エピソード692『お手伝い』


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エピソード692『お手伝い』

登場人物

平塚花澄
書店瑞鶴店員。
譲羽
少女人形に宿る木霊。平塚花澄の擬似娘。
湊川観楠
ベーカリー楠の店長

本文

『働かざるもの食うべからず』
 これが、きっかけであった。
 
 某日、夜。花澄の部屋。

譲羽
『花澄。ゆずもおてつだいするの』
花澄
「……はあ?」

ねぎを刻んでいた花澄は、手を止めた。

花澄
「何、それ?」
譲羽
『働かざるもの食うべからずって、言ってたの。 だからゆず、働くの』
花澄
「誰が言ったの?」
譲羽
『シュイチ君』

何でその手のことわざを、わざわざ埴輪が喋ったのかは謎である。

花澄
「でも働くったって……」
譲羽
『おてつだい、だからするの』
花澄
「でもゆずは、何も食べる必要無いじゃない」

……何か、説得の方向がずれている。

譲羽
『……(思考中) ……(思考では勝てないと思っている) ……でもゆず、おてつだいするのっ!』

握り拳。
 説得不能、の状態である。

花澄
「はい、じゃちょっと待って……(ったって、ゆず、水が使えないし)」
譲羽
『おてつだいー(ゆさゆさ)』
花澄
「こらゆず、エプロンの紐ひっぱらないの。……ええと」

取りあえず、ねぎと包丁から手を離し、手を洗ってから考え込む。

花澄
「(掃除は無理だし、本を片付けてっていってもその代わりにクマを棚から落とされそうだし……あ) じゃ、お願いしようかな」
譲羽
「ぢいっ(嬉々)」
花澄
「この洗濯物、畳んで」

取り込んでおいた洗濯物を譲羽に渡す。

譲羽
『これ、畳むの?』
花澄
「そう。ゆずの服もあるでしょ?出来る?」
譲羽
「ぢいっ!(こっくり)」
花澄
「じゃ、お願いね(まあ、多くは望まないけど……)」

洗濯物を畳むくらいならば、まあ大した事にはなるまい。
 そう判断して、花澄はまた包丁を手にする。
 譲羽はぢいぢい小さな声で言いながら、手を動かしている。
 
 しばしの後。

花澄
「……ゆず、そっち、ご飯の用意していい?」
譲羽
「ぢ?」
花澄
「片付いた?」
譲羽
『……まだ』

鍋の蓋を閉じて、花澄は台所から部屋を覗き込む。
 洗濯畳みの進捗状況は……ほぼ不明であった。

譲羽
『これ、むずかしいの。ゆずの服は畳めたの。でも、花澄のブラウス、畳んでたら袖があっちにいって、直したら全部がくしゃくしゃになって』
花澄
「……成程」
譲羽
『でもね、ゆず最後までやるの!(握り拳)』
花澄
「やるの、はいいんだけど……」

六畳一間。譲羽が洗濯物を広げまわったおかげで、場所が無い。

譲羽
『やるの! 花澄は、やっちゃ駄目!』
花澄
「……はいはい(しょうがないなあ。ご飯、台所で食べよ)」

さて翌日。
 ベーカリー楠。
 
 からんころん。

観楠
「こんにちは、花澄さ……?」
花澄
「……すみません、眠気の醒めるお茶、入れて下さい」
観楠
「どうしたんですか?」
花澄
「昨日、お布団敷けなくって(泣)」
観楠
「は?(汗)」

かくかくしかじか。

花澄
「最後にはぴしっと畳めないって癇癪おこすし(溜息) 店長さんはかなみちゃんにどんなお手伝いさせてます?」
観楠
「どんな、と言われても……本人がちょこちょこやってくれるし」
花澄
「そっか、かなみちゃんくらいなら、出来ることも多いですよね……」
観楠
「で、今ゆずちゃんは?」
花澄
「松蔭堂の大家さんにお願いして、ゆずを呼び出して頂きました」
観楠
「じゃ、とりあえずは一段落ですか」
花澄
「洗濯物は畳んだからいいけど……これからが(嘆息)」
観楠
「……大変ですね」
花澄
「全くです」

 ふわり、と風が笑うように揺れた。

時系列

1997年秋頃の話。

解説

お手伝いの意欲と、お手伝いをする能力って、どうしてこう逆相関になってるんですかねえ……



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