エピソード1018『氾濫』


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エピソード1018『氾濫』

本文

知ることは、力にもなる……と、時折聞く。
 ただ、それを振りまわすのか、振りまわされるのか。
 
 からからと、シャッターを降ろす音。そして裏口が開く音。
 瑞鶴、夜。
 しゅんしゅんと元気良く音を立てるやかんを火から下ろしながら、ふと、花澄が首を傾げる。

花澄
「そういえば……店長」
店長
「え?」
花澄
「『吹利史』の本、どうするの?」
店長
「……お前なんで……ってああ」
花澄
「この前お茶持ってった時、机の上に焦げた本があったから……」

ふむ、と、店長は合点する。

花澄
「で、あの本どうするの?」
店長
「うん……さてどうしようかな、と」
花澄
「あの本だとね(苦笑)」
店長
「入手経路聞かれても困るしなあ(苦笑)」

流石に、「焦げた本」を新刊書です、と胸を張って渡せるわけもない。

店長
「そういえば内容については何か言ってたか?」
花澄
「ううん。聞かなかったから」
店長
「……そか」

やはり納得する。
 知る必要の無いことを知らないでいること。
 そのことを……お互い、知っている。

花澄
「内容……て、店長、中見てないの?」
店長
「俺の本じゃないからな。……ああ、流石に表紙開けて中身を確認することはしたけれども」
花澄
「……それは別として(汗)」
店長
「やっぱり、あれを初めに読む権利があるのは堀川さんだろう」
花澄
「まあ、それはそうだけど」

とん、と、湯のみを目の前に置いて。

花澄
「でも、そしたら何であの本の内容が気になるの?」
店長
「……うん」

本が焼かれるということ。
 その本の持つ……誰かにとっての危険性。
 『吹利史』という題。

花澄
「あれが、古代史だったら、って考えた?(苦笑)」
店長
「……やな奴だなお前は(嘆息)」

奥六郡郷土史保存協会。
 東北地方の地祇(国津神)をまつる、と。
 多分それは、古代の域まで遡る話だろう。
 
 …………何故そんなものに、記憶の無い娘が追いかけられるのか。

店長
「まあ……俺が調べていいことでもないのかもしれないが」
花澄
「って?」
店長
「記憶が戻ることがあるとして……そのときに、美都さんが、知られたくない過去まで含まれるかもしれないだろ」
花澄
「……そうかもしれないけど……」

困ったものだ、といいたげな、笑み。

花澄
「……でも、美都さんは怒らないと思うけどなあ」
店長
「そういう問題でもないだろ」
花澄
「じゃ、何が問題?」

さて、と言葉を濁して、店長はそのまま立ちあがった。
 人には、多分、見て欲しい自分と、見て欲しくない自分が居るのだと思う。
 見て欲しくない自分に、けれども気がついても欲しいのだろうと思う。
 けれども……気がついて欲しい相手と、欲しくもない相手が、いることと思う。
 気がつくべき相手も、いるのだと思う。
 布施美都、という人間から、今は、その全ての判断が消えてしまっている。
 その彼女の過去を調べること自体が……ある意味踏みこみすぎているのではないだろうか、と。
 がたん、と硝子戸を開いて、瓶とグラスを取り出す。
 花澄が肩をすくめる。

花澄
「……多分、考えすぎよ、お兄ちゃん」
店長
「まあ多分」

知ることは、関わること。
 関わることは、恐らくより深く相手の領域に踏み込むこと。
 踏みこまざるを得なくなること。
 そして……恐らく、知ったことを呑みこむこと。

店長
「……まあ、この場合、仕方ないか」
花澄
「?」
店長
「まとめて、呑む」
花澄
「……そーだねー」

くすんと笑う。
 恐らくは既に、自分よりも多くの知識を、呑みこんできた者の笑い。
 

店長
「酒代がかさむな(苦笑)」
花澄
「それは仕方ないもん(苦笑)」

からん、と瓶のふちがグラスにあたり、硬い音をたてた。

登場人物

平塚花澄(ひらつか・かすみ) : 
四大の力を従え「春の結界」を身にまとう女性。
書店「瑞鶴」の店番でもある。平塚英一(ひらつか・えいいち、店長) : 
書店「瑞鶴」の店長。花澄の兄。
自身も異能者だが、「本が湧く本屋」である瑞鶴の性質
を最もよく知る人物。

解説

平成11年(1999年)5月上旬、書店「瑞鶴」での出来事。
 『吹利史』シリーズの第3弾です。EP『過去無き娘』に登場した美都さんの存在を受けてのお話になっています。
 作者はE.Rさん、元原稿は1999/5/7 "[KATARIBE 12871] [HA06][EP] 「氾濫」" です。

(解説・文責
ごんべ)



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