某夜、花澄の部屋。
電気を晧晧と点けた真ん中に、木霊の少女が座り込んでいる。
まだ、花澄は帰ってこない。
先刻まで降っていた雨は何時の間にか止んでいる。
だんだんと、空気が冷えてくる。
いつもならば、松蔭堂かどこかにいるところなのだが。
開いた広辞苑を枕にして、譲羽はころんと横になる。
時計は、もうすぐ花澄が帰ってくる、と告げる。
その『もうすぐ』が、長い。
しん、とした中に、ふと、窓の外からごろごろという音が聞こえてくる。
譲羽がむくりと頭をもたげる。
また、ごろごろと音がする。
譲羽は窓辺に駆け寄り、カーテンを払って外を覗いた。
道を行く車の灯りが、妙に明るい。
空のどこやらが、間遠に光っている。
遠雷。
木霊の少女の顔が、だんだんと歪み出す。
涙こそ出ないものの、もう一歩で泣き顔、のところまできた時に。
飛びついてから、譲羽は首を傾げて花澄を見やった。
片目から、ぽろぽろと涙がこぼれている。もう片目は全く変わりがなく、それが余計に譲羽の目には奇妙に映った。
そう言った割に、花澄は一つ溜息をついて座り込んだ。
その膝の上に、譲羽が乗っかる。
苦笑して、花澄は譲羽の頭を撫でた。
譲羽を抱き上げると、花澄はカーテンを開き、部屋の電気を消した。
裏通りを走る車の灯りが、時折窓の下半分、擦り硝子の部分をぼんやりと照らしてゆく。
それよりも間遠に、空のどこやらが、時折明るくなる。
花澄は黙って、それを見ている。
見ている花澄を、譲羽は見上げる。窓からの灯りに照らされる
顔は、やはりどこか疲れて見えた。
するりと腕から抜け出ると、譲羽はととと、と、台所に走ってゆき、すぐに両腕にガラスのコップを抱えて戻ってきた。
今度ははっきりと、花澄の顔に笑みが浮かんだ。
立ち上がると、流石に譲羽には持てなかった一升瓶を抱えて戻る。
ぽん、と栓を抜いて中身をコップに注ぐ。
もう一度ありがとう、と呟くと、花澄はコップを手に取った。
ごろごろ、と、静かな音が重なった。
1997年秋頃
秋の頃の夜の遠雷というのは、また格別なものです。
……しかし、何で木霊が雷を恐がるかな……