エピソード679『秋風と風鈴』


目次


エピソード679『秋風と風鈴』

登場人物

狭淵美樹(さぶち・みき)
本好きの医大生。男。
小滝ユラ(こたき・ゆら)
ハーブショップグリーングラスの店員

本編

ユラ
「いらっしゃいませぇ……、あら、狭淵さん」
美樹
「あ、ども。お久しぶりです」
ユラ
「お久しぶりって……そういえば、三日ぶりですね」
美樹
「えぇ。この夏は実家に帰らなかったもんで、ちょっとばかり墓参りをしに帰ってきました。で、これですけど……」

美樹が、和紙の包装紙に包まれた手のひらに乗る程度の箱を差し出す。
 ユラが受け取ると、少しだけ、重みが感じられるほどの感触。

ユラ
「……これは?」
美樹
「えと、まぁ、実家に帰ったときの土産物です。少々時期はずれですが」
ユラ
「開けて、かまいませんか?」
美樹
「えぇ、どうぞ」

ユラが、ていねいに包み紙を外していく。紙箱の中には……

ユラ
「風鈴……、ですか?」
美樹
「えぇ。秋風には合わないかもしれませんが……」
ユラ
「へぇ……」

黒い銅の飾り気のない風鈴。ぶら下がった短冊には何も書かれていない。
 ユラが風鈴を持ち上げると、澄みきった音が響く。

ユラ
「いい音……でも……なんだか寂しい感じですね」
美樹
「もう、秋ですからね……すいません、来年の夏にでも使って下さい」
ユラ
「せっかくですから、少しだけ、飾っておきますわ」
美樹
「あちゃ……かえって、気を使わせてしまったみたいですね」
ユラ
「いえ、そんな事……このあたりがいいかしら?」

ユラが、風鈴の釣り紐を持って軒先にかけようとする。

美樹
「わたしがかけましょう。わたしの方が背が高いですし。どのあたりです?」
ユラ
「あ、そしたらそのあたりで……」

ユラが指差したあたりに刺さっている釘に引っかける。

美樹
「これで、よろしいですか?」
ユラ
「えぇ……」

その途端に風鈴が、音を立てる。

ユラ
「もう、秋なんですね……」

時系列

1997年秋。

解説

恋する相手に送る帰省の土産が、風鈴だなんてのは、美樹らしいといえば、らしいのかな。
 「音の聞こえるたびに、私を思い出してください」
 そんなところなのかも知れない。



連絡先 / ディレクトリルートに戻る / TRPGと創作のTRPGと創作“語り部”総本部