去の一シーンを描くことで、今のその人の生きざまを浮き彫りにするというか、深めるための話だと思います。狭間では基本的に現実と同期させて話を進めていますが、このように過去の話題を振り返って書くというのも、良いものですね。
 本宮友久のほうですが……。06で本宮といえばスナフキン愛好会の苦労人、和久(かずひさ)君となるのですが、その兄です。1997年時点では死亡したことになっております。……が、狭間14『霞ヶ池の影』にて活躍しております。これもクロスオーバーと言えば言えるのでしょうかね。



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