- 布施美都(ふせ・みと)
- 過去の記憶、記録の無い娘。
- 紫苑(しおん)
- 実験で偶然作成された流体金属。猫の形を取る事が多い。料理は得意。
- 平塚花澄(ひらつか・かすみ)
- 本屋、瑞鶴の店員。布施美都と最初にであった人間。
- 平塚英一(ひらつか・えいいち)
- 花澄の兄。瑞鶴の店長。美都を一晩かくまい、その後グリーングラスへと預けた。
- テレビ
- 「……と言うわけで、今日はグランドクロスと言う……」
- 美都
- 「グランドクロスかぁ……英一さんって、占いとかは信じなさそうだなぁ……」
- ユラ
- 「美都さーん。行って来るねー」
- 美都
- 「あ、はーい。行ってらっしゃい」
階下のユラの声にテレビを見たまま答える美都。
- 美都
- 「さて……っと、そろそろ始めるよ、紫苑ちゃん」
- 紫苑
- 「ふにゃ……」
- 美都
- 「もう……何時まで猫やってるのっ。手伝ってくれるんでしょう?」
- 紫苑
- 「ええ……わかりましたよ(ふぁぁ)」
あくびをしつつ、紫苑も美都について台所に向かう。
- 美都
- 「まずは……黄身と白身を分ける……と」
必死になって殻と黄身と白身に分ける。殻も必死に分けねばならないのは、彼女の実力と言えるだろう。
- 美都
- 「白身を泡立て……」
- 紫苑
- 「すばやく正確にやるんですよ、角が立つくらいです」
- 美都
- 「結構疲れるね……」
- 紫苑
- 「手伝いましょうか?」
美都の隣で手ほどきをする紫苑は、いつもの男性体とは違って、今日は珍しく女性体である。格好は、美都のそれにそっくりだ。
- 美都
- 「あ……ううん、良い。私一人で作りたいんだ。ありがとう」
- 紫苑
- 「だったら、がんばってください」
今日は、8月11日。美都が吹利に現れてから、最初に世話になった瑞鶴の店長。平塚英一の誕生日である。
今までの感謝の意も含め、美都は自作のケーキを作ろうと試みているのだが……。
見ての通り、作業は難航している。
- 美都
- 「できたぁ……」
- 紫苑
- 「お疲れ様でした」
台所を見れば、美都の奮闘の後が伺える。つぶれたスポンジは3つ。漕げたのが一つ。生クリームも固形化したのや、なめると砂糖の粒が感じられるものもある。
- 美都
- 「じゃあ、渡して来るね」
- 紫苑
- 「はい、気をつけてくださいね」
美都は、ドライアイス入りの箱に詰めてから、勢い良くグリーングラスを後にした。
- 紫苑
- 「さて……片づけと、ユラさんの分の晩御飯の準備ですね」
- 美都
- 「こんにちは……」
- 英一
- 「いらっしゃい。ああ、美都さん」
- 花澄
- 「あら、美都さん、いらっしゃい」
店の方から、瑞鶴へと入る。まだ営業中なのだからあたりまえだが……。
- 美都
- 「えと……英一さん。お誕生日おめでとうございます」
店内に入って唐突に、それだけ告げてお辞儀をする。なぜ礼をするか良く分からないが……。
- 花澄
- 「…………そーいえば、お兄ちゃん誕生日だっけ………」
花澄の今気づいたかのような声。
- 英一
- 「……あ…ありがとうございます(深々)」
花澄の声を横目に見ながらも、深々と礼をする英一。
- 美都
- 「えへ……それで、これ作ってきたんです」
梱包した箱から、器用に取り出す。いや、取り出すにはそこそこの器用さが必要だった。
箱の側面を開け、中から皿ごと取り出したのだが、冷えた皿に結露がつき、滑りやすさを増長する。
- 美都
- 「あっ!」
- SE
- ベシャ……カランッ
皿を手に取り損ね、そのまま地面へ差し出した。瀬戸物の皿は割れる事はなかったが、ケーキの方は見事につぶれた。
- 花澄
- 「あら……」
- 美都
- 「あ……」
呆然。思考能力は停止した。頭の中で意味のつながらない単語がまわり続けている。目頭が熱くなり、涙が出そうになる。
- 美都
- 「(泣かないっ)……ごめんなさい……お店、汚しちゃった……」
慌ててしゃがみ、かたずけようとする美都の手より早く、手がケーキに伸びて崩れたかけらを拾い上げ、ひょいと口に運ぶ。
- 英一
- 「ふむ、美味しい。甘さも控えめになってて、食べ易いな」
- 美都
- 「英一さん……(じわっ)」
- 英一
- 「ありがとう。美都さん。これでも3人なら十分食べられる」
- 花澄
- 「地面についてない分だけとって、ちょっと整形すれば大丈夫そうね」
- 美都
- 「えいいちさぁん……」
そのまま、胸に飛び込む事で涙を隠す。彼の前では泣かないと決めていたが、嬉し涙ならかまわないだろう。
固まっている二人を横目に、笑みを浮かべてケーキを取り分けて行く花澄。
ふ……と、美都の頭越しに英一と目が合う。
- 英一
- 『…………なにか?』
- 花澄
- 『いいえ……ごゆっくり』
声に出さず、口を動かすだけで会話を終える。
ケーキを取ってから、拭き取る前にあじみをしてみる。
ほのかにあまいクリームだった。
瑞鶴店長、平塚英一の誕生日に、美都は不得意ながらもケーキを作る。紫苑の力を借りて作ったケーキを瑞鶴に持っていった美都だが……。
1999年8月11日。
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