エピソード1001『電操士』


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エピソード1001『電操士』

登場人物

御剣司(みつるぎ・つかさ)
トライの社員2人のうちの一人。電操士。
社長
 ゲーム会社トライの社長。大学を出て会社を設立したため、 まだ若い。
先輩
 専門学校の先輩。社長とは高校の同期。グラフィック・ サウンドを担当。
堀川祐司(ほりかわ・ゆうじ)
帯電体質の歴史学者。

昼食休憩時、ゲーム製作会社トライ事務所兼作業場

社長
「司。飯行くぞ」
(キーボードを叩きながら) 「あ、先輩、社長、先行っててください」
先輩
「あ? どうした?」
「プログラムのバグが取れなくって、もう少しなんでやっ ちゃいます」
社長
「そうか、まかせた」(先輩とともに出てゆく)

あまり広くない事務所に、司が一人だけ。

(バグのあるまま、実行型ファイルとしてFD(フロッピィ ディスク)に保存する)「さすがに、先輩たちの前では出来ないもんなぁ」
FDを手に持ち、目を閉じる。)
先輩
(バタン!)「司!」
(ビクッ。パシィ!)「は、はい!(振り向く)」
先輩
「カギ、頼むな! 1時間で戻る」
「分かりました」
先輩
「じゃあ」(バタン)
「ふぅー。びっくり。……あ」(手の中のFDをみる) 「やっちゃったか?」(FDを差し込み、中身を見る)

中身は、もはや意味のないでたらめな数字となっていた。

「あーあ、まだまだ集中力が足りないな」

再び、FDを取り出して目をつぶるが、すぐにあきらめてFDを机の上に置く。

「だめだ。疲れた。ゲーセンにでも行って、頭ひやそ」
カギをかけ、トライの事務所を出る。)

ゲームセンターにて

「ふう。ようやくついた。やっぱあの交差点を右か」

司が会社のビルを出てから50分。食事の時間を含めても、30分程は迷っていた事になる。

「(アナログ時計を見て) あと10分しかないか。ゲームの 確認だけして帰ろう」

扉を開けた瞬間、ものすごい騒音。十数種のゲーム機の効果音やBGMが交じり合っている。

「うわっ!」

突然、司の頭に騒音以上の物が流れ込んで来る。普段の仕事で感じている数十倍の膨大な量のゲームのデータ。そしてその意志。
 破壊、戦闘、落下、射撃、使命、生、死。

「ま、まずい……」(扉を手におき、閉めようとする)
SE
 パシィ!(扉の上にある看板の蛍光燈が破裂する)
「せい……ぎょ、でき……な……い」

そのまま、通りに出て、ゲーセンから離れる。

(司と肩が振れる)「痛っ!」(司をにらむ)
「あ……」

何も言わず、走り出す司。人のいないところを探すが、駅前に人のいない所など無い。司は、逃げ込むように裏路地に入り込んだ。

吹利市目抜き通りの裏路地

祐司
「……?」

吹利市内の目抜き通りを買い物がてら散策していた堀川祐司は、突然妙な気配を感じて足を止めた。

祐司
(気のせい……? いや……)

そのまま何かに耳をすますように辺りに感覚を漂わせていたが、ふと何やら思いついたように近くの公衆電話に歩み寄った。

SE
 パ、ポ、パ、ペ、ポ、プ、プ、ピ、ペ、パ、ポ
祐司
「……あぁ、もしもし。伽耶子? お兄さんですが。今ど こ? ……田辺? そーかー……いや、今吹利やねんけどな。
伽耶かと思うような“感触”があってなぁ。……んー、まぁ、見に行ってみるわ。気にしやんといて。そしたらな。ばいばい」

受話器を置き、再度集中する。“その存在”の位置は、今度は比較的容易に特定できた。先ほどは動いていたのだ。祐司にとってそんな存在は、実の妹の伽耶子以外にお目にかかったことはない……高圧電線級の電磁場を抱えながら動き回るような存在は。

祐司
「何かの事故……で済む話のわけがないわなぁ」

君子危うきに近寄らず。
 あるいは、虎穴に入らずんば虎児を得ず。
 さて、どちらを選ぶべきか? 

