- 一十(にのまえみつる)
- 風水師にして修験者。
- 御影武史(みかげ・たけふみ)
- 人間重戦車。尊と恋仲。
- 如月尊(きさらぎ・みこと)
- 花屋の主人にして如月流退魔術継承者。
- 日下遊児(くさか・ゆうじ)
- エネルギー吸収能力者。
吹利、伊吹の山からちょっと離れたうち捨てられた祠にて。
- 一
- 「ふう」
- 御影
- 「ようやっと終わったな。今回のは骨やったな」
- 尊
- 「御影さん大丈夫?」
- 御影
- 「ワシは大丈夫やけど、十の方がな……」
- 一
- 「あ、ああ大丈夫。単に陣を張ってただけだから……。尊
さん、今回も迷惑かけてすみません……」
- 尊
- 「いいえ、そんなこと気にしないで……。あああっ、御影
さんのここほつれてる!」
- 御影
- 「しゃあないわな、あんなどんぱちしとったんやから」
十はそのまま傍らの石に腰掛けると、ゆっくり深呼吸した。
- 御影
- 「……どうした? 十」
- 一
- 「ちょっと、疲れちまった……」
- 尊
- 「車ありますから早く戻りましょう」
- 一
- 「尊さん、旦那と先にかえってて下さい。俺はちょっと寄
ってきます」
- 御影
- 「どこに寄ってくつもりや?」
- 一
- 「ちょっと、あるものから力を分けてもらってきます。ど
うも、立ってるのもやっとで(苦笑)」
- 尊
- 「いいんですか?」
- 一
- 「(そっと耳打ちする) このまま帰ると馬に蹴られそうだ
し(にやり)」
- 尊
- 「(ちゅどむっ)」
- 御影
- 「まぁ、この辺はおまえの庭みたいなもんやから、心配は
しないが。? どうした、尊さん。顔赤いで?」
- 尊
- 「何でもないですっ!」
十はそうして二人と別れ、歩きなれた山道を進んだ。これまでも幾度となく通った道。足の裏が道を覚えている。今のこの頭脳でも、迷う心配はなかった。
- 一
- 「また、お世話になるよ」
周りの木を従えて、その榎は枝を広げていた。大きく、高く、太い。しかし、不思議と杉や松の巨木に見られるような威圧感はない。
幹には垂れ下がるようにいくつものこぶがあった。
十は広がった根に背中を預け、そのまま目を閉じた。やがて寝息がかすかに聞こえた。
- 遊児
- 「やれやれ、あの祠の後ろはこんな所に連なってたのか。
どうもいい匂いがすると思った。竜脈ってヤツだな」
腐葉土を踏み分けて、男が一人歩いてくる。と、彼はお化けじみた榎の下に眠る一人の男を見つけた。そして、その側にたたずむ一人の女性の姿も。
- 遊児
- 「先客が一人に、いい匂いがもう一つ、と」
自然に風景が変わる。太陽の反射光ではなく、独自の輝きをあらゆるものが放ち始める。巨木に沿って、大地から噴水のように吹きあげられた竜の息吹が、雪のように眠る男に降り注ぐ。
明らかに人間と異なる輝きを纏う女性は、男を静かに見つめている。
- 遊児
- 「……」
危険な存在のようには見えないが、ある種の威圧感のようなものに気押され、声を掛けることができない。
突然、女性が振り返り、人指し指を口に当てながら微笑みを向けてくる。威圧感はなくなったが、何故か逆らう気も起こらない。極力音を立てないよう、ゆっくりと近付く。女性に許可を求める視線を向けると、優雅にうなずいた。
- 遊児
- 「頂きます」
一応、神道式の拝礼をしてから、男の隣に立ち、溢れ出る竜の息吹を食べる。
- 一
- 「うん……ふわわ」
男があくびをし、のびを始めても、食べるのに夢中で気づかない。
- 一
- 「もう少しもらいたかったけどな……」
- 乳房榎
- 『お前一人だけでない』
- 一
- 「ん?」
ようやく十は傍らの男に気がつく。眼を閉じたまま、十の隣で深く息をしている。
- 一
- 「(……ふむ、酔狂は俺だけかと思ってたが)」
行法の一つとして「気」を浴びているのだろう。十はそう思った。道家の人間であればこうしたところに気を浴びに来るのは良くあることだ。
- 一
- 「(声をかけない方がいい、か?)」
- 乳房榎
- 『最もこの子は竜を浴びているようだが。お前と違い乳が
恋しいわけではないようだ』
- 一
- 「(人聞きの悪いことを)」
結局十が彼に声をかけたのは、彼が最後に深呼吸を大きくして、軽く自分のおなかの当たりを撫でた時だった。
- 一
- 「やっぱり有名なんですか? ここ」
なんの遠慮も無く問いかける。問いかけられた男ははにかんで答えた。
- 遊児
- 「いや、麓のほこらの方からいい匂いがした物ですから」
- 一
- 「におい、ですか? 花が咲いてるわけでもあるまいし……」
- 遊児
- 「いや、そのええと。なんというか、食欲をそそられると
いうか」
狐に摘まれたような顔を十はした。遊児は苦笑する。
- 遊児
- 「なんて言ったらいいのかなぁ……」
- 一
- 「道家の人と思いましたけど、柏手の打ち方は神道ですね」
- 遊児
- 「こうしたとき、礼は尽くす物でしょう?」
- 一
- 「まぁ、そうですね」
今度は十が苦笑する番だった。本来ならそうして礼に基づき受けるべき霊気だが。
- 一
- 「(つい、なれなれしくもらっちまうんだよな)」
遊児は傍らに腰掛けて口を開いた。
- 遊児
- 「やっぱりここが穴の上だからですか?」
そう言って十の上に枝を広げる乳房榎を指さす。
- 一
- 「それもありますけど……。これ、乳房榎なんです」
- 遊児
- 「奇形とか病気ってことですか?」
確かにその幹に流れるように波打つ瘤は見ようによってはグロテスクだ。
- 一
- 「まぁ樹病学的に言えばそうなんですけど、それよりもそ
のあとの信仰の方が大きい。多分類似の法則もあると思うんですが」
- 遊児
- 「フレイザーですか?」
- 一
- 「ご存じでしたか」
- 遊児
- 「そうしたことを学校でしているもので」
- 一
- 「学校?」
- 遊児
- 「吹利大学の院で、文化人類学を専攻しております」
- 一
- 「わぁ、しまった。釈迦に説法だったな」
そう言うと十は頭をかいた。
- 一
- 「そう言うわけで、ここの乳房榎はいわば、竜脈の井戸に
なってるんです。ホントなら、膝枕よりも直接口をあてて吸うのが一番なんですけど……」
- 遊児
- 「それは異様な光景ですね(笑)」
日下遊児の初登場エピソード。日常よりも非日常よりの話ですね。でてくる言葉は、まあ初歩の神話学的な用語ですね。
ここで出てきた乳房榎(ちぶさえのき)ですが、榎は江戸時代には街道の一里塚に植えられたようなので、これもそのひとつかも知れませんね。吹利伊吹山は吹利と大阪の間に位置しますから、古道はいくつも走っているはずです。
近辺の話は夏の終わりごろのものですから、花は既に散ったあとでしょうかね。この花は初夏に咲くので……(榎の花は夏の季語です)。
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