某日、朝。
ぢたぢたぢた。
座布団の上でまぐろよろしくばたばた暴れる木霊の少女である。
……自覚がここまで徹底的に無いと、花澄としても溜息が出る。
擬似とはいえ母親業。甘いばかりでは勤まらない。
ぽふ、と頭を優しくたたかれては、怒りと文句の持って行き場がなくなる。
寝そべった座布団の端を、譲羽はきりきりと噛んだ。
ぱたん、と扉が閉まり、かちゃかちゃと小さな鍵の音が続く。
薄暗い部屋に、譲羽は一人取り残された。
ごねても、座布団を叩いても、花澄は戻ってこない。
どんなに泣いても、涙はこぼれない。
しばらくすると、何だかすっかり疲れきって、譲羽は座布団の上に転がった。
いい子にしてらっしゃい、と、簡単に言うけれども。
こんな時には本だって面白くない。薄暗い部屋の中、自分だけが一人でころころしている…………
今度は淋しくて淋しくて、べそをかきだした譲羽の頭を、ぽんぽん、と誰かが撫でた。
顔を上げると。
すくっと、譲羽は座布団の上に立ち上がった。
ざわ、と、何かが蠢いた。
ころころころ、と、20cmくらいのクマが三体、本棚から飛び降りる。
次から次へと、飛び出してくる犬だの猫だのクマだののぬい。
ぴょん、と弾む足取りで近寄るぬい達。
すっかり機嫌を直して、譲羽はぴょこぴょこ跳ねた。
とてとてとて、と、途端に一間のアパートの中に、小さな足音が充満した。
…………さて、昼前。
と、弾みを付けて、押し入れの中から飛び出したところで。
扉の形に、光が射し込む。
一瞬、ぬいたちが硬直する。
静かに靴を脱ぎ、ゆっくりと部屋に入る。
ぬい達が、ゆっくりとあとずさる。
ひゅい、と、風が吹き戻したように、ぬい達は元の位置に戻った。
無意識のうちに腕組みをしてそれを見やっていた花澄は、ふと、視線を足元に落とした。
ぺたんと座り込んだ譲羽、と……
静かに問われて、二体のぬいが顔を上げた。
どこか、鈍重に聞こえる声。
それでもそれは、揺るぎない。
そこで、何にもしてない、と、言い募るほどには……譲羽もすれてない。
思ったが、流石に口には出さない。
手を差し出すと、ふくれたまま、それでもその手に縋りついてくる。
二体のぬいごと抱え上げて、そのまま抱きしめる。
おかしくて…そして静かに脅えながら、花澄はくすくすと笑い続ける。
何時まで、この時は続くのだろうか。
1998年6月はじめの風景。
だんだんと成長するにつけ、子供は言うことを聞かなくなるようで……(木霊って幾つだ、って突っ込みは無視します)