エピソード1016『「吹利史」』


目次


エピソード1016『「吹利史」』

さがしものはなんですか

祐司
「……ない」

吹利大学通りのとある古本屋に入っていた堀川祐司は、やがてがっくりと肩を落として店を出てきた。
 吹利の古代王朝史・豪族史を研究していると、どうしてもある戦前の文献の名前に行き当たる。しかしその本、どこを探しても出てこないのだ。
 既に週末に奈良市内の古本屋という古本屋を調べてみたが、見つからなかった。(もっとも、元々奈良市内に古本屋は多くはないのだが) そして今日も、吹利の大学通りにおいて既に数軒を「はしご」している。

祐司
「大学(※紅雀院大学)の図書館にもあれへんだしなぁ。大学通りやったら、と思ったけど……望み薄かな……」

駅に向かいとぼとぼと歩いていた祐司は、ふと目に入った落ち着いた風情の本屋に思わず吸い込まれていた。ここならあるかも、との一縷の望みを抱いて。
 その名は、「瑞鶴」。

SE
からからから
花澄
「いらっしゃいませ」

ふ、と歩を進めようとした祐司の足の前には、一匹の猫。

祐司
「……通しておくれでないかね」
瑞鶴の猫
(ちらりと見上げて)「…………(言葉遣いがなってないけど、礼儀はわきまえているようだね)」(すい、と立ち上がる)

花澄は、入ってきた客が、棚の一つの前に釘付けになったのに気付いて顔を上げた。歴史書の並ぶ一角をのぞき込む男は、まるでなめるように視線を動かしている、というか、並んだ本の 背表紙たちをまさに熟読 していた。

花澄
「(苦笑)……何かお探しですか?」
祐司
「あ、すみません……戦前の本なんですが、扱っておられますか?」
花澄
「えーと……物にもよると思いますけど、どのような?」
祐司
「日本の古代史の論文本なんですが……吹利が題材なんで郷土史かも知れませんが、昭和12年の本で、山口淵鳴という著者の『吹利史』という本なんですが」
花澄
「…………棚に出ていなければないかも知れませんね……今日は店長が留守ですので、また聞いて探しておきますけど?」
祐司
「そうですか? 是非お願いします」

そう言って一礼して店を出て行った祐司の肩は、花澄が見てわかるほどがっくりと下がっていた。目の光も、書棚をにらんでいたときのそれとは比べるべくもない。

花澄
「あるといいんだけど……また来てもらえるかしら」

で、翌日。その客は再び来た。

SE
からからから
花澄
「いらっしゃいませ……あ」
祐司
「こんにちは。……ちょっとごめん」>猫
瑞鶴の猫
「なう(勝手におし)」
祐司
「昨日お聞きした本なんですが……ありましたか?」
花澄
「それが……もう少し探してみますね」
祐司
「そうですか……」

……と、急に祐司の目が一点に引き寄せられる。
 その目の光の変化に花澄が驚いていることにも、もはや気づいていない。

祐司
「こっこれは……『ローティス・ナージャ』の単行本、しかも新刊! こんなところで、今頃……(花澄に)あの、これは売り物ですよね?!」
花澄
「(……あんな漫画、仕入れたかしら?)はい、もちろん」
祐司
「あ、じゃあ、これ下さい!」
花澄
「……はぁ」

どうも彼の場合、本当の意中の本が湧くようになるまでには、相当の時間がかかりそうである。

出現

さてその夜、瑞鶴閉店の後。

花澄
「で……この前言ってた本だけど」
店長
「ああ、名前、書いといてくれたか」
花澄
「はい」
『吹利史』 …… 著者
山口淵鳴、昭和12年初版
花澄
「何だか、只事でない様子で探してたから……出来るだけ早く探し出せるといいんだけど」
店長
「……うん」

本に関する執着については、この兄妹揃って、人事には思えぬのだろう。
 

店長
「しかし、昭和12年……(汗) ……親父の生まれた年か」
花澄
「あ、本当だ(笑)」

とにかく後はお願いします、と、花澄が帰っていった後。
 店長は瑞鶴店内に戻った。
 電気をつけ、歴史書の並ぶ辺りに題名を書いた紙切れを突っ込む。

店長
「さて、鬼と出るか蛇と出るか」

一度なりとも読まれて、その後捨てられるのならばともかく。
 印刷され、製本され……そのまま廃棄されて行く本の恨みは如何ばかりか。
 それも、遠い時の果てに、その本を呼ぶ者がいるというのに。
  選択肢の片一方に、本。
 選択肢の片一方に、読者。
 結ぶ糸の有りや無しや。

