エピソード648『埴輪の憂鬱』


目次


エピソード648『埴輪の憂鬱』

登場人物

シュイチ
踊る埴輪。
タイチ
踊る埴輪。
譲羽(ゆず)
人形に宿った木霊。
小松訪雪(こまつ・ほうせつ)
松陰堂の若主人

本編

松蔭堂の客間の、書の軸のかかった床の間。タイチとシュイチは、ひどく退屈していた。

シュイチ
《踊ローカ、たいち》
タイチ
《駄目》
シュイチ
《ドーシテ》
タイチ
《怒ラレルヨ》

修復が済んで、スナフキン同好会とのライブを無事済ませたあと、彼らはこれまでの居場所だった二階の納戸から、客間の床へと移されていた。
 長年人間の家に住んでいるから、この床の間という場所が、訪雪のような人間にとってどんな意味を持っているのかくらいは、大体判っている。
 だから、今回の引っ越しが、ある意味での格上げだということも知っていた。しかし……そういう重要な場所であるが故に、してはいけないことも多い。

シュイチ
《ココナラ、落チテモ割レナイヨネ》
タイチ
《デモ、踊ルト足跡ガ残ルヨ》

昨日の昼。
 客間に誰もいないので、暇を持て余して踊っていた所為で、足元の蝋色塗りの板にまるい擦り傷を残してしまっていた。納戸の机の板だったら、気にもされない程度の傷だったが、場所が場所だったこともあって、晩になってから、訪雪にやんわりとたしなめられた。

シュイチ
《……ツマンナイネ》
タイチ
《……アノ子、遊ビニ来ナイカナァ》
シュイチ
《遊ブッタッテ、ココカラウゴケナイダロ》
タイチ
《……ソウダヨネ》

ぢい。
 タイミングを計ったように、聞き慣れた声がする。二体の埴輪の、空洞の眼窩の視界に、訪雪が今朝塞いだばかりの障子の穴を広げて入ってくる、黒いおかっぱ頭が写る。

譲羽
『こんにちはっ。大家さんは?』
タイチ
《コンニチワ、オ嬢チャン》
シュイチ
《コンニチワ。坊ヤナラ、サッキ出カケタヨ》
譲羽
『そう……じゃ、ここで遊ぼ』

ととと、と床の間のほうに駆け寄ってから、不意に足を止めて、首を傾げる。

タイチ
《ドウシタノ》
譲羽
『ここ、とこのまっていうとこでしょ』
シュイチ
《ソウダヨ》
譲羽
『花澄がね、とこのまは大事な場所だから、乗っちゃ駄目 だって、言ってたの』
タイチ
《デモ僕ラハ、イマコウヤッテ上ニイルヨネ》
シュイチ
《坊ヤガ乗セテクレタヨネ》
譲羽
『じゃあ……タイチとシュイチって、大事な人、なのかな』

当人たちには、思いもつかなかった解釈。

シュイチ
《ソウ……ナノカナ? 》
タイチ
《ソノ割ニハ、長イコト放ッポッテ置カレタリスルケド》

何しろ、一体3000円のお土産埴輪なのである。譲羽が見つけてくれなかったら、当分は納戸で埃をかぶっていただろう。

譲羽
『タイチとシュイチ、ずうっと、大家さんと一緒なの?』
シュイチ
《ソウダネ。坊ヤガ、子供ノコロカラ》
譲羽
『大家さん、子供だったこと、あるの?』
タイチ
《ソリャソウサ。人間ダモノ》
譲羽
『フラナお兄ちゃんとか、佐古田お兄ちゃんみたいに?』
シュイチ
《初メテ会ッタトキハモット小サカッタヨ》
譲羽
『じゃあ……かなみちゃんくらい?』
タイチ
《かなみチャンッテ子ハ知ラナイナ。デモ多分、ソレクラ イ》
シュイチ
《坊ヤガ……文字ドオリ、『坊ヤ』ダッタトキカラ、ネ》
タイチ
《ダカラ今デモ……君ノ『大家さん』ハ、僕ラニトッテハ、 『坊ヤ』ナンダヨ》

床の間の框に肘をついた木霊が、判ったような、判らないような顔で頷く。
 店のほうで物音がして、やがて近づいてきた足音が、茶の間の前で止まる。

タイチ
《坊ヤ、帰ッテキタネ》
シュイチ
《ソウダネ。ヨカッタネ、オ嬢チャン》
訪雪
「(障子の向こうで)ん? ここは確か、今朝直したような 気がするんだが……
廊下に頬をつけ、穴から中を覗き込んで)やっぱりね。いらっしゃい、ゆずさん。次からはちゃんと障子を開けておくから、開いとるところから入っとくれね(苦笑)」

解説

ラストシーンを除けば人間のでてこない話であります。
 人のいないところで、人でない存在たちは、こうしてひそかに話をしているんでしょうね。



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