- 平塚花澄(ひらつか・かすみ)
- 書店瑞鶴店員。ぬいぐるみを作るのが趣味
- 譲羽(ゆずりは)
- 少女人形に取りついた木霊。花澄の擬似娘。
某日夜半。花澄の部屋。
もこもこの白い布の切れ端が、あちらこちらに転がっている。
花澄のスカートにも、一面白い毛がくっ付いている。
その真ん中で、本人が、本を広げて手を動かしている。
- 譲羽
- 『花澄、それ何?』
- 花澄
- 「手乗り羊」
- 譲羽
- 『羊?』
譲羽には丁度いいくらいの、言換えれば、普通の人ならば片手にのっかる程度の羊が、ころころと転がっている。
その数、既に6。
- 譲羽
- 『羊さん、花澄が作るの?』
- 花澄
- 「これはね、私の友達にあげる為のだから」
- 譲羽
- 『サンタさん、花澄のお友達にあげないの?』
- 花澄
- 「え? ……ええと(汗)」
クリスマスとは何ぞや、の問いに、二晩かけて答えた。
その時、サンタの存在を教え込んだ……のはいいが。
- 花澄
- 「(どう言えば……) あ、あのね、サンタさんも忙しいから私も手伝っているの。それだけ」
- 譲羽
- 『お手伝いして、花澄のお友達の、作ってるの?』
- 花澄
- 「うん、そう」
- 譲羽
- 『ゆずのは?』
- 花澄
- 「……え?」
- 譲羽
- 『ゆずのは?(じーっ)』
- 花澄
- 「ええと……ゆずは、サンタさんがくれると思うけど?(汗)」
- 譲羽
- 『でも、花澄の羊さんもほしいの』
一応、譲羽用のぬいは、既に作って隠してある。
それとは別に、というと……
- 譲羽
- 『ほしいのー(ゆさゆさ)』
- 花澄
- 「欲しいのって言っても…… (ああ困ったな、ここで渡すと我侭が通ることになるし、かといってこれであげない、となると、散々またいじけそうだし……)」
何というか……擬似お母さんの悩みである。
- 花澄
- 「ええっと……じゃあ、クリスマスの夜に、サンタさんが来たら、サンタさんに聞いてみる。ゆずにこれあげていいですかって」
- 譲羽
- 『サンタさん、駄目って言う?(心配)』
- 花澄
- 「え、ええと……ゆずがいい子だったら、大丈夫だと……思うけど(汗)」
冷汗ものの答えだったが、譲羽は納得したようである。
- 譲羽
- 『……ゆず、いい子にする(握り拳)』
- 花澄
- 「そ、そうね(引きつりつつもにっこり)」
- 譲羽
- 『いい子にしてますってサンタさんに言うのっ!』
- 花澄
- 「サンタさんにって……でも、ゆず、ちゃんと寝てないといい子じゃないと思うけど?」
- 譲羽
- 「……ぢ……(苦悩)」
- 花澄
- 「大丈夫。ゆずの代りに私が言うから。ね?」
- 譲羽
- 「……ぢい(安心)」
譲羽は花澄の膝の上によじ登り、ころんと丸くなった。
さて、また某日。
夕方、松蔭堂。
階段を下り、暗い廊下をたかたかと駆けて、譲羽が茶の間の前に来る。
足音を聞きつけたらしい部屋の中で、慌ただしく何かを片付ける音がする。
- SE
- 「がらがらっ」
- 譲羽
- 「ぢいっ(こんにちは、大家さんっ)!」
茶の間の中に、見慣れた作務衣の姿はない。
炬燵の凍雲の前に立っているのは、赤と白の衣装を着け、ボンボンつきの帽子をかぶった後ろ姿。
絵本で見た、サンタクロースだった。
- 譲羽
- 「ぢいぢいっ(わあ、サンタさんだあっ!)」
- 訪雪
- 「(あちゃあ……当日までは秘密にしときたかったんだがなあ)」
- 凍雲
- 「おや、譲羽ちゃん……(しっかり誤解しておるの、この様子じゃ)……あ、待たんか、それは」
すぽ。
譲羽が飛びついた拍子に、帽子がすっぽり脱げて、中でまとめてあった長い髪が広がる。
- 譲羽
- 「ぢぃ……(目真ん丸)」
- 訪雪
- 「や……やあ、ゆずさん。こんにちは」
散った茶髪を片手で握った訪雪が、帽子をつかんでぽてんと畳に尻餅をついた譲羽に、ばつの悪そうな笑顔を向けた。
- 譲羽
- 「ぢ……ぢいっ?(尊敬の眼差し)」
電話を通さなくても、言っていることは何となく判る。
- 訪雪
- 「(服に目をやって) ああ、これね……(なんと言ったらいいだろうねえ……そうだな)サンタさんから、ちょいと服を借りてきたんだが。似合わないかね」
- 譲羽
- 「ぢいっ!(ぶんぶんっ)」
勢いよく振った首を、ちょっと傾げて。
- 譲羽
- 「ぢい(大家さん、サンタさんとおともだちなの?)」
- 訪雪
- 「え? ああ済まん済まん、いま電話を持ってくるから」
中途半端なサンタ衣装で店の間へ出て、電話を抱えて戻ってくる。
- 譲羽
- 『大家さん、サンタさんとおともだちなの?』
- 訪雪
- 「(ううむ。言っちまった以上、通すしかなかろうなあ) まあ、服を借りられるくらいにはね」
- 譲羽
- 『サンタさんに、ゆずいい子にしてる、って言っといてくれる?』
- 訪雪
- 「どうしてかね」
- 譲羽
- 『いい子にしてたら、花澄のひつじ、くれるって』
何となく、事情が読めてきた。
- 訪雪
- 「(なるほど。そういうことね。花澄さん苦労しとるな、こりゃ)サンタさんのプレゼントは、要らないのかね?」
- 譲羽
- 『花澄のも、サンタさんのも、どっちもほしいのっ!』
- 訪雪
- 「ふむ……(どっちもって、おおかた両方とも花澄さんのプレゼントなんだろうが……)まあそうだね、花澄さんも話はするだろうと思うが、儂のほうからも、会ったときにでもひとこと言っとこうかね」
如何にも狸おやぢな対応ではある(笑)
1997年12月、クリスマス前
サンタの存在。出来るだけ長く信じさせてあげたいものですが……
それはそれで、なかなかに厄介かも。
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