松蔭堂の四畳半。障子が荒々しく開く音で、訪雪は雑誌から顔を上げる。
立ち上がりかけた膝に、ばさりと白衣が投げつけられる。
受け取ったタイマーと白衣を文机に置いて、訪雪が膝を正す。その膝に頭を載せて横になったユラは、じきに静かな寝息を立て始める。
人気のない廊下を通して、路地を行き交う人の声が聞こえる。呼吸につれて上下する肩の他に、四畳半の中に動くものはない。
しばらくして。無言で寝顔を見つめていた訪雪が、タイマーに視線を移す。あと1分……30秒……10秒……残り時間2秒になったところで、ボタンを押してアラームを切る。膝を動かさないように気をつけながら、左手の甲でユラの頬をかるく叩いて。
白衣のポケットにタイマーと財布を突っ込んで、ユラは振り返りもせずに出ていった。廊下を遠ざかるその足音を、しばらく正座を崩さぬままで聞いていた訪雪は、やがて溜息をひとつつくと、読みさしの雑誌を手にとった。
訪雪とユラの関係を、直接の言葉によらずに示すためのエピソードのひとつどちらにとっても相手は逃げ場所のようなものであるのかも知れませんねぇ。