エピソード1017『夢渡り〜風糸』


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エピソード1017『夢渡り〜風糸』

本文

某日、昼休み。
 朝から降っていた雨が止んで、少し日の射してくる……

祐司
「……」(欠伸)

昨日、一昨日と良く眠った筈なのだが……

祐司
「(眠りすぎ、か……)」

論文は、詰めの段階までいっている。
 いっては、いるのだが………………

祐司
「(最後の一歩が、なあ……)」

切羽詰っているだけに、夢にまで論文内容が出てくる始末である。
 溜息をつくしかない、状況では、ある。
 溜息をつく……………
 
 ……………………
 ……………
 ……

祐司
「?」

穏やかな、波の音。潮の香り。
 その割に、奇妙にさらさらとした風の手触り。
 まだ少し、灰色がかった淡い蒼の空。
 人気の無い、不思議に明るい灰色を重ねた、街。
 
 ぱたぱた、と、足音。

祐司
「っと」
少女
「わあっ」

角から飛び出してきた子供と正面衝突しかけたのを、慌てて支えてやる。
 五、六歳くらいの、ようやっと「幼女」から「少女」になりかかった子供。
 紺のワンピースと、黒い靴。

少女
「あ、すみませんっ」
祐司
「いや……」
 
 ぺこん、と元気良く頭を下げる。
 少し長めのおかっぱの髪が、はずみでぱさんと揺れた。
 
少女
「あの、こっちに電車来ませんでした?」
祐司
「電車?」
少女
「はいっ」
祐司
「さあ……見なかったね」
少女
「はあ…………」(ちょっとしょんぼり)

改めて辺りを見まわすが、電車らしいものは、ない。
 そも、レールも何も見えてこない。

少女
「あの、そしたら……海、どっちか、ごぞんじですか?(にこにこ)」
祐司
「海……」

波の音を追いかける。

祐司
「こっち、かなあ……」
少女
「こっち、ですね」

ありがとうございますっ、と、また一つ礼をしてから、少女はぱたぱたと駆けて行く。
 何となく祐司もついて行く。
 と。
 不意に、ぽかりと左右が広がった。
 やはり明るい灰色のコンクリートの地面が、ひろびろと広がったまま、海へと突き出している。
 その向こうに。

少女
「あ、あった(嬉々)」
祐司
「……(汗)」

緋色の帆は、けれども光に透けるほど薄く、海からの風に翻っている。
 それを掲げているのは……

祐司
「(……摩天楼……まではいかんかもしれんが(汗))」

やはりどこか明るい色合いの、灰色の……
 窓硝子に、一面のあおが映っている。

少女
「よーし……あ、栢々君!」
 
 少女の高い声に応ずるように、ちゃぷん、と波が一つ跳ねる。
 緋の色と、蒼の色。そのどちらにも染まることの無い、白い……
祐司
「鯨?(汗)」

呟いた祐司の横を、風が細い筋になって過ぎて行く。
 透明の、細い鋼を思わせる風の束。
 見えぬ筈のその風の束を、少女の手が掴む。
 それを、くるりと手に巻いて。
 と、たん、と、黒い靴が、軽い音を立てて。
 そのまま少女の体が、宙に飛ぶ。

祐司
「あ……危ないっ!」
少女
「大丈夫、ですっ(にこにこ)」

くるり、と、まるで風が巻き付くように、少女の身体が祐司の頭上でさかしまになって。
 と。

少女
「…………あ、わかった!(ぽむ)」
 
 手を一つ打って。
少女
「堀川さんだ!」
祐司
「そうやけど?」
少女
「ああ、だから知ってたんだあ……あ、そうだ!」

この少女を見たことがあるか……いや、ない。
 改めて記憶をひっくり返して、確認している祐司の頭上で、少女はまたくるり、と向きを変えた。

少女
「あの!『吹利史』、ありましたから!」
祐司
「吹利史?!」
少女
「探してらっしゃいましたよね?」
 
 不意に、一つの顔を思い出す。
 印象はそのまま、ただ、年を経た……
 少女はそのままどんどんと海のほうへと吹き飛ばされてゆく。
少女
「あのっ!兄が持て余してますから…………に……」

………………
 すとんっ。

祐司
「は?」

がくん、と、手が滑ったはずみで目が醒めて……
 

祐司
「あ、夢か(汗)」

時計を見る。まださほどの時間は過ぎてはいない。
 ……が。

祐司
「…………正夢?」

もう一度時間を見、今日の予定を確認する。
 

祐司
「行ってみようか……瑞鶴」

で、一方の瑞鶴では。

店長
「……おーまえはっ!」
花澄
「だからってそんな、殴らなくってもっ!」
店長
「レジの前で寝てる奴がいるかっ!」

登場人物

堀川祐司(ほりかわ・ゆうじ) : 
静電気を操る、生きた電源装置。
紅雀院大学の考古学教室に助手で勤務。平塚花澄(ひらつか・かすみ) : 
四大の力を従え「春の結界」を身にまとう女性。
書店「瑞鶴」の店番でもある。平塚英一(ひらつか・えいいち、店長) : 
書店「瑞鶴」の店長。花澄の兄。
自身も異能者だが、「本が湧く本屋」である瑞鶴の性質
を最もよく知る人物。

