もうそろそろ、明日が今日になる時刻。
公園の小さなジャングルジムの上に陣取って、花澄はグラスを傾ける。
後からくるもの 突き落とせ、と、口の中で呟いて、また一口。
冷やしておいた酒は、するりと喉を通る。
忘れるほどに呑めばいい、と、人は言う。
レテの河は、丸ごと酒かもしれない。
何を忘れたいのか。
忘れたいと思った、その感情ごとに忘れてしまいたいのに。
返事は、無い。
……筈、だったのだが。
手から飛び出しかけたグラスを持ち直して。
ひょい、と、尊が花澄の隣までやってくる。
背負った鞄から、グラスと一升瓶が出てくる。
次の質問の前に、花澄がとくとくとグラスに酒を注ぐ。
瓶が、汗をかいている。
暫し、無言でグラスを傾ける。
お代わりを注ごうとして、尊はふと手を止めた。
一升瓶の中身が、既に半分近くに減っている。
公園の真ん中の、弱々しい街灯の光だけでは、花澄の表情は良く分らない。
何処が、と、聞きかけた尊の機先を制するように花澄はにっこりと笑い、持っていたグラスを空けると。
すとん、と、飛び降りた。
ほろほろと笑いながら、尊を見上げる。その何処にも酔いの影はない。
歩みののろい天使が、一往復した頃。
そう言うと、花澄はまたもとの位置に戻り、一升瓶を受け取った。
白っぽい芳香が、瓶から漂う。
にこにこにっこり。
結構物騒な内容である。
鞄の中から、魔法のようにもう一本。
鞄を叩くと、お酒が一本。
……妙なフレーズを思い出してしまった尊である。
ジャングルジムのてっぺん、あるのはパイプのみ。
クルリと後ろを向き、花澄の背中に背中を合わせる。
合わせた背中が暖かい。
薄雲に包まれた月が、ゆっくりと傾いてゆく。
酒は滑らかに喉を過ぎる。
レテの河は、やはり丸ごと酒なのだろう。
1998年6月はじめの夜の話。
相も変わらずな酒豪二名の話です。