エピソード761『門松は』


目次


エピソード761『門松は』

登場人物

平塚花澄(ひらつか・かすみ)
書店瑞鶴店員。
平塚英一(ひらつか・えいいち)
書店瑞鶴店長。花澄の兄

本文

年末の瑞鶴、閉店後。
 コーヒーを飲みながらの会話である。

店長
「で、花澄、お前今年は年末どうする」
花澄
「二、三日は帰るつもり」
店長
「へえ」
花澄
「昨日、父上御自らお電話を下さいまして(笑)」
店長
「すね齧ってた期間、長かったからなあ、お前(しみじみ)」
花澄
「まあね。定年前に、お礼言っとかないと」

今は兄のすねを齧っている、と、突っ込まれたら終わりなのだが。

店長
「親父も60か」
花澄
「早いね……本当に」

時の流れを区間で区切る。そのうちに、一日で区切るようになり、今では一週間、一ヶ月で区切るようになっている。

花澄
「……冥土の旅の、一里塚、か」
店長
「何だ、急に」

年々、確実に。
 死というものが、近くなる。

花澄
「でも、死ぬって事見据えないと、いい加減に生きてしまうから、私にはやっぱりめでたいな」
店長
「何を急に、哲学やってる」
花澄
「哲学じゃないって(笑) ……それにこの一月は、私でも哲学者になるよ」
店長
「へえ」
花澄
「クリスマスと新年と誕生日が、一ヶ月内に詰まってるものね。嫌でも時間を区切る事になる」

区切られる節ごとに、行く先を見る事になる。
 行く末は、一つ。
 間にある霧が、だんだんと薄くなるだけの事。

店長
「で、死ぬのが怖いな、とか思うわけか?」
花澄
「というか……今までの生ってのが、薄っぺらいって思い知らされる」

生きうるのは、現在。
 生きうるという奇跡を、ごく当たり前のようにこなしている自分。
 その重みを本当には知らないこと。

店長
「じゃ、来年はそやって生きろ」
花澄
「……そだね」

年々、新年を祝う。
 ひたひたと近づく結末に、少し焦って。
 そしてもう一度、昂然と頭を上げて向かってゆく為に。

店長
「そしたら年末年始、二日くらいは休みにするか」
花澄
「そうだね」

時系列

1997年年の瀬

解説

恐らく、世の中の普通よりもゆっくりと時を過ごしている平塚兄妹ですが。
 やはり……年の区切りにはそれなりの感慨があるようです。



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