エピソード756『羊ころころ』


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エピソード756『羊ころころ』

登場人物

平塚花澄(ひらつか・かすみ)
書店瑞鶴店員。ぬいぐるみを作るのが趣味
譲羽(ゆずりは)
少女人形に取りついた木霊。花澄の擬似娘。

擬似お母さん困る

某日夜半。花澄の部屋。
 もこもこの白い布の切れ端が、あちらこちらに転がっている。
 花澄のスカートにも、一面白い毛がくっ付いている。
 その真ん中で、本人が、本を広げて手を動かしている。

譲羽
『花澄、それ何?』
花澄
「手乗り羊」
譲羽
『羊?』

譲羽には丁度いいくらいの、言換えれば、普通の人ならば片手にのっかる程度の羊が、ころころと転がっている。
 その数、既に6。

譲羽
『羊さん、花澄が作るの?』
花澄
「これはね、私の友達にあげる為のだから」
譲羽
『サンタさん、花澄のお友達にあげないの?』
花澄
「え? ……ええと(汗)」

クリスマスとは何ぞや、の問いに、二晩かけて答えた。
 その時、サンタの存在を教え込んだ……のはいいが。

花澄
「(どう言えば……) あ、あのね、サンタさんも忙しいから私も手伝っているの。それだけ」
譲羽
『お手伝いして、花澄のお友達の、作ってるの?』
花澄
「うん、そう」
譲羽
『ゆずのは?』
花澄
「……え?」
譲羽
『ゆずのは?(じーっ)』
花澄
「ええと……ゆずは、サンタさんがくれると思うけど?(汗)」
譲羽
『でも、花澄の羊さんもほしいの』

一応、譲羽用のぬいは、既に作って隠してある。
 それとは別に、というと……

譲羽
『ほしいのー(ゆさゆさ)』
花澄
「欲しいのって言っても…… (ああ困ったな、ここで渡すと我侭が通ることになるし、かといってこれであげない、となると、散々またいじけそうだし……)」

何というか……擬似お母さんの悩みである。

花澄
「ええっと……じゃあ、クリスマスの夜に、サンタさんが来たら、サンタさんに聞いてみる。ゆずにこれあげていいですかって」
譲羽
『サンタさん、駄目って言う?(心配)』
花澄
「え、ええと……ゆずがいい子だったら、大丈夫だと……思うけど(汗)」

冷汗ものの答えだったが、譲羽は納得したようである。

譲羽
『……ゆず、いい子にする(握り拳)』
花澄
「そ、そうね(引きつりつつもにっこり)」
譲羽
『いい子にしてますってサンタさんに言うのっ!』
花澄
「サンタさんにって……でも、ゆず、ちゃんと寝てないといい子じゃないと思うけど?」
譲羽
「……ぢ……(苦悩)」
花澄
「大丈夫。ゆずの代りに私が言うから。ね?」
譲羽
「……ぢい(安心)」

譲羽は花澄の膝の上によじ登り、ころんと丸くなった。

サンタさんのお友達

さて、また某日。
 夕方、松蔭堂。
 
 階段を下り、暗い廊下をたかたかと駆けて、譲羽が茶の間の前に来る。
 足音を聞きつけたらしい部屋の中で、慌ただしく何かを片付ける音がする。

SE
「がらがらっ」
譲羽
「ぢいっ(こんにちは、大家さんっ)!」

茶の間の中に、見慣れた作務衣の姿はない。
 炬燵の凍雲の前に立っているのは、赤と白の衣装を着け、ボンボンつきの帽子をかぶった後ろ姿。
 絵本で見た、サンタクロースだった。

譲羽
「ぢいぢいっ(わあ、サンタさんだあっ!)」
訪雪
「(あちゃあ……当日までは秘密にしときたかったんだがなあ)」
凍雲
「おや、譲羽ちゃん……(しっかり誤解しておるの、この様子じゃ)……あ、待たんか、それは」

すぽ。
 譲羽が飛びついた拍子に、帽子がすっぽり脱げて、中でまとめてあった長い髪が広がる。

譲羽
「ぢぃ……(目真ん丸)」
訪雪
「や……やあ、ゆずさん。こんにちは」

散った茶髪を片手で握った訪雪が、帽子をつかんでぽてんと畳に尻餅をついた譲羽に、ばつの悪そうな笑顔を向けた。

譲羽
「ぢ……ぢいっ?(尊敬の眼差し)」

電話を通さなくても、言っていることは何となく判る。

訪雪
「(服に目をやって) ああ、これね……(なんと言ったらいいだろうねえ……そうだな)サンタさんから、ちょいと服を借りてきたんだが。似合わないかね」
譲羽
「ぢいっ!(ぶんぶんっ)」

勢いよく振った首を、ちょっと傾げて。

譲羽
「ぢい(大家さん、サンタさんとおともだちなの?)」
訪雪
「え? ああ済まん済まん、いま電話を持ってくるから」

中途半端なサンタ衣装で店の間へ出て、電話を抱えて戻ってくる。

譲羽
『大家さん、サンタさんとおともだちなの?』
訪雪
「(ううむ。言っちまった以上、通すしかなかろうなあ) まあ、服を借りられるくらいにはね」
譲羽
『サンタさんに、ゆずいい子にしてる、って言っといてくれる?』
訪雪
「どうしてかね」
譲羽
『いい子にしてたら、花澄のひつじ、くれるって』

何となく、事情が読めてきた。

訪雪
「(なるほど。そういうことね。花澄さん苦労しとるな、こりゃ)サンタさんのプレゼントは、要らないのかね?」
譲羽
『花澄のも、サンタさんのも、どっちもほしいのっ!』
訪雪
「ふむ……(どっちもって、おおかた両方とも花澄さんのプレゼントなんだろうが……)まあそうだね、花澄さんも話はするだろうと思うが、儂のほうからも、会ったときにでもひとこと言っとこうかね」

如何にも狸おやぢな対応ではある(笑)

時系列

1997年12月、クリスマス前

解説

サンタの存在。出来るだけ長く信じさせてあげたいものですが……
 それはそれで、なかなかに厄介かも。



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