エピソード770『年の瀬』


目次


エピソード770『年の瀬』

登場人物

平塚花澄(ひらつか・かすみ)
書店瑞鶴店員。常ならぬものを見る。
譲羽(ゆずりは)
少女人形に取りついた木霊。花澄の擬似娘。

本文

夜分遅く、花澄の部屋。
 一通り片付けを終えて、花澄が溜息をつく。

花澄
「……この、本(汗)」

出来るだけ文庫本を選んで買っているとはいえ、恐ろしいほどの増殖率である。

譲羽
『花澄、その本、捨てちゃうの?』
花澄
「……でないと、床が抜けそうだしね(まじ)」

それでなくても古いアパートの畳は、歩く度にきしむのだ。

譲羽
「……ぢいっ(退屈、だようっ)」
花澄
「……そうだね(苦笑)」

片付けの間、『おてつだいー』と騒ぐ譲羽を、なだめすかして天袋の中に入れておいたのだが。

花澄
「丁度牛乳切れてるし……買い物、行こうか」
譲羽
「ぢ!」

諸手を挙げて賛成する木霊の少女を袋に入れて、花澄は外に出る。
 夜半を過ぎる頃ともなると、流石に人通りが無い。
 譲羽が何時の間にか袋から抜け出し、花澄の肩に移る。
 
 と。

譲羽
「……ぢ?」

首を傾げると同時に、花澄の髪を一房引っ張る。

花澄
「何?」

応じながらも、花澄は目を凝らす。
 さわさわと、気配だけが感じられる。
 
 さわさわと。
 何だか気ぜわしくなるような。

花澄
「……あ」

とととと、と、走ってくるのは、せいぜい譲羽程度の背丈しかない、これは少年。
 白絹の着物と袴をつけて、手には箒とちりとりを抱えて。

花澄
「……大掃除?」

呟いたつもりが、走っていた少年が足を止めた。

少年
「うん、きちんと奇麗にしてやらないとね」
花澄
「……ふうん?」
少年
「いろいろあったし」

言いかけた少年の後から、とととと、と、何人もの子供たちが駆けてくる。
 やはり箒やちりとりを持つ者、そして大きな頭陀袋を持つ者。

花澄
「あれは何を入れるの?」
少年
「穢れ」
花澄
「え?」

こらさぼるな、いそがしいんだぞ、と、高い声がかかる。少年は慌てて走っていった。

花澄
「……穢れ?」

穢れ。
 昔読んだ文章を思い出す。
 古事記だったか日本書紀だったか。
 沢山のヒメだのヒコだのの神々が、繰り返し繰り返し呑み込んでは捨て、呑み込んでは捨て、ようよう遥か彼方に放つもの。

花澄
「豹がその斑点を消すことが出来るなら……か」
譲羽
「ぢ?」

お前たちの穢れも、消す事が出来よう、と。
 続けたのは誰だったか。

花澄
「……大掃除、どころじゃないよね(苦笑)」

部屋の掃除をして。
 年忘れの為の様々な行事を重ねて。
 自分たちはその年を過ぎこしてゆく。
 残ったものを、いつのまにか忘れて。

花澄
「……そんなものよね(苦笑)」

少年たちが駆けていった方角に一つ礼をして、花澄はまた歩き出した。

時系列

1997年、年の瀬。

解説

大掃除、というならば。
 年に溜まった穢れを清め……というところでしょうか。
 吹利だと、結構これは大変そうだなあ。



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