エピソード918『初秋の瑞鶴』


目次


エピソード918『初秋の瑞鶴』

登場人物

平塚英一(ひらつか・えいいち)
書店瑞鶴店長。ぼーっとするのは趣味。
前野みかん(まえの・みかん)
人狼の少女。瑞鶴をよく訪れる。
 

本文

長月も去るとて、流石に涼しい風の吹き始めた頃。
 瑞鶴の表で、店長が雑誌を並べている。
 並べた手元を、微かに風がかすめる。

店長
「……飛ぶなよ」

すう、と雑誌の上を手で撫でる。
 薄い空気の皮膜が、雑誌を包む。
 
 今日は、唯一の店員が休暇を取っている。
 故に……閑古鳥がいつもより盛大に鳴いている。

店長     
「……やれやれ」

店内の片隅にある時計は、二時半を示している。
 学校が終わる4時頃になると、客も増えるのだが。
 
 どこからか一筋差し込む光の中で、埃がちらちらと舞っているのを、店長は座り込んで眺めている。
 
 光の筋を辿るとも無しに辿って、硝子戸まで行き着いた時。

店長
「?」
「にゃあ」

ぶちゃんとした、白地に大きな黒の斑点の猫が、入り口のマットの上に座り込んでいる。
 見やった店長を堂々と見返した猫は、一つ欠伸をして、そっぽを向いた。

店長
(……ふむ)
(大欠伸をもう一回)

お客さんの邪魔だから退け、と、言うのも莫迦らしい。
 だからぼんやり眺めている。
 閑古鳥と天使が、手を組んで瑞鶴内を飛び回っている。
 視界がセピアの色に染まる。
 
 しいん、と…………
 
 時計の短針が、かちり、と歩を進める。
 その音が、やけに響く。
 
 しいん、と…………

たんたんと、店に近づいてくる足音。
 他人事のように、それを耳にする……
 
 ふうっと、猫が息を吐いて立ち上がった。

みかん
「……ねこさん?」
「にゃあ」

お愛想のように一声鳴くと、猫はのそのそと河岸を変える。
 その声に、ゆるゆると店長は覚醒する。
 からからと、硝子戸が開いて。

みかん
「こんにちはっ」
店長
「ああ、いらっしゃい」

時系列

1998年9月下旬

解説

書店瑞鶴の、いつもの風景です。
 瑞鶴の猫の、初登場エピソードでもあります。



連絡先 / ディレクトリルートに戻る / TRPGと創作のTRPGと創作“語り部”総本部