祐司
「……まぁ、見に行くだけならいいやろ」

この場合、後者の興味の方が勝ったようである。祐司は手回りの持ち物の絶縁を確認すると、“その存在”のいる方へと向かった。
 一方。

(全身の痛みに耐えながら)「おちつけ……おち……つけ」
祐司
「この辺、かな? ……?!」

祐司は自分の目を疑った。いや、自分の感覚を疑った。
 あるいは、少なからず期待していたかも知れない。
 “その存在”が、人間だったとは! 

「あ……」
祐司
「君か。すごい電磁場を出してるのは……」(近づこうと する)
「来るな!」
祐司
「?」
「危ないから……来ないで、下さい」
祐司
「何が、危ないんかな?」(一歩近づく)
「でん……き……が……うわっ!」
SE
 バリッ!(司の全身から一瞬だけ放電。司の服が焦げる)
祐司
「くっ!(一瞬立ち止まる) ……最初がこういう出会いと は(苦笑) まあ、雷に比べたら、たいしたことあらへんな」
平然と近寄る)
「な……ぜ?」(放電中)
祐司
「体質なんや。たぶん、君と同じカンジやろ」(手をかざす)
「な?」
祐司
「とりあえず、放電はとめとかなぁな」

司の身体に祐司の指先が一瞬触れたとき、司の体を走っていた電気が、ものすごい勢いで祐司の身体に吸い取られてゆく。大電力を発している司の身体も、これに抵抗して電気を維持するには、かえって暴走状態があだになった。

「力が、抜ける……」
祐司
「たいした量や。伽耶以上か?」
「……」(気絶)
祐司
「ようやくおさまったか。やれやれ……」
「……」(気絶中)
祐司
「こりゃあ、ほっとけへんわなぁ」

路地裏で司が気絶してから、数分が経っていた。祐司は、彼の傍らに座り、本を繰っている。

「ん……」(目を覚ます)
祐司
「あ、気ぃつきましたか?」
「あ……えーっと?」
祐司
「覚えてますか? もう、暴走はしてへんみたいやけど…… ……」
「あ!(自分のからだを確かめる)俺……」(立ち上が る)
祐司
「大丈夫みたいですね」
「あ……貴方が助けくれたんですね?」
祐司
「覚えてます?」
「はい。記憶はあります。どうもご迷惑をおかけしまし た」
祐司
「いえいえ、私が勝手に首突っ込んだだけですから」
「あ、僕、御剣 司っていいます」(名刺を取り出そうと する)
祐司
「ああ、堀川 祐司といいます。紅雀院大で講師をやって ます」(名刺を出す)
(名刺を出して)「あ……」

司の手の中には、先程の放電現象によって黒焦げになった名刺があった。

祐司
「(くすっ) 黒焦げですね」
「すみません……(名刺を受け取る)」
祐司
「……(どうしよ、根掘り葉掘り聞くわけにもいかんし なぁ)」
「(名刺を見ながら) 堀川祐司さん」
祐司
「はい?」
「……少しお時間よろしいですか?」(じぃっ)
祐司
「ええ(よかった、話してくれはるみたいやわ)」
「じゃあ、どこか…… (腹がなる)……あ……」
祐司
「あはは、じゃあ飯の食えるとこにでも行きますか」(歩 き出す)
「はい(おかしいな? 昼飯食ったよな……昼休み!)」

既に、ゲーセンに行った時点で10分ほどしか無かった昼休みは、完全に終っている。

「すみません。会社に電話を……(携帯電話を取り出す)」
祐司
「あ、ええ……(壊れとるんやないかな)」

路地から出たところで、携帯電話を手にとり、操作をするが、携帯は何も応答しない。

「あれ?」
祐司
「壊れとるんや無いですか? すごい電磁場やったし」
「そうですよね。はぁー(ため息)。公衆電話に行ってきま す」
祐司
「ええ」

公衆電話で会社に電話をかける。電話は、1回鳴っただけでつながった。

社長
「はい。トライ製作事務所です」
「あ、司です」
社長
「おう、司か。どうする?」
「どうするって……。早退しても良いですか?」
社長
「一人なのか?」
「? 。何のことです?」
社長
「一人なら、早退を許すわけにはいかない。誰かと一緒な のか?」
「はい。……知り合いと一緒です」
社長
「納期を遅らす。気にするな」
「駄目です! 納期は守ります。明日にはあげますよ」
社長
「……分かった。任せる」
「(なんなんだ?) はい。それじゃあ、お先に失礼します」

