1999年の春の新学期に、「あなたならどうする:今年の春の情景編」として各キャラの日常を募集して集まったエピソードをまとめたものです。
各章の作者と元原稿は下記の通りです。(敬称略)
佐久間拓巳の場合――今日って……
1999/4/8 BOBU
[KATARIBE 12546] [HA06]EP 『今日は…』
堀川祐司の場合――朝
1999/4/13 ごんべ
[KATARIBE 12607] [HA06] EP: 「そして始まりの春」
一十の場合――山の早朝
1999/4/18 D16
[KATARIBE 12658] Re: [HA06] EP: 「そして始まりの春」
前野浩の場合
前野みかんの場合
煌の場合
煖の場合
1999/4/18 ハリ=ハラ
[KATARIBE 12666] RE: [HA06] EP: 「そして始まりの春」
堀川祐司の場合――初日
1999/5/4 ごんべ
[KATARIBE 12847] [HA06] EP: そして始まりの春(続き)
富良名裕也の場合
1999/5/28 久志
[KATARIBE 13084] [HA06]EP: 『そして始まりの春』
むしさんとゆず
1999/4/22 E.R
[KATARIBE 12753] HA06:EP: 「そして始まりの春〜むしさんとゆず」
4月某日。
新年度が始まって間もないその日は朝から晴天だった。
5:37 自宅
目覚ましのなる前に目を覚ます。
普段、寝坊して一限に遅刻する人間とは思えない。
8:33 大学へ行く途中
街がいつもと違う気がする。
なんだ?この違和感は。
8:42 吹利大学掲示板付近
今日は久しぶりに気合が入っている。
早起きもできたし。
朝から気持ちよく講義を受けられそうだ。
見知った顔を見つけた。向こうもこちらに気づいたらしい。
先ほどからの違和感の正体が分かったような気がする。
がーん
春はあけぼの。
……と言うにはほど遠い時間。
すっかり明るくなっている部屋の寝床の中で、堀川祐司はわずかに身じろぎした。
あれは3月後半のまだ寒い頃のこと。
『紅雀院大学文学部国史学科 1年前期課程
月曜第1限 「考古学各論A」 講師:堀川祐司 単位:専門科目2』
しかし一番下っ端としては文句は言えない。
とりあえず、十分な睡眠と栄養とカフェインを摂ることが重要である。時間ぎりぎりまで眠りを蓄えておいてから食堂に下りると、既に食事の用意が出来ていた。といっても祐司はパンをかじって行くくらいだが。
父親もそろそろ起きてくるはずだ。……朝に一家団欒が実現する家族というのは、実は貴重かも知れない。
気取った口調だが、この娘は10歳離れた兄のことを友人だと思っているので、単なるギャグのつもりに過ぎない。
駐車場は遠いし、阪奈道路は(第2阪奈も)朝は混雑する。さっさと吹利への山越えはしてしまわないと、初日から教官が遅刻では、シャレにならない。
とは言え、こんなに早く家を出る生活を再び送ることになるとは……まぁ、社会人というのは本来そういうものらしいから、しょうがない。
降り続いた雨は明け方になりようやく納まっていった。
ゴアテックスの前を開いたまま寝たせいで、身体が冷え切ってしまっている。だが、レインギアの内側に結露していた水蒸気は消えた。
眠りについたときには肌に張り付き、容赦なく体温を奪った下着も今は乾いている。つくづく新素材のありがたさを感じた。
ラジオのタイマーが入り、FMが流れ出る。
光量を増しつつある林内に意外なほど透き通った音質の弦楽が流れる。
葛城山系のふもとにある吹利学校農学部附属演習林。今十が居るのは青金沢水文試験地の量水堰堤である。
先年度に作られてから降雨のたびに流出プロファイルを知る為に誰かが泊りこんで流量を計測している。
……バケツとメスシリンダーで。
暗い部屋の中……
カタカタとキーを打ちながら、電話をかける
キーを打つ手を止めると、文面を見直し、転送する。
電話を切る。
ため息を吐くと、一つ伸びをする。
あのね、みかんね、にねんせいになったの。
みよちゃんも、ともちゃんも、みんなにねんせいになったの。
せんせいがかわったの。
ちょっとこわいかおだけど、やさしかったからほっとしたよ。
おにいちゃんも、ちかげおねえちゃんも、りんどうおねえちゃんも、
ぶらっどおぢいちゃんも、おめでとうっていってくれたの。
おにいちゃんとりょうこおねえちゃんとおかいものにもいったよ。
「ことしからせんぱいだね」っていってたけど、せんぱいってむずかしいのかな? あたらしいこといっぱいべんきょうするのかな?
