- シュイチ
- 踊る埴輪。
- タイチ
- 踊る埴輪。
- 譲羽(ゆず)
- 人形に宿った木霊。
- 小松訪雪(こまつ・ほうせつ)
- 松陰堂の若主人
松蔭堂の客間の、書の軸のかかった床の間。タイチとシュイチは、ひどく退屈していた。
- シュイチ
- 《踊ローカ、たいち》
- タイチ
- 《駄目》
- シュイチ
- 《ドーシテ》
- タイチ
- 《怒ラレルヨ》
修復が済んで、スナフキン同好会とのライブを無事済ませたあと、彼らはこれまでの居場所だった二階の納戸から、客間の床へと移されていた。
長年人間の家に住んでいるから、この床の間という場所が、訪雪のような人間にとってどんな意味を持っているのかくらいは、大体判っている。
だから、今回の引っ越しが、ある意味での格上げだということも知っていた。しかし……そういう重要な場所であるが故に、してはいけないことも多い。
- シュイチ
- 《ココナラ、落チテモ割レナイヨネ》
- タイチ
- 《デモ、踊ルト足跡ガ残ルヨ》
昨日の昼。
客間に誰もいないので、暇を持て余して踊っていた所為で、足元の蝋色塗りの板にまるい擦り傷を残してしまっていた。納戸の机の板だったら、気にもされない程度の傷だったが、場所が場所だったこともあって、晩になってから、訪雪にやんわりとたしなめられた。
- シュイチ
- 《……ツマンナイネ》
- タイチ
- 《……アノ子、遊ビニ来ナイカナァ》
- シュイチ
- 《遊ブッタッテ、ココカラウゴケナイダロ》
- タイチ
- 《……ソウダヨネ》
ぢい。
タイミングを計ったように、聞き慣れた声がする。二体の埴輪の、空洞の眼窩の視界に、訪雪が今朝塞いだばかりの障子の穴を広げて入ってくる、黒いおかっぱ頭が写る。
- 譲羽
- 『こんにちはっ。大家さんは?』
- タイチ
- 《コンニチワ、オ嬢チャン》
- シュイチ
- 《コンニチワ。坊ヤナラ、サッキ出カケタヨ》
- 譲羽
- 『そう……じゃ、ここで遊ぼ』
ととと、と床の間のほうに駆け寄ってから、不意に足を止めて、首を傾げる。
- タイチ
- 《ドウシタノ》
- 譲羽
- 『ここ、とこのまっていうとこでしょ』
- シュイチ
- 《ソウダヨ》
- 譲羽
- 『花澄がね、とこのまは大事な場所だから、乗っちゃ駄目
だって、言ってたの』
- タイチ
- 《デモ僕ラハ、イマコウヤッテ上ニイルヨネ》
- シュイチ
- 《坊ヤガ乗セテクレタヨネ》
- 譲羽
- 『じゃあ……タイチとシュイチって、大事な人、なのかな』
当人たちには、思いもつかなかった解釈。
- シュイチ
- 《ソウ……ナノカナ? 》
- タイチ
- 《ソノ割ニハ、長イコト放ッポッテ置カレタリスルケド》
何しろ、一体3000円のお土産埴輪なのである。譲羽が見つけてくれなかったら、当分は納戸で埃をかぶっていただろう。
- 譲羽
- 『タイチとシュイチ、ずうっと、大家さんと一緒なの?』
- シュイチ
- 《ソウダネ。坊ヤガ、子供ノコロカラ》
- 譲羽
- 『大家さん、子供だったこと、あるの?』
- タイチ
- 《ソリャソウサ。人間ダモノ》
- 譲羽
- 『フラナお兄ちゃんとか、佐古田お兄ちゃんみたいに?』
- シュイチ
- 《初メテ会ッタトキハモット小サカッタヨ》
- 譲羽
- 『じゃあ……かなみちゃんくらい?』
- タイチ
- 《かなみチャンッテ子ハ知ラナイナ。デモ多分、ソレクラ
イ》
- シュイチ
- 《坊ヤガ……文字ドオリ、『坊ヤ』ダッタトキカラ、ネ》
- タイチ
- 《ダカラ今デモ……君ノ『大家さん』ハ、僕ラニトッテハ、
『坊ヤ』ナンダヨ》
床の間の框に肘をついた木霊が、判ったような、判らないような顔で頷く。
店のほうで物音がして、やがて近づいてきた足音が、茶の間の前で止まる。
- タイチ
- 《坊ヤ、帰ッテキタネ》
- シュイチ
- 《ソウダネ。ヨカッタネ、オ嬢チャン》
- 訪雪
- 「(障子の向こうで)ん? ここは確か、今朝直したような
気がするんだが……
廊下に頬をつけ、穴から中を覗き込んで)やっぱりね。いらっしゃい、ゆずさん。次からはちゃんと障子を開けておくから、開いとるところから入っとくれね(苦笑)」
ラストシーンを除けば人間のでてこない話であります。
人のいないところで、人でない存在たちは、こうしてひそかに話をしているんでしょうね。
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