電話をおろし、祐司の元へと戻って来る。今は、社長の不可解な言動を気にしている場合ではない。

「行きましょうか……って、僕、あまりこの辺の事知らな いんですよ」
祐司
「まあ、駅前に出たら、なんかあるでしょ」

レストラン『マリカ』

駅前のファミリーレストランに入る。平日の昼過ぎだけあって、あまり客はいない。『マリカ』。東京では聞かない店名だった。

店員
「いらっしゃいませ〜! 2名様でよろしいですか?」
「あ、はい」
店員
「お煙草は、お吸いになられますか?」
「僕は吸わないけど……(祐司を見る)」
祐司
「いや、僕も吸いません」
店員
「ご案内致します。こちらへどうぞ」

窓際の席へ通される。店内は日差しが差し込み、明るく、温かい。

「なんか、すごい制服ですね……スカート短いし……リボ ンついてるし」
祐司
「ええ……」

目のやり場に困り(?)ながら、二人は注文を済ませた。しばらくして、料理が運ばれて来る。司はランチを頼んだが、祐司はコーヒーだけだ。
 しばし、無言で箸を動かす司。祐司は、黙って待っていた。

「すみません。さっき食べたばかりだったんですが」
祐司
「いや、落ち着きましたか?」
「はい……じゃあ、改めて、有り難うございました」
祐司
「いえいえ……でも、どうしてあんなふうに?」
「実は……」

しばらくの沈黙が流れる。
 祐司は、ただじっと待っていた。今までの事を思い返しながら。伽耶子が生まれる前の自分を、目の前の青年に重ねる。
 司は、今までの事を思い出していた。事務所の崩壊。異能の覚醒。恋人との離別。彼は、東京から逃げてきたのだ。

「変な力だと……思いますか?」
祐司
「そんなことはありません。私も、他人の異能力を見るの は初めてですけどね」
「数ヶ月前に、ビルの電流を受けまして、それからなんで す」
祐司
「(生まれつきやないんか……)」
「まあ、フロッピィのデータやマシン語が理解できるよう になりましたし、最初は戸惑いましたけど、今は何とか制御出来るようにしたんです」
祐司
「わずか数ヶ月で……それは大した物だ。しかも、データ の内容まで読めるなんて」
「ゲーセンが、電子機器の巣くつだと言う事を、すっかり 忘れてて、軽い気持ちで心構えもせずにデータを受け取ってしまって……」
祐司
「それで……」
「ええ、元々、びっくりしたりすると静電気を発してしま うので、それが暴走したんだと思います」
祐司
「なるほどなぁ」
「本当に、有り難うございました」
祐司
「いやいや、こちらこそ……私以外に、同じような能力者 がいるとは思ってなかったんで、これからも、よろしくお願いしますわ」
「あ、はい。ところで、堀川さんの能力って、僕の能力と 若干違うみたいですけど……」
祐司
「ええ、自分の体内の電位を変化させる事で、外部にも影 響を与える事が出来るんですわ」
「何と無く分かります。ものすごい電力を体内に溜めてお けるんですね。しかも、外部への漏れは完全にシャットアウトしてる」
祐司
「そこまで分かるんですか?」
「はい。フロッピィディスクの磁気パターンも読めますか ら」

夕日のもとで

彼らの会話は、夕日がビルにかかるまで続いた。今まで求めていた同類が、目の前にいる。そして、今まで話せなかった自分の能力を曇らぬ目で聞いてくれる。

祐司
「お、そろそろ帰らんと」
「そうですか。じゃあ、ここは僕が出しますよ」
祐司
「いや、そういうわけにもいかんです」
「助けてもらったわけですし……(財布を取り出す)」

たしか、1万円札が数枚入っていたはずだ。今日、ゲームソフトを買う予定だったのだから。

「(財布の中身を見る)……」
祐司
「……(どうしたんや? 固まったで)……御剣さん?」
「あ……すいません。お金貸してください……(涙)」

そう言って、彼の差し出した財布の中には、黒焦げになったお札の残骸が残っているだけだった……。

解説

御剣司の登場エピソード。電気操作系能力者同士の出会いという感じになっております。



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