たのしみなの。
はらはらと桜の花が散る。
花びらが地面に散りばめられ……。
その花びらを、箒で掃き集める。
いわゆる庭掃除。
暖かい日差しの中、花びらははらはらと散りゆく
はらはらと……
はらはらはらと……
はらはらはらはら……
暴れるな(^^;;
それでも、桜の花びらは、やっぱりはらはらと……
掃き集めた庭のゴミを片づけると、ほっとため息をつく。これで、この庭の四季を一通り見たことになる。まだ一年……
ぽつりと呟くと、芝に腰を下ろす。
庭に居ると落ち着く。
樹や草は、肯と言ってくれる。
在る事を認めてくれる。
受け入れてくれる。
ぱたんと仰向けに倒れる。
日差しが暖かい。
風が優しく撫でて行く。
誰に言うでもなくそう言うと、目を閉じる。
去年よりも、今年の春は暖かい気がする。
来年の春は、もっと……
朝の研究室には誰もいない。冷え冷えとした廊下と室内が余計に暗く感じる。
大丈夫、お前の方が正しい。>祐司
それが証拠に、教務や事務や秘書といった人々は、ちゃんと朝一番から出勤している。
荷物を置き、ある程度準備しておいた(時間割は変わったが、一応丸1年間教鞭を執ってきている)授業の用意を持って、廊下に出る。
と、誰かに廊下の向こうから声をかけられた。
隣の学科の知り合いである。祐司より一年遅れで今年から助手になったはず。ということは……。
別に、低血圧でなくても朝が辛いと思うのは同じらしい。
何だかんだと励まし合った後、それぞれに講義棟に向かう。
8時45分。早めに着いた講義室には、思いのほか学生が座っていた。
全員一年生のはずで、最初の週、しかも月曜の朝イチともなれば、皆緊張した面もちで座っている……かと思えば、皆隣の学友と思い思いにしゃべりながら、リラックスして授業の開始を待っている……ようにも見える。
この中から、6月頃になってもちゃんと座ってくれているのは何人くらいだろうか。……と思いながら、教壇の上で準備をしていると、授業開始のチャイムが鳴った。
ざわめきの止まない室内をぐるりと(極力ゆっくり)一瞥し、意を決してマイクに話し始める。
月曜日朝、紅雀院大学講堂。
8時35分、富良名裕也は講義室で思いっきり大欠伸をしていた。今日は講義初日だけあってそこそこ学生は来ていた。
フラナの陣取ってる席、講義室の最前列、教壇のど真ん前である。こんなところで寝られた日には先生は泣くだろう。
講義室に現れたのは、二十代後半くらいのだいぶ若い先生だった。
大学初日、最初の講義の始まりだった。
春である。
松蔭堂の庭に、ほっかりと日があたっている。
黒々とした土の匂い。
そこに、小さな少女人形がしゃがみこんでいる。
おかっぱの髪が、陽光を弾いている。
何やら、ひどく興味を引くものがあるらしい。
黒い土の上の、なにやらもこ、として動くもの。
遠目に、ではあるものの、つらつらと眺めるうちに。
苦手なもの、と判断して、訪雪は茶の間に引っ込む。
譲羽はとんと構わずに、しばらくそのまま眺めていたのだが。
白い、つやつやとした、恐らくは甲虫類の幼虫。
何のはずみで地上に出てきたのかは不明だが……
暫し、双方動きが無かったのだが。
逃げるくらいならば最初から手を出さなければいいのだが……
それでもやっぱり、興味はあるらしい。
一方、虫のほうは。
………………
土がもこもこ動いている。
そのもこもこも、だんだんと間遠になって。
…………
ぱたぱたと黒い土を蹴って、譲羽はいつもの茶の間に飛びこんでゆく。
湿った土の匂いが、くう、と一つ強く漂った。