エピソード890『松蔭堂発、極甘和菓子』


目次


エピソード890『松蔭堂発、極甘和菓子』

登場人物

小松訪雪
松蔭堂の店主。最近和菓子作成に凝っているらしい。
長沢凍雲
松蔭堂の先代。ご隠居。
狭淵美樹
医学部の学生。栄養状態恒常的に悪し。
狭淵麻樹
美樹の双子の妹。研修医。
平塚花澄
書店瑞鶴店員。
譲羽
少女人形にとりついた木霊。花澄の擬似娘。

本文

某日、夕刻。
 松蔭堂の茶の間には、五人と木霊一人が顔を揃えている。

訪雪
「つまらんもんですが……食べてみてください」
譲羽
「ぢい……(わあ……)」

生成り色の皿に載せられた、様々な花をかたどった和菓子。
 同色の茶碗に、濃い緑色の茶の色が映える。

花澄
「これ、大家さんが作られたんですか?」
訪雪
「はあ」
花澄
「……凄いですね」

椿、薔薇、菖蒲、紫陽花、等等。
 

譲羽
「ぢいぢいぢい(綺麗なのっ(嬉々))」
訪雪
「どうぞ、召し上がって下さい」

頂きます、と、和する声。そして…………

凍雲
(……甘い(汗))

砂糖に何かを加えただけならば、砂糖を越す甘さになる筈はないのだが。
 ……が。
 …………かろく砂糖を凌駕するこの甘さ。

花澄
「……(この甘さ……あちらの国独特のものかと思ったけど、 和菓子でもこういうのあるのかぁ……) …………(お茶をすする)」

ああ、渋茶が美味しい……とも言えず。
 何となく無言になってしまった花澄の横で。

麻樹
「もぐもぐもぐ(ふむ。栄養にはなる) 大家氏。もう一個頂こう(お茶をすする)」
訪雪
「ささ、もひとつ。(鳴呼、はじめておかわりしてくれる人に出会った(感涙))」
譲羽
「ぢいぢいっ(やっぱり大家さんってすごいなあ)」

感嘆の眼差し。
 ……沈黙は誤解の温床かもしれず。

美樹
「もぐ(……………) ずずずずずずずずずずずずずずず(お茶を一気のみ) えと、お茶をもう一杯と……あ、お菓子ももう一つ頂きましょう。(お手製ですし、残したら悪いですしね)」
訪雪
「はいはい、どうぞどうぞ(満面の笑み)」

お代わり、二人目、という事実に安堵しつつ、訪雪は自分の分を口に入れる。

訪雪
「ふむ(ぱく) ……(うげ甘い、儂んとこだけ砂糖が固まっとったか)」

現実認識が多少(?)偏っているような気が……
 ってそもそも。
 ……作っている最中に、味見をしたのだろうか、大家氏は。

花澄
「……(お茶をゆっくり飲んで) …… (本当に綺麗なんだけど……ここまで甘くなかったらいいのに) ……あの、大家さん、お茶頂けますか?」
麻樹
「もぐもぐもぐ(これだけ甘いと携行食向きかもしれん。いや、水がないときは不向きか) ずずずず(茶の消費量が多くなるな) あ、もう一個頂こう」

お代わりをする狭淵兄妹をじっと見ていた譲羽が、一言。

譲羽
「……ぢいぢいっ?(花澄はおかわりしないの?)」
花澄
「え?(汗)」

そして追い討ちのように。

訪雪
「花澄さん、よかったらもうひとつ如何ですか(にこにこ)」
花澄
「え……(汗) ……あ、はい、頂きます(にこにこ)」
訪雪
「ちと作りすぎましてね、まだこんなにありますからご遠慮なく(重箱いっぱい)」
花澄
「あ、はあ……(汗) ……はい、有難うございます(ぺこり)」
譲羽
「ぢいぢい(あのね、花澄、これ、紫陽花みたいのがいいのっ)」

白餡に半透明の花を植え込んだ形の和菓子。
 綺麗なのだが……つやつやと光る具合が。

花澄
「………(甘そう(汗))」

ぽつぽつと、花を一輪一輪ほぐすように食べはじめた向かいでは。

美樹
「(作りすぎたのでしたら仕方ないですねぇ) この、薔薇のかたちのを頂きましょう(お茶がもう少しいりますねぇ)」
花澄
「………(何でお代わり出来るんだろう)」

もしかしたら自分の食べているのが、格別甘いのだろうか、と、首をひねった、その矢先に。

凍雲
「ほ、訪雪……今日は、晩飯は要らんぞ(げふぅ)」

御隠居、渋茶を飲みすぎたらしい。

花澄
(やっぱり甘いよね、これ……狭淵さんと大家さんって、余程の甘党なのかなあ)

思案も、声にはならない。
 何とも……話の弾まないお茶である。
 沈黙のうちに、菓子が減り、お茶がそれに倍する勢いで減る。

花澄
「………(しかし、あれだけあるということは、これ食べ終わると、次がくるのね……食べ終わると困るかも(汗)) ……(お茶をすする)」
美樹
「(これだけ食べれば夕食は要りませんから、助かりますなぁ) ずずずず………もぐもぐ 」

……胃を壊すぞ。

麻樹
「(ふむ。まだ余っているか……)」
麻樹のポケット
「電話だ電話だ電……」
麻樹
「はい。狭淵。……判った。今行く」
花澄
「……え? 麻樹さん、どちらに……(蒼白)」
麻樹
「うむ。病院の方でまた面倒が起こったみたいでな」

さっと立ち上がって。
 御隠居はリタイヤ、残った面々でどうやってかたづけようか、と蒼白になった花澄に気付いた……わけでもないのだが。

麻樹
「という訳で今から病院にいくが…残った分、持って行って構わないか?」
花澄
「…………(安堵)」
訪雪
「ええ、どーぞどーぞ(二段重ねの重箱ぎっしり)」
麻樹
「(ふむ、これだけあれば看護婦も含めて一晩持つな) 有難く頂こう。では。(重箱持って走り去る)」
花澄
「………(た、助かったあ……) ……(お茶を飲み干して) ……ご馳走様でした(ぺこり)」

麻樹の差し入れを食べた看護婦さん達が、どのような感想を抱いたか、とか、あまりの砂糖の量の為、その後結構長いこと和菓子が無事に残っていた、とか、麻樹が携帯食代わりに重宝していたらしい、とか、色々な風聞が残ったものだが……取りあえず、松蔭堂の和菓子はその後も健在(?)らしい。

時系列

1998年、夏

解説

もともと譲羽に頼まれて作り出した訪雪さんの和菓子ですが……
 なかなか及第点に届かないようで。



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