店長
「まあ、後は運だ(達観)……っと」

仕事は終い、と思っていても、ふと気がつくとつい手を伸ばしてしまう。
 近くの棚の本が、半分引っ張り出されているのに気づいて、手を伸ばし……た時。

店長
「……?」

微かに、きな臭い。

店長
「…………!」

慌てて、先程紙を挟んだ本のあたりを引きずり出し、床に落とす。
 どさばさ、と落ちた本の数は………

店長
「なんつう本を探してるんだか(嘆息)」

両隣の本のカバーが、一冊は焦げ、一冊はわずかに変色している。
 その間の、完全に表紙が焦げた本を店長はそっと拾い上げた。
 

店長
「…………ふむ(思案)」

背表紙の下側、著者名は確かに「山口淵鳴」。

店長
「…………しかしなあ(思案)」

知る由もなく……

で、何だかんだと悪戦苦闘した末に、祐司は結局とある結論を出さねばならなくなった。
 ……実際はいい線いっていたのだが、まあしかたがない。>瑞鶴での本探し

祐司
「教授」
教授
「どうした、堀川君」
祐司
「すみません……この文献だけ、どうしても当たれそうにないので」
教授
「あー……いいよいいよ。この"1937山口"を基にある程度の結論を出した文献の方には、当たれたんだろう? この"1948森本"とか、"1953境"とかがそうなのかな?」
祐司
「えぇ、まぁ」
教授
「ならいいんじゃないかな」
祐司
「わかりました。ありがとうございます」(ぺこ)
教授
「まぁ参考資料には書けないが……"森本""境"があれば大丈夫だろう。それ以外に、"山口"に言及している資料はないのかね」
祐司
「ありませんね。その後の研究者は、僕のようにこの"山口"に当たれていないだけ、かも知れません(^^;」
教授
「ははは、なるほど」
祐司
「何を読んで"森本""境"がこういう論の展開をしたのか、は、どうにも気になるんですが」
教授
「まぁね……ただ"森本"や"境"は他の文献も使って持論を補強しているから、それらを参考にするとして、"山口"自体の内容にはあまりこだわらなくても支障はないんじゃないかね? その……『吹利史』だったかね」
祐司
「ええ」
教授
「まぁ無視しておきたまえよ。確かに思わせぶりな題名で、気になるがね」
祐司
「はぁ……わかりました。じゃあ、もう少し書き上がったら見ていただきますので」

そう言って教授の部屋から退出したとき。

SE
ぶつっ!(右の靴ひもがはじけ飛んだ音)
祐司
「…………何つう不吉な(-_-;;;;これは論文にリテイクをくらうと言う前触れだろうか(汗)」

これから待ち受ける真の運命について、祐司には知る由もなかった。

登場人物

堀川祐司(ほりかわ・ゆうじ)
静電気を操る、生きた電源装置。
紅雀院大学の考古学教室に助手で勤務。
平塚花澄(ひらつか・かすみ)
四大の力を従え「春の結界」を身にまとう女性。
書店「瑞鶴」の店番でもある。
平塚英一(ひらつか・えいいち、店長)
書店「瑞鶴」の店長。花澄の兄。
自身も異能者だが、「本が湧く本屋」である瑞鶴の性質を最もよく知る人物。

解説

ごく普通の歴史学者・堀川祐司が、吹利の古代史を研究するうちに知った謎の文献『吹利史』。祐司は気楽な気持ちで本探しを開始するが、捜索は困難を極める。偶然彼が足を運んだのは、書店「瑞鶴」。本に記された内容とは……?
 堀川祐司が『吹利史』の捜索を思い立つ、『吹利史』シリーズの初作品です。平成11年(1999年)3月上旬、吹利市内での出来事です。
 各章の作者と元原稿は下記の通りです。
  さがしものはなんですか
    1999/3/8 ごんべ
    [KATARIBE 12168] [HA06][EP] さがしものはなんですか(仮)
  出現
    1999/3/8 E.R
    [KATARIBE 12173] Re: [HA06][EP] さがしものはなんですか(仮)
  知る由もなく……
    1999/3/12 ごんべ
    [KATARIBE 12261] [HA06] EP: 「『吹利史』」

(解説・文責
ごんべ)



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