解説

『吹利史』シリーズの第2弾、平成11年(1999年)4月下旬の出来事です。
 作者はE.Rさん、元原稿は1999/4/26 "[KATARIBE 12801] [HA06][EP] 「夢渡り〜風糸」" です。

解説・文責
ごんべ)
$$

[HA06P] 『氾濫』

本文

知ることは、力にもなる……と、時折聞く。
 ただ、それを振りまわすのか、振りまわされるのか。
 
 からからと、シャッターを降ろす音。そして裏口が開く音。
 瑞鶴、夜。
 しゅんしゅんと元気良く音を立てるやかんを火から下ろしながら、ふと、花澄が首を傾げる。

花澄
「そういえば……店長」
店長
「え?」
花澄
「『吹利史』の本、どうするの?」
店長
「……お前なんで……ってああ」
花澄
「この前お茶持ってった時、机の上に焦げた本があったから……」

ふむ、と、店長は合点する。

花澄
「で、あの本どうするの?」
店長
「うん……さてどうしようかな、と」
花澄
「あの本だとね(苦笑)」
店長
「入手経路聞かれても困るしなあ(苦笑)」

流石に、「焦げた本」を新刊書です、と胸を張って渡せるわけもない。

店長
「そういえば内容については何か言ってたか?」
花澄
「ううん。聞かなかったから」
店長
「……そか」

やはり納得する。
 知る必要の無いことを知らないでいること。
 そのことを……お互い、知っている。

花澄
「内容……て、店長、中見てないの?」
店長
「俺の本じゃないからな。……ああ、流石に表紙開けて中身を確認することはしたけれども」
花澄
「……それは別として(汗)」
店長
「やっぱり、あれを初めに読む権利があるのは堀川さんだろう」
花澄
「まあ、それはそうだけど」

とん、と、湯のみを目の前に置いて。

花澄
「でも、そしたら何であの本の内容が気になるの?」
店長
「……うん」

本が焼かれるということ。
 その本の持つ……誰かにとっての危険性。
 『吹利史』という題。

花澄
「あれが、古代史だったら、って考えた?(苦笑)」
店長
「……やな奴だなお前は(嘆息)」

奥六郡郷土史保存協会。
 東北地方の地祇(国津神)をまつる、と。
 多分それは、古代の域まで遡る話だろう。
 
 …………何故そんなものに、記憶の無い娘が追いかけられるのか。

店長
「まあ……俺が調べていいことでもないのかもしれないが」
花澄
「って?」
店長
「記憶が戻ることがあるとして……そのときに、美都さんが、知られたくない過去まで含まれるかもしれないだろ」
花澄
「……そうかもしれないけど……」

困ったものだ、といいたげな、笑み。

花澄
「……でも、美都さんは怒らないと思うけどなあ」
店長
「そういう問題でもないだろ」
花澄
「じゃ、何が問題?」

さて、と言葉を濁して、店長はそのまま立ちあがった。
 人には、多分、見て欲しい自分と、見て欲しくない自分が居るのだと思う。
 見て欲しくない自分に、けれども気がついても欲しいのだろうと思う。
 けれども……気がついて欲しい相手と、欲しくもない相手が、いることと思う。
 気がつくべき相手も、いるのだと思う。
 布施美都、という人間から、今は、その全ての判断が消えてしまっている。
 その彼女の過去を調べること自体が……ある意味踏みこみすぎているのではないだろうか、と。
 がたん、と硝子戸を開いて、瓶とグラスを取り出す。
 花澄が肩をすくめる。

花澄
「……多分、考えすぎよ、お兄ちゃん」
店長
「まあ多分」

知ることは、関わること。
 関わることは、恐らくより深く相手の領域に踏み込むこと。
 踏みこまざるを得なくなること。
 そして……恐らく、知ったことを呑みこむこと。

店長
「……まあ、この場合、仕方ないか」
花澄
「?」
店長
「まとめて、呑む」
花澄
「……そーだねー」

くすんと笑う。
 恐らくは既に、自分よりも多くの知識を、呑みこんできた者の笑い。
 

店長
「酒代がかさむな(苦笑)」
花澄
「それは仕方ないもん(苦笑)」

からん、と瓶のふちがグラスにあたり、硬い音をたてた。

登場人物

平塚花澄(ひらつか・かすみ)
    四大の力を従え「春の結界」を身にまとう女性。
    書店「瑞鶴」の店番でもある。平塚英一(ひらつか・えいいち、店長)
    書店「瑞鶴」の店長。花澄の兄。
    自身も異能者だが、「本が湧く本屋」である瑞鶴の性質を
    最もよく知る人物。

解説

平成11年(1999年)5月上旬、書店「瑞鶴」での出来事。
 『吹利史』シリーズの第3弾です。EP『過去無き娘』に登場した美都さんの存在を受けてのお話になっています。
 作者はE.Rさん、元原稿は1999/5/7 "[KATARIBE 12871] [HA06][EP] 「氾濫」" です。

(解説・文責
ごんべ)



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