エピソード753『沁み込む』


目次


エピソード753『沁み込む』

登場人物

平塚花澄
書店瑞鶴店員。
平塚英一
書店瑞鶴店長。花澄の兄。

本文

某日、朝。瑞鶴。
 もう八時はまわっているのに、天気のせいで薄暗い。

店長
「花澄、これ」
花澄
「はい?」

CDラジカセを手渡されて、花澄はきょとんとした。

店長
「レジの後ろにコンセントあるだろ」
花澄
「ああ……ああそうか、はい」

何か思い当たったように、花澄は頷き、コンセントをさし込む。

花澄
「CDのほうでいいの?」
店長
「うん」

アカペラのクリスマスソングが、狭い店内に広がってゆく。

花澄
「……まだやってるのね」
店長
「悪いか?」
花澄
「悪くないよ」

曇りの空は低い。
 硝子戸で区切られた閉鎖空間内に、和音が重なる。
 さほど大きくも無い店内に、音が満ちる。
 
 ゆっくり、ゆっくりと。
 クリスマスを、染み込ませる作業。

花澄
「……今年のクリスマスは、にぎやかになりそうだね」
店長
「それが普通だよ」
花澄
「クリスマスって、一人で迎えるものだと思ってた」
店長
「……それで楽しいか?」
花澄
「うん、とっても」

ワインを一本買って、ケーキを買って、本を買って、一晩かけて、クリスマスを染み込ませる。
 しんしんと。
 星が見えれば重畳。見えずとも雲の流れるのを飽きもせず眺めれば、一晩などすぐ過ぎる。
 そんな事いつでも出来るだろう、と、良く言われる。
 が、そう言う人に限って、そんな事やったことも無い、という。
 
 クリスマスを染み込ませる……狭い瑞鶴の中に。
 クリスマスが沁み込む……自分の中に。

花澄
「干し葡萄をラム酒の中に漬けてるみたいに、かな?」
店長
「それで思い出した。お前あのケーキ作れよ」
花澄
「……薮蛇(苦笑)」

クリスマスまであと少し。

時系列

1997年、冬、クリスマス前の風景です。

解説

日本ではすっかり、商業ベースに乗ってしまったクリスマスですが。
 まあ……のんのんと過ごすも良しということで。



連絡先 / ディレクトリルートに戻る / TRPGと創作のTRPGと創作“語り部”総本部