エピソード712『秋夜』


目次


エピソード712『秋夜』

登場人物

平塚花澄
書店瑞鶴の店員。四大に護られている。
譲羽
少女人形に取り付いた木霊。花澄の擬似娘。

本文

某日、丑の刻。
 まっとうな人々は眠っていてしかるべき時間であるし、そうでなくとも
 普通は家の中にいる筈の時間……なの、だが。

花澄
「こういう時に、一人って楽よね」
譲羽
『……ゆずは?(ちょっと心配)』
花澄
「ゆずは、付き合ってくれるもの」

あまりまっとうでない二人づれが歩いていたりする。
 明日は、休み。
 こんな日でないと安心して夜更かしが出来ない……というのが理由である。

譲羽
『花澄、かーすみっ』
花澄
「なあに?」
譲羽
「ぢい(天を指差す)」
 
 小さな指を辿って、花澄が視線を上げる。
花澄
「……あ、オリオンだ」
譲羽
『おりおん?』
花澄
「三つ並んだ星、あれとそのまわりの四つ」

町中とはいえ、深夜。
 夜の大気は空に向かって、深く澄んでいる。

花澄
「もうオリオンの季節なのねえ……早いなあ」

オリオンが見えはじめると、冬は近い。

花澄
「で、ほらゆず、あの下の明るい星、わかる?」
譲羽
『うん』
花澄
「あれがシリウス。天狼星。その横のがムルズィム、だったかな」
譲羽
『ふうん』

流石に満天の星、とはいかない。しかしその分、周囲の闇は深く、濃い。

花澄
「この星を見ずして終わることは、人として生まれた幸運をむざと捨てること……だったかな?」
譲羽
「ぢ?」
花澄
「野尻抱影さんって言う人の、文章。うろ憶えだけどね」

偶然家にあった、旧仮名遣いの本。ぼろぼろになるまで読んだのは
 あれはまだ小学生の頃だったろうか。
 シリウス。オリオン。
 以来、口にする度、目の前が明るくなるような言葉である。

花澄
「……もすこし、見てから帰ろっか」
譲羽
「ぢい(賛成)」

腕の中でひょこひょこ動く木霊の少女を抱えて、夜道を歩いてゆく。
 晩秋の、贅沢の一つかもしれない。

時系列

1997年晩秋の一幕。

解説

毎度夜歩く親子です。



連絡先 / ディレクトリルートに戻る / TRPGと創作のTRPGと創作“語り部”総本部