エピソード870『いい子』


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エピソード870『いい子』

登場人物

平塚花澄
書店瑞鶴店員。「守護ぬい」の作成者。
譲羽
人形娘な木霊。花澄の擬似娘。

本文

某日、朝。

譲羽
『やだやだやだあっ』
花澄
「やだ、じゃないでしょう?」
譲羽
『でもやだあっ(泣)』

ぢたぢたぢた。
 座布団の上でまぐろよろしくばたばた暴れる木霊の少女である。

花澄
「仕方ないの。今日は、大家さん、出かけられるってお聞きしたし」
譲羽
『でも、闇ぬい君達、いるもんっ』
花澄
「だから、心配なの。いっつもうるさくして、ご迷惑お掛けしてるでしょう?」
譲羽
『ご迷惑なんて、おかけしてないもんっ(憤然)』

……自覚がここまで徹底的に無いと、花澄としても溜息が出る。

花澄
「それでも。今日は、松蔭堂にいったら駄目」
譲羽
『やだやだやだあ(半泣き)』
花澄
「駄目」
譲羽
『かすみぃ……(べそべそ)』
花澄
「駄目ったら、駄目(きっぱり)」

擬似とはいえ母親業。甘いばかりでは勤まらない。

花澄
「今日一日くらい、いい子にしてらっしゃい」
譲羽
『〜〜〜〜っ!!』

ぽふ、と頭を優しくたたかれては、怒りと文句の持って行き場がなくなる。
 寝そべった座布団の端を、譲羽はきりきりと噛んだ。

花澄
「じゃ、行ってきます」

ぱたん、と扉が閉まり、かちゃかちゃと小さな鍵の音が続く。
 薄暗い部屋に、譲羽は一人取り残された。

譲羽
『花澄の意地悪ーーっ』

ごねても、座布団を叩いても、花澄は戻ってこない。
 どんなに泣いても、涙はこぼれない。
 しばらくすると、何だかすっかり疲れきって、譲羽は座布団の上に転がった。
 
 いい子にしてらっしゃい、と、簡単に言うけれども。
 こんな時には本だって面白くない。薄暗い部屋の中、自分だけが一人でころころしている…………

譲羽
『花澄ぃ…………』

今度は淋しくて淋しくて、べそをかきだした譲羽の頭を、ぽんぽん、と誰かが撫でた。

譲羽
『……?』

顔を上げると。

譲羽
『ニコラス君と、ラヘル……』
 
 サンタの格好のクマぬいはニコラス、羊のぬいはラヘル。
 その二名(?)が、心配そうにこちらを眺めている。
譲羽
「………(ぽむ)」

すくっと、譲羽は座布団の上に立ち上がった。

譲羽
『みんなっ! ゆずの言葉、分るんなら、おきるのっ!』

ざわ、と、何かが蠢いた。

譲羽
『李紅、花衣、久宇(りく、かい、くう)!』

ころころころ、と、20cmくらいのクマが三体、本棚から飛び降りる。

譲羽
『月耳に雪遠! ラックとレイツァン、それに芽菜!』

次から次へと、飛び出してくる犬だの猫だのクマだののぬい。

譲羽
『星槎(せいさ)、緇単(したん)もっ!』

ぴょん、と弾む足取りで近寄るぬい達。
 すっかり機嫌を直して、譲羽はぴょこぴょこ跳ねた。

譲羽
『じゃ競争……本棚登り! 一番早いの誰?』

とてとてとて、と、途端に一間のアパートの中に、小さな足音が充満した。
 …………さて、昼前。

譲羽
『ゆずだって、押し入れから飛べるもんっ……ニコラス君、退いてっ 』
ニコラス
「……あぶないこと、してるね(心配げ)」
譲羽
『大丈夫なのっ……えいっ』

と、弾みを付けて、押し入れの中から飛び出したところで。

SE
かちゃり☆
譲羽
「……?!」

扉の形に、光が射し込む。
 一瞬、ぬいたちが硬直する。

花澄
「……こんな事だろうと思った(溜息)」

静かに靴を脱ぎ、ゆっくりと部屋に入る。
 ぬい達が、ゆっくりとあとずさる。

花澄
「……戻んなさい」

ひゅい、と、風が吹き戻したように、ぬい達は元の位置に戻った。
 無意識のうちに腕組みをしてそれを見やっていた花澄は、ふと、視線を足元に落とした。
 ぺたんと座り込んだ譲羽、と……

花澄
「……お前達は?」

静かに問われて、二体のぬいが顔を上げた。

ニコラス
「ぼくらは」
ラヘル
「ゆずちゃんの、ぬいだから」
花澄
「……成程(くす)」

どこか、鈍重に聞こえる声。
 それでもそれは、揺るぎない。

花澄
「で、何やってたの、ゆずは?」
譲羽
「…………(ぶすっくれー)」

そこで、何にもしてない、と、言い募るほどには……譲羽もすれてない。

花澄
「いい子にしててね、って言わなかった?(苦笑)」
譲羽
『いい子なんて、あきちゃったよぅっ!(拗ねっ)』
花澄
「………(飽きるほど長い間、いい子にしてたわけないのに)」

思ったが、流石に口には出さない。

花澄
「……それで、どうするの?」
譲羽
「…………」
花澄
「瑞鶴に、来る? ニコラス君とラヘルも一緒に?」
譲羽
「………(無言でこっくり)」

手を差し出すと、ふくれたまま、それでもその手に縋りついてくる。

花澄
「……ゆーず(苦笑)」
譲羽
「……(ぷいっ)」

二体のぬいごと抱え上げて、そのまま抱きしめる。

花澄
「……ゆずは、いい子よね(笑)」
譲羽
「……(ふくれっつら)」

おかしくて…そして静かに脅えながら、花澄はくすくすと笑い続ける。
 何時まで、この時は続くのだろうか。

時系列

1998年6月はじめの風景。

解説

だんだんと成長するにつけ、子供は言うことを聞かなくなるようで……(木霊って幾つだ、って突っ込みは無視します)



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