エピソード831『A linker 16/06』


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エピソード831『A linker 16/06』

登場人物

堀川祐司(ほりかわ・ゆうじ)
静電気体質の歴史学者。電気を操る。 :同志館大学出身で、1998年春から吹利へ。
桂言音(かつら・ことね)
符術士でもある郷土史学者。 :同志館大学助教授。(狭間16キャラ)

3月末 〜 同志館大学構内

折からの強風に桜の花びらが混じる。
 春の嵐。咲き始めの桜を揺する、しかし暖かな風。

言音
「もうそんな時期になったのね……まだ朝は寒いと思っていたのに」

今でも決して朝は暖かくはない。でもセーターを着ることはなくなった。
 車で大学に通う言音も、スーツ姿では暑ささえ覚える。
 しかし、風通しが良く日の当たらない校舎の廊下は、まだ足下から冷気が上がってくる。言音は足早に南向きの自分の研究室に急いだ。
 考古学教室・田中教授の研究室。しかしそこには、居候のように桂研究室が併設されている。そこの主は、他ならぬ桂言音助教授その人。
 大学にもう少し出席と貢献をしていれば予算も自分の講座も持てるのに、研究の方が気楽だからと言って学内を顧みない彼女を見かねて田中教授が手を回したというのは、一部では有名な話。彼女の方も恩師とのギブ&テイクに何の不満もないが、おまけで付いてきた助教授職に慣れてきたのはほんのここ数年の話だ。
 だがその間に彼女に学び卒業していった学生たちの彼女への評判は、高い。

言音
「あれ」
研究生
「あ……」

言音の部屋への通り道のようになっている小部屋に、一人の研究生の姿。

言音
「堀川君、どうしたの、日曜日なのに」
祐司
「桂先生こそどうしたんですか(笑)」
言音
「私は昼から新田辺の公民館で講演だから……」

そこまで言って、言音もさすがに気づく。
 彼の座る筈のスペースには、今やわずかばかりの荷物しか置かれていない。それも、彼はボストンバッグの中に詰めてしまおうとしている。

言音
「……片づいてみるまではもっと先の話だと思ってたけど……もう明後日なのねぇ」
祐司
「明後日も、挨拶に回るだけですよ。春休みに出てるような連中にしか声をかけられないだろうし」

先程まで、明後日は子供を誘って花見に行こうと思っていたとは、言えない。
 この堀川祐司は、言音が助教授の椅子をあてがわれて渋々座った頃から彼女の下に院生として入っていた研究生である。当然つきあいも長く、端から見れば訳の分からない彼女の行動に文句を言いながらも付き合ってくれる貴重な学生たちの一人である。いなくなると思うと、なおさら残念さが募る。

言音
「紅雀院大の、歴史だったわよね」
祐司
「はい」
言音
「どんな事をしていくつもりなの? あそこの専門はあんまりうちとは関係なかったと思うけど……」
祐司
「歴史学科がどうと言うより、大学と土地柄に興味があります。吹利の歴史をやるなら吹利に入ってみたいと思いましたし、紅雀院大の図書館には興味がありますから。調査だけならここからも行けるんですが、その辺りで不便を感じていたもので」
言音
「記紀に隠された王朝交代(※祐司の研究テーマ)……吹利に関連を感じたの?」
祐司
「従来研究されている王朝交代より前の時代ですけどね。要は、天皇家以前の畿内の王朝の研究の鍵が吹利にあるんじゃないかと思うんです。神武直前の時代でもナガスネビコが奈良盆地から東北大阪一帯に強大な勢力を張っていましたし、後の時代の豪族のルーツを探る意味でも、当時の権力基盤の構造をはっきりさせておくのは必要だと思ったんです」
言音
「そう……楽しみねぇ(^_^)」
祐司
「結構わくわくしてますよ。一人で回るのはしんどいでしょうけど。文献も吹利そのものに関しては後の時代にしか登場しないんで、いろんなものから類推するしかなさそうだし、大変だとは思います」
言音
「論文は、説得力よ(笑)」
祐司
「それらしく書けるようにがんばります(笑)。ついでに、真実の一つも見つけられたら」
言音
「歴史学者の夢よね。……気をつけてね」
祐司
「はい」

昼からの講演の資料を取りに部屋に入った言音が戻ったとき、既に祐司の姿はなかった。そういえば、退去の挨拶の声は聞こえたような気がする。

言音
「……気をつけて……ね」

日頃の享楽的な笑顔が消え、真実をかいま見た者の険しい表情に変わった。
 吹利。
 彼方と此の方の狭間をさまよえるもの達が集い、さざめく土地。
 ごく普通の人々には何の未練も抱かせないちっぽけな山間の地。しかし、普通の人生を許されないものたちはたまらなく惹かれるという、「魔力」を帯びた土地。彼も惹かれた者の一人なのだろうか……。

言音
「彼は霊力の片鱗もなかったはず……他の土地ならともかく、吹利を調査しようと思えば何事もないとは思えないし」

言音は、懐に忍ばせていた護身符を取り出して魔力を確かめると、手近な
 「学業成就」のお守りに差し込んで祐司の机の上に置いた。もちろん、言音からと言う付箋紙を貼り付けて。
 もちろん、祐司を含む学生達は、彼女のこのような素性は知らない。

言音
「いい先生じゃなかったし……これくらいは、ねぇ(^_^;」

元の表情に戻った言音は、そう言い置くと部屋を後にした。
 数日後、堀川祐司は吹利の土地に暮らす一員に加わることになる。
 (終)

解説

吹利の紅雀院大学へ赴任することになった教え子の堀川祐司を見送る、桂言音(狭間16キャラ)の話です。

時系列

1998年春、3月末の話。



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