エピソード871『お山の大将』


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エピソード871『お山の大将』

登場人物

平塚花澄
書店瑞鶴の店員。酒豪。
如月尊
退魔術師な花屋さん。酒豪。

本文

もうそろそろ、明日が今日になる時刻。
 公園の小さなジャングルジムの上に陣取って、花澄はグラスを傾ける。

花澄
「お山の大将俺一人……か」

後からくるもの 突き落とせ、と、口の中で呟いて、また一口。
 冷やしておいた酒は、するりと喉を通る。
 
 忘れるほどに呑めばいい、と、人は言う。
 レテの河は、丸ごと酒かもしれない。
 
 何を忘れたいのか。
 忘れたいと思った、その感情ごとに忘れてしまいたいのに。

花澄
「後に残るのは……月、だっけ?」

返事は、無い。
 ……筈、だったのだが。

??
「何が残るんですか?(くす)」
花澄
「……っと…あら」

手から飛び出しかけたグラスを持ち直して。

花澄
「尊さん、かあ……吃驚した(笑)」
「花澄さんこそ。そんなところで酒盛りですか?」
花澄
「はあ(苦笑) ……登ってきません? もひとつグラスありますよ」
「はいはい(笑)」

ひょい、と、尊が花澄の隣までやってくる。
 背負った鞄から、グラスと一升瓶が出てくる。

「……何か……もしかして、これ、初めてじゃないんですか?」
花澄
「って……ああ、はい、良くここで呑みますよ(にこにこ)」

次の質問の前に、花澄がとくとくとグラスに酒を注ぐ。
 瓶が、汗をかいている。

「あ、おいし」
花澄
「あんまり有名なお酒じゃないんですけど、冷やすと結構……ごめんなさい、酒のつまみもないんですけど」
「………(そこまであったら恐い)」

暫し、無言でグラスを傾ける。
 お代わりを注ごうとして、尊はふと手を止めた。
 一升瓶の中身が、既に半分近くに減っている。

「……花澄さん?」
花澄
「はい?」
「これ……一人で?」
花澄
「はあ」

公園の真ん中の、弱々しい街灯の光だけでは、花澄の表情は良く分らない。

「良く、酔わないですね」
花澄
「………酔ってますよ(笑)」

何処が、と、聞きかけた尊の機先を制するように花澄はにっこりと笑い、持っていたグラスを空けると。
 
 すとん、と、飛び降りた。

「花澄さん?!」
花澄
「ほら、突き落とすのって厭でしょ?……だから自分が落ちるの」

ほろほろと笑いながら、尊を見上げる。その何処にも酔いの影はない。
 歩みののろい天使が、一往復した頃。

花澄
「とまあ、この程度のことをするくらいには酔ってますね」

そう言うと、花澄はまたもとの位置に戻り、一升瓶を受け取った。
 白っぽい芳香が、瓶から漂う。

「……何か、酔い潰したくなってきた」
花澄
「はい?」
「花澄さん……潰したらどうなるのか、見てみたいなっ(くす)」
花澄
「おや……受けて立ちますよ(にこ)」

にこにこにっこり。
 結構物騒な内容である。

「でも、これじゃ、どちらにしても足りないかな」
花澄
「御心配なく。ほらこれ、このとおり」

鞄の中から、魔法のようにもう一本。

「………(一人でこれだけ呑むつもりだったのかしら、花澄さん(汗))」
花澄
「この前、美味しかったからまた買ってしまいました。山崎のモルツ……だっけな?(にこにこ)」

鞄を叩くと、お酒が一本。
 ……妙なフレーズを思い出してしまった尊である。

「じゃ……とにかく、呑みましょうっ」
花澄
「はい(にっこり)」
「でも、ちょぉっとお尻の座りが悪いかな?(苦笑)」

ジャングルジムのてっぺん、あるのはパイプのみ。

「うーん(思案)
       : (ぽん
手を打つ) 花澄さん背中貸してください(にこ)」
花澄
「背中?」
「こうやって」

クルリと後ろを向き、花澄の背中に背中を合わせる。
 合わせた背中が暖かい。

「夜はちょっと冷えるから、ね」

薄雲に包まれた月が、ゆっくりと傾いてゆく。
 酒は滑らかに喉を過ぎる。
 
 レテの河は、やはり丸ごと酒なのだろう。

時系列

1998年6月はじめの夜の話。

解説

相も変わらずな酒豪二名の